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おもしろくてためになる<歴史共和国 韓国史法廷>シリーズ 6月抗争・禁乱廛権等(その2)

2016-09-10 17:37:05 | 韓国・朝鮮関係の知識教養(歴史・地理・社会等)
      

 →3つ前の記事の続きです。今回は上画像右の「なぜ禁乱廛権が廃止されたか?(왜 금난전권이 폐지되었을까?)」を紹介します。

 表紙の絵を見ると近現代でないことはわかります。日本史で言えば江戸時代半ば頃18世紀あたりが今回の法廷で取り扱われている時代です。
 では、そもそも<禁乱廛権>とは何ぞや?
 読みは<クムナンジョンクォン>、日本の音読では<きんらんてんけん>です。廛は一見塵と間違えそうですが、<てん>と読み、屋敷や店を意味する漢字。ここでは店の方です。
この4文字は<禁乱・廛権>ではなく、<禁・乱廛・権>と区切って理解するとわかりやいです。つまり「乱廛を禁止する権利」のことです。

 では乱廛とは何か?
 ・・・という前に、まず順を追って市廛(시전.シジョン.してん)という用語から説明しておきます。これは政府の統制下にある店舗のことです。政府は店舗を立てて商人に貸与し、政府が必要とする物品を調達・供給させるとともに、店舗税と商税を徴収しました。市廛商人は官庁に物品を納める見返りとして、特定商品の独占販売権を与えられました。このように政府と「持ちつ持たれつ」といった関係にあったのが市廛商人でした。
 また、これら市廛の中でもっとも規模が大きく繁盛したものが絹、紙、魚等を売る店で、後にこれらは六矣廛(욱의전.ユギジョン.ろくいてん)と総称されました。

 そこで乱廛(난전.ナンジョン.らんてん)について。
 これは政府の統制下にある市廛とは逆に、政府の許可を得ないで商売をしている露店(の商人)のことで私商(사상.ササン)ともいいます。つまり、朝鮮後期の商業発展とともに成長してきた新興商人層で、とくに18世紀以降漢城(ソウル)を始め各地で活発な商業活動を行うようになりました。

 この乱廛の台頭によって自らの商権を侵害された市廛が政府に要請して1706年(粛宗32年)獲得した権利が禁乱廛権でした。漢城(ソウル)の都城内と城外十里(約4㎞)以内の地域で乱廛の活動を規制して市廛商人に専売特権を与えるとともに、それを守らせる権利を付与したものです。

 しかし、このような権力と結びついた商業の独占権といったものは物価高の要因ともなるし、商業の自由な発展を阻害することになります。当然私商や都市窮民の反発は高まり、結局は撤廃されるのが時代の流れ。
 その結果が1791年の辛亥通共(シネトンゴン.しんがいつうきょう)とよばれる禁乱廛権を禁止する措置で、当時の左議政蔡済恭(チェ・ジェゴン)の建議を容れて正祖(右画像)により実施されました。「六矣廛以外の」というただし書き付きですが、全ての市廛の禁乱廛権を否定し、設立30年未満の市廛を廃止するという内容で、この措置は以後の商業発展のひとつの契機となったとのことです。

 ・・・と、ここまで読んで「なんだ、日本史の<楽市・楽座>と同じようなものじゃん!」と思った人は多いのでは? 織田信長が1577年安土城下で実施した、という施策。→ウィキペディアによると1549年近江の大名・六角定頼によるものが最初だそうですが、いずれにしろ正祖の時代より200以上も前。それだけ朝鮮は日本よりも商業の発展が遅れていたってことか!?と思いますが、これだけで結論付けるのは早計でしょう。今後の課題ですね。

 やっと本書の中身に立ち返って、まず登場人物の紹介から。
 この裁判の原告はキム・シジョン(左画像)、そして被告はパク・ササン(右画像)です。あ、両者とも架空の人物です。
 シジョンとササンという名の綴りは市廛、私商と同じ。わかりやすいです。(笑) つまりキム・シジョンは親から受け継いだ市廛、それも規模が大きい六矣廛で中国産の絹織物を取り扱っている商人です。
 一方パク・ササンは漢江を根拠地にしている京江(경강)商人とよばれていた商人集団の代表的存在。
 私ヌルボが「ここらへんが本書の構成の妙だな」と思ったのは、旧時代の代表を原告に、新時代の担い手を被告に設定にしている点。前の記事で旧軍人を原告、民主派学生を被告にしたように、「負けそうな側」を原告にしているのです。つまり「歴史的に敗者や正義に反する側にも言い分はある」という意図なのだろう、とヌルボとしては肯定的に理解しました。
 で、原告キム・シジョンが「役人の無理な要求にも応え、国のために代々商売をしてきたのに、乱廛がはびこって自分たちの権利を侵害しているのに、政府が禁乱廛権まで廃止するとは到底容認できない」という理由で私商の代表パク・ササンを相手取って賠償を求めたのかこの裁判というわけです。
 これに対して被告パク・ササンは、朝鮮の商業発展に寄与しているのは自分たちの方だ。市廛の方こそ権力をかさに横暴を働いてわれわれの財産権を侵害してきた」と反論します。

