「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

世田谷区立岡本公園、民家園

2009年04月30日 09時42分03秒 | 庭園
世田谷区立岡本公園、民家園

田園都市線二子玉川駅から徒歩20分『静嘉堂文庫美術館』がある。
一山全部が敷地と言う感じだが、一部は世田谷区が管理する緑地公園となっている。



その一画に『世田谷区立岡本公園、民家園』がある。
茨城県立歴史館の構内にも民家が1軒移築されているが、あの程度の規模だ。

大幅に異なるのは、今も使われている状態を保持している事だ。
その民家で生活が営まれているようにみえる。
囲炉裏には炉を焚き、鶏が飼われ、畑が作られている。

ボランテアの人達も多く参加しているようだ。
毎月、藍染・紙漉き・蕎麦うち・木挽きなど昔の手仕事を体験する会が開かれる。
さらに、独楽・竹笛・お手玉・竹の剣玉・草笛など昔の遊びを体験する企画もある。

上手く活用されているな、と感じた。



今の時期、鯉幟が揚げられ、裏庭には竹の子が伸びていた。

地続きの緑地の一部は散策できるように成っている。
敷地の縁を流れる丸子川には水生植物も植えられていた。



自然の状態を維持しながら、公園を活用する手立てが、加わっていた。

昔の暮らしを伝える事は大切な事だ。
それを楽しんで体験できる。

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『水墨画の輝き』ー雪舟・等伯から鉄斎まで 2

2009年04月28日 22時15分13秒 | 美術展
『墨は五彩を兼ねる』と言われる。
墨の濃淡が無限の階調を生み、豊かな色彩に劣らない。という事なのだろう。
つい最近まで、印刷物、写真、映画、テレビにしても白・黒が普通だった。
しかし、最近は全ての物がカラーとなった。
あまりにリアルな映像は自分の想像力を働かせる事が出来ない。

水墨画は墨の濃淡、ぼかしやにじみ、墨自体の発色の違い、筆線の抑揚等、多くの技法が有る。
それにより豊かな表現が可能になる。
墨一色もあれば、わずかな色を点じたものもある。

水墨画は唐時代の中国に生まれ、12世紀末頃に日本に伝わったといわれる。
草木や人物、山水など画題も多い。

今回の展覧会は室町時代から近代迄の水墨画が41点展示されている。
全てが出光美術館の館蔵品とのことだ。
出光というと、陶磁器やルオーのコレクションを思い浮かべるが、収集範囲は広い。

印象に残った作品を、出品リストから揚げておく。



破墨山水図  画・雪舟 賛      室町時代
         賛・景徐周麟
平沙落雁図  牧谿           中国・南宋時代末
山市晴嵐図  玉澗           中国・南宋時代末
竹虎図屏風  長谷川等伯       桃山時代
竹鶴図屏風  長谷川等伯       桃山時代
竹雀図     宮本武蔵        江戸時代
龍虎図     伝俵屋宗達       江戸時代 
蜀棧道図    池大雅         江戸時代 
籠煙惹滋図  浦上玉堂        江戸時代 
撥墨山水図  浦上玉堂        江戸時代
新緑帯雨図  青木木米        文政9年(1826)
東山図     画・田能村竹田    文政6年(1823)
         賛・頼山陽 
高師弾琴図  富岡鉄斎        大正12年(1923)

以上の作品などを興味深く観た。



長谷川等伯の『松林図屏風』に至る過程なのか『竹虎図』と『竹鶴図』屏風はそぎ落とされた画面ではないが、やさしを感じる。
田能村竹田と頼山陽は友人同士、『東山図』はそれが伺える画面だ。
浦上玉堂の『籠煙惹滋図』は山上さんのお好きだった訳が理解出来た。

水墨画を観るのは単純ではない。
背後に、歴史や故事などが土台になっている。
それらを理解していないと分らない。
基礎的な事を知らないし画題の意味も理解出来ない。
時代が変わると、常識も変わる。
現代人に漢文の素養はないから、漢詩を理解するのは難しい。

僕は『文人画』と言われる範疇の作品に惹かれる。
世間から離れ、自由な世界に住んでいる心を、見習いたいと思う。

俗事に追われる毎日だが、心静かに生きたい。





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三菱1号館 赤煉瓦の建物の復活

2009年04月28日 14時18分48秒 | 文化遺産
出光美術館に行くのに東京駅で下車した。
東京駅の復元工事は未だ未だ時間がかかりそうだ。
中央郵便局の一部保存をどのようにするのか?
一時保留し、方針を検討するらしい。
東京駅から皇居にかけて『丸の内』の再開発が進行中だ。
数年後には完全に生まれ変わり、新たな商業空間となりそうな勢い。

