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歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

晴天で携帯写真にビックリ!

2008年05月15日 | 雑談
本日は、久しぶりの青空でした。

この一週間の寒かった事、ホントに冬に逆戻りでした。昨日まで、炬燵を使用していたのです。

そして、今日の晴天、太陽が眩しく、温かく、もう、これは、家にじっとしていられません。外に飛び出しました。

それに、チョットした用事もあり、土浦の郊外を歩いて来たのです。普段よく行く場所をなので、デジカメは持っていきませんでした。

それで、携帯で写真を撮ってきました。

こんなに良く撮れるのです。驚きました。


いつものデジカメとそれほど変わらないのです。


実は携帯を先週“やっと新しく”したのです。

それで、その携帯の話なんです。

先週、“配達証明付”で“最終通告”(ホントにそう書いてありました)が届いたのです。

“Au”なんですが、これで3台目になります。前回は通信方式が変わるので通話もメールも使えなくなるとの事で変えました。今回はメール機能だけのようです。

去年頃から、電話や郵便で何回か連絡があったのですが、携帯を新しくすると、使い方を覚える迄が面倒なので、ほったらかしにしていました。

そして、先週、最終通告を受け観念したのです。店に入る前は、“どうか優しく美人の店員さんに当たりますように”と、観音様にお願いしたのです。

そして、店の前に立ち、自動ドアーが開き正面を見ると、カウンターの奥に4人の店員が雑談中です。

平日で時間は2時過ぎ、客は一人も居ません、とても暇そうです。パット見で、左隅の女性が観音様にお願いしていた女性でした。

残り3人は化粧のキツイ20代前半の“ネェちゃん”の言葉に相応しい女性達です。

若い店員は、初歩的な質問をすると露骨に「そんな事も知らねェの?」何て顔をされそうで嫌なのです。

私は、一番左隅の“観音様にお願いした女性”に視線を向けると、他の3人はほんの少し身を引き、観音様の女性が「どうぞこちらへ」と声を掛けてくれました。

制服の様子から、“スチュワーデス”(今は違う呼び名ですね)の様にみえました。髪を後ろでまとめ、化粧も自然で、何処か?テレビで見たような? そんな素敵な方です。

今日は“ツイテル”と思いました。その方は、他の“ネェちゃん”とは異なり、30代半ばとお見受けされる、落ち着いた雰囲気の方です。

先ずは、最後通告の件を話、こちらの要望として、「SDカード」が使えること、色が目立つこと、音楽が聴けること、デカ文字であること、を告げました。

すると、それに答える前に、少し間をおいて座っていた「ネェちゃん」に視線を送ったのです。

すると、その「ネェちゃん」が“音楽はすべての機種で聴けますよ”と云いながら、30代の方に眼で指図をしているのです。

機種とその機能が手書きで書かれたA4の用紙と、カタログを後ろの机から取りだし、説明を始めました。

一通り聞いて、3機種に絞り、サンプルを手に取り比べて見る事にしたのです。いろいろ眺め、その一つにほぼ決める時に、キーの照明具合が見たいと云うと、

「はい」と云って。サンプルを操作し始めたのです。サンプルですから、ランプは点灯しないのです。

それを見ていた隣の「ネェちゃん」が、嫌みな目つきをして、後ろの棚を指差しました。そこに“本物の確認サンプル”置いてあったのです。

30代の、優しく、美しい、女性は「新人」だと気が付きました。自分よりも年下の「ケバイネェちゃん」に命令されているのです。ホントに可哀相でした。

機種も決まり、念の為に「SDカード」を確認させて欲しいと云うと、優しく美しい女性は、またも、サンプルの裏フタを開けようとするのです。

「あの~、それはサンプルの方ですから、開かないと思いますけど」と、云うと、

「あっ! そっかァ」と云って微笑んだのです。その言葉、その表情、トテモ可愛かったのです。

それで、「SDカード」なのですが、取り出したのが「小指の爪」ほどの、小さな小さなカードでした。

私が「エッ! 何それ」と云うと、隣の「ネェちゃん」が、嫌みな目つき(化粧の影響がかなり有り)で、

「携帯のSDカードってェー、これですよッ、みんな」とイイはなったのです。

「デジカメや、PCのSDカードはもっと大きなヤツだけど」と云うと、ネェちゃんは暫く考えて、カウンター奥のドアを開け中に消えました。

そして、数分して、小さなSDを、一回り大きなアタッチメントに差し込み、持って来たのです。それでも、小さいと云うと、

「そう言えばもっと大きなヤツが」と呟きながらまた、奥に消えました。

その間、30代の女性は、和やかに微笑み成り行きを見守っていました。いつも見ている大きさのSDカードを持って「ネェちゃん」が再び現れました。

「そう。それだ! いろいろ有るんだ、知らなかった」と云うと、

「一番小さいのがマイクロSD、次がミニSDです。これで宜しいですか?」

「はい」と云うと、ネェちゃんは“美しい方”に視線を送ります。それに答えて、

「こちらのアタッチメント付きのSDカードは、無料交換の対象にはなりませんが、宜しいでしょうか?」

勿論、私は「構いません」と、答えました。後で判ったのですが、ネットで音楽をPCにダウンロードして、SDカードに保存し、カードを携帯に差し込めば直ぐ聴けると思い込んでいたのです。

