今月22日付のブログ「メディアの当確の精度」を書いた。その中で、「選挙事務所の独自の票読み」について述べた。これを若干補足したい。当確ラインをテレビ局に頼らず、独自で集票や票の出方を分析する古参の選挙参謀という人たちがいる。私は記者時代(新聞・テレビ)にこれらの人たちに取材し、逆に選挙運動のノウハウや票読みを教わったものだ。どこそこの地域の支持が少ない、なぜか、どうすれば支持を高めることができるかといった分析をして手を打つ人たちである。ところが、若くして立候補した人たちはそういった選挙参謀を必要としないと考えているようだ。有権者に直接訴え支持を得るのが選挙だと考えているからだ。こうした候補者は当落の予想を論拠立てて分析する手法を得てして有しない。つまり、蓋を開けてみないと分からない。だから、NHKや民放の開票速報をじっと待つということになる。
衆院総選挙で有権者が選択したのは何だったのか
さて、その総選挙を振り返る。自民が圧勝したのは、民主が経済対策を重視してこなかったからだ、との論調が目立っている。選挙後に株価が1万円台を回復し、円レートも84円台になったとか、日銀が国債など資産買い入れ基金の10兆円増額を決め、前年比上昇率2%のインフレ目標も次回の決定会合で検討するなど、自民の安倍総裁が求めに「満額回答」で答えたなどのメディアの報道が目立つようになった。
12党1500人余りの候補者による総選挙は戦国時代か、関ヶ原の戦いのように、いくつもの合戦が同時に繰り広げられた観がある。では、本当の争点は何だったのだろうか、経済対策か原発か、外交か。朝日新聞が選挙前の12月14日付で掲載した世論調査で、投票先を決めるとき最も重視するのは何かを3択で尋ねている。それの回答では、「景気対策」61%が、「原発の問題」16%、「外交・安全保障」15%を大きく引き離していた。総選挙の公示日の12月4日、民主、自民、未来の3党首がそれぞえ福島県で選挙の第一声を上げた。民主と未来は「脱原発」を最初に訴え、自民は「被災地の復興を」とまず訴えた。
ただし、自民の経済政策は、再び土建国家を復活させかのような印象で、借金(赤字国債)が無造作に増えても成長戦略で乗り切ろうという考えのように思えた。同じ印象を持ったのか、経団連の米倉会長は安倍氏の掲げる「大胆な金融緩和策」を、公示前(11月26日)に「無鉄砲」と批判していた。それでも、国民は脱原発の旗色を鮮明にすることで選挙を乗り切ろうとした民主に投票せず、「無鉄砲」と経済界からも批判された自民を選んだことになる。
選挙後、民主が大敗したのは、有権者が「何やってんだ」とフラストレーションをぶつけた結果で、自民を「民主よりましな政党」と評価したにすぎない、とのメディアの論調があった。自省を込めての話だが、私もそのようにブログで書いた。が、果たして上記の自民の経済政策、有権者た求めた「景気対策」が合致した、さらに民主にお灸をすえたのが今回の選挙の特徴だったのか。
それは比例の得票数を見れば分かる。自民は1662万票で、前回2009年の1881万票にも及ばなかった。得票率も27%で09年の26%とほぼ変わらなかった。投票率が09年より10ポイント低かったことも影響しているが、全国的に自民支持が広がったとは言い難いのである。ここから言えることは、有権者はこれまで以上に「党より人」を見究めようとしたのではないか、とうことである。選挙の風が吹くたびに「チルドレン」が量産されてきたことに、有権者は嫌気がさしていた。むしろ、争点はもちろんだが、その候補の実績や人柄を中心に厳しくチェックを入れ、人物を判断することになったのではないだろうか。
上記の意味で、冒頭に述べた選挙参謀がいて、選挙事務所がしっかりしていて、政策だけを言いっ放しにするのではなく地域を細かく回り支持を訴えるというベーシックな選挙を展開した候補者が共感が得られた、とも推測できる。それが、小選挙区で自民が大勝した背景ではなかったのか。選ばれたのは党より、より信頼できる人柄だったのではないか。今夜、第二次安倍内閣が誕生する。
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