 双方とも仲間の商人等が証人として出廷します。原告側証人で、乱廛の取締りに当たった役人の名前がカン・タンソク(강단속)というのはちょっと笑ってしまいます。漢字だと強団束。団束は取締りの意です。
 実在の人物で登場しているのは上記の蔡済恭(チェ・ジェゴン)(右画像)=被告側証人と、1799年領議政となった老論派の李秉模(イ・ビョンモ)(左画像)=原告側証人です。※蔡済恭が手に掲げているのは死後(1824)刊行された彼の詩文集「樊巖集(번엄집)」です。

 そのやりとりを読むと、禁乱廛権廃止という施策は社会経済上の観点からだけでなく、市廛との結びつきによって利益を得ていた老論派に打撃を与えるといった意図も見えてきます。(戦国大名が楽市・楽座によって大寺社等の旧勢力に経済的打撃を加えたのと同じパターンか?) 蔡済恭は南人派の領袖。つまり反老論派で、正祖の信任を得て政治に携わった人物です
 あ、蔡済恭はドラマ「トキメキ☆成均館スキャンダル」に登場しているのですね。もちろん「イ・サン」にも・・・。とくに前者では、禁乱廛権のことがドラマの展開にも関わって出てきたようですよ。(→コチラ参照。)

 さて、いよいよ判決です。主文は・・・・
 歴史共和国韓国史法廷は原告キム・シジョンが被告パク・ササンを相手に提起した物質的・精神的損害賠償請求を棄却する。
 ・・・と、予測通りの結果。判決理由を簡略に記すと、
 禁乱廛権は人間の生活に必要な需要と供給の原則を阻害するもので、普遍的な真理に則ったものではない。したがって、資本主義と自由市場経済体制が芽生え始めた朝鮮後期には禁乱廛権を廃止することは、その時代の流れに合ったものとみられ、今回の訴訟は原告の主張は棄却するものとする。
 この「資本主義と自由市場経済体制が芽生え始めた朝鮮後期」という部分には<内在的発展論><資本主義萌芽論>といった民族史観の匂いがほのかに感じられますね。(参考→<朝鮮の歴史観>)

 以上が本書の主な内容で、結末は上記のように予想通りでしたが、ベンキョーになったのは17世紀最初のあたりからの社会の変化がいろいろ記されていること。
 とくに16世紀末の壬辰倭乱・丁酉再乱(文禄慶長の役)が朝鮮の経済や土地制度、身分制度に及ぼした影響は非常に大きく、朝鮮史の分水嶺ともいわれているとのことですが、その中で「田植えが普及して農業生産が高まり、耕作地も拡大した」と記されています。
 田植えは韓国語では移秧法(이앙법.イアンポプ.いおうほう)、あるいはモネギ(모내기)といいます。※「모」は「苗」の固有語で、모내기は「苗を移すこと」。
 この田植えの普及についての判事と被告側弁護士のやり取りは次の通りです。
 判事「移秧法が壬辰倭乱以後に普及したということは、もしかして日本から入ってきたものですか?
 弁護士「いいえ。ふつうモネギといっている移秧法は高麗時代に普及していましたが、当時は水利施設が貧弱だったので国でも勧めませんでした。灌漑施設がないとモネギの時期に日照りが続くと苗が全滅するからです。しかし壬辰倭乱後には技術が発達して移秧法は全国に拡大していきました。」
 ふーむ、このあたりにも何かありそうな気配がないでもない? ま、それは今後の課題。

[付記①] 本書中にあった「朝鮮後期の商業と貿易活動」を示す図は、1996年発行の高校国史教科書(の翻訳書)に同じものがありましたので並べて貼っておきます。
     

[付記②] 私ヌルボが上述の六矣廛(ユギジョン)という言葉を知ったのは、2012年12月ソウル市歴史博物館の展示物を見たのが最初です。その写真を貼っておきます。
 
 朝鮮第1の繁華街とされる漢城の雲従街(운종가.ウンジョンガ)。その中心部の現在の鐘閣あたりに六矣廛があったそうです。
 ※近年の発掘による遺物が2012年にオープンした六矣廛博物館で展示されているそうです。(→ソウルナビ。→innolife。) 場所はタプコル公園のすぐ東の六矣廛ビル地下。(←知らんかったな。)
 上の展示物を見ると、ずいぶん道幅が広いですね。ホンマかいな?と思っていろいろ検索すると、→コチラの<カイカイ反応通信>の記事が見つかりました。1900年当時の写真が掲載されていたので1枚拝借して貼っております。他にも店舗の写真等数枚あります。なるほど、道路はたしかに広いですね。ただ、街のフンイキは大分違うような・・・。


 生徒・児童向きとはいえ、1冊読むといろんな知識が得られるものです。教科書よりもおもしろいし・・・。しかし、また新たな疑問もいろいろ。当然とはいえ、キリがありません。ふー。

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