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いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
時折、プライベートも少々。

カケス婆っぱ ⑬

2009-01-30 07:11:38 | Weblog
 七十歳は過ぎていると思われるが、見るからに上品な人で腰を伸ばしながらじっとキクと子供を見ていたが意を決したように柴の値段を聞いた。
「一把二十円でお願いしているんです。実は一生懸命に売り歩いているんですけど、どうしてもこれだけ売れ残ってしまって」
 与えられた仕事を完遂できなかった悔しさと、自分の無力さを珍しくキクの言葉に表れた。
「残り全部を置いていきなさい。そこの空いている場所に積み重ねてくれればいいですから」と女は言った。
 一瞬、信じ難い言葉に耳を疑った。
「有難うございます」
 キクは地面に土下座して礼を述べても良いくらいの感動と嬉しさが込み上げてきた。しかも、これからも売れ残りが出た時にはいつでもいいからウチに置いていけばよいとまで言ってくれたのだ。
 キクは何度も礼を言いながらリヤカーに三人の子供を乗せると、雑貨食料品叶田商店と書かれた店の看板を何度も振り返っては見上げながら立ち去って行った。

      *
 弥生三月とはいっても、それは暦の上だけで鹿島村にはまだ暖かさは訪れてこない。
 日中の最高気温で十二度前後、最低気温で四度前後という寒暖にはまだまだ落差のある時節だった。
 それでも寺の日当たりの良い場所では、雑草の中から可憐な水仙の花が春を告げようとして背伸びをしている。
 キクは久し振りにの地域内を散策してみようと思い、寺を下りて行った。
 農協や郵便局へ出る道とは逆の方向へ歩いていくと、農道の細い道が一筆書きの線のようになって散在している農家を上手に結んでいる。
 途切れた農家の先は山奥へ続く道となるので、途中の兵藤橋から迂回して寺へ戻っていくと丁度よい距離になる。
 関根宅の前で広子に会い立ち話をしているところへ、夫の裕一がそれを見て
「そんな所で喋ってねえで家へ寄ってお茶の一杯でも飲んでいきな」と誘った。
 関根夫婦は温厚で人当たりもよく、他人の噂話や悪口などを言うのを嫌うから誰にも好感を持たれている。キクとの会話でも相変わらず満面に笑みを浮かべて、寺でのキクの生活ぶりに感銘と感謝の心を表して夫婦で褒めた。
 関根夫婦はキクの帰り掛けに、八坂神社の下の畑からネギと大根を好きなだけ採っていくようにと言ってくれた。
 総福寺へ帰る手前に八坂神社はあって、その道路下に関根の畑があり確かにネギも大根も畝を並べて大きく育っていた。
 キクは下へ降りて大根一本と数本のネギを引き抜きながら、今夜は大根の煮物でも作ろうと考えていた。
 丁度その時に、役場の野沢民子が帰宅の途中でキクの姿を見た。
 民子は声を掛けて挨拶をしようと思ったのだが、他人の畑に入って野菜を引き抜いている行動を変に勘繰ってしまいキクが背を向けて気が付いていないのを幸いにと、その場を逃げるようにして去っていってしまった。
 この事が翌日からキクにとっては最悪の状態に陥る原因になってしまうのだ。《続く》

 
コメント
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