明治27年、ジョサイア・コンドルの設計により赤煉瓦の建築が始まった。
その後『1丁倫敦』と呼ばれた赤煉瓦のオヒスビル街となった。
それらも昭和43年に姿を消した。
年代的には僕も見た事がある訳だが、記憶に無い。

IMG_0557_convert_20090428092505.jpg


三菱が再開発中であった『三菱1号館』が姿を現した。
背後には34階建ての『丸の内パークビルデイング』
工事用の囲いが取り払われて間もなくオープンしそうに見えた。
オフィスばかりでなく商業施設も出来そうだ。
赤煉瓦の1号館は美術館になるらしい。
出光美術館を含め、新たな美術ゾーンが出現する事になる。
東京への一極集中が、益々激しくなるばかり。
これで良いのか?と疑問を感じるが、現実は現実。

東京の一部は僕には縁のない別世界である。
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『水墨画の輝き』ー雪舟・等伯から鉄斎まで 1

2009年04月28日 00時13分48秒 | 美術展
水墨画の輝き』ー雪舟・等伯から鉄斎まで
         4月25日~5月31日 @出光美術館


水墨画に関心を寄せたのは、古美術収集家であった山上鎮夫さんが描いた山の絵に始まる。
30年前頃だろうか、月に1度くらい骨董好きの友人と連れたって山上さんのお宅を訪問した。
収集品を拝見させていただく為だ。

眼科医であったが、古美術蒐集の他クラッシク音楽・山草の愛好家で俳句もなさった。
山登りも大好きで、自然を愛した。
それらが結実したのが、主に山を描いた風景画。
何度か個展を開かれたり、小冊子だが画集も出された。

スケッチを基本にしてはいるが、あくまでもご自分の心象風景。
抽象画の様にも観えた。
浦上玉堂がお好きだったようだ。
早春から初夏にかけて、紅葉の山々等を描いたのが多かった。



出光美術館は皇居のお堀に面した帝劇ビルの9階。
主な展示室が3室、陶片の資料展示室とルオーとムンクの展示室。
観るのに最適な広さだ。
皇居に面した休憩室からの眺めも最高。
僕の大好きな美術館の一つだ。
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六龍鉱泉。台東区池之端3-4-20

2009年04月27日 10時44分04秒 | 銭湯・温泉
谷中の銭湯で一緒になった方に『この辺のお薦めの銭湯は?』と訊くと『池之端の六龍鉱泉は身体が温まるよ』とのことだった。
川崎からの帰り道、立ち寄る事にした。
上野駅の不忍口を出て池沿いの道を進む。



遊歩道に何軒もの屋台のおでんやが営業しているのには驚いた。
以前から在ったのか、は分らないが、街の楽しさを演出するにはよい手だ。
水戸の千波湖畔に、この様な屋台が出現したら、どうなのだろう?
賛否両論かもしれないが、昼から酒が飲める屋台は反対が多いだろう。

酒を飲んだ人の自己管理は難しい。
”酒は、命を削る鉋“でもあり”酒は百薬の長”とも言う。

どちらにしても、水戸の市内に屋台の”おでんや”が1軒も無いのは寂しい。
昨年の秋に、水戸芸術館の関連催事で『妄想屋台村』という企画が有ったが楽しかった。
屋台の許可は、警察・保健所などの規制が厳しいらしい。


『精養軒』の下を進むと森鴎外の旧居で今は『水月ホテル 鴎外荘』が在る。
そこの細い路地を曲がると、『六龍鉱泉』だ。
何度か訊きながら探し当てたが、誠に分りづらい。


殆どの銭湯が入り口にコインランドリーを併設しているが、ここには無い。
ランドリー設置の敷地の余裕が無いのだろうが、この方が感じが良い。

脱衣所の脇には池がついた坪庭がある。庭のある銭湯は少ない。
洗い場の正面は、錦帯橋に桜が咲いているタイル絵。
鉱泉だから色は褐色、いくらか味もするのかも。

東京の銭湯は概して高温だ。
熱くて湯船に浸かれない事も多いが、ここもかなり熱い。
水をうめながら入った。それでも熱い。
確かに、身体は暖まりそうで、冬場は最高だろう。

脱衣所の壁面に東京市の泉質分析表が掲示されてあった。
昭和6年の日付だから、その頃創業したのだろう。75年以上前だ。
住所は下谷区花園町と在る、現在は台東区池之端3-4-20。
重炭酸ナトリュウム・重炭酸カリュウムが主成分。舐めてみれば塩っぱかったのかも。

出がけに番台の人に訊くと。
地下500メートルから汲み上げた鉱泉を湧かして使用している。
湯船の温度は45度~46度に保つようにしている。
創業は昭和6年だが、現在の建物は昭和40年。
という様な事であった。源泉の温度は訊き忘れた。

上野の鈴本亭や博物館の帰り道『六龍鉱泉』で一ツ風呂浴びて、も良いもんだ。
池之端、精養軒下の道は上野とは思えぬ程静か。




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写団NEGA…2009 @アートガーデンかわさき

2009年04月26日 23時26分28秒 | 美術展
川崎は

写真が趣味の友人、Mさんが属しているグループの写真展の案内をもらった。
会場は川崎駅の隣のリバーク3階の『アートガーデンかわさき』
会期は4月21日から26日迄。Mさんの会場当番は25、26との事なので最終日に行った。
川崎市の人口が何十万人か知らないが、駅を含め大都会だ。
以前は工業都市のイメージが有ったが現在はどうなのか?



サッカーの“川崎フロンターレ”の本拠地だ、駅前の街路灯にも応援の旗が掲げられている。


日曜日と有って、ストリートミュージシャンの公演がが何組も行われていた。
振り返って”水戸”と比較すると、水戸の現状は寂しい。
基本的には財政が厳しい。という事だろうが、路上のパフォーマンスなどは、すぐにでも出来そうに思う。
さて、写真展の会場『アートガーデンかわさき』は川崎市の運営、このビル自体が川崎市の所有らしい。
貸し会場を作っても、借り手が無ければ運営は難しい。
その点は、水戸の場合は成り立ちそうに無い。

『写団NEGA』の写真展
はネガカラーヒィルムで撮影されたプリント作品。



デジタル写真が大勢を占める時代、従来のフィルムに拘っている集団、
35人の会員が一人3点程度を出品している。


Mさんの解説つきで会場を一巡。

人物、植物、風景などだが、用紙サイズが限定されていたのが残念。
会場の広さと、人数の関係なのだろうが、大きな作品が無いのは物足りなさを感じた。
僕は人物や建物に興味が有るので、浅草などをテーマにした作品が共鳴出来た。


(小生も被写体になっている)

Mさんと駅の地下街の蕎麦屋で昼食をとる。
再会を祝しビールで乾杯。板わさ・だし巻きで日本酒の冷や。
しめに、辛み大根でせいろを1枚。
昼酒と蕎麦が主で、写真展がつけたし、とも言えた。
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路地の花々

2009年04月25日 23時49分52秒 | 山野草
下町の街並み

北区王子駅から歩いて10分。
中層の集合住宅や木造住宅が建ち並び、昔ながらの商店街が連なる。
シャッターを閉めてしまったところも有るが、日常生活に必要な品々を商いしている店ばかり。
何れも家族経営の店だから、夜も9時頃迄開いている。
これで商売が成り立っているのか?と疑問に思う店も多い。
儲ける事より、日々の暮らしが成り立てば良い。
或は、贔屓にしてくれるお客様がいる限り、営業を続けよう。
としているのだろう。
そこには、日本人が築いて来た人情あふれる生活が有るように思える。

王子辺りがが下町と言えるのか?はともかく、雰囲気は下町そのものと思える。


その典型と思える事の一つが、道路と家の境界や舗道上に沢山の草木が植えられている事。
庭の無い家も多いから、と言えばそれ迄だが、丹誠込めた草花が咲きそろっている。


自分が見て楽しむは勿論だろうが、通行する人達に楽しんで欲しいとの気持ちが汲み取れる。
時期的にも花の多い時期だが、周辺を一回りするだけで多くの花々を見る事が出来る。

久しぶりに雨だった今日(25日)傘をさして散歩がてら写真を撮った。
枚数が多いが、止むなくカットしてある。

水戸は緑が多く、その必要性は薄いのかも知れない、
大切なのは、その精神だろう。
町を愛する気持ちが有れば、せめて自分の家の周辺だけでも美しく保とう。
との気持ちになると思うのだが、それなくして街の活性化など出来るはずも無い。
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筍飯

