いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
時折、プライベートも少々。

カケス婆っぱ ⑪

2009-01-28 07:34:02 | Weblog
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 いつの頃からかは、はっきりしないのだがキクのことを世間ではカケス婆っぱと呼ぶようになっていた。
 勿論、キクに面と向かって言うことはないのだが、会話の中でキクのことに触れる時には名前ではなくカケス婆っぱの呼称が用いられる。
 別に悪意のある渾名でないことは、話す者同士の会話から自然に出てくることからでも判る。
 しかし単純に面白可笑しく付けられたにしても、愛称であっても直接にキク自身が耳にする言葉ではなかった。
 なにかと閉鎖的な寒村の中へ、何処の馬の骨かも知れぬ者が飛び込んでくれば余所者として白い目で見られ軽蔑され、心の中で拒絶反応を起こされる一面があっても不思議ではない。
 カケスとは鳥の一種で、キジバト位の大きさがありジエーッと煩いほどのダミ声を発して鳴き、林の奥の茂みの中に飛び込む習性があることからキクにとっては格好の渾名にされてしまったようだ。
 この呼び名を最初に聞いたのは和起で、教室でのことだ。
 授業中に鳥の話題になって先生が、この鹿島地区に生息している鳥の名前を一人ずつ挙げるように言った。
 順番に起立してホオジロ、セキレイ、メジロ、キジなどと次々に鳥名が出てきたが、一人の生徒がホロスケと言ったら教室内は爆笑に包まれた。
 先生もつい貰い笑いをして「この辺ではホロスケで通用するけども正式名はフクロウというんだからな」と言って援護した。
 浜通り地方の方言でホロスケというと、馬鹿者という意味でも解釈されるから一層笑いを誘ったのだ。
 言った生徒も承知の上で、皆に受けるためにホロスケの名を挙げたようだった。
 次に立った生徒がカケスの名を挙げたら別の誰かが茶化すような言葉で「カケスー?」と、さも意味あり気に言い返した。
 その途端に、殆んどの生徒が和起の顔を窺うようにして笑った。
「何が可笑しいんだ」
 先生は一瞬、カケスに関して生徒たちが何故受けるのか理解できなかったが、不可解に思いながらもそれ以上の言及はすることもなく時間がきて授業は終わった。
 和起もカケスと言った生徒に反応して笑った者たちの意味が判らず隣席の武夫に問い質した。
「和起の婆っぱさんが、カケス婆っぱと呼ばれていることを知んねえのか?」
 武夫は和起が知らないという意外性に気付き、言いにくそうに話すと和起の表情を見ながら含み笑いをしてみせた。
 和起は婆ちゃんが、そのような陰口を叩かれていることに強い衝撃を覚えた。
 その晩、思い切ってキクに今日の出来事を話した。
「あのなあ、婆ちゃんに渾名が付いているの知ってっけ?」
 そう言われてキクは厭な予感がしたが冷静を装った。
「どせ婆ちゃんに付く渾名だもの碌な名前ではないんだっぺよ。一体なんて付いているんだい」
 内心では興味を抱いたから急くようにして和起の返答を待った。
「カケス婆っぱ」
 和起は言葉をなぞるようにして、ゆっくりと一言だけ言った。
「なるほどな、いくら渾名だとは云えうまいこと付けたもんだなあ」
 キクは感心したように頷いてみせた。
「婆ちゃんは腹が立たねえのけ」
「いや、腹が立つどころか婆ちゃんはな、豚とかカバとかいうのかと思っていたら鳥の名前だものびっくりした。きっと婆ちゃんは掠れ声でギャーギャー大声を出すから、村の人らはカケスと付けたんだっぺな。最も婆ちゃんみてえな美人を捉まえて豚とかカバなんて言われたら、それこそ怒るけどな」
 キクは平然として言って退けた。
 和起は婆ちゃんが腹の中ではどう思っているのか図りかねたが、その太っ腹な態度を見ていると何故か自分も心の許容範囲が広がったような気がした。 《続く》
コメント
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