携帯と、PCでは異なるプログラムで動作するので、そうは簡単にいかなかったのです。兎に角、いろいろな大きさのSDカードが有ることを知りました。

アタッチメント付きSDカード「512MB」で2100円でした。以前、デジカメと一緒に買った「256MB」が2800円だったと思います。安くなりました。

それにしても、兎に角、30代新人“佐久間さん”、年下の「ネェちゃん達」に負けず、頑張って下さい。

おじさんは、遠くから、そっと、応援してます。


それでは、本日の雑談を終わります。


明日は「我孫子シリーズ」です。



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そうだ! 演歌だ! 都はるみだ! そして朝青龍だ!

2007年11月30日 | 雑談
今日も“お天道様”の顔が見えません、灰色の空です。

こういう時には「そうだ!演歌を聞こう!」と思い、一度やってみたいと思っていた、ネットでのダウンロードに挑戦してみました。

先ずは、誰が!、何と!、云おうと!「都はるみ」で決まりです。兎に角、お金を払って「歌」を買うのは何十年ぶりです。

ダウンロードは、いとも簡単でした。先ずは「千年の古都」、「小樽運河」の2曲です。

♪あっ あぁ~ 時は身じろぎもせず~ 悠久のまま~ 

イイ~ですねェ~。囁くような唄い出し、そしてエンディングへ向けての歌い上げる歌唱力、表現力、時間的、空間的に広がって行きます。

「美空ひばり」を越える歌手です。

ホントに巧い、感動します。 “都はるみ”は凄い歌い手です。


と、書いていたら、朝青龍の会見が始まりました。


やっぱり「反省」はしていないようです。でも、やっぱり「朝青龍」が居ない土俵はホント、詰まらないです。

反省はもうイイです、兎に角、面白い本場所にして下さい。「あの千代大海」が千秋楽まで優勝争いに残るようではダメなのです。

やっぱり「憎まれ役」は必要です。やっぱり朝青龍が実力的にはナンバー1です。白鵬は精神的にも、技術的にも、スピードでも、朝青龍より「かなり」見劣りがします。

それにしても、処分の直接的な原因となった、巡業を「サボッテ」のサッカー事件ですが、記者の質問に対する答えが曖昧でした。

私も以前は「サッカーができて、相撲ができないのは変、仮病か?」と思っていたのですが、あの程度の「球蹴り」と、200㎏前後の肉体が激しくぶつかり合う相撲とは比較するのに無理があったと思いました。その事を強く主張すべきです。

それと、本場所後、休暇もなく直ぐ地方巡業と云うやり方は無理があると思います。本場所後は一週間程度の休暇が必要です。

日本人力士も、外国力士も、「休みをくれ~」と思っている筈です。休暇を増やして年5場所が適当ではと思うのです。

幕内には15人も外国人力士がいるのです、国技だ、単なる格闘技ではなく、神前に捧げ儀式だとか、そんな事をいつまでも・・・・・・と思うのです。

それにしても、北ノ湖理事長、横綱審議会のみなさんが、朝青龍の「反省」を認めたようです。

まぁ。諸般の事情を考慮し「渋々認めざるを得なかった」と云うところでしょう。兎に角、相撲は「興行」なのです。それなりの「演出」と「演技」は必要です。


それでも、“私は相撲の味方です!”と、正々堂々、大声で宣言しま~す。

少し、酔っていま~す。

それでは、また明日。 


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朝青龍、亀田、そして小沢さんの「もろ出し」

2007年11月15日 | 雑談
それにしても、朝青龍はどうしたのですかね、何だかんだ云われて、いろいろな噂が囁かれても、やっぱり日本に戻って来るようです。

朝青龍には“時”が味方しているようです。テレビの話題は朝青龍から「亀田問題」に移り、亀田が下火になると「時津風問題」、時津風も色褪せて来たところで、「小沢さんのプッツン事件」です。

