ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

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韓国の人気書・朴慶哲「田舎医者の美しい同行」は迫真の感動実話集だった!

2012-02-19 18:21:28 | 韓国の小説・詩・エッセイ
 前の記事に続き、川崎図書館で借りてきた韓国書紹介の2冊目です。

 せっかく韓国書がたくさんある図書館に来たからには、1冊だけではもったいない、「宝の山に入って手ぶらで帰るなどとは・・・」という「今昔物語集」に出てくる受領・藤原陳忠のように貪欲な気持ちが起こって、さらに物色してみつけたのが田舎医者の美しい同行(시골의사의 아름다운 동행)

          

 著者と書名については以前から知ってはいました。
本ブログの昨年(2011年)4月27日の記事<韓国人が一番会いたい作家は、国内=孔枝泳、国外=ウェルベル>の中で、
「小説家以外で、朴慶哲(パク・キョンチョル)は、<田舎医者>でありながら「田舎医師の金持ち経済学」やエッセイ集を書いてベストセラーに。経済番組も担当しているとか。」
と記しました。
 また今年1月2日の記事にあるように、YES24の<第9回ネチズン選定、今年の本2011>で「田舎医者朴慶哲の自己革命」が総合4位にあげられています。

 しかしながら私ヌルボ、これまで彼の本を実際に読んだことはありませんでした。
 で、たまたま川崎図書館の書架でこの本を見つけ、読んでみるかなと思ったのです。
 実は、あまり読む前は気乗りがしなかったのですが・・・。

 大体「田舎医者」というと、私ヌルボとしては、井伏鱒二原作の「本日休診」とか、新しいところでは西川美和監督・笑福亭鶴瓶主演の「ディア・ドクター」といった映画のイメージが頭にあって、のんびりした田舎でたまに急患とかはあるものの、やはりのんびりと過ごしている村の老医師を思い起こすのです。それが気乗りのしなかった大きな理由です。

 ところがところが、読み始めてみると全然そんなお気楽なものではないのです。

 いくつもの実体験が載せられていますが、床が血の海のようになっている中で、比喩ではなく生きるか死ぬかの瀬戸際で何時間にも及ぶ手術のようす、事故や病気のため救急車で担ぎ込まれてきた子ども、そして子の生存を願う親の心情・・・。そんな緊張感に満ちた状況と、その中での家族愛や、人と人の心の交流がとても濃密に書き込まれているのです。

 たとえば・・・
 大手術も及ばず、死を迎えることになった老女性が、筆談を求めます。「私(朴慶哲)」は遺言を書くのだろうと思い、家族たちを病室に呼び入れます。ところが人工呼吸器を付けたまま彼女が苦心して書いた4文字は「시신기증(屍身寄贈)」。つまり献体の希望だったのです。

 登山中に、イノシシと間違われて猟師に撃たれ、全身に散弾を受けた男を救急車で大学病院に運んでいる途中、「私」は同乗の女性インターン生に輸血パックの交換を指示します。ところが病院に電話を掛けた後後ろを見ると、なんとインターン生は輸血パックの交換をせず、リンゲル液だけ取り換えていた・・・。「私」は大声で怒鳴るがインターン生は涙を流しつつも指示に従わない。「私」は車を止めて、自ら輸血パックを交換し、ことなきをえるのですが・・・。後になって「私」が知ったのは、そのインターン生は、輸血を否定している宗教の信徒でした。
 その後、交通事故に遭った7歳の子どもが応急室に運び込まれてきたことがありました。輸血しなければ命が危ない状態なのに、その宗教の信者である両親は決して輸血はしないでくれと頼みます。そこで「私」はどう判断したか・・・?
 ヌルボが朴慶哲氏はたいした人だなーと思ったのは、怒りながらも当のインターン生と徹底的に議論し、その宗教と彼女の思いにも理解を深めていっていること。そして結局は、彼女もその宗教的信念により人を死に追いやるような可能性のない場に医者としての道を求めることになります。

※韓国にはまだインターン制度があるのか? ・・・と疑問に思ってちょっと調べてみたら、「医学部卒業後、医師免許を取得した医師は、1年間インターン、4年間レジデントとして研修を積まなければならない」ということです。

 その他にも、「私」の友人の医師の話ですが、自分の子が急に川崎病になって大変な思いをした直後、後進車に挟まれて運び込まれた小学生の手術をすることになったその医師が、その子の父親の心境に相通じるものを感じて涙をポロポロ流したという話、そして数年後に、中学生になったというその子から声をかけられた、という後日談。