2009年04月24日 23時06分26秒 | 山野草
筍は大分前から店頭に並んでいる。
今更、筍の話しでもないかもしれない。
全ての食べ物の時期が前倒しに成り,旬の頃は八百屋の店頭では時期外れ。
という奇妙な現象が当たり前と成ってしまった。

水戸に居れば,竹の子をあちこちから頂く時期だが,東京の寓居ではそうはいかない。
友人宅の竹薮でタケノコ掘りをした事が有るが,結構の労力だ。

西ノ谷の竹林もこれからが時期。
多くの人が掘りに来る。掘らなければ,竹が増えるばかり。
適当に間引きする点で,穫るのは良いと思う。(市有地では有るが)
しかし、竹の子の皮を剥いで捨て去ってゆく人が多いのは残念。
竹林の中に埋め戻せば済む事なのに…

今の時期に筍飯を食べないのは、どうにも心残り。


八百屋で買い求め,筍飯にありついた。
竹の子は姿かたちが絵になる。
調理の前にと思ったが、描けなかった。
絵筆と紙の準備が無いとおっくうだ。

筍の名画は多いが、カナダに移住しているNさんの絵は印象深い。
Nさんご夫妻は,日本とカナダが半々の優雅な暮らしで、羨ましい限りだ。
細密な絵を描かれる。たまたま見た筍、”これ位描ければ”と感じた事が有る。

小さな筍で、腹一杯。という事にはならなかったが、取り敢えず満足。
近いうち、何度か食べる機会も有るだろうから。

嬉しい後日談




この記事を書いて間もなくの日、宅急便で湯がいた筍が届いた。
Yさんからだ。Yさんからはいつもこの時期大きくおいしい筍が届く。
今年は無理と諦めていたら、当方の事情を知ってか、湯がいて水に入れた冷蔵の宅急便。
願いは届くものですな。

嬉しいじゃありませんか!この夜は昆布との炊来合せを食しました。
Yさん、ご好意有り難うございました。


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ハナミズキ

2009年04月23日 23時20分40秒 | 植物
街路樹のハナミズキが花盛り。


白とピンクが有るがどちらも良い。



僕は花は白が一番好きだが。

ハナミズキの別名はアメリカヤマボウシ。
日本のヤマボウシの花の時期は6月の梅雨の頃。
雨にぬれて,垂れ下がった枝に咲く白い花は味わい深い。

ハナミズキは北アメリカ原産。
1912年ソメイヨシノをワシントンDCに贈った。今ではワシントンの名所だ。
1915年にそのお礼として日本に贈られて約100年。
今は、日本の地に定着した。
公園や街路樹に多くみうける。水戸市の千波公園にはハナミズキ広場が在るほどだ。

洋花の多くは色がきつい品種が多いが、ハナミズキは日本の風土に適していると思う。
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銭湯は日本の文化。としま湯 北区豊川3-19

2009年04月23日 00時42分15秒 | 銭湯・温泉
としま湯

子供の頃は銭湯で育ったから、銭湯に入ると落ち着き気が安らぐ。
水戸市内には1軒も無くなってしまったの残念だ。
東京都内も廃業する所が増えているらしい。
銭湯は日本人の文化、存続して欲しい。
なるべく銭湯に通い、営業が継続する一助に成りたいと思っている。

あちこち行くが、行きつけも出来る。



豊川中央通の『としま湯』もその一つ。
創業は昭和32年との事。50年以上経過した建物だが傷みは感じない。
正面は唐風で銭湯建築としては一番多い。


中央に松と鶴の彫刻が彫られている。
脱衣所は格天井で2階分くらい迄の吹き抜け。
湯船の正面はタイルで描かれた滝の図。
売れっ子洋画家、千住博の描く滝を想像させる。とは,褒め過ぎか。
洗い場の壁面は白いタイルだが、所々ハイビスカスなど南国の花のタイルが貼られている。
見事なミスマッチとも言えるが、これも有りか。

さらに良いのが,サウナが有る事。
ミストサウナと称しているが、蒸気式という意味か。
確かに湿気が多い。
スポーツクラブに行かなくなってからサウナに入る機会が無い。
サウナの効能がどうなのかは知らぬが,身体が軽くなった様な気がする。