テレビでは、朝青龍も、亀田も、時津風部屋も、小沢一郎も同じなのです。

相撲協会は「時津風問題」の出現により、「朝青龍問題」が相対的に小さな問題に変化した事を、影では喜んでいる筈です。

協会としては、朝青龍問題は「ウヤムヤ的」に処理し、そして「八百長問題」は遠い過去の問題として忘れてもらう。

週刊現代も大夫儲けたのでこの辺で“次のネタ”に移る時期でしょう。人の噂も七十五日です。

それにしても「琴光喜」です。やっぱり、元の琴光喜です。人間はそう簡単に変わらないし、変われないのです。

相撲取りは「考え過ぎる人」には向かないのです。相撲だけではなくスポーツは「考えすぎ」はいけないのです。長嶋茂雄は「考えない」のです。

考え過ぎない事、自分を信じる事、これができれば一流なのです。土俵に上がったら「俺は勝てる」と思い込むこと、「負けるかも」と思う人は負ける確率が高くなるのです。

朝青龍が強いのは、「負ける筈がない」と思って毎回土俵に上がっているからです。単純に自分を信じることが出きる、これが勝利の秘訣です。

同じ様な能力を持っていても、「信じる」事が出きる人が勝ちます。


それにしても、小沢一郎さんです。

私はこの間、大連立、辞任、説得、再登板の一連の小沢さんを見ていて、何故か親近感を感じるようになりました。

「一ちゃん」と何処か場末の居酒屋で一杯やりたくなりました。話し下手、人前には出たくない、根回しが下手、人の話を聞かない、自分が正しいと思ったら一人で勝手にやってしまう・・・・・・親しみのある性格です。

あの顔がすべてを物語っています。兎に角「人相が悪い」。それと、表情の特徴的なのは、「笑い顔」から「真顔」に戻る時に、途中の表情がないのです。

これは「笑い顔」を作るのに、かなり無理をしている証拠です。本心では人前で笑顔など見せたくないのです。笑うのが面倒臭いのです。

笑顔から真顔に戻る途中が無い有名人に、あの偉大な監督「大島渚」がいます。この「途中無し人」は独善的な人の特徴です。映画監督は独善的で独裁的な人に向く商売です。

何故? 「途中無し人」が、独裁的、独善的なのか? 独裁的で独善的な性格の人は「笑顔」と「真顔」の途中がないのか?

