歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

ゲゲゲの女房の眼が恐い

2010年05月14日 | テレビの話し
“ゲゲゲの女房”が始まりました。

“水木しげる”の半生ですから、絶対に面白い筈なのです。戦争があり、戦後の混乱があり、貧乏時代があり、そして、漫画家として大成功し、ヨカッタ!ヨカッタ!で終わる分けですから、安心して見ていられるのです。


でも、しかし、どうも、いまいち面白く無いのです。肝心要の主役に問題があるのです。


水木しげるの奥さんは身長が高いと云うことで、この女優さんが“身長”で抜擢されているようで、どうも芝居がいまいちなのです。


それと、はじめの頃から気になっていたのですが、眼がとてもキツイくて、それに加えて、


白目が、とても充血していて、アップの時は恐くて、恐くて、


朝から、この顔、この眼は、ちょっと困るのです。製作者も気付いているようで、当初の頃と比較して、アップのシーンは少なくなっているのですが、


それでも、時々、あるのです。今日の写真はすべて今朝放送されたものです。


それに、旦那の“水木しげる”を演じている役者も、いまいち、存在感が乏しいのです。


結婚前は、父親役が風間杜夫で、母親役が竹下景子ですから、この二人との絡みでは、まったく存在感がなくなるのです。

まぁ、女房役も、母が古手川祐子で、父が大杉漣で、祖母が野際陽子ですから、同じ画面に登場するとまったく見劣りしてしまうのです。

舞台は東京に移ったのですが、出版社の社長が“うじきつよし”で、貸本屋の“松坂景子”に、姑に“佐々木すみ江”ですから、とても勝負にならないのです。


今週は、これまた“上條恒彦”ですから、みんな持って行かれてしまうのです。


二人だけの場面は、とてもつまらないのです。


見ていて、それとなく、じっくり、少し考えたのですが、これは、役者の問題よりも、かなり脚本に問題があるのでは?と、思ったのでした。

どちらも、いつも、いつも、周りに引きずり回されていて、自分たちから周りを引きずるストーリーになっていないのです。

主役が、いつも、いつも、脇役になって物語りが展開されているから、どうしても、二人の存在が軽くなってしまう?

それと、やっぱり、しげる役の俳優には、まったく“灰汁”と云うか、“個性”と云うか、“華”と云うか・・・無くて、とても、とても、フツウの人なのです。

二階に下宿している、売れない漫画家役は、とてもイイです。何だかハッキリしない、ボンヤリした影の薄い役を演じると、とても存在感を出す“中村靖日”の芝居に、しげる役の俳優は負けています。

それに、女房役の方ですが、女優に大柄な方はあまり向かないので、なかなか大柄でイイ役者は居ませんので、かなり苦労したキャスティングなのでしょう。でも、現代的な活発な役には向いていると思います。

兎に角、脚本も、主役も、いまいちで、脇の役者が目立ち過ぎるのです。これから、村上弘明が出て来るようですが、これでまた、二人の影が薄くなる?

いや、たぶん、これから、二人が中心で、二人が活躍して、物語が展開していくのかも知れません。面白くても、そうでなくても、わたしは朝ドラを見続けます。もう、何たって、習慣なんですから。

評判も、視聴率も最悪だった、“つばさ”も“ウェルカメ”も、ずっと、ずっと、見ていたのです。でも、この最悪の2作よりも、主役が輝いていないのが心配です。

まぁ、偉大な夫に尽くす女房が主役ですから、そもそも・・・・・・なのです。でも、こういうタイプの話が、それなりに受ける、そういう時代なのでしょうか? 視聴率も最悪だった前2作よりは良いようです。

まあ、兎に角、これからも、毎朝、毎朝、見るのです。


それでは、また来週。


コメント (1)
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