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いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
時折、プライベートも少々。

カケス婆っぱ ⑦

2009-01-24 07:17:11 | Weblog
「オレが持っていくから」
 和起がバケツに手をやり薄白く濁った水を見て首を傾げた。
「随分汚ねえ水だけど大丈夫なのかな?」
「の人がな、寺に集まった時にはこの水でお茶を飲むっていうんだから心配は要らねえ。それに溜まり水ではなくって湧き水だから安心だ」
 和起が前になりキクが後になって階段を上っていく。
 境内にある銀杏の大木がすっかり枯葉を落として、黄色い絨毯のようになって根本を円形状に敷き詰めていた。
 朝食は一時間ほど経ってからになったが囲炉裏端に卓袱台を置いて食べた。
 キクが釜の飯を盛りながら言った。
「今日は忙しいかんな。先ず役場さ行って転入届を出して富田さんち(家)へ挨拶に寄り、そのあと学校へ行って和起の転校届けを済まさなくてはなんねえもんな」
 キク自身が確認するかのようにして和起に言った。

        *
 走熊は明治元年以前の旧幕時代には、平藩の支配下にあって走熊として独立していたが明治二十二年に隣接する御代、船戸、飯田、久保、下蔵持、上蔵持、米田、三沢、下矢田、上矢田、松久須根の十一村と合併して鹿島村となった。
 鹿島村の由来は、上矢田に鎮座する延喜式内社鹿島神社の名から命名された。
 走熊は鹿島村としてはほぼ中央に位置して役場や学校をはじめ郵便局や農協、床屋、雑貨屋などが一本の道に集中している。
 キクたちがいる寺から右斜め下に、その殆んどを見下ろすことができた。
 キクと和起は境内の端に立って周囲を見回していた。小春日和の淡い陽射しの中に時折、冷気が二人の頬を撫でていくが心地よく感じた。
「さあ、そろそろ出掛けることにすっか」
 キクが声を掛けて下の役場へ向かうことにした。
 墓地の前を通り抜けて裏道を行くと和起の背丈ほどもある熊笹が前を遮るように覆い茂っている。
 キクが先頭に立って笹を掻き分けながら進んでいくのだが、それは細い道で枯葉が足元に絡みつく獣道にも似ていた。
「これじゃ山の中を歩いているのとちっとも変んねえよ。何か出てきそうで嫌だなあ」
 和起はキクの後ろから吸い寄せられそうになって付いていく。
「熊笹があって、このは走熊っていう土地の名前が付いているくらいだから、ひょっとすると本物の熊が出てくるかも知んねえぞ」
 キクは振り返ると、おどけて笑った。
「なんだよう、いくら昼間だからといっても驚かすのはやめてくれよなあ」
 和起も冗談とは判ってはいたが確かに熊がいるといえば、そう思ってもおかしくはない雰囲気のする細道だった。
 ガサガサと音をたてて細道を降りきると、次に役場へ上がる入口が出たきた。
 寺から下へ降りるときには役場に限らずこの道を利用すれば、寺の階段から来るよりも早く生活道へ抜け出られるが、それにはキク自身が熊笹を鎌で切り拓くより他はないと思った。
 早速、手始めにやるべき仕事が出てきたとキクは実感した。 《続く》
コメント
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