政治家にも「独善的」「独裁的」な資質は必要と云うか、そういう資質の人がなりたがる商売です。「途中無し人」は、大物と云われた政治家に多く見かけるのです。

考えて見ると、自分を信じて疑わない人こそが、すべての分野で“一流”と云われる条件の様に思えます。

それにしても、そう簡単に自分を信じる人は怖いですね。

それでも、「一ちゃん」に「親しみ」が湧くのは、独善的、独裁的な性格が「もろ」表面に出ているところかも知れません。

「もろ出し」は政治家として成功しない確率が高いです。党首に就任したとき「自分も変わる」と云ったのですが、あの歳になってそう簡単には変われません。

世の中、一見「親しみ易く」、一見「人の話を良く聞く」、そんなポーズを演出して「独善独裁」の臭い隠しているの人が、一番「たちが悪い」のです。


兎に角、変われない琴光喜も好きです。「性格」は変われないけど、「政策」は変わる小沢一郎も好きになってきました。

ところで、あの「福田康夫総理大臣」ですが、どうも、「たちが悪い」ような、そんな臭いを感じる今日この頃です。

兎に角、雑談でした。


それでは、また明日 





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自転車のタイヤ交換

2007年10月01日 | 雑談

今日も寒い、小雨が降ったり止んだりの天気です。

こういう空模様は、絶好の「タイヤ交換日より?」です。3、4日前に近所を走っていると、段差を越えた処で、地面の凹凸がもろにお尻に伝わってきたのです。

「やった!」と、思いました。暫くぶりの「パンク」です。後ろのタイヤを見ると擦り減っていて、表面に糸が露出していました。

そこから家まで自転車を転がして帰って来ました。近所とは云っても1時間掛かって戻ってきたのです。予想外にカロリーを消費して、ダイエットにはとても役だったのでした。

そんなこんなで、本日はタイヤ交換を行いました。パンクした自転車は役にたたないのです。


見て下さい、これです、繊維が数カ所露出しています。ここまで、気が付かなかったのです。タイヤがすり減り、チューブに穴が明いてしまったのです。


これで、2回目のタイヤすり減りによるパンクです。前回の交換から2年ほどだと思います。自転車は購入してから10年は経っています。

1回目は8年目で、2回目は2年で交換ですから、単純計算では自転車購入時のタイヤと、交換したタイヤの耐用年数は4倍の差があることになります。

最近の方が、自転車に乗る頻度も高く、一回の走行距離も長いので、「大雑把」に計算して、交換したタイヤの耐久性は最初のタイヤと比較して半分程度だと思います。

先ずは自転車をひっくり返して、タイヤを外します。前輪よりも後輪はいろいろな部品が付いていて、前輪よりも交換には手間が掛かります。



タイヤと一緒にチューブも交換しました。タイヤが655円でチューブが395円で合計1050円です。サイズは16インチです。

タイヤ交換は、タイヤをリムから外すのと、入れるのが「力技」で大変なのです。


タイヤとチューブを「やっとこさ」外し、新しいタイヤとチューブをはめ込み、車体に取り付けます。

655円のタイヤですが、明らかに最初に付いていたタイヤと比べて、「フニャフニャ」で柔らかく「コシ」が無いのです。

前回もそうでしたが、やはり「安い」と云うだけあって、品質は落ちるようです。店にはそれ一種類しか置いてないのです。

以前、ある「情報筋」から聞いた事があるのですが、ホームセンター向けの「物置」で、一般販売向けとは異なる「鋼板」、「塗装」していると云うのです。

製造メーカーが納入価格を下げる為に、品質を落としていると云うのです。価格を下げろと云われて、「牛肉」に「豚肉」を混ぜるのと一緒です。

自転車も安くなりました。私が買った頃は「3万・・・折りたたみ式」程度だったのですが、最近は1万円以下で店頭に並んでいます。

安い人件費の中国製ですが、メッキ厚とか、塗装回数、塗料の種類、鋼材の材質、タイヤ、チューブの材質等々にかなりの違いがありそうです。

生産性の向上とか、安い人件費とか、それだけではない、外観では気付き難いところで品質を落として、価格を下げて売っているものが、食品を含めあらゆる商品にありそうです。

昔より安くなった商品は、外観はそっくりでも、中身は似て非なるもの・・・・・・かも?

それで自転車のタイヤ交換作業です。

取り付けてナットを締め付けている途中で、「チェーン」が外れ、ぶら下がっている事に気付き、ナットを緩め再度やり直しです。

そんなこんなでタイヤの取り付けは終了。最後に後輪のブレーキを2本のビスで締め付けると作業は完了です。

しかし、ビスのナットが一個、行方が判らないのです。辺りを探して見つかりません。仕方なく道具箱を引っ掻き回し、丁度いいビスはないかと探したのですが見つかりません。

これは、もうしょうがないと諦め、ビス1本で締め付ける事にしました。締め付けが終わり、後はタイヤに空気を入れるだけです。



空気を途中まで入れ、タイヤとチューブのはめ込み具合を調整しょうと、タイヤを回しながら叩いたところ、「カチン」と小さな金属音がして、行方不明のナットが転がり出てきました。

チェーンを入れ忘れたり、ビスの捜索をしたりしましたが、1時間ほどで全作業は無事に終了しました。

これで、いつでも自転車に乗れます。


それでは、また明日。 



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10月の「生まれてはじめて」

2007年09月30日 | 雑談
明日からは10月です。一年で二桁の月は「三ヶ月だけ」となっています。

「だからどうしたッ!」と、突っ込まれても、たった今、そう思っただけで、特に意味はありません。


【気持ちい~い!】

10月と云えば、運動会の季節です。

そうなんです!10月7日の日曜日は「マナちゃん」の運動会です。マナちゃんの「生まれてはじめて」の運動会です。

「生まれてはじめて」ってスゴイことですよ! 

これから、ずっと、当分、暫くは、「生まれてはじめて」が「たくさん」続くのです。

毎日が、「生まれてはじめて」の連続です。はじめてばかりが、いっぱい、いっぱい、詰まっていて、一日も、一年も、とても、とても、長いのです。

いっばい! いっぱい! 「生まれてはじめて」を体験して、経験して、大きく育っていくのです。

ガンバレ! マナちゃん! 応援に行くからねェ!


それにしても、歳を重ねていくと「生まれてはじめて」が、ほとんどと云うか、まったくと云うか、無くなってしまいます。

一日も、一年も、いつもと同じ事がくり返され、変化がありません。中身の無いスカスカした毎日が連続する一年、あっと云う間に過ぎ去って行きます。


【一瞬、龍の頭に見えたのですが、タダの折れた木でした】

なんとか、スカスカを埋め、「生まれてはじめて」をこれからも、いっぱい経験し、ドキドキ、ハラハラして、オドロキとカンドウを味わいたいものです。

そんなこんなで、10月は、福島県にある「阿武隈洞」に行く計画を立てています。鍾乳洞を見るのは「生まれてはじめて」なのです。

ホントは春頃より佐渡島に行く予定を立てていたのです。生まれてはじめて「カーフェリー」に乗って、生まれてはじめての、「日本最大の島」「佐渡島」を楽しみにしていたのです。

それが、あの地震により中止する事にしたのです。私は「問題ない」と思っているのですが、周りが反対するのです。


【阿吽の狛犬ではなく、阿と阿の一対?の狛犬。かなり変です】

それで、生まれてはじめてを別に探し求め、鍾乳洞に変更したのです。阿武隈洞は「東洋一」だそうです。でも、東洋って何処から、何処までなのでしょうかねェ?

