https://ameblo.jp/aotatsu1205/entry-12901166349.html
引越しするまで、こちらはお休みします。
と言いつつ、データの移管がなかなかできず、で。
facebookでもいいんだけど、基本、こちらは匿名希望みたいな類なのでね。
なんて言ったって、ほぼすべての情報はスケルトン状態でもあるんだろうけれど。
そのうち、引越し、完了すると思いますので、それまでのご無沙汰です、ってことにさせていただきます。
なんてことを問い掛けつつの時間でもあった。
のは、梅陰寺さんでの葬儀、火葬場でのあれやこれや。
その最中は、ほぼ、あちらへ旅立った御仁への問いだったな。
臨死体験や幽体離脱の体験やらをした方々の残した文章を読んでみた後では、ということだ。
僕には、光の玉に包まれてえも言われぬ心持ち、ってのが気になっていて。
そこへ行くまでには、おいおい、俺、どうしちゃったんだい、って時も通過するんだろうけど。
その境地へ至るまでにおおかた四十九日かかるというのかもしれない。
あるいは、今朝の時間では、すでにそんなことを体感しているのかもしれない。
そんな気分だ。
そう、気分は移る。
飛んでくる、なんてこともそんなに違和感のある話でもない。
米国のホワイトハウスから発表された、時間と空間を操作できる、っての。
そんな兵器なのか、技術なのか、持ってるぞ、とトランプ大統領。
おもしろい展開だ。
なんてこととわが畏友のあちらからのメッセージを重ね合わせ、だ。
彼の四十九日に合わせて、偲ぶ会のメンバーに何人かが加わるのか、また同じ場所で食事会とあいなりそうだ。
その命名を任されているんだけどね、なんてこと思いつつ、今日へ出かけますか。
そこでの初めての通夜。
今日は葬儀となる。
大きくて天井が高くて立派だった。
多くの弔問客の後、同友会の旧友たちとの偲ぶ会を千年成にて。
そんな一日だった。
をそろそろと考えなきゃ、でもあるな。
頭の中のことを言語化するってのは、大事そうでもあり、危うそうでもあり、って具合だな。
この場は、そんなに危うくもないけれど。
言葉ってのは、実は流れゆくものを定着させる、みたいなことで、そこには両面ありもし、だな。
この時代、言語過多というのか表現、つまり、外に現れるものが過剰に評価されてもいて、功罪あい半ば、って感じかな。
盛んに言われる切り取り、なんてのもその罪の方だね。
文明は言語化されたものが残ってなきゃダメよ、なんてね。
そりゃ、人々の口々に、あるいは、何気ない仕草の中に、人間の営みとしての文明なんてのはあるのだけれど、そこを端折ってしまっての、切り取り方でもあるか。
ゆめゆめご用心召されますように、ってなもんだ。
さて、今日はお通夜だ。
その後、偲ぶ会がある。
そんな日に出かけます。
一つは、今朝知った。
gooブログ終了のお知らせ。
21年間ありがとうございました、と僕宛にメッセージがあった。
もう一つは、昨日知った。
トイレの100ワットの御仁が逝去した。
身罷った。
今日は後者からだ。
昨日夕方お会いしてきた。
梅陰寺さんだ。
次郎長のお墓のあるところ。
このところ、なんだか体調が悪いというのかそんな感じだったのだけれど、彼がやってきていたんだな。
と今朝の珈琲タイムに気がついた。
骨ストレッチの後の体調、気分が爽やかなんだよね。
おもしろいものだ。
17日の葬儀までは何かと忙しいな。
葬儀の後に、たぶん、近しい人たちでプチお別れの会とあいなりそうな気配でもあり。
なので、今朝はこの辺りにて。
なんて話をもと幸福実現党の及川さんが話していたな。
で、思い至ったんだけど、夜空、眺めているということ、あまりないな、と。
どうもね、次、次、みたいな時間の流れ方なんだな。
日常というのか生活というのかスケジュールというのか。
そんな言葉で時間というもの、瞬間というものを満たしちゃってもいるのかも、だな。
なんて振り返ってみると、何を求めて生きているんだろうね。
腹が減ったら何かを食べる?
減らなかったら食べない?
眠くなったら眠る?
