まわりで起こっていること

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痛風とことだま

2011年04月21日 | Weblog

知り合いの社長が、痛風で寝込んだ。

お話を伺うと。

痛風というのは、字のごとく。

風が吹いても痛い。

何をしても痛い。

女房が、「大丈夫?」と声をかけてくれる。

しかし、それが痛い。

だから、筆談だったんだよ、と。

ことだま、って言うくらいだから、言葉ってのいうのは、からだに響いてくる。

とおっしゃる。

ことだま、とは、言霊、と書くけれど。

むしろ、言の弾、言弾と書いてもいいくらいだね。

くだんの御仁のお話をお聞きして。

やっぱり、言葉は人を撃つんだな。

と子どもの頃からのなぞが、腑に落ちたような気がした。

人の前に出たりしたとき、どきどきしたりね。

あるいは、けんかしそうな相手と対面したときに、どきどきしたりね。

ほんと、おれは、気が小さいな、なんても、思ったりもしたんだけど。

そういうのは、俗な解釈でね。

たぶん。

実際には、いろんな弾が飛んできていたわけだ。

なんていう解釈を。

ま、彼の話からしたりしているのです。

痛風の脚が痛くてたまらないくらいに、言葉ってのは、人に影響を与える。

だから、いい言葉、優しい言葉をつかいましょうね。

なんていうことを、たとえば、仏教では、和顔愛語だったかな。

つまり、にこやかな顔と愛ある言葉、みたいに言いますね。

しかし、実際には、心もからだもたましいも、全部、本心からそうなっていなければ。

たぶん、相手には、それこそ、ことの弾のように、伝わってしまう。

ので、いずれ、どうも居心地が悪くて。

みたいな空気がその場にただようんだろうね。

というようなことを、痛風談義から、納得したのです。

コメント
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