冷たい雨の1日でした……。車が不調で暖房ばかりが効きすぎるような……。
こういう時は、芯から暖まるような、このアルバムを聴きます――
■The Musings Of Miles Davis (Prestige)
ジャズ喫茶でも滅多に鳴らない盤ですし、名盤ガイドにも、おそらく載っていないでしょうから、私にとっては長らくノーマークだった1枚です。
ジャケットも冴えないしなぁ……。ちなみに素肌に上着ってのは、お洒落なんですかねぇ……。
とはいえ、なかなか内容は素敵ですし、タイトルどおり、マイルス・デイビスの最も「らしい」部分が存分に聴かれます。なにしろワンホーン編成ですから!
録音は1955年6月7日、メンバーはマイルス・デイビス(tp)、レッド・ガーランド(p)、オスカー・ペティフォード(b)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds) となっていますが、実はこのセッションから一ヶ月半後に、マイルス・デイビスはニューポートジャズ祭で大ウケしたことから、大手のCBSコロムビアから契約話が舞い込むのです。
そしてその時にレギュラーバンドを結成するように要請されたマイルス・デイビスが集めたメンバーの半分が、ここですでに共演していたというオチが付いています。
ちなみにマイルス・デイビスが本当に組みたかったメンバーは、ソニー・ロリンズ(ts)、アーマッド・ジャマル(p)、オスカー・ペティフォード(b)、ジミー・コブ(ds) だったという、まあ、当時の超一流ばかりでしたから、無理からん話ではありますが、ここでのレッド・ガーランドとかフィリー・ジョーを聴いていると、失礼ながら怪我の功名以上のものを感じてしまいます――
A-1 Will You Still Be Mine ?
弾語りの名人で作曲家としても天才のマット・デニスが書いた洒脱な名曲を、マイルス・デイビスは、当に本領発揮のマイルスっぽさで聴かせてくれます。
それはハスキーなトランペットであり、歌心優先の思わせぶりも憎めないところ♪
そしてリズム隊では、レッド・ガーランドの絶妙にタメが効いた伴奏がエロル・ガーナーのようなお洒落な感覚で、結果オーライ♪ フィリー・ジョーもスティックとブラシを上手く使い分ける芸の細かさを聞かせてくれます。
A-2 I See Your Face Before Me
素晴らしい演奏! これしか言えないほど、マイルス・デイビスのミュートが心に染みいります。
曲はスローなスタンダードなんですが、決してダレ無いリズム隊の緊張感も最高ですし、レッド・ガーランドのブロックコード弾きも優しい響きで、グッときます。
A-3 I Didn't
威勢の良いフィリー・ジョーのドラムスに導かれ、マイルス・デイビスが初っ端から自由に吹きまくりです! もちろん所々で危なくなっていますが、得意のキメのフレーズがテンコ盛りという快演ですからねぇ~♪
ただし残念ながらフィリー・ジョーが遠慮気味なんですねぇ……。あんまり叩くな! とか命令されていたのかもしれません。故に危なくなっている箇所では、オスカー・ペティフォードの助け舟が流石だと思います。
B-1 A Gal In Calico
これがまた、このアルバムの目玉演奏という、軽妙なマイルス節がたっぷり楽しめます。なにしろミュートトランペットの魅力が全開していますし、テーマメロディをフェイクしながらアドリブに繋げていく妙技は、当にマイルス・デイビスだけの十八番でしょう。
そして実はリズム隊が、けっこう乱れているんですが、マイルス・デイビスに引張られている雰囲気が、とてもジャズっぽい魅力になっていると思います。
B-2 A Night In Tunisia
あぁ、これは、いったい……。
せっかくオスカー・ペティフォードの強靭なベースが素晴らしいイントロをつけているのに、マイルス・デイビスが煮えきっていません。
それはもちろん、ディジー・ガレスピーやクリフォード・ブラウンのように溌剌とは吹けないかもしれませんが、リスナーはどうしても比べてしまうんですよ……。マイルス・デイビスもジワジワとペースを掴んで、要所でキメのフレーズを入れたりしますが……。ただし後年の「死刑台のエレベーター」のサントラ音源のような雰囲気も出ていますから、これは不思議な演奏です。
まあ、単純に選曲ミスじゃなかろうかと……。
B-3 Green Haze
オーラスは即興的なスローブルース大会で、イントロから良い味出しまくりのレッド・ガーランドのブロックコード弾きにシビレます。
するとマイルス・デイビスも、得意の思わせぶりがたっぷり出た「間」の妙技で、ブルース魂を聴かせてくれるのです♪ 背後で蠢くオスカー・ペティフォードのベースも侮れませんし、自在なテンポを生み出すフィリー・ジョーも素晴らしいと思います。
ということで、例のニューポートジャズ祭の大当り直前のマイルス・デイビスは、実は既に完成されたスタイルを持っていたという、その証のようなアルバムです。
しかもそれは、黒いファンキームードでは無く、洒落た雰囲気が濃厚な、つまり白人にもアピールすることが出来るスタイルだと、私は思います。前述のニューポートの客層は白人が多いわけですし、契約を申し出たコロムビアのターゲットも白人層だったのでしょう。
もちろんマイルス・デイビスは黒人としての誇りから、白人の客層をKO出来る演奏を心がけていたと思います。このジャケットが愛想の無いモノクロ写真で、全くリーダーの名前さえ入っていないあたりに、強烈な自負心さえ感じます。
日本人としては、そのあたりの感覚をイマイチ掴めないかもしれませんが、ここでの洒落た演奏、特に「I See Your Face Before Me」「A Gal In Calico」は永遠不滅の世界遺産として、末永く聴き続けられると思います。
ジャズ喫茶で鳴らない理由も理解出来ますし、自宅でシミジミと聴き入るには絶対の作品ではないでしょうか。