老婆は年齢に似合わず大きな荷物を背負って、両手に風呂敷包みを下げている。
まるで終戦直後の買出し姿のような格好をして精悍な面魂をしていた。
子供は色褪せたリュックサックを背に、片手には一冊の真新しい少年雑誌を持っていた。
「婆ちゃん、ここからバスは出ていねえのけ?」
子供は駅前のバス発着場を見回しながら聞いた。
「いや、出ていね。今からゆっくり歩いて行っても夕方までには楽に着くから頑張って歩いて行くべな。村の人たちも待っていてくれることだし、婆ちゃんも頑張っから」
老婆はキク、少年は和起という名の二人連れだった。
これから行く先のバスが出ていないというのが、如何にも辺鄙な場所であるかを暗示していた。
キクは一緒に付いてくる和起と顔を見合わせると、にっこりと笑顔を作り、さあ行くぞという無言の気合を入れて見せた。
駅前を始発とする各方面行きのバスは乗客を乗せると、二人から逃げるようにして慌しく側から去っていく。
キクと和起は駅前広場の角を曲がり、細い路地を抜けて石畑踏切の方へ歩いていったが人通りが疎らになったところでキクが思いついたように和起に声を掛けた。
「和起はもう四年生なんだから、これから向こうさ行って暮らすようになっても寂しいだとか、また重内さ帰りてえとか決して弱音を吐いては駄目だかんなあ。それこそむらの人らの笑い者になってしまうんだから。婆ちゃんと二人で一生懸命にやっていけば必ず良い時がくるから。判るな」
「判っているって。だからこうやって婆ちゃんと一緒に来て婆ちゃんと一緒に歩いているんだっぺよ」
和起は自分が置かれている今の立場を、子供ながらに理解してくれているのだなと思うとキクは和起が不憫であり、又それとは逆に喜びと心強さの相矛盾するものを感じた。
石畑踏切を渡ると直ぐに陸前浜街道に出て、その道は炭砿夫が水野谷砿から来る人、向かう人で賑わっていた。
ぞろぞろと歩いてくる砿夫たちはキクと和起と擦れ違っても別に関心を示す訳でもなく時折、後を振り返り見る者が何人かいるくらいだった。
二人は歩きながら話すと疲労が増すように思えたので必要以外の会話は避けて寡黙になって歩いた。
和起は手持ちの雑誌が気になるらしく、立ち止まっては頁を捲りキクとの間隔が開くと、また慌てて追いかけた。
磯原で汽車に乗る前に強請って、駅前の本屋で買ってもらった「少年クラブ」だった。
いつもは友達が購入したものを仲間内で順番を決めて読み回す月刊雑誌なのだが
今日は特別にキクが買ってやったのだ。
誰の物でもない正真正銘、和起自身の所有物だから嬉しくて仕方がなかった。
関船の十字路を左に折れると矢鱈と平屋建ての家屋が目立つようになってきた。
相変らず炭砿夫の往来は激しいが、その中に主婦や子供たちも混じってきたことは炭砿長屋の生活圏に踏み入れたことを知らせている。
なだらかな坂道を進んでいくと、砿業所が現れて周辺に石炭積込み場や貨車の引っ込み線があり、ズリ山が几帳面に円錐形を作りあげ天を突いている。
駅前から、この辺りまで来ると湯本町と鹿島村の境が目と鼻の先になって、目的地までは、そこを一山越えることになる。
まるで終戦直後の買出し姿のような格好をして精悍な面魂をしていた。
子供は色褪せたリュックサックを背に、片手には一冊の真新しい少年雑誌を持っていた。
「婆ちゃん、ここからバスは出ていねえのけ?」
子供は駅前のバス発着場を見回しながら聞いた。
「いや、出ていね。今からゆっくり歩いて行っても夕方までには楽に着くから頑張って歩いて行くべな。村の人たちも待っていてくれることだし、婆ちゃんも頑張っから」
老婆はキク、少年は和起という名の二人連れだった。
これから行く先のバスが出ていないというのが、如何にも辺鄙な場所であるかを暗示していた。
キクは一緒に付いてくる和起と顔を見合わせると、にっこりと笑顔を作り、さあ行くぞという無言の気合を入れて見せた。
駅前を始発とする各方面行きのバスは乗客を乗せると、二人から逃げるようにして慌しく側から去っていく。
キクと和起は駅前広場の角を曲がり、細い路地を抜けて石畑踏切の方へ歩いていったが人通りが疎らになったところでキクが思いついたように和起に声を掛けた。
「和起はもう四年生なんだから、これから向こうさ行って暮らすようになっても寂しいだとか、また重内さ帰りてえとか決して弱音を吐いては駄目だかんなあ。それこそむらの人らの笑い者になってしまうんだから。婆ちゃんと二人で一生懸命にやっていけば必ず良い時がくるから。判るな」
「判っているって。だからこうやって婆ちゃんと一緒に来て婆ちゃんと一緒に歩いているんだっぺよ」
和起は自分が置かれている今の立場を、子供ながらに理解してくれているのだなと思うとキクは和起が不憫であり、又それとは逆に喜びと心強さの相矛盾するものを感じた。
石畑踏切を渡ると直ぐに陸前浜街道に出て、その道は炭砿夫が水野谷砿から来る人、向かう人で賑わっていた。
ぞろぞろと歩いてくる砿夫たちはキクと和起と擦れ違っても別に関心を示す訳でもなく時折、後を振り返り見る者が何人かいるくらいだった。
二人は歩きながら話すと疲労が増すように思えたので必要以外の会話は避けて寡黙になって歩いた。
和起は手持ちの雑誌が気になるらしく、立ち止まっては頁を捲りキクとの間隔が開くと、また慌てて追いかけた。
磯原で汽車に乗る前に強請って、駅前の本屋で買ってもらった「少年クラブ」だった。
いつもは友達が購入したものを仲間内で順番を決めて読み回す月刊雑誌なのだが
今日は特別にキクが買ってやったのだ。
誰の物でもない正真正銘、和起自身の所有物だから嬉しくて仕方がなかった。
関船の十字路を左に折れると矢鱈と平屋建ての家屋が目立つようになってきた。
相変らず炭砿夫の往来は激しいが、その中に主婦や子供たちも混じってきたことは炭砿長屋の生活圏に踏み入れたことを知らせている。
なだらかな坂道を進んでいくと、砿業所が現れて周辺に石炭積込み場や貨車の引っ込み線があり、ズリ山が几帳面に円錐形を作りあげ天を突いている。
駅前から、この辺りまで来ると湯本町と鹿島村の境が目と鼻の先になって、目的地までは、そこを一山越えることになる。