九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

随筆紹介  役に立たないリハーサル     文科系

2017年08月18日 14時51分52秒 | 文芸作品
 役に立たないリハーサル    H・Sさんの作品です


 喫茶店の中での出来事だった。咲子がスマホの画面を私に見せた。画面の中には虹色に光る薄物の布に囲まれた咲子の顔があった。「これ棺桶の中に入った私を自撮りしたものなの」と咲子が言う。ええーと思いながら私は画面に見入った。
「次送るよ」と言いながら咲子は画面を変えた。画面には棺桶の中で仰向の姿勢で合掌している咲子の全身が撮影されていた。写真を見ただけでは状況の読めない私は、
「こんな姿をスマホに撮るなんて日常ではありえないでしょう。生前葬じゃないとすれば、これは、もしかして、葬儀社のイベントに出演したの」
「出演依頼はなかったが、飛び入りで出演。勿論出演料はなし。そういう事だよ」と、咲子は頓珍漢な返事をして、この写真についての経緯を話し始めた。

 今まで気にもしなかった葬儀社の広告が最近嫌に目につき、広告の中の生前見積りとか、終活とかそういう言葉が、咲子の心に重くのしかかり、頭の中を駆け巡るようになって来た。おおよその葬祭費用を聞くのも悪くはないと、葬儀社が主催する終活相談会に姉と二人で参加した。参加者は30人全員が女性だった。葬儀社の女性職員がスクリーンに葬儀の祭壇の種類、値段、手順とかを映し、説明を付けた。咲子が知りたかったことは女性職員の話で納得が出来た。
 話が終わり広間に会場を移した。広間には備えつけの実物大の祭壇があり、桐製の棺桶が置かれていた。棺桶の周りに集まった人たちの前で、蓋を取り女性職員が棺桶の中を見せてくれた。遺体の治まる場所も、それなりに工夫されていて、白い艶のある布が張られ、クッションが入れられているらしく、ふんわりとしているようだった。寝心地はいいのかな。箱の中に横たわって試してみたっていいじゃないの。咲子は突然沸き起こった自分の気持ちを抑えることが出来なかった。
「この中に私、入ってもいいですか」と、咲子は勇み足で女性職員に聞いていた。
「大歓迎です。どうぞ、どうぞ」と職員は勧めた。やってみるかと咲子は棺桶の中に入って仰向けになった。女性職員が咲子の顔の周りに添うように虹色の柔らかい布を入れて丁寧に巻きつけた。下半身も洋服の上から白い布が掛けられた。こんな経験することは二度とないだろうと思った咲子は、棺桶の中の自分をスマホで自撮した。
「そのままのお姿で目をつぶってくださればあと一枚、私がお客様をお撮りいたします」
と、女性職員が言った。咲子は職員にスマホを渡し撮影してもらった。それを見ていた参加者二人が「私もお棺の中に入り撮影してほしいと」申し出、スマホに写真を取り込んだ。
 そんなこんなでスマホに残した咲子の記念写真が私の目の前にある。

「貴女面白い体験をしたね。もうすぐ訪れるだろう日に備えてリハーサル、練習をやったわけだ。用意万端整えていざ出発ということかね。でもこれって本番の時は遺体になっているんだよ。当人は」と、私は言葉を返した。
「こんな事リハーサルしたって全く無駄だということだね」と咲子。
 二人で大笑いになった。                            
「軽い気持ちでやったことだけど、これを撮影した日から今日まで、笑えなかったのよ」
と、咲子は寂しげな顔つきだった。
「やりたいことやったのだから、気にしない。気にしない」と返す私に、
……咲子。よくもあんなことがやれたね。私はようやらんわ……と、一緒に参加した姉さんから軽蔑の言葉をかけられた。
 咲子と私の共通の友人。元小学校の女性校長からは、
……遊びじゃないんだから、こんなふざけたことやるんじゃないよ……と、釘を刺された。
ほか2、3人の友達からも非難の言葉が返って来た。
「何の気なしにお棺の中に入ったんだけど、こんな大ごとになるとは思わなかったわ」と、咲子はしょげていた。
「何言われたっていいじゃないの。自分の気持ちを抑えて我慢したことは、後で悔やむことが多いわよ。人それぞれだよ。咲子が納得してやったことだ。お葬式のリハーサルやったのよと、言い返してやりなさいよ」、私は咲子をけしかけた。
「リハーサル。そうだよね。役にたたないリハーサルだよね。ああー笑える」と、咲子の顔つきが柔らかくなって来た。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする