「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

自転車を暮らしの中に

2011年03月31日 22時55分56秒 | 水戸
自転車を暮らしの中に


ガソリンが出回り始めたこともあってか、水戸市内は車の量が増えた。
この間に買い物や用事を済ませておこう、と考えたのか知れない。

震災発生直後から自転車の売り上げが急増し、品切れした店も多かった。
鉄道やバスなど、公共交通機関が使えないからの一時しのぎの面もあったようだ。
今回の事例を一過性の事とすべきではない。

もっと暮らしの中に自転車を取り入れることは大切だ。
さらに、多様な自転車の開発も望まれる。
自転車先進国のオランダやデンマークなど、参考とすべきだろう。

ホームセンターや量販店は販売するだけで後のメンテナンスは不十分であったが、最近は充実してきたようだ。

やはり、町の自転車店のサービスが近くて便利。
僕のお勧めを紹介しておく。




「水野商店」@水戸市泉町




自転車専門の老舗、パンク、空気入れ、ブレーキ修理など長年お世話になっている。
震災で入口を損傷した。


「シュガー マウンテン」@水戸市五軒町3-1-53







最近発見した自転車店。以前は酒店で、今も同じ店舗内で兼業の面白い店。
店主・海野喜博さんが趣味が高じて始まった。マニアックな中古車・部品・用品等など。


「出張・自転車修理の宇佐美」090-6102-6907

友人の宇佐美博司さんが2008年に開業し出前の修理店は便利。
『お電話1本で出張し、その場ですぐに修理します!』
故障の状況、名前、住所、連絡先、作業の日時を電話する。
水戸駅から直線3km以内は出張費無料で修理。


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STRAYSHEEP @水戸市泉町3-3-31

2011年03月31日 00時58分37秒 | 水戸
STRAYSHEEP @水戸市泉町3-3-31




営業時間:月・火・木 13時~22時 金・土・日 12時~21時 定休日 :水曜日





水戸市泉町3丁目、と云ってもローソンの角を曲がった裏通りのマンションの1階に古着と雑貨の店「STRAYSHEEP」が出来たのは2年前だろうか。

夏目漱石の『三四郎』に登場する美禰子の「迷える子」または「迷羊」(いずれも振り仮名は「ストレイシープ」)という科白が思い浮かぶ。
本来はイエス・キリストが神という牧人に導かれる大衆を喩えて言ったものらしいのだが。
店主は如何なる訳で店名にしたのか?


通りがかった際に、覗くことが有る。
モノは成るべく少なくしたい、と考えているから、靴・洋服・雑貨などを新たに買う気はない。
しかし、この店は見ているだけでも楽しいのだ。



バイク用品・バックパッカー用の靴、ザック、帽子、ウエア―・フランスの作業着など、幅広い商品はセンスが良い。

パンフレットには『ルールにとらわれない楽しいファッションをコンセプトにアメリカ・ヨーロッパで買い付けた1点物の良質な古着や雑貨、さらにカルチャー誌「スペクテイター」を取り扱っております』と書いてある。

僕は旅が好きで、自転車の旅・バックパッキングの旅・無銭旅行の旅・ヒッチハイクの旅などに憧れながら実現しないままに過ぎた。

この春から夏にかけて、関西や九州を自転車で巡りたいと考えていた。
今回の大震災の状況は、その気を無くしてしまった。




入荷したばかりだという「スペクテイター」23号。

特集1『台湾縦断 自転車紀行』
台湾料理とマッサージだけだと思ったら大間違い!!
サーフィン、登山、原住民カルチャー……。 
自転車に乗って取材を敢行。台湾の知られざる魅力に迫る。

自転車旅行の旅のヒントもある。
記事の量が多く読み応えがありそう。
雑多な情報も満載。
体裁より中身で勝負と云う感じ。

「全ての物を少なく」を主義としているから、本や雑誌は借りるか立ち読み。或いはブックオフの100円均一が定番だが、「スペクテイター」を買うことにした。
店主は「この本の編集・発行人は大洗出身の人です」と付け加えた。

散歩のついでに本を買う、これはありだろう。

何れにしても、魅力ある店ならば多少の不便さは関係なくお客は集まる。
中心商店街、と言われ多所の衰退は、自分の店のが何をしたいかが明確でなく、家業として続けているような店が多い。
さらに、市や県の補助金などをあてにした活性化運動などをしているが、効果は薄い。
自力で存続と継続を、楽しみながら実行することが大切だろう。
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『鸚鵡貝』創刊号 (1983年2月)

2011年03月29日 23時24分07秒 | 彫刻家 後藤清一
『鸚鵡貝』創刊号 (1983年2月)




ご近所のAさんから書物を2冊戴いた話を3月19日『やはり印刷の本が良い。』のタイトルで『月刊・みと』1981年2月号について書いた。
今回はもう一冊の『鸚鵡貝』創刊号にまつわる話を。

現在も月1回の俳句会を開いている「日めくり」の仲間が中心になって「同人誌を作ろう」との話がまとまった。
1983年2月に発行されたから、その1年前として31年前だ。
賛同者を募のり、内容は本人の書きたいことで自由、ページ数に応じてお金を支払う。と云うような次第となった。
金銭的には、さほど厳密にと云うことでもなかった、とは思うが。

表紙絵と文中のカットは画家の福地靖さんが、編集から印刷・刊行まで一切を大曽根克彦さん(当時、タウン誌の編集長で現在はフリーのライター)が担当する。
と云う下相談が出来たから実現したのだ。

目次のタイトルと作者は

●創作
 朽ちかけた墓標 藤井真琴
 夢の残り  内海冗
 白い花  大曽根克彦
 親しい関係 竹入大作
 栄螺浄土 福地玲子
 きつとショートしょーと 吉川ヨーコ
 壁 宮本哲三
●俳句
 急に汲汲 大野孝
 火の枝 枝川くれい
●短歌
 暗渠 小泉光代




●評伝
 後藤清一さんのこと 高橋洋一


●評論 
 「超え出る」ことへの私的序章 佐藤洋照
デッサン 武石とし子
ぬりゑ きしねみつたか

〈雑感往来〉として、大野孝・武石とし子・瀬田勝・ 佐藤洋照・藤井真琴・福地玲子・吉川洋子・大曽根克彦の各氏がエッセイを寄せている。

小説・俳句・短歌・評伝・評論・絵画・随筆と内容豊富な総合誌。
サブタイトルには「文学と美術の小宇宙誌」と銘打っている。

同人誌は3号まで、とも言われるが創刊号だけで終了したか、或いは2号も発行されたが、僕が参加しなかったのか。定かなことは失念した。







『後藤清一さんのこと』は彫刻家・後藤清一(1893-1984)さんの人と作品について纏めるきっかけとなった。
後藤さんはその1年後に亡くなられた。

『鸚鵡貝』創刊号の資料を基に取材を重ね『後藤清一・ひとつの象徴と造型』として1990年に刊行できた。

後藤清一さんの生涯と作品を概観できる278頁の本としてまとめることが出来た。
あれから21年を経過した。

後藤さんの作品は「静謐」な、と呼ばれることが多いが、静かさを秘めた中に大きな思いやりを感じさせる造型だ。

当時、茨城県内では木内克さんと並ぶ彫刻界の第一人者であったが、徐々に忘れ去られようとしていた。
最近、韓国の中央博物館で日本を代表する木彫作品として紹介され、北鎌倉の東慶寺蔵「水月観音」と並んで『水月堂』に安置されている「誕生仏」の素晴らしさによって、再評価の機運が高まっている。

『鸚鵡貝』に参加したことにより、「後藤さんの人と作品」を多くの人に知ってもらうきっかけになったことは、大きな喜びだ。


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震災の見舞いの箱の春野菜

2011年03月28日 19時44分37秒 | Weblog
震災の見舞いの箱の春野菜


26日に鳥取在住のTさんから電話があった「水戸も大変だね、野菜を送るよ」とのこと。翌日の夕方に宅急便が届いた。
水戸までの高速道路が復旧した、とは聞いていたがあまりの早さに驚いた。



早速開けてみると、ホウレンソウ・小松菜・キャベツ・長葱・ブロッコリー・カリフラワーなど新聞紙に包まれた春の野菜が沢山。本来なら農業県・茨城の特産のはずだが、放射線の影響で出荷は自粛、スーパーに野菜は並んでいない。
誠に有難い贈り物だった。


ホシカレイ骨もあまさず食したり


底にスチロールのトロ箱があり干鰈(ホシカレイ)とハタハタの干ものが入っていた。この辺のカレイより大きく身が厚い。早速、焼いて食べた。
本来カレイは淡白な味だが、これはかなり脂がのって、塩気もいくらかきつめ。




残った骨に、熱湯を注ぎ醬油を数滴。
品がない食べ方、と思う方もいるかもしれないが、これが僕の流儀。
誠に美味しいスープとなる。

2年前Tさんを訪ね、鳥取・出雲を旅したことが思い出される。
野菜にお魚有難うございました。
落ち着いたら、水戸の納豆を送りますよ。



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怒りを感じない日本人、それは健全なのか?

2011年03月27日 21時22分49秒 | Weblog
このブログからリンクしている「眞壁明吉良の一日」は“まさにその通り”と思うことがしばしばある。
2011/03/24(木) も共感するところが多いので転載させていただく。

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「眞壁明吉良の一日」2011/03/24(木)

怒りを感じない日本人、それは健全なのか?

原発事故を解決するため、命がけで取り組まれる方々には、心より敬意を表する。
『万が一はない』と約束して計画、建設、運転された原発が地震、津波と言った原因はあったものの、結果として放射線物質の拡散、農業への被害へ繋がった今回の事件は、もう万が一どころの話しでは済まされない。
人の健康、生活を揺るがす施策は、人には影響ないなどと釈明するステージとはかけ離れた深刻な事態に進展しているのである。
海水汚染、水の汚染、農業、水産業、食のビジネスに対する責任はどうとるのか?こういった段階に至っても、まだ怒りを表さない日本人は、理解に苦しむ。
何十年、何百年にわたる問題を私達、後世の人類が解決していかねばならないのだ。
知っているかの様にコメントする学者、専門家達よ、前々からこの問題を知っているならば、科学者の責任において、警告すべきではなかったのか。
放射線物質の拡散については未知だったのだ。しかし、チェルノブイリ事故から放射線物質の広範囲にわたる拡散は類推できたと感じる。

今の日本人は、すべてが他人事なのである。
原発事故、津波、地震も、これらの問題は解決された訳ではなく、苦しむ方々が多数いて、地震大国 日本には、今後も起こりうるリスクである。
学者、専門家達よ、評論は良いから、核燃焼の安全な処理、放射線物質からの保護、原発の瞬時の封鎖等、具体的な方策を提言、実行せよ。
命がけで水を放水させる日本人と毎回、同じ図で説明する学者、専門家達には大きなギャップがある。

日本人よ、すべてはものごとを他人ごとと捉える我々に、すべての原因はあるのだ。自然破壊し、後世に禍根を残した二十世紀は、進歩した世紀ではなく、人間を退化させてしまったのではないだろうか。唯一、自然を大きく破壊する生物は動物でもなく、人類であるからだ。
水、大気を汚染させ、動植物、人類までも安全に暮らせる環境を壊した罪は大きい。
これを解決するためには、水、土壌、大気をきれいにする方法を一人一人が勉強し、知識を持ち、個々の明確な判断基準、意見を持つこと。
そしてその基準、意見を示すこと。
それを反復することで日本人にとって欠けている論理性が築かれ、磨かれてくる。日本の常識は、世界の非常識と言われて久しい。真実を堂々と発言し、行動する日本人を増やしていきましょう。真実は歴史、科学を学べば、必ず見えてくると私は考えています。

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晴れ渡った日曜日だったが、

2011年03月27日 20時42分32秒 | 水戸
晴れ渡った日曜日だったが、


空は一日中晴れ渡った日曜日、風は冷たかったが水戸市内は久しぶりの賑わいを感じた。








南町の自由広場ではフリーマーケットが開催された。

食べもの屋台、雑貨の店、古着屋など多くの人が訪れた。

人が集まれば、活気が出てくる。




津波被害に遭った大洗の漁港の復活を願う、募金活動。




出荷自粛のホウレンソウ、廃棄するには忍びないと、ボランティアの人が無料で配布。
良く洗浄して大人が食べる分に不安はない。





広場の隣に位置する『ライトハウス』人気バンドの出演らしく朝から若者が長蛇の列。
先着300名までの入場と書いてあったが、開演前にその位は並んでいた。大災害の真っただ中だが、人それぞれ、コンサートを楽しむのも良いだろう。
「この有事にけしからん」的な風潮では、太平洋戦争時の大本営発表を信じ、原爆を投下され敗戦を迎えた時代が重なる。

偕楽園は閉鎖され、観光バスも来ないので梅見の客もいない。
露店も撤去されさびさいい限りだ。
観光客に期待した土産物屋は大外れ。

常磐線も不通だから、水戸市内の商店もまるでお客が無い。
このままでは倒産する店も出てきそう。



千波湖畔の柳が芽吹き、風に揺れている。



コブシの蕾も膨らみ間もなく開花。


―――――――――――

NHKニュース   03/27 19:20
高放射線対応で作業遅れの懸念


深刻な事態が続いている福島第一原子力発電所では、27日も2号機の水たまりで通常の原子炉の水のおよそ1000万倍という極めて高い濃度の放射性物質が検出されたほか、海水からも国の基準の1850倍の放射性のヨウ素が検出されました。いずれも核燃料が壊れて放射性物質が原子炉を冷やす水の中に流れて外部に漏れ出たものとみられ、相次ぐ放射性物質の漏えいによって事態の収拾のかぎをにぎる冷却機能の回復に向けた作業の遅れが懸念されています。

原発の放射性物質 数値に誤り
3月27日 20時52分
東京電力は、27日午前の記者会見で、福島第一原子力発電所2号機のタービンがある建物の水たまりから、放射性のヨウ素134を含む、運転中の原子炉の水のおよそ1000万倍という極めて高い濃度の放射性物質が検出されたと発表しましたが、分析結果に誤りがあったとして、再度、水を採取して分析をやり直すことを明らかにしました。

東京電力によりますと、誤っていたのは放射性のヨウ素134の値です。1cc当たり29億ベクレルという極めて高い濃度が検出されたと発表していましたが、別の放射性物質のデータと取り違えて分析していたということです。このヨウ素134は、放射性物質の量が半分になる期間の半減期が短く、半減期の長いほかの物質と取り違えたため、放射性物質の濃度が極めて高くなってしまったということです。ただ、この水たまりの表面の放射線量が、1時間当たり1000ミリシーベルト以上という高い値は変わらないとしています。