これから毎日、少しずつ、福島の情報集めをはじめます。


それでは、また明日。



※写真は本文とは関係ありません。前回の土浦郊外シリーズの時に撮影したもので、掲載を考えていたのですが、半端になってしまったのです。もったいないので載せました。



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ホント!にホント!の雑談 その2

2007年09月21日 | 雑談
最初に先ずは訂正です。昨日、もうすぐアクセス数が「2万」と書いたのですが、「3万」の誤りでした。

「お詫びして訂正します」・・・・・・、何て事を書いても、本人以外の人には、それほど意味のないことなのですが、それでも、やっぽり、本人としては、それなりに「アクセス数」は気になるものです。

昨日頂いたコメントの返事にも書いたのですが、「自分の書きたい事」、「自分の興味のある事」、その事を書き続けている筈であったものが、いつしか、知らない内に、読む側を意識し始めるのです。

自分の興味から、「読む側の興味」を意識し始めるのです。やっぱり「受けを狙う」のです。

そこで、思うのですが、テレビの「視聴率」とか、「やらせ問題」とか、眼で見て楽しめ、あまり「考えないテーマ」への偏りとか、そんな事と比較して、考えてしまうのです。

テレビ、特に民放では、兎に角「視聴率」です、低ければ番組は終了します。視聴率は「死活問題」です。ホントに下請けの製作会社は食べていけなくなります。

視聴率の為ならば「やらせ」でも、「馬鹿番組」でも何でも作ります。それが普通の人の普通の感覚ではないかと思うのです。

普通の人は、そう云う状況になれば、普通にそう云う事をしてしまうと思うのです。

普通の人が、普通の人を「喜ばせる」事を第一に考え、番組を作っていると、いつしか、普通の人も「つまらなく」なって来る、そんな気がするのです。

ホントに最近のテレビは「つまらない」です。と、云つつも、テレビは見ているのですが。

NHKの朝の連ドラは、ハッピーエンドに向かっています。視聴者の要望に応えた終わり方になるでしょう。

よかった!よかった!で、みんなが気持ちよく終わる事を願っていますから、その視聴者を無視出来ませんからね。私もその独りです。

朝のひとときに現実の厳しい世の中を、そのまま見る気は誰もしませんから、楽しい、面白いが、一番です。



テレビなどは「そんなものでイイのだァ」と、云われれば「まぁ。そうですねェ」としか答えられませんが・・・・・・・。

話しが逸れてきました。
それで、えーと、何だっけ、そうでした。いつしか読む側を意識してブログを書く話しでした。

私には「スポンサー」が居る訳ではないし、「視聴率=アクセス数」が少ないからブログを終了させられる訳でもありません。

それでも気になる「アクセス数」、やっぱり「受ける」と嬉しいですからね。


それで、話しは琴光喜なんですが、雑談なので話題は突然飛びます。完全に「以前」の「琴光喜らしさ」に戻ってしまったようです。

突然、精神面が強くなれるのであれば、とっくの昔に大関になっていた筈ですから、琴光喜がそんなに簡単に「変身」できたら、逆に「変」なのです。

天敵「朝青龍」が居なくても、勝手に転んでしまうのです。同部屋の琴欧州もホントに情け無い、単なる「ノッポ」で「相撲」になっていません。

彼の「顔つき」が「弱そう」なのです、あの顔では相手に精神的な余裕を与えてしまいます。

そもそも、親方の「元琴の若」もデカイだけで、表情に「強さ」がありませんでした。3人とも「表情」が「やさしい」のです、似たもの同士が集まったようです。

琴翔菊もそんな感じで、ボチボチ勝っている程度です。

ボチボチと云うと、「そこそこ勝ちのそこそこ負け」の稀勢の里ですが、ホントに忘れ去られてしまいます。

新入幕の豪栄道は今場所大活躍ですが、来場所もその次の場所も、期待して大丈夫でしょうか?

