まわりで起こっていること

since2004.12「糠漬け初心者」

交換

2011年10月23日 | Weblog
昨日は、二ヶ月ぶりのおじおば会。

雨模様の中、おばたちから電話があり。

早くから、窓を開けたり締めたりして、模様眺めをしていたようで。

わが母親は、気持よく熟睡しているし。

出発を少し遅らせて、出かけましょうか。

ということになり。

富士の毘沙門さんと三島の安久にある村の駅経由で。

沼津港のグルメ街で昼食。

とあいなり。

雨が降っても車の中だからいいよね、なぞと言いながら。

車中、毎度のことながら、さまざまお菓子が出てきて。

これ、おいしいね。

と運転手のぼくが言おうものなら、次回から。

それ系のお菓子が、出揃ったりね。

今日も運転手さん、ありがとう!という気持ちをさまざま、表現してくれるのです。

いつも家の中では会話がないし、あんたにこうして連れてきてもらうと。

ほんと、いろんなところが見れてうれしい。

とおじが言ったり。

物と心の交換が、さまざまな表現とともに、なされているので。

などと、いつも感じていてね。

交換は交歓に通じ、好感とも書くね。

と古いおやじギャグみたいだけど。

昨日は、帰りが少々、早かったので。

まだ、明るい空を見て、真ん中のおばが。

帰るのは、まだ、もったいないみたいね。

というから。

すかさず、好感度高い、甥は、って、ぼくのことですが。

田子の浦港を海の方へハンドルを切り。

阿字神社へ回ることにした。

ここは、以前、神社を経巡っていた頃、ひとりで来たところで。

自分としては、なつかしかったのだけど。

思いのほか、おばたちが、歓んでくれてね。

まさに、交歓ですが。

たしか、阿字という娘さんが、人身御供になって生命をささげ、その彼女をお祀りしているんだったかな。

あの地は、昔から、水のはん濫で、苦労してきたようで。

治水のための大事業が、古来、何度も、行われてきたわけだ。

田子の浦ゆ うちいでてみれば、と平安貴族が美しく歌ってくれたのだけど。

その裏には、地元の人々のご苦労があったのですね。

そのおばの家まで送り届けると。

そこで、冬瓜(とうがん)やさつまいもなど、いただき。

どうやら、懇意にしている地元のお百姓さんが、知らない間に、届けておいてくれたらしく。

その帰り、そうだ、ケーキ屋けんちゃんのところへ行こう!てなもので。

少しばかり、おすそわけを。

すると、その冬瓜は、彼、お手製の出来立ての生チョコレートにかわり。

一番下のおばは、ほんとに、ありがたいね。

持つべきものは友だちだね、と感心しきりで。

この間、わが母親が、大好きな飴をいただいたので、絵手紙を2枚、お返しにしたんだよ。

なんて会話をしたら。

けんちゃん、お店に飾ってあります、だって。

そりゃ、ありがたいね。

あら、はずかしい、みたいなことを照れ隠しで、わが母親は言っていたけど。

そんなこころのなかのざわめきが、年をとると、大切な事で。

というわけで、本日のテーマ、交換、交歓、好感です。

お金がないと生きていけない、なんて言い方が、まかりとおる世の中のようだけど。

実際には、物々交換、というか、物心交換・交歓・好感の一場面なのでした。
コメント
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