――――――――――

何時に成ったら、方向が見えるのか。
皆目、見当がつかない日々だ。


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『人生万事塞翁が馬』

2011年03月26日 22時24分01秒 | Weblog
『人生万事塞翁が馬』


桜の開花便りが報じられる頃だが一向に暖かくならないし、災害を思うと、花などかまっていられない状況だ。

福島原発は、決死の対応をしているにも関わらず鎮静化の兆しはなく、拡大しているようにみえる。
一部の地域生産の野菜や牛乳の出荷制限に続き、水道水から子供の甲状腺ガンを引き起こす《ヨウ素131》が検出された。
福島、茨城、千葉のあわせて13の自治体で、乳児に限って摂取を控えるよう呼びかけている。
野菜・牛乳・水道水など、飲食して直ちに害はないといっても、長期間に渡り影響し、蓄積を重ねる。
乳幼児、これから生まれる次の世代の人達への影響は、際限がない。

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3月26日 19時13分 のNHKニュースは

『放射性ヨウ素検出 炉内からか
福島第一原子力発電所の放水口の近くの海水から、国の基準のおよそ1250倍という高濃度の放射性のヨウ素131が検出されました。24日には、3号機のタービン建屋から高い濃度の放射性物質を含む水が見つかっており、東京電力は、原子炉の中の核燃料が壊れ、放射性物質を含む水が外に漏れ出た可能性があるとして、漏えいルートの解明を急いでいます。』と報じた。

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被災地の復興、避難先への援助が最優先だが、原子力発に対する根本的な見直しも並行して進めるべきだろう。
日本の電力の3割が原発に依存し、福島原発の6機は、現在稼働の原子炉の約1割をしめる。節電だけで対応は出来ない。

日本のあらゆる技術を駆使すれば、新しいエネルギーを開発できる可能性もあるだろう。
大災害を転機として、電力を含めたエネルギー問題や、自然現象に逆らわない街づくりを考える機会となることを願うほかはない。

禍福は縄なえるごとし。


昨日・今日の水戸の写真を掲載します。



県立図書館は休館中ですが、土手の早咲きの桜は花をつけ、サンシュウも花盛りです。




間もなく、常磐線も開通になりそう、赤塚駅には線路試験車が停車していました。



現在、東京への足は高速バス、水戸駅南口のバス停は長蛇の列。




同じく、南口の周辺の地盤沈下は激しく多くの施設が使用不可能。






宮町の水戸東照宮の石垣は崩落し、再建には時間を要しそう。




カタクリの花が咲いている庭がありました、自然の営みは絶えることが無い。


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今日は、チリとホコリが雨となった。

2011年03月22日 23時18分17秒 | Weblog
放射性物質がチリ・ホコリとなり雨が降る

昨日から伝えられている放射線に汚染された野菜や牛乳、さらに魚。
確かに、食べて・飲んで、すぐ影響が出るということではないだろう。

以前の農薬や添加物の騒ぎと異なるのは、放射線の半減期が異なり、数週間から数年、数十年、数百年と長期にわたり影響する物質だ。
さらに、土壌や海水などに蓄積され影響を与え続ける。

今回の福島の事故を一般人が考える際の一助になればと思い、原子力発電所の現場で20年間働き1997年に亡くなった平井憲夫の講演録「原発がどんなものか知ってほしい」をリンクし転載しました。今から14年以上前の講演録です、現状とは違う点も多々あるでしょうし、異論もあるでしょう。

№16,17を転載したところ、早速Sさんからコメントを戴きました。

『平井憲夫「原発がどんなものか知ってほしい」を知るきっかけを頂き、ありがとうございます。あまりにも我々は、原発に関し無知であると思いました。私は、常日頃から「無知は最大の罪」と唱えておりますが、まさに、このような状況下で鑑みれば原発に関しあまりにも、あまりにも知らない罪深いことと存じます。考える良い機会を頂戴いたしました。《自然をたたえ、生物をいつくしむ》敬虔な心を失った人類に対する警告といえる。まさにサムシング・ グレートの下した警告ではないかと共鳴いたします。』

皆さんと一緒に考えたいと思い№8を転載します。

8 内部被爆が一番怖い

 原発の建屋の中は、全部の物が放射性物質に変わってきます。物がすべて放射性物質になって、放射線を出すようになるのです。どんなに厚い鉄でも放射線が突き抜けるからです。体の外から浴びる外部被曝も怖いですが、一番怖いのは内部被曝です。

 ホコリ、どこにでもあるチリとかホコリ。原発の中ではこのホコリが放射能をあびて放射性物質となって飛んでいます。この放射能をおびたホコリが口や鼻から入ると、それが内部被曝になります。原発の作業では片付けや掃除で一番内部被曝をしますが、この体の中から放射線を浴びる内部被曝の方が外部被曝よりもずっと危険なのです。体の中から直接放射線を浴びるわけですから。

