チエちゃんが小学校に入学する日を心待ちにしていたある日のこと、お母さんがチエちゃんを呼んでこう言いました。
チエも もうすぐ1年生なんだがら、お父さんのごど、いつまでも
「おとう」って言ってねで、これがらは「おとうさん」って呼ぶようにしねっかな
チエちゃんはそれまでお父さんのことを「おとう」、お母さんのことを「かあちゃん」と呼んでいたのです。
「おとう」は幼児語の延長でもありましたし、もともとこの地方では「おっとう」「おっかあ」の呼び方もあったからです。
なんでなの?
学校に行って、「おとう」って言ってだら、笑われッぺ!
母ちゃんのことは「かあちゃん」でいいがら、お父さんのことは「おとうさん」って呼ぶんだぞ!
う、うん、わがった!
急にそう言われても、何だか照れくさくて、なかなか「おとうさん」と言えません。
おとう・・・・、さん
呼ばれたお父さんも、恥ずかしそうです。いつも頭の片隅に「おとうさん」という言葉が渦巻いています。それでも、練習をして、何とか入学するまでには普通に言えるようになったのでした。
それにしても、どうしてお母さんはお父さんの呼び方だけを直したのでしょうか。
お母さんのことも「おかあさん」と呼ぶように躾ければよかったのに。
お母さん自身も「おかあさん」と呼ばれることが照れくさかったのでしょうか。
それとも、一家の主であるお父さんの方が偉いんだ、お父さんを敬うようにしなさいという教えだったのでしょうか。
それ以来、チエちゃんは「おとうさん」「かあちゃん」と呼んでいるのです。
もっとも、孫たちの前では「じいちゃん」「ばあちゃん」ですけどね。