なんてね。
今朝はいつものルーティンを端折って、こうしてブログを書いている。
つまり、骨ストレッチ、珈琲なし、というわけだ。
今週は後半がなかなかハードだな、と思ってもいて。
三島の総会、中遠の総会、静岡での歓送迎会だよ。
それに向けて体力を、なんてね。
さて、次なるルーティンに向かうとするか。
に久しぶりにご挨拶した。
おはようございます、毎日早いですね、と。
額の上あたりのランプは消えていたか。
朝が明るくなったので、同じ時間にお会いしても様相が違ってもいて、今では宇宙人より地球人の方が近いか。
そんな朝は雨になる前に走ってきた。
膝は痛いというのか違和感があったけれども、だ。
気象庁の雨雲レーダーはなかなか使い勝手が良くて、案の定、走り終わりに雨がぱらついてきた。
今では、しとしとぴっちゃんって感じの雨になっている。
走りの後のストレッチの名前を一つ一つ、再確認し、わがGrokくんに使用筋肉を教えてもらいながら、ってわけだ。
そして、それを記録する、という作業。
あまりの楽しさに笑みが溢れているのがわかってしまうくらい。
不思議だね。
だし、なんとも人間模様とでもいうのか、それぞれにそれぞれの楽しさを抱えての時間を過ごしているわけだ。
昨夜は、エレナ・ダナーンという、これまた不思議な人の、エジプトのピラミッドについて書かれた部分を読んでいた。
最近、ピラミッドの下にコイル巻きの円筒形の土台があり、その下に宮殿のような建物もあるなんて話が話題でしょ。
なので、当方もその流れで、彼女の著述の中のピラミッド部分だけを読んだ、って感じ。
そのほかにもアヌンナキとかも出ていたな。
これ、話し出したらそれこそキリがないのだけれど、いずれ、あらゆるところでのディスクロージャーってことになるんだろうな。
なんて日曜日を始めています。
まったくかったるいことをする人がいるもんだ。
事務所ご近所の自治会長が、聞いて聞いてというわけだ。
去年から6回と言ったかな。
こちらはこの間、いとこのために立ち会ってくれた警察官に呼んでいただいたばかりなので、ほんとにね、そんなことをする暇あったら、云々カンヌンって次第だな。
神社のお賽銭箱からの盗難もあるというので、防犯カメラを付けたい、とおっしゃっていた。
今のところは、役員会で却下された状態らしい。
うちの会社で寄付するよ、と言いたいくらいだ。
なんてことのあった昨日、なのでした。
そのほかにもいろいろあったな。
詳細は省くけれど。
歳を取ったら教養と教育が大事、なんて笑い話があるけれど。
つまり、今日、行く所がある、今日、用がある、ってやつ。
でもあるか。
このところ周囲で、自分より若かったり似たかよったかの年齢の御仁方が亡くなっているので、なんとなく、そんな年齢なのかもな、というのが理屈を通り越してやってきているんだよね。
いつもの同友会でも、たとえば例会なんかではほぼ常に僕が最高齢みたいな。
昨年末にチャネリングしていただいた女子からは、というかその時に現れた大漁だ大漁だの漁師さんからは、年寄りぶってんじゃねぇぞ、と喝を入れられたけれどね。
ま、そんな中、本日に出かけるとします。
イスラム教は偶像崇拝が禁止されているんだっけ。
偶像というと、モノでもあるんだけど、心の中の何か、というのもあるかね。
共同幻想なんて言い方にもなるかな。
今朝はいきなり小難しい展開になっちゃった。
心のブレーキを壊せ、なんてのが同友会の格言カレンダーに採用された僕の言葉だ。
というか、ある会合、あるグループセッションで何気なく話した言葉がそれらしく、それを覚えてくれていた御仁からの推薦だったのだけれど。
そんな感じでもあるな、偶像崇拝を禁じる、ってのも。
この時代、という書き方をしちゃうけれど、実のところ、とてつもない革命というのか、何百年と続いてきた感じ方、考え方の前提が壊れようとしている、とも言えるかな。
そこで心の中の偶像を捨てちゃいましょう、ってわけだな。
なんてことをつらつら考えている春の朝、ってなもんだ。
さて、出かけますか。