いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
時折、プライベートも少々。

カケス婆っぱ ⑫

2009-01-29 08:50:45 | Weblog
      *
 年の瀬も押し迫って、キクと和起は早朝五時半にリヤカーを引いて下石屋の遠藤重孝の家を出た。
 二人の他に遠藤の家から和起と同級生の剛と弟の郁夫も加わった。
 外はまだ薄暗く寒気が手足や頬を針のように刺した。
 柴をリヤカーに山積して、小名浜の町まで行って売り捌いてくる仕事だった。柴の積み込みは前日の内に重孝が準備してくれていたから、いつでも出発できる状態にはなっていた。
 キクが前になって引き、子供三人は後から押すことになって動き出した。
 重孝が玄関先でキクに気をつけて行ってくるように激励しながら見送った。
 リヤカーの柴は高く積まれていて、凸凹道になると神輿のように左右に揺れた。
 積荷のバランスはリヤカーを平行にして、そっと手を離すと取っ手がゆっくりと上がっていく状態が引いていても荷の重さを感じさせないようになる。
 そのあたりは重孝が万全の調整をしてくれてあった。
 正月を控えて、どこの家も柴売りに出るから途中で何台かのリヤカーに出会ったが皆、先を急いでいた。
 柴売りの秘訣として本当は、こういう人達と会うようではいけないのだ。
 他人より少しでも早く町中に入って売り歩かないと、何処を回っても既に柴を購入した家が多くなり、それだけ浪費時間が嵩んでしまうからだ。
 複数の常連客を抱えていれば、多少遅い時間に行っても容易に売り切ることもできるが初日のキクには、そのコツが判らなかった。
 小名浜の町に出ると、潮の香りと魚の干物のような匂いが交錯して鼻の奥まで染み入るような感じがした。
 町中の人たちは朝食の支度で、どこの家も道端に七輪を出して火を焚く姿が目立つような時間帯だったので、キクはそういう人たちの側に近づく度にリヤカーを止め「柴を買ってくんねけえ」と声を掛けた。
「ウチでは要んねえ」とか「もう買ってしまったかんなあ」とか中には馴染みの柴売り以外の人からは買わないと、はっきり断る者もいて物売りの難しさを痛感させられた。
 時間ばかりが経過して、どうしても売れない柴が十二把ほど残ってしまった。
 もう金銭のことはどうでもよい、重孝には申し訳ないことだが持ち帰ろうと思い帰路を別の道に変えて歩きはじめた。
「売らないで残ったまんま帰んのけ」 
 和起が聞くと重孝の子供も心配そうにしてキクの顔を見た。
「売らないんではなくて売れないんだ」
 キクは疲労の色を濃くして、そう言うと苦笑した。
 途中で雑貨屋の前に差し掛かると、割烹着を身に付けた年配の女将さんらしい人が塵取りと手箒を持って店先を掃除しているところに出会い、通りすがりに何の気なしに双方の目が合った。
「お早うございます。奥さん柴は要らねけえ」
 無意識の内にキクの口がそう言わせた。
 唐突ではあったが、残りの柴を売り捌く最後の賭けか執念なのか自分自身でも判らないまま、不躾にもキクは嘆願にも似た口調であった。 《続く》

 
コメント
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