六回に亘った(こんなになるとは思わなかった・・・)「博物館 網走監獄」もようやく最後になります。
約二時間ほどの滞在で、駆け足になったけど、十分楽しめたと思います。
これはまた古い木造の門があります。
監獄ができたばかりのものでしょうかね。
受刑者は道路工事にも従事していたんですね。それも1200名とは。
確かに書いてあるとおり、この門では脱獄が容易にできちゃいそうですね。
なるほど。社会治安を守ると共に、受刑者の人権尊重も考えられていたんですね。
網走では、当初の塀が木造にならざるを得なかった事情はどのようなものがあったんでしょう?
このような煉瓦塀まで、受刑者の労働として造られていたとは。
受刑者にとって解放感を味わえる門というのも、なんか分かる気がしますね。
舟運が発達していない時代の物資の運搬の再現。
これしか手段がないとはいえ、なかなか大変そう。
これまた大きな味噌樽。これが一般の家庭で用いられていたということに驚きを感じます。
「梅田事件」。聞いたことがありますね。
昭和25年(1950年)から翌年にかけて発生した強盗殺人事件と、それに付随する冤罪事件。発生場所が現在の北見市内ということで、網走の法廷で裁かれていたのですね・・・。
工芸品として、お土産としての人気も高い「二ポポ」。書かれているとおり、アイヌ語で「木の小さな子」「人形」という意味があるそうで、狩猟の際、ニポポに祈念すると必ず狩猟が成就するという信仰があり、狩猟で捕らえた動物を料理する際は、まずニポポの口に供えるという風習があったほか、ニポポに願い事をして、それが成就された時は、ニポポの首に装身具を飾るというのもあったそうです。
これも受刑者が工芸品として制作していたんですね。知りませんでした。
最後に、入りはしなかったけれど、この建物。
実際に受刑者が食していた食べ物がメニューとしてあるそうです。
次回行くときは、ぜひ食べてみたいです。