豊真将も、今一で大勝ちできません。琴光喜もダメ、稀勢の里は絶対にダメですし、今のところは豪栄道なのですが、来場所からは取り口を研究されて、厳しい状況になる筈です。

豪栄道が厳しい状況で勝ち抜いて、大関になって貰いたいのですが、その上を狙える力士には見えないのです。どちらかと云えば、名関脇のタイプに見えてしまいます。

兎に角、豪栄道は来場所も二桁勝てるかですね。期待しています。今場所は未だ終わっていませんでした。しかし、優勝は白鳳に間違いないでしょう。


それにしても、「安倍ちゃん」は、入院して表に出てきません。自民党のつまらない総裁選挙はニュースの最後の方で、映像なしの一行程度のコメントで充分です。



それでは、また明日。 
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ホント!にホント!の雑談です。

2007年09月20日 | 雑談
今日はホントに雑談です。

このプログ何ですが、始めたのが去年の9月26日でした。


“これから毎日更新するぞ(^_^)書くことは沢山あるからね”

この一行だけでした。

記事らしい記事を書いたのは2日後の28日からですので、9月28日を一周年記念と考えています。

始めた頃は確かに書くことが沢山あり更新するのは楽でした。1ヶ月ぐらい毎日連続して更新していると、段々と「連続更新」に執着して、目標を100日連続更新としたのです。

ブログの更新を毎日やっていると、やらないと気持ちが落ち着かなくなるのでした。これって「ブログ更新病?」「ブログ中毒?」

退職後に3年ほど日記を付けていたのですが、いつの間にか中断していたので、ブログの開設は丁度良い日記の復活になったのです。

それで、100日連続が達成されると、200日連続が目標となりました。しかし、200日連続の頃は「かなりきつかった」のです。

まったく何を書けばいいのか、何も思い付かず、目標達成を諦めかけたりしました。その頃から、2~3日遅れで更新したり、最悪5日間、更新が途絶えたこともありました。

ブログを、書こう、書こう、書かなければ、と思いながら別の事をしていると、ホントに何も思い付かず、何も書けなくなってしまうのです。

兎に角、PCを起動し画面に向かい一行か二行でも書くと、書く題材が頭に浮かぶ?と云うか、湧いてくる?と云うか、いろいろな記憶と、いろいろな出来事と、いろいろな情景とが、いろいろに繋がりだして来る・・・・・・・と、気が付いてはいたのですが、これがまた、PCの画面に向かうまでが大変なのです。

200日連続を越えたころより、連続更新が途切れたりしたので、目標を「一年間」で「365本」に目標を変更しました。まぁ、そんなに拘る事もないのですが、やはり何か「目標」がないと・・・・・・。

兎に角です。書くことは考える事であり、自分の考えを整理するのにはホントにイイ事と、改めて認識した次第です。

それと、「ボケ防止」には大変に役に立つ様に思われます。

最近のアクセス数ですが、一日平均100前後です。一周年を前に2万は越えそうです。

やはり書けば、誰かに読んで貰いたいですからね。テーマによりアクセス数の増減があり、固定客は60人ほどのように思えます。

こんなものでも読んでくれる方がおり、ましてやコメントなどを頂くとホントに嬉しくなるものです。

読んでいる方、どうぞ何でも構わないですからコメントして下さい待ってま~す。(^0^)/

毎日必ず、決まった時間、それも朝早く更新するとアクセス数は増えるのですが、これは非常に難しいですね。

9月28日で一周年になりますが、これからは「何を」目標にしてやって行くのか考えないと・・・・・・。


それでは、また明日。 




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安倍さんも?杉山さんも?何だかねェ~。

2007年09月13日 | 雑談
やっばり、「安倍首相」は辞めてしまいました。



安倍さんが首相であることに「違和感」があり、今でも首相と思えないと、一昨日ブログに書いたのですが、やっぱり本人も首相でいることに「違和感」があったようで、ホントに辞めちゃいました。

誰がどう考えようが、誰がどう云おうが「安倍ちゃん」に日本国の総理大臣は最初から無理だったのです。



育ちが良い、見た目が良い、人気がある、選挙に勝てると、自民党が「日本の政治」の為に選んだのでは無く、「自分達の選挙の為」に選んだ事が、そもそもの間違いなのです。

今頃になって、周辺では安倍さんの持病「潰瘍性大腸炎」を持ち出して「言い訳」をしていますが、こんな事は「百も承知」で担いだ筈です。

ホントに昨日はオドロキました。2時チョット過ぎにブログを書き終わり、『さぁて、近所を歩いて来るか』と、一階に下りると、おふくろがテレビを見ていて、『安倍首相が辞任だって!』と云うのです。

ホントに、ホントに『エッー!』でした。それから、自分の部屋に戻り、テレビを付け、5時過ぎまで釘付けでした。

安倍ちゃんの「健康問題」での辞任により、私は日課のウォーキングを中止せざるをなかったのです。このことは、私にとって重大な「健康問題」を引き起こす可能性があります。

