気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

家長 小高賢

2008-01-09 00:48:35 | つれづれ
はげまして書類に見入るイトーキの椅子に支える一日長し

われに出来子規果たせざるものは何五月闇なる真夜に腕くむ

勤務(つとめ)より帰りし部屋を充たしたる酸ゆき蜜柑の香は浄かりき

息かけて眼鏡の玉をティッシュとううすき時世の紙にて磨く

鴎外の口ひげにみる不機嫌な明治の家長はわれらにとおき

夕餉おえ子は王と化しファミコンの地球を救う闘いに赴(ゆ)く

暴力は家族の骨子-子を打ちて妻を怒鳴りて日日を統べいる

(小高賢 家長)

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小高賢作品集を少しずつ読んでいる。『家長』は第二歌集。サラリーマン(編集者)として働く哀感を詠った歌に共感できた。
歌集の題にもなった鴎外の口ひげの歌は、特に有名。
しかし、七首目に取り上げた暴力の歌は、いただけない。フィクションとして詠んだ歌なのか、本心なのかわからないが、私にはこれを歌集に載せるという神経が理解できない。何か深い思惑があってのことだろうか。