 体の中に入った放射能は、通常は、3日くらいで汗や小便と一緒に出てしまいますが、3日なら3日、放射能を体の中に置いたままになります。また、体から出るといっても、人間が勝手に決めた基準ですから、決してゼロにはなりません。これが非常に怖いのです。どんなに微量でも、体の中に蓄積されていきますから。

 原発を見学した人なら分かると思いますが、一般の人が見学できるところは、とてもきれいにしてあって、職員も「きれいでしょう」と自慢そうに言っていますが、それは当たり前なのです。きれいにしておかないと放射能のホコリが飛んで危険ですから。

 私はその内部被曝を100回以上もして、癌になってしまいました。癌の宣告を受けたとき、本当に死ぬのが怖くて怖くてどうしようかと考えました。でも、私の母が何時も言っていたのですが、「死ぬより大きいことはないよ」と。じゃ死ぬ前になにかやろうと。原発のことで、私が知っていることをすべて明るみに出そうと思ったのです

――――――――――――

短い文章だが「原発がどんなものか知ってほしい」を書くきっかけとなった章といえる。
自分の体験を多くの人に伝えたかったのだろう。

福島原発の事故が正念場を迎えている。
既に、内部被ばく以上の多量のチリやガスを空中にを放出し、風と共に飛び散り雨に交じって降り注いだ。

あえて掲載するのは、この機会に世界中の人と一緒に考え、後世の人々に大きな負の遺産を贈りたくないからだ。

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自然をたたえ 生物をいつくしむ日、

2011年03月21日 11時36分20秒 | Weblog
春分の日




古瀬戸の壺に水仙


大震災に遭遇した被災地の復旧や避難所の生活はまだまだのようだ。

水戸においても、予想を上回る被害で、特に瓦屋根の破損が目立った。
今朝から雨が降っているが、ブルーシートで屋根を覆った所は大丈夫かも知れないが、未だの家では雨漏りが心配だ。
幸い、我が家はトタン屋根で被害を免れた。

今日(3月21日)は春分の日で祝日。《自然をたたえ、生物をいつくしむ日》
春の彼岸の中日で「暑さ寒さも彼岸まで」と云われるように季節の変わり目。

彼岸は日本独自の仏教行事、先祖の霊を敬い墓参りをする。
彼岸入りの日に寺に行ったが、殆どの墓石が倒壊していた。
我が家も被害を受けていたが、直す術もなく石屋さんの手配をお寺にお願いした。

今回の地震、津波、原発事故の複合災害は《自然をたたえ、生物をいつくしむ》敬虔な心を失った人類に対する警告といえる。


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自衛隊と東京消防庁の必死の注水作業。

2011年03月20日 22時52分53秒 | Weblog
自衛隊と東京消防庁の必死の注水作業。

20日午後も福島原発の原子炉と使用済み燃料を冷却するため自衛隊と東京消防庁の必死の注水作業が行われました。
さらに、外部からのケーブルを引き込み電源が復旧し配管等に異常がなければ冷却が可能になり、小康状態を保つことが出来るようです。

放水により海水を注入しているから、鎮静化しても再び運転することは出来ませんから廃炉にすれば解決する、と考えます。
しかし、そう簡単ではなさそうです。

*2011/03/18に平井憲夫「原発がどんなものか知ってほしい」の №16“廃炉も解体も出来ない原発”を転載しました。
「原発がどんなものか知ってほしい」は原子力発電所の現場で20年間働き1997年に亡くなった、平井憲夫の講演録。
運転しなくなった原子炉をどうするのか、について述べているのが、

№17「閉鎖」して、監視・管理
 なぜ、原発は廃炉や解体ができないのでしょうか。それは、原発は水と蒸気で運転されているものなので、運転を止めてそのままに放置しておくと、すぐサビが来てボロボロになって、穴が開いて放射能が漏れてくるからです。原発は核燃料を入れて一回でも運転すると、放射能だらけになって、止めたままにしておくことも、廃炉、解体することもできないものになってしまうのです。

 先進各国で、閉鎖した原発は数多くあります。廃炉、解体ができないので、みんな「閉鎖」なんです。閉鎖とは発電を止めて、核燃料を取り出しておくことですが、ここからが大変です。

 放射能まみれになってしまった原発は、発電している時と同じように、水を入れて動かし続けなければなりません。水の圧力で配管が薄くなったり、部品の具合が悪くなったりしますから、定検もしてそういう所の補修をし、放射能が外に漏れださないようにしなければなりません。放射能が無くなるまで、発電しているときと同じように監視し、管理をし続けなければならないのです。 

 今、運転中が51、建設中が3、全部で54の原発が日本列島を取り巻いています。これ以上運転を続けると、余りにも危険な原発もいくつかあります。この他に大学や会社の研究用の原子炉もありますから、日本には今、小さいのは100キロワット、大きいのは135万キロワット、大小合わせて76もの原子炉があることになります。