 どれをとっても、外科医とはこんなにも強靭な体力・知力・精神力を要するものなのかと驚くエピソードばかりです。
 のんびりした田舎医者というイメージがいかにいい加減なものだったかを反省しました。
 何を隠そう私ヌルボ、高校時代医学部進学を何となく考えていたこともあって、3年の時は理系クラスに在籍していたのですが、物理等の成績が抜群(下の方に、です)だったこともあって、文系に進路変更したのです。思えばそれは正解だったようです。理系ができないからといって文系に優れているということでもないですが、少なくとも不注意や知力不足で助かる命を死なせてしまうことはないですから・・・。

 このようなハラハラドキドキ&感動の、or考えさせるラストのエピソードが35編。1つ1つが4~17ページなので、どんどん読み進むことができます。
 ・・・といっても、この本も実はまだ半分も読んでませんが・・・。やっぱり韓国書を2冊同時併行で読むというのは無謀でしたね、ははは。一度返却してから、継続して借りるしかないですね。

 この本は2005年4月発行して以来版を重ね、続刊も刊行され、電子書籍としても出ています。
上掲の昨年の注目本「田舎医者朴慶哲の自己革命」については、自身のブログを載せているのを見つけました。
 また、先に記したように、彼は「田舎医師の金持ち経済学」という本も出していて、経済番組も担当しているとのことで、なんとパワフルなことか、驚くしかありません。

 さらにまた驚いたことには、最近は政治がらみのニュースにも彼の名前が出てくるのです。
 近づきつつある大統領選に向けての進歩陣営側のキーマン、安哲秀(アン・チョルス)氏の強力な支援者になっているのですね。

 昨年2月にはツイッターで「所得の10%を毎年安哲秀財団に寄付することを約定」したと公表したり、9月にはソウル市長選不出馬を宣言したアン・チョルス氏を抱擁して涙を流す写真が報じられたり、5月以降彼ら2人が中心となって展開している「青春コンサート2.0」に韓国の代表的MCキム・ジェドンが講師として参加することが伝えられたり、またテレビにも出演したりして、一体この人のバイタリティはどこから湧き出てくるのか見当もつかないレベルです。

 昨年暮れの「東亜日報」の記事によると、COEXで開幕した2011ソウル人形展示会では、有名人をモデルにしたクレイ人形中に潘基文国連事務総長、朴槿恵ハンナラ党非常対策委員長、李健煕サムスン電子会長、李明博大統領、安哲秀ソウル大融合科学技術大学院長とともに、なんとこの「田舎医師」こと朴慶哲氏の人形もあるんですねー! 知名度が高いどころか、ビッグネームの域に達しているようです。

 しかし、前の記事で紹介した「タサンの父に」の著者安素玲さんと同様に、文化関係のネタもちょっと背景等を探っていくと、またも、という感じで政治関係の、それもあいかわらずの左右両翼の対立の構図につながってきたりで、記事の書き始めはそんなつもりでもなかったのに、やれやれでございます。
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流刑地・康津に丁若を訪ねる息子の物語=「タサンの父に」の作者は、獄中生活の長かった安在求の娘

2012-02-19 18:17:31 | 韓国の小学生~高校生向き小説・物語
 川崎市立川崎図書館は、JR川崎駅横、タワーリバーク4Fにあります。ビルの一室なので、とても狭く、蔵書数も横浜市立図書館とは比べるべくもないのですが、駅至近という便利さと、何よりも韓国書が相当数そろっているというメリットがあり、しばしば利用しています。
 横浜市立図書館にも韓国書はそれなりにあるとはいえ、ポピュラーな本や子ども向きの読みやすい本はむしろ川崎図書館の方が数がそろっています。

 さて、2週間ほど前にその川崎図書館に行った時に借りた韓国書が2冊。

 1冊目は、読みやすそうな子ども用の本でアン・ソヨン(안소영)著の茶山(タサン)の父に(다산의 아버님께)YES24では小学生3~4年向きとなっています。

          

 「茶山の父」とは、「牧民心書」等のドラマにも登場する丁若(정약용.チョン・ヤギョン)のことです。水原城の設計等で知られる先進的な実学者の最高峰というべき人物で、朝鮮史上の<立派な人>として高く評価されている歴史上の有名人です。
 「茶山」とは、彼の号です。彼は正祖死後、保守派による弾圧事件の1801年辛酉難で長鬐(チャンギ)(←現浦項市内)に流刑になり、さらに黄嗣永帛書事件という事件に連座して再び全羅南道康津(カンジン)に移され、そこで流配から解かれるまでの18年間学問に専念しました。その住まいが茶山という山の麓であったことから「茶山」と号したのです。

