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「内閣法制局の果たす機能は、まっとうな法治国家には必要不可欠」(by 南野森氏)

2016-09-03 | 天皇生前退位
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2016年 9月 3日(土)10時33分32秒

筆綾丸さんがその頭の良さに太鼓判を押されている内山奈月さんとは暫しお別れして、ここで南野森氏がもう少し難しい用語で展開する内閣法制局賛美も見てみたいと思います。
奥平康弘・山口二郎編『集団的自衛権の何が問題か─解釈改憲批判』(岩波書店、2014)所収の「禁じ手ではなく正攻法を、情より理を」からの引用です。(p93以下)

『集団的自衛権の何が問題か─解釈改憲批判』

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内閣法制局とは?

 内閣法制局は、一八八五(明治一八)年、内閣制度の発足とともに作られた大変由緒のある組織である(なお、発足当初はたんに「法制局」という名称で、戦後、一九六二年に「内閣法制局」と改称された)。いわば政府・内閣の法律顧問団であり、その主な業務は、閣議に付される法令案を審査する「審査事務」(内閣法制局設置法三条一号)と、法律問題につき首相や各省大臣等に意見を述べる「意見事務」(同条三号)の二種である。
 法令案の審査では、細かく念入りな逐条審査を通して、当該法令案は、憲法を頂点とする国法体系との整合性や、政府見解や判例との適合性が確保されたものとなる。憲法適合性について言えば、日本は諸外国に比べて違憲判決が少なく、違憲審査制が十分に機能していないと批判されることがあるが、実際には、このように事前に法の専門家が厳しく審査するため、裁判官が違憲と考えるような法令がもともと少ない、という事情がある(実際、過去に最高裁が違憲と判断した法律の多くが、戦前から存在していたものか、議員立法によるものである)。日本の立法のレベルは非常に高く、整合性や一貫性が充分に確保されている点が誇るべきところの一つであるが、それは、このような立法段階での精緻な準備に負うところが大なのである。
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内閣法制局設置法は全部で8条しかない簡明な法律ですね。


ま、キラーカーンさんが触れられている米国あたりと比較すると「整合性や一貫性が充分に確保されている」のが日本の法制の特徴のひとつであり、それは基本的には内閣法制局により担保されているのだとは思いますが、憲法整合性に限っては、本当に内閣法制局のおかげなんですかね。
複雑怪奇で専門家以外なかなか近づけない行政法の世界とは異なり、憲法は国民誰しも一応の理解はありますし、法律作成に関与するようなレベルの中央官庁の公務員であれば、大学で憲法を学び、基本憲法判例についての知識も充分あるはずです。
そうじゃなければ国家公務員試験に受かるはずがないですからね。
素直に考えれば、憲法については法案作成に関与する国家公務員集団全体のレベルが高いから憲法整合性が高いのであって、内閣法制局だけが特別に貢献しているように言うのはどんなものなのかな、という感じがします。
ま、それはともかく、南野氏は自由党時代の小沢一郎氏らが「内閣法制局廃止法案」を提出したこと(2002年6月、2003年5月)や、「政治主導」を掲げる民主党政権下で内閣法制局長官による国会答弁が禁止されたことに言及した後で、次のように述べます。(p94以下)

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 しかし、内閣法制局の果たす機能は、まっとうな法治国家には必要不可欠である。「人の支配」ではなく「法の支配」を実現するためには、「法」が安定していることが最低限の必要条件である。朝に許されていたことが暮れには禁止されるようでは、いくら法を用いた支配とはいえ、それは「人の支配」である。そして法とは、議会等で制定された法文が、それを適用する機関(行政や司法)によって解釈されることで効果を生むものであるから、仮に法文が安定していてもその解釈が不安定であれば、結局は法が不安定であることになり、法の支配は成立しえない。一見単純な法文であっても、その解釈が専門家の間で分かれることはしばしばである。学者のあいだで解釈が分かれているだけなら勝手に論争しておけば良いと突き放すこともできようが、法適用にあたる国家機関によって解釈がばらばらであれば、国家は国家としてたちゆかなくなるし、国民も安心して暮らせなくなるだろう。法治国として二流三流に成り下がることになる。
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正直、ヒートアップの度合いがいささかコミカルに感じられるのですが、南野氏の基準では米国などはどう評価されるのですかね。
キラーカーンさんが指摘されるように、議員立法「のみ」で、法律相互の抵触も頻繁な米国などは「まっとうな法治国家」ではなく、「法の支配」ではなく「人の支配」に堕した国家であり、「法治国として二流三流に成り下が」っていることになってしまうのでしょうか。
まあ、ここまで内閣法制局讃美が昂じてしまうと、一種の偏執症、「整合性パラノイア」とでも言うべき段階なのではなかろうか、という感じもします。

>キラーカーンさん
>内閣法制局への出向者は「エース」ではないでしょう。
>法制局で必要な能力と高級官僚として必要な能力は別物のような気がします

各官庁で人望のない人の中では一番頭の良い人、といったら揶揄が過ぎるでしょうか。

※キラーカーンさんの下記投稿へのレスです。

内閣法制局 2016/09/02(金) 22:52:59
>>議員立法は危ない?

先の投稿の続きで言えば
内閣法制局の審査を通った法案は、SEによる「動作保障」がなされている
議員立法の法案は動作保障がなされて「いない」(「相性」の問題で動作しない可能性がある)
という意味で、ある程度はあたっています。

米国では法律は議員立法「のみ」ですので、法律相互に抵触する条文も存在するらしく、
その「交通整理」も裁判所の仕事であるという話も聞いたことがあります。

>>内閣法制局

内閣法制局への出向者は「エース」ではないでしょう。
法制局で必要な能力と高級官僚として必要な能力は別物のような気がします

内閣法制局は、いわゆる「拒否権プレーヤー」なので、「へそを曲げられる」と大変なので、
それなりに大事にはされると思いますが・・・

確か、旧司法試験では、内閣法制局の参事官(以上?)を5年以上勤めれば弁護士資格が与えられたので、
それ以前に出向元に返すということがあるという話は聞きました
(或いは、司法試験合格者のキャリア官僚を送り出すか)
そういうこともあって、「終身雇用」を前提とした「内閣法制局採用」はやっていなかったのかもしれません
(所帯も小さいので、出向者で賄えるということもあったのでしょう)

現在では、司法試験合格以外で弁護士資格が取れるのは
1 最高裁判所裁判官経験
2 検察庁で、検事補→検事
だけになりました。
で、司法試験合格後、法制局参事官を5年以上勤めれば、司法修習を経ずに弁護士になれるという
「ささやかな特権」は残っているようです。
コメント
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