 しかし、日本の電力会社が、電気を作らない、金儲けにならない閉鎖した原発を本気で監視し続けるか大変疑問です。それなのに、さらに、新規立地や増設を行おうとしています。その中には、東海地震のことで心配な浜岡に5機目の増設をしようとしていたり、福島ではサッカー場と引換えにした増設もあります。新設では新潟の巻町や三重の芦浜、山口の上関、石川の珠洲、青森の大間や東通などいくつもあります。それで、2010年には70~80基にしようと。実際、言葉は悪いですが、この国は狂っているとしか思えません。

 これから先、必ずやってくる原発の閉鎖、これは本当に大変深刻な問題です。近い将来、閉鎖された原発が日本国中いたるところに出現する。これは不安というより、不気味です。ゾーとするのは、私だけでしょうか。

―――――――――――――――――
記述が全て正しいかは分りません。
しかし、納得するところは多々あります。

先端技術ではなく、産業革命以来の蒸気を動力に変える仕組みです。
かなり原始的なうえに危険を伴います。
今回の事件が鎮静化しても、沢山の原子炉が同じような問題を含んでいます。

核廃絶が日本国民の願いなら、核兵器の原料となる原子炉をどうするか。
半減するまで長い期間を要する放射線の影響を受けない様にするには。
次の世代の為に考える時に来ているでしょう。





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やはり、印刷された本が良い。

2011年03月19日 20時12分48秒 | Weblog
やはり、印刷された本が良い。




町内のAさんが「親が持っていた物だけれど、よーちゃんに関係ありそうだから」本と雑誌を下さった。
『月刊・みと』(1981年2月号 №92)と『鸚鵡貝』創刊号 (1983年2月)
どちらも、僕の手元に今は無く、約30年と28年前の出版物。
めくってみると、「あー、コンナことアッタンダ」と思うことが沢山あった。




①『月刊・みと』1981年2月号 

*表紙は片岡洋一さんの『瀬戸の壺に白椿』の油絵。
僕は“花は白”と思っている、白の藪椿は格別だ。
片岡さんはしばらく前に体調を崩され、今は左手で絵筆をとられているようだ。
画家と云うより絵師と呼ぶのがふさわしく、絵にかける執念はすごい。




*『身辺古玩』(2)「火鉢」

編集長のOさんに無理やり頼んで、古物にまつわる話を1年間連載させて貰った。
ニコンのカメラを購入し、自分で撮影した写真。

その頃から古道具の世界に魅せられ、先達の「骨董あれこれ」の様な事を真似してみたかったのだ。
今読むと、若気の至りのかんもする。
とにかく、連載を全うすることが出来、書く愉しみを味わった。



*水戸出身者が活躍の『ビジネスがやってくる』

その頃、水戸の音楽シーンは盛り上がっており(どの街もそうであったかも)コンサートは日常のこと、多くのバンドが競い合った。
南町のサントピア7階の「サウスコア」は拠点の一つ。
若手が出演し、その後メジャーになったグループも多い。

*ジャズピアノの巨匠『オスカー・ピーターソンが水戸に』

ピアノ:オスカー・ピーターソン、ギター:ジョー・パス、ベース:ペデルセン、ドラム:マーチン・ドリュー。
文化センターの大ホールで開催されたコンサート。
友人が主催したので、楽屋の4人と舞台裏からリハーサルを見ることが出来た。
水戸駅までピーターソンを自分の車で送ったのは良き思い出だ。
今やネット全盛、あらかたの用が足りる。
しかし、今回の震災でその脆さを露呈した。


書籍・雑誌の類は従来の紙に印刷されたものが“いつでも、どこでも”読むのに便利だし、思わぬ機会にお目にかかれるのも嬉しい。

『鸚鵡貝』創刊号については次の機会に。


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「原発がどんなものか知ってほしい」 平井憲夫

2011年03月18日 20時19分10秒 | Weblog

http://news.tv-asahi.co.jp/news/web/html/210318055.html   ( ANN ニュース)

朝日新聞は
「原子力安全・保安院は18日、福島第一原発1~3号機の事故について、事態の深刻さを示す国際原子力事象評価尺度(INES)の暫定評価を、米国スリーマイル島の原発事故と並ぶ「レベル5」(広範囲な影響を伴う事故)に引き上げた。
 施設内で放射性物質が大量に放出しており、炉心の損傷の可能性も高いため。

 日本でのこれまでの最高は、茨城県東海村のウラン燃料加工会社で起きた臨界事故の「レベル4」(局所的な影響を伴う事故)。レベル5より高い事故は、世界でも旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の「レベル7」(深刻な事故)しかない。」 と報じた。




東北関東大震災は地震、津波、原発事故の複合された災害。
今後に多くの問題を含む『原発』についての知識がない。
今まで、知る必要がなかった、ともいえる。
ニュースの解説を聞いても、何か納得がゆかない。