一日一時間のウォーキングを、4日間天候不良により中止していた為、今日こそはと思っていたのに、これで、体重は1㎏増加し、空腹時の血糖値は3mg/dl上昇した筈です。

ホントに迷惑なタイミングでの辞任です。おふくろも楽しみにしている「大相撲中継」が3時を過ぎても始まらないので怒ってました。


大相撲と云えば、杉山さんの「記者証」没収事件ですが、私が昨日ブログに書いた様に、単なる「内輪揉め」でしたから、「お互いに誤解していました」で話しはまとまったようです。

杉山さんも二度とマスコミには登場しないでしょう。ニコニコ笑って相撲を楽しんで下さい。でも、よく考えると彼が記者証を持っているのは変ですよ。

彼は、相撲評論家でもなく、記者でもなく、ジャーナリストでもなく、記者クラブの「会友」だそうです。

会友は、「協会批判」をしてはイケナイそうです。訳が分からない話です。会友は記者クラブのお友達ではなく、相撲協会のお友達のようです。

もしかして、ホントは、「相撲記者クラブ」は「相撲協会お友達クラブ」なのかも知れません。お友達クラブの「会友」ですから、協会とはお友達なのです。

いっそのこと、協会関係者としての「フリーパス」を杉山さんに持たせてあげたら、双方供にスッキリするのではと思います。


それにしても、「安倍ちゃん」と云い、「杉山さん」と云い、話題の大きさは桁違いですが、二人は「世間」を「だまし」ていました。

安倍ちゃんは、政治家でもなく、「総理大臣」でもなく、単なる金持ちの「おぼっちゃま君」だったのです。

杉山さんは、報道機関出身なので「ジャーナリスト」だった思われていましたが、単なる、相撲好きの「おとなしい老人」だったのです。


それにしても、いい加減な世の中なのでしょうか・・・・・・・。しかし、あまり、立派な人達ばかりの世の中でも「息苦しい」感じがしますけど・・・・・・。

いつの時代も、こんなもん? 

それとも、時代が変化し始めた時は、変化の対応にズレが生じて、今まで、それなりに思われていた人達も、いい加減で、間抜けに見えてしまうのでしょうか?

まぁ。いろいろあります、今日は雑談でした。


それでは、また明日。  

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北の湖理事長!杉山元アナを虐めないで!

2007年09月12日 | 雑談
元NHK相撲アナウンサー「杉山邦博さん」何ですが、いつも、NHKの相撲中継で、花道脇の席で観戦する姿を拝見していました。

私は、NHKを退職後は「相撲評論家」として活躍しているものと思っていたのです。

今でも、杉山さんは「相撲ファン」には人気があります。以前、両国国技館の「場所入り」を眺めていた時に、杉山さんが「関係者入口」から入る際に、


『いょ!杉山アナ名調子!』の声が飛び、拍手が起きたのを目撃しました。


それで、今回の事件です。

彼が「報道関係者入口」、「力士・協会員入口」から出入りしていたのは、相撲記者クラブの会友として「取材証」を持っていたからでした。

でも、何故かあの人の雰囲気は「力士・協会員」関係者として、あの通用門を出入りしているように見えました。

「取材証」が没収されて、双方の意見を聞いていると、どちらも変なのです。

先ず北の湖理事長ですが、

『評論家の活動を止める気はない。だが、取材記者ではないのだから取材証は発行出来ない』

と、云っています。杉山さんが取材記者でないことは「とっくの昔に」に知っていた筈です。明らかに、「朝青龍問題」に対しての「協会批判」が気に入らなかったのです。

以前より協会は、杉山さんを「記者でもなく、ジャーナリストでもなく、評論家でもなく、「協会関係者」であり、「身内」と思っていた「節」があります。

また、杉山さん自身も、相撲が好きで好きでしょうがなく、放送、取材を長年しているうちに、いつの間にか相撲界の「身内」だと思う様になった「節」があります。

そもそも協会は、「NHK」そのものを、「身内」と思っている「節」がありますし、外部から眺めていると、「一体」の様に見える「節」がありました。

こちらの「節」は、報道機関としては、かなりマズイ状態です。

それで、身内の批判に理事長は「頭に来た」のです。彼の「朝青龍関係」の発言は「特に過激」でもなく、「普通」の意見でしたが、「杉山さん」だから問題にしたのです。

「これまでの付き合いからして、杉山さん、あんた!それはないだろう!」ってな事が真相だと思うのです。

直接的には、ある番組で他の人が「朝青龍の処分を決めるのに弁護士などの外部の人間を入れた方がよかった」発言に、隣に座っていた杉山さんが「うなずいた」事が直接のキッカッケだそうです。

