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近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

成瀬巳喜男の『めし』で原節子を観る・・・その11 専業主婦と男女雇用機会均等法

2013年09月30日 | 原節子

先週からの続きです。

いよいよ物語は終盤、大衆食堂、列車内のシーンです。

秋祭りの最中に再会し、二人は御輿を見つめつつ、大衆食堂でビールを飲みつつ、語り合うのです。もし、これが、実家の座敷で二人が向き合っていたとしたら、展開は変わってしまうでしょう。

さり気なく、自然に、二人は“三千代の家出”が無かったことの様に、自然に振るまい、それとなくフツウの会話を通して、互いを許し合い、認め合い、折り合いをつける・・・、その背景は、道端、食堂、そして、秋祭りなのです。

妻にビールを注いでやり、自分は手酌。妻は一口飲んで“苦い”と云い、夫は“あっ~美味い!”と云って飲み干して、手酌で続けてビールを注ぐ。

※原節子はビールが、とても、とても大好きだったそうです。

「ワイシャツ、ずいぶん汚れているのね。替わり持ってらした」
「あ~」
このひと言は、いまでも、これからも、妻で居ることを告げる発言であり夫はひと安心。

「ネコ居ます」
「うん、谷口さんに預けてきた、あの息子さん就職したそうだ」
さり気ない、日常会話、

「そう・・・あなた、わたしが直ぐ帰るとお思いになって」
「ああ、だから手紙書かなかった。僕の仕事、明日済むんだ、一緒に帰る?」
直ぐ帰ると思ったとしか返答できません。そして、さり気なく、自然に和解のの提案。



「そうね・・・・・・、わたしあなたに手紙書いたのよ、だけど出さなかった」
「どうして?」

「・・・・・・ねぇ、わたし東京に来て2千5百円も使っちゃった」

“あなたが迎えに来ると思ったから”とは云わず、問いかけには直接答えず、彼方の妻であり、主婦であることを意味する発言。



「竹中の伯父さんがね、今度、東和商事に勤めたらどうか?て云うんだ。そうすれば月給も 少しは上がる、君に相談して返事するって云っといた」
経済的な改善策の提案に了解を求める、

「いいのよ、あなたがお決めになって」
夫の立場を尊重し、

「そりゃねぇ、僕だって君が苦労しているのは分かっているけど・・・」
夫はそれとなく反省を口にして、

「いいのよ・・・」
妻はそれを許す。

「もうそろそろ帰ろうか?」
「ええっ」
「これお飲みになって」
妻の残したコップのビールを夫が飲み干し、和解の儀式は完了。

そして、二人は帰路に。


妻、原節子の、時代制約的? 普遍的? 模範解答的? ナレーションが流れます。

『わたしのそばに夫が居る、眼をつぶっている平凡なその横顔、生活の川で泳ぎ疲れて、漂って、しかも尚、闘って、泳ぎ続けている一人の男、その男の側に寄り添って、その男と一緒に、幸福を求めながら生きていく事に、その事は私の本当の幸福なのかも知れない、幸福とは、女の幸福とは、そんなものではないのだろうか・・・』

作品冒頭では、

『あなたは、私が毎日毎日、どのように暮らしているか、お考えになった事があります、結婚てこんなことなの、まるで女中のように、朝から晩までお洗濯と御飯ごしらえであくせくして、偶に外へ出て帰れば嫌な事ばっかり・・・私、東京へ行きたいの、東京へ出て働きたい、このままでは、とっても堪んないわ・・・』

この変化の過程が、いまいち、分かったようで、分からない・・・、そんな気が、しないでは無いのですが、兎に角、夫婦の危機は去ったのです。

それで、この結論をどう読むのか?これでは男に女は従属して、自立していないとか、古いとか、封建的とか、男女同権でないとか、民主的でないとか、そんな反論が・・・・。

当時から、賛否両論だったそうで、今でも賛否両論? 古いようで、新しく、いつまでも解けない問題? その時の時代背景により、賛否がいろいろと変化するのです。

今や、もしかして、専業主婦は憧れ?でも、しかし、それだけの経済力が、男には・・・。

※本日の朝刊、とても微妙な問題の為、数字に対して一切の解釈なしの記事。


でも、何か、封建的とか、民主的とか、男女同権とか、男女雇用機会均等法とか、女の自立とか、そう言う問題の立て方は、この作品に対しても、原節子様に対しても、とても、とても、野暮で見当外れな、そんな気がしてきました。

小津作品の原節子よりも、成瀬作品の原節子の方が、とても、とても、魅力的でした。

“東京物語”は小津の代表作で、原節子の代表作はこの“めし”だと、個人的にはそう思うようになりました。

これから、他の監督作品の原節子も観て見たいと思います。現在、原節子さんは東京の老人養護施設にいると云われています。今年で93歳?お元気なようです。出来ることなら、一度、一緒にビールを飲んで見たい!

8月28日から書き始めて、今日の11回目で、やっとこ、さっとこ、最終回となりました。ホント、最期まで辿り着けて、ホントにヨカッタ!

これで、“原節子の“めし”の話しは、お終いで~す。


それでは、また。


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2 コメント

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Unknown (マサミ)
2020-12-11 17:08:17
初めまして。「めし」に関する情報を探していて、貴ブログにたどり着きました。私は昨日、鎌倉の川喜田映画記念館で「めし」を観たのですが、セリフがほとんど聞き取れなかったのです。貴ブログのお陰で、「そうだったのか!」と理解できたことが沢山あります。ありがとうございました。

また、別記事で原節子さんの住まいを探したらすぐに発見してしまい、あっけなかったというお話を読みましたが、私もつい先日、まったく同じ体験をしたばかりで、可笑しかったです。

とてもためになるブログですね。また訪問させて頂きます。
返信する
Unknown (cocoro1)
2020-12-12 10:54:49
コメントありがとう御座います。お役に立てて光栄です。またの訪問をお待ちしております。
返信する

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