ウェブで見つけた「原発がどんなものか知ってほしい」は原子力発電所の現場で20年間働き1997年に亡くなった、平井憲夫の講演録をまとめたと思える全21章からなっている。
本当に?と思うところは沢山あるが、最後まで読むと《原発とは何か》今回の事故を理解する大きな手助けになった。

多くの人に読んでもらいたく、このブログからリンクする様にしてはあるが、少しずつ紹介しておきます。


16 廃炉も解体も出来ない原発


 1966年に、日本で初めてイギリスから輸入した16万キロワットの営業用原子炉が茨城県の東海村で稼動しました。その後はアメリカから輸入した原発で、(途中で自前で造るようになりましたが、)今では、この狭い日本に135万キロワットというような巨大な原発を含めて51の原発が運転されています。

 具体的な廃炉・解体や廃棄物のことなど考えないままに動かし始めた原発ですが、厚い鉄でできた原子炉も大量の放射能をあびるとボロボロになるんです。だから、最初、耐用年数は10年だと言っていて、10年で廃炉、解体する予定でいました。しかし、1981年に10年たった東京電力の福島原発の1号機で、当初考えていたような廃炉・解体が全然出来ないことが分かりました。このことは国会でも原子炉は核反応に耐えられないと、問題になりました。

 この時、私も加わってこの原子炉の廃炉、解体についてどうするか、毎日のように、ああでもない、こうでもないと検討をしたのですが、放射能だらけの原発を無理やりに廃炉、解体しようとしても、造るときの何倍ものお金がかかることや、どうしても大量の被曝が避けられないことなど、どうしようもないことが分かったのです。原子炉のすぐ下の方では、決められた線量を守ろうとすると、たった十数秒くらいしかいられないんですから。

 机の上では、何でもできますが、実際には人の手でやらなければならないのですから、とんでもない被曝を伴うわけです。ですから、放射能がゼロにならないと、何にもできないのです。放射能がある限り廃炉、解体は不可能なのです。人間にできなければロボットでという人もいます。でも、研究はしていますが、ロボットが放射能で狂ってしまって使えないのです。

 結局、福島の原発では、廃炉にすることができないというので、原発を売り込んだアメリカのメーカーが自分の国から作業者を送り込み、日本では到底考えられない程の大量の被曝をさせて、原子炉の修理をしたのです。今でもその原発は動いています。
 最初に耐用年数が10年といわれていた原発が、もう30年近く動いています。そんな原発が11もある。くたびれてヨタヨタになっても動かし続けていて、私は心配でたまりません。

 また、神奈川県の川崎にある武蔵工大の原子炉はたった100キロワットの研究炉ですが、これも放射能漏れを起こして止まっています。机上の計算では、修理に20億円、廃炉にするには60億円もかかるそうですが、大学の年間予算に相当するお金をかけても廃炉にはできないのです。まず停止して放射能がなくなるまで管理するしかないのです。

 それが100万キロワットというような大きな原発ですと、本当にどうしようもありません。



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復興への歩みが始まった。

2011年03月17日 18時16分55秒 | Weblog
復興への歩みが始まった。



市役所の前の救援物資




南町・自由広場の野菜市

水戸までの常磐線の復旧は未だだが、常磐高速道路は水戸まで開通した。
街を歩いても、道路・塀・屋根など応急の修復が始まっている。
道路網が回復すればガソリンを始めとした物流も円滑になるだろう。
復興への歩みが始まった事を感じた。


このブログにリンクしている「眞壁明吉良の一日」の今日の記事「復興へ向けて」を読み、まさにその通りと思った。
リンクしているからクリックすればアクセス出来るが、簡単に読めるように、御本人の了解を得て転載します。

復興へ向けて(3月17日)

おはようございます。これまで日本人、いや人類が経験したことのない地震、津波、原発事故が複合的に起こった。
停電、断水、通信不能、ハイテクを基盤にした社会は混乱した。
危機の時に生き残っていたのは、インターネット、携帯電話ではなく、公衆電話、昔の電話回線のみを差し込む電話、エアコンではなく、着火機能のみで灯油を燃やすストーブ、湧き水であった。米、うどん、自然の恵みである野菜、カップヌードルを食べ、命をつないだ。
ハイテクも原点は、水、空気の力を借りないと力を発揮しない。原発もエネルギー効率は数十%程度、水による温度コントロールが出来なければ暴走することを学ぶには、あまりに遅すぎ、事態は深刻化している。
この様な単純なことを何故、建設前に国民が知り得なかったのか。
マスコミに登場する専門家達、『人体に影響ない、問題はないと考える』と繰り返されるコメント。それには反し、フランス等外国からチェルノブイリの原発事故に準じる事故と評される内外の事故の捉え方のギャップ。真実はひとつであり、曖昧な慰めの言葉では、事態は解決出来ない。後手、後手にまわる国の対応。日本はこのままでは実質的に鎖国状態になる危険性がある。
日本=危険と言ったイメージを作り上げた今回の事態は天災のみが起因されたのではなく、科学技術に基づき、社会、教育がなされてこなかったことを猛省すべきである。
人間が出来ることは物質を選択することと攪拌するだけである。
最悪どの様なことが起こるのか、予測する基になるのが、科学である。『万が一と言ったことはない』、科学にはない言葉である。
人間の力を凌駕する自然の力を素直に認め、その恵みを慎ましく感謝しながら使わせて頂く社会に戻していくことを今回の困難は教えてくれる。不安の中にいるが、今出来ることを喜んで行う、そういったことを積み重ねていくこと、懸命に取り組んでいきましょう。
安全で確実な方法により成り立つ社会を再構築すべく日本人の素直さ、勤勉さを取り戻しましょう。