これは、「身内」に対する「八つ当たり」でしょうね。


そして「杉山さん」ですが、

『うなずいたのは、同意ではなく、そういう意見もあるのか、と思っただけ。相撲評論家という肩書きもテレビ局が勝手につけたもの。私はそんな名刺も持っていない。いずれも誤解だ』

『朝青龍問題は伝承文化である大相撲の根幹を揺るがしかねない、と発言してきたが、相撲協会を批判したことは一度もない。こんなことになって残念だ』

杉山さんは、相撲評論家ではないそうです。記者でもなく、まして、批判する事を恐れているようですから、「ジャーナリスト」でもはありません。

杉山さんの現在の肩書きは「日本福祉大客員教授」だそうです。でも、もしかして、多分、脇に「元NHKアナウンサー」と書いてあったりして?

兎に角です。この「記者証」の没収事件は、単なる内輪揉めなのです。「報道の自由」何て、大げさな問題ではないのです。


北の湖理事長殿、鬱憤ばらしに、小柄で、気の弱く、そして相撲好の老人である「杉山さん」を虐めてはいけません。


それでは、また明日。



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総裁も「気持ちワルーイ!」の話しです。

2007年08月29日 | 雑談
昨日の続き?の様なものです。

伸晃君もそうですが、晋三君も伸晃君に輪をかけて「気持ちワルーイ」のです。年下なので君付けで呼ばして貰います。

それに、国会議員は「君付け」で呼ばれるのは慣れていますから、本人達もワルーイ気持ちはしない筈です。

それでは『内閣総理大臣安倍晋三クン』の話しです。

話しは、相撲の「貴乃花親方」の事から始まります。彼も、大相撲界「気持ちワルーイ派」の代表です。

去年の11月23日に書きましたが、彼は、「大関らしく」「横綱らしく」「親方らしく」振る舞う事を絶えず意識していました。そして、眼は虚空を見つめ「無表情」となりました。

貴乃花には、それを助言する「取り巻き」が居ました。そして、その「取り巻き」の質が良くありませんでした。

そうなんですね。まるで「晋三君」と同じ環境にあるのです。生い立ちも似ているのです。方や「相撲界のエリート」、方や「政界のエリート」です。

そうです! 晋三君も、官房長官らしく、幹事長らしく、総理大臣らしく振る舞って来ました。裏を返せば、如何に「らしく」なかったと云う事です。

まったく似ていないのは、「何んだかんだ云われて」も、貴乃花は実力で横綱を掴み取りました。

「晋三君」は、「何だかんだ云われて」いる様に、回りに担がれて総理大臣に「させて貰い」ました。その意味では、貴乃花君の方が「エライ」のです。

その晋三君、参議院選挙の大敗後、より「気持ちワルーイ」に磨きをかけて、総理大臣らしく絶えず振る舞っています。

最近は、カメラ目線を変更し、質問者に向けたり、カメラに向けたり、自然な雰囲気と「思慮深く落ち着いた指導者」ぶりを意図した演出に変えてきました。

しかし、いくら演出しても、役者が「大根」では、芝居になりません。目線が彷徨い、泳ぐ様になってきました。

中身よりも「外観重視路線」は行き着く処まで来てしまいました。もう晋三君は「いっぱい、いっぱい」です。ある意味「同情」の対象になりつつあります。

前任の「純ちゃん」は、脚本は悪かったのですが、アドリブが上手な役者だったので、観客から喝采を受けました。

晋三君は、自分の芝居に酔ってしまい、観客の反応が見えないようです。役者の悪さから、脚本にまで「ケチ」が付いてきました。

最近、落ち着きと、ゆとりの演出として、口元、目元に「妙な笑顔」を作る様になってきましたが、トテモ、トテモ「気持ちワルーイ」です。

貴乃花親方の「無表情」も「気持ちワルーイ」ですが、晋三君の笑顔は「気持ち悪さ」で、親方を越えています。

総理大臣を辞めろとは云いませんが、あの気持ち悪い「薄笑い」は、即刻、ヤメテ貰いたいです。

見たくなくても、それなりに、一応「総理大臣」の発言ですから、それなりにチェックするので、何とかして下さい「世耕クン」・・・・・・、アレ?!。もしかして、もう、世耕クンは関係ないのか?


脚本を手直して、役者の顔ぶれも多少入れ替えましたが、主役が変わらない限り、観客からは「そっぽ」を向かれ、喝采を受ける事はないでしょう。




このまま行くと、芝居に関係なく幕は近々下ろされる事になりそうです。


それでは、また明日。



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