 この小説は、成人した彼の次子・丁学游(학유.ハギュ)が、生家(現南楊州市)から康津にいる父を訪ねて行く、という話で、息子の視点から描かれているという構成がこの作品の大きな眼目です。
 ・・・というのは、この小説の著者の安素玲(안소영.アン・ソヨン)という人自身の経歴が丁学游と重なっている部分に注目せざるをえないからです。

 安素玲さんの父親は、数学者の安在求(안재구.アン・ジェグ)前慶北大学教授。韓国ウィキ等によると、1933年生まれで1948年南の単独選挙に反対闘争に参加。1979年南朝鮮民族解放戦線準備委員会(南民戦)事件で死刑を宣告されたが、世界の数学者たちの抗議のおかげで無期懲役に減刑され、1987年には釈放されました。しかし1994年にはいわゆる救国前衛事件で息子アン・ヨンミン氏(←安素玲さんの兄)とともに拘束され、彼は6年、息子は3年服役しました。
 その後アン・ヨンミン氏は2001年月刊誌「民族21」を創刊し、左翼言論人として活躍しています。

※昨年(2011年)7~8月、北朝鮮の指示を受けたスパイ団が摘発されたといいう<旺載山(ワンジェサン)事件>が報道されました。(デイリーNKの関係記事→コチラコチラ。)
 この事件に関連して、安在求&アン・ヨンミン父子の自宅や事務所が捜索を受けたことも報じられています。(→コチラコチラ。)
 一方、この事件を権力による謀略とする見方も、<NPO法人 三千里鐵道><朝鮮問題深掘りすると?>に掲載されています。
 またこれも昨年8月、「産経新聞」の「韓国言論団体、朝鮮学校無償化へ工作 北の指示? 総連と接触」と題する記事にも「民族21」が登場しています。
 例によって、いわゆる「親北」ブログにしろ「産経新聞」にしろ、自分の見たいように世の中を見たがる傾向がある点に留意しつつ読む必要がありますが・・・。

 さて、ここで本筋に戻って・・・。

 「茶山の父に」の著者安素玲さんの父安在求氏も上述のように長く獄中にあり、子どもたちと直接接することはできませんでした。
 しかし、その間、ちょうど丁若が遠く離れた息子たちに手紙を送ったように、安在求父子もたくさんの手紙をやり取りしたそうで、獄中書簡をまとめた書簡集「私たちがともに歌う歌(우리가 함께 부르는 노래)」が刊行されています。

 つまり、このような作者自身の思いが作中の丁学游に投影されている、ということですね。本書の前書きでも、安素玲さん自身、具体的ではありませんが上記のようなことに触れています。

 以上がこの本の紹介なんですが、肝心の内容はまだ冒頭から5分の1程度読んだだけなので、まだ感想等は書けません。
 興味を持って読み進んでいたところ、川崎図書館で借りたもう1冊の本を読み始めたら最初から引き込まれて、そちらの方をまず読み終えてから、ということにして、そのうち読了した時点でまた記事にするかもしれません。(いつになることか・・・。)

 この記事では、そのもう1冊の本の紹介がメインで、この本のことは前書き的に書くつもりだったのが、つい安在求氏のことをいろいろ書いたために長くなってしまいました。
 もう1冊の本については次の記事にします。

★丁若の人気は現在の韓国で一般的なものだと思います。とくに1992年発行のファン・インギョン(황인경)の「小説 牧民心書(소설 목민심서)」と、それをドラマ化した「牧民心書~実学者チョン・ヤギョンの生涯」(2000年KBS)の影響力が大きかったのではないでしょうか。
 とくに、守旧派の権力の弾圧により流罪となった改革派の知識人という点は、<左翼人士>の共感を得る大きな要素だと思います。
 岩波書店とも密接な関係のある進歩陣営の代表的出版社・創批(チャンビ)から、「流配地から送った手紙(유배지에서 보낸 편지)」という書名で丁若が息子たちに送った書簡のハングル訳が刊行されているのも、そんな背景があるのかもしれません。

★南楊州市鳥安面(チョアンミョン)にある刊行ポイント<茶山遺跡地>の紹介は→コチラ
 近くには「風の丘を越えて」「シュリ」「共同警備区域JSA」の撮影地・南楊州総合撮影所もあります。
 ふーむ、これは一度行ってみてもいいかも・・・。
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