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菜の花 @水戸市岩根町

2011年03月17日 00時18分55秒 | 山野草
菜の花 @水戸市岩根町



16日の朝は冷え込みが厳しく冬に逆戻りした感じだった。
昨夜に雨が降ったらしく、路面がぬれていた。

東北の被災地では、雪が舞ったところもあるようだ。
電気も暖房もなく食べ物もままならない人たちを思えば、かなり影響を受けた水戸周辺ではあるが有難い。

友人からのメールは、「06時30分に1.3μシーベルトを計測した」とあった。
この数字は通常の水戸の観測値の10倍になる。
100キロ㍍離れた場所の数値だから、現地はかなりの高濃度であったろう。
何かしらの異常が発生していたのだろう。
その後、数値は減少したようだ。


その様な寒空にもかかわらず、那珂川の堤防に自生する菜の花摘みに出かけた。
約10㎞あるから、自転車で約1時間。
ペダルをこいでいるうち汗ばんでくる。



道路に長い車の列、その先はガソリンスタンド。
緊急用或いは予備としてガソリンを入れておきたい気持ちは分かるが、当座は車なしの生活を心がけたいと思う。




堤防のヘリの雑草地に、ハクチョウの群れが羽を休めていた、
見れば、羽がグレーの幼鳥もいる。
白鳥は水辺とばかり思い込んでいたが、エサは豊富な雑草地は最適なのだろう。
それなりの生きる環境を探すものだ。



例年、この時期に菜の花摘みを2~3回する。
茹でて、みそ汁の実やオヒタシにして食べる。
冷凍して保存がきくから、しばらく味わうことが出来る。
ある程度の量は塩浸けにする。
時間の経過で発酵してくる、
これが、滅法に美味い。

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原発の安全神話

2011年03月16日 19時08分57秒 | Weblog
原発の安全神話

イギリスとスイスの友人から「大丈夫か?」と心配する―メールが届いた。
地震発生後の津波の映像が世界中に放送されたからだろう。
その後、被害の状況が明らかにされるようになり。
より多くの関心がもたれている。

日本で時折報送される、外国のメディアの報道は原発の危険性に集中し始めているようだ。

フランスでは『フランス人を帰国させる、特別便を手配する』

ドイツの高級誌シュピーゲル(14日付英語電子版)は、「原子力時代の終焉(しゅうえん)」という見出しで詳報しながら、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故と比較し、「日本政府が安全を確約しているにもかかわらず、再びチェルノブイリが起きる不安が広がっている」と伝えた。

米紙ニューヨーク・タイムズ電子版は14日、「最悪の場合は燃料が格納容器の底を突き抜ける「メルトダウン」が起きる恐れを指摘した。
米メディアの関心は、放射性物質の拡散や米国内の原発の耐震性などにも移っている。米国内には104の原発があり、電力の2割をまかなっている。


シンガポール「聨合早報」の社説では、「福島原発の事故は自然災害によって引き起こされたものだが、核エネルギーによる発電の安全問題は避けては通れない。過去の数十年で原子力発電は、確かに飛躍的な進歩を遂げ、原発の安全対策もより周到なものになっている。しかし、この事故は、人間は自然にはかなわないことを教えてくれた。自然災害の発生を予想することは難しく、その被害の規模も底知れない。そして、再生可能エネルギーのような新エネルギーの開発は、さらに重視されるようになるだろう」と述べている。

いたずらに、危険を煽るような話をしたくはないが『原子力発電は、安全』という神話は崩れ去った、と云えよう。

現状の打開は政府や東京電力、自衛隊、原子力保安院などの関係機関に任せるほかないが、我々も「原子力発電とは何か」をもう少し知る必要があると思った。

問題を知る格好なブログを見つけたのでリンクするようにしました。

平井憲夫「原発がどんなものか知ってほしい」

例えば、今回の福島原発の問題の原因「使用済み燃料の保存」循環する冷水に長期間保存しなければならない。
などは知りませんでした。その他にも幾つか納得できることが有りました。

「原発がどんなものか知ってほしい」は専門家からは多くの批判や反論があるようです。従って、否定する方の説明についても目を通すべきでしょう。


とにかく、この時期だからこそ目を通していただきたい、と思いました。


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