ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

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韓国オタクの佐賀紀行① 吉野ケ里遺跡の鳥竿(ソッテ)

2010-05-14 23:13:09 | 韓国・朝鮮と日本の間のいろいろ
 5月5日の記事で黄金週間の佐賀旅行の旅程を紹介しました。

 仕入れたネタはたくさんあって、すでに虹の松原のゴミの話とか、羊羹の話とか、変化球的なネタはupしましたが、今後は一応オーソドックスな形でまとめてみますね。

 5月2日、佐賀旅行最初の見学地は吉野ヶ里遺跡です。
 JR吉野ヶ里歴史公園駅に降り立つと、横浜から前泊地博多を経て来た私ヌルボにはとても広々とした感じの風景。公園まで徒歩15分はちょっと遠いな、と前夜ガイドブックを見て思いましたが、朝市ということで道の両側に軽トラックがずらっと並んで食料品等々いろんな物を売っていて、眺めながら歩くうちに着いていました。

 朝食抜きで来たので、まずは腹ごしらえと、食堂に入って食べたのがやよいおぼろ膳980円(写真)。豆腐は大好きだし、健康にもよさそうですが、レタスやトマトは弥生どころか江戸時代だってなかったぞ、とツッコミを入れたくなります。タマゴの食用も明治からでしょ。キュウリは6世紀頃中国から伝来、ですか。こんにゃくとか豆腐の歴史は・・・等々考えたらゆったりと食べていられまへんがな。しかし、正真正銘の弥生時代食なんて出すとなると、かえってテマヒマがかかるかもねー。

   
 【やよいおぼろ膳」と銘打ってるから、ついつい考えてしまいました。

 さて肝心の吉野ヶ里遺跡ですが、やっぱり広い。ひろ~~~いです。

   
  【櫓(やぐら)の上から見ると、はるか彼方にも復元住居が見えます。

 歴史の本とかで見た環濠もしっかり確認してきました。

   
     【急なV字形の、深い環濠です。

 そして韓国オタクとして私ヌルボがまず着目したのが、各エリアの入り口の上部の木製の鳥です。吉野ヶ里遺跡からこれが出土しているとは知りませんでしたねー。
   
   【単なる装飾じゃなくて・・・。説明は見ませんでした。どこかにあったのかな?】

 北内郭主祭殿の屋根にもありました。

 
  【このように復元したのには、確固とした根拠があるのでしょうか?

 この<鳥竿(とりざお)>、韓国語で<솟대(ソッテ)>という木製の鳥について知ったのは、土俗の乱声(1991年)という東アジア各地に共通する習俗を扱った見応えのあるドキュメント映画でかなり詳しく紹介されていたからです。

 日本野鳥の会関係のサイトには、「この鳥竿は、アジアの稲作地特有の風習で、優良な稲作地を探すときの目安として朝、鳥が多く集まるところに設置されたのが始まりといわれています」とあります。
 Innolifeのサイト中にも<村を守る民間信仰物、ソッテ(鳥竿)>という記事がありました。
 その記事には「ソッテはその起源が青銅器時代に溯るほどとても長い歴史性を帯びており、またその分布も満州、モンゴル、シベリア、日本に至る広範囲な地域に及んでいる。これはソッテが北アジアシャーマニズムの文化圏で、悠久の歴史を帯びた信仰対象物であることを傍証してくれるものである」とあり、また韓国各地のソッテや、その関連の行事等を紹介しています。

 そういえば、私ヌルボか以前仁川の市街地で下の写真のような造形物を目にしました。これもやっぱりソッテのバリエーションですね。

   
   【とても大きく、重量感があります。

 また、ヌルボは行ったことのないソウル市内の有名な観光スポット三清閣にもソッテがあるみたいですよ。

   
  【いつかは三清閣に行って、最高級の韓定食でもいただいて・・・と、思うだけ。

 吉野ヶ里遺跡については、土器等々、他にもいろいろありそうですが、思い切って今回の記事はここまでっ。

付記:萩原秀三郎「稲と鳥と太陽の道」という本がここらへんにまつわる信仰・民俗を詳述しているそうですが、何よりも、この本を紹介している当代の大読書人・松岡正剛さんのサイト「千冊千夜」の記事だけで十分以上にすごい、です・・・。
コメント (2)
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