風呂屋の先には,焼き鳥やピーマンの肉詰め等が美味しい総菜屋がある。
安くて新鮮な八百屋も在る。
銭湯を中心として昔ながらの町並みがかろうじて存在するのは嬉しい。

脱俗の世界に憧れ、奈良か京都の山里に住む事を夢見たこともある。
願いは叶わず、東京の下町に棲んでいる。
これはこれで嬉しい、隠者の心を偲べば所は自由だ。
銭はなくとも銭の湯。優雅な毎日である。

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日めくり俳句会、水戸国際交流会館隣のしだれ桜

2009年04月22日 00時41分17秒 | 生活


月に一度『ひめくり俳句会』の例会が有る。
当番が2~3つの季語選んでお題とし,その季題でつくった俳句を当日披露する。
各自が好きな句を選び、感想を述べる。
俳句を作るより,同人諸氏の話しを伺うのを楽しみとしている。
毎月、第2か第3日曜日に水戸市備前町の国際交流会館の3階の和室で開催される。

今月は19日(日)だった。
会員は10名足らず,出席者は7人であったが,楽しい一時だった。


塀越しに見える、隣の民家のしだれ桜が見事であった。
樹齢は80年位であろうか,お堀のよりは大木で枝振りも良い。
桜の山や並木も良いが,1本の古木をじっくりと観るのも格別。
心に余裕の無い毎日だが,月に一度の句会や花を観る事が出来るのは幸せな事だ。

 




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『伊藤公象 1974-2009』展

2009年04月19日 18時22分44秒 | 美術展
『伊藤公象 1974-2009』展
2009年4月18日―6月21日 @茨城県立陶芸美術館


爽やかな季節となった。気温は20度前後、湿度は30%位か、なんとも気持ちが良い。
今日は朝から笠間に出かけた。
水戸から車で30分。周囲に山が望めるのは水戸と異なる。
色とりどりの新緑が美しい。
水戸は東に行けば大洗の海、西には笠間や筑波、、北には奥久慈と自然に恵まれている。


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伊藤公象さんの展覧会が県立陶芸美術館で始まった。
伊藤さんに始めてお目にかかったのは、陶芸関係の友人に誘われ『桑土舎』の披露パーテーに時だ。今回の展覧会のパンフレットも見ると1972年の事だから、35年前の話しだ。
それ以後もたまにお目にかかるが、当時から大先生の風格があった。それ故、端のほうからお見掛けする程度だが、着実に新境地を目指し進んでいる。

今回の展覧会、サブタイトルに、
土の壁ー多軟面体、摺曲、起土、焼凍土、木の肉、土の刃。

と名付けられているが、伊藤さんの造語?
なのかも知れないが、仕事の内容を良く表現していると思う。
1974年、宇都宮の『北関東美術展』に《多軟面体ブロック》を出品して評価された。
美術に関する知識、それを伝える能力(説得力の有る話し)は美術を志す若者のリーダーとなった。
アートシンポジュウムなどの精神的な中心人物であったと思う。

今までの陶芸と一線を画す造型は次第に反響を呼び、活躍の場は世界に広がった。
今回は、過去の仕事を網羅した回顧展とも言える。

陶芸美術館の設計はどうも納得が行かない建築物と思っている。
高さを低く、地下2階に展示室が有るのは良いが、吹き抜けと2階の展示室が分散されて動線が良くない。これは決定的と思う。

しかし今回、良いところが有った。
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地下展示室の壁面のシャッターを上げると外光が差し込みに明るい空間に変化する。
この展覧会は、陶芸美術館のよさを引き出した、十二分に使い切った展覧会と思った。
外部空間と一体になった大型作品の展示は新たな魅力を引き出すだろう。
伊藤さんの一貫した制作態度も理解できた。

5月の連休に開催される『陶炎祭』も間もない。
陶芸の丘では、仮設小屋の建設などの準備が始まっていた。
機会が有れば5月に又訪れたい。
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ギョイコウ(御衣黄)桜

2009年04月18日 19時48分43秒 | 山野草
久し振りに花留談にコーヒーを飲みに立ち寄った。というより、ご機嫌伺い。
というか、ご無沙汰を詫び、最近の水戸の話しを聞きに行った。というのが正解か。

『旧県庁舎の前に珍しい桜があるんですよ、この写真ですが、緑色なので花が見えないんです』
更に、『花が小さくて、上手く撮れないんですよ』と言いながら、パソコンの画面を見せてくれた。
なるほど、薄い緑色で、中心にいくらか赤い筋が有る。
『咲き初めは緑で、徐々に赤みを増し最後はどさっと、落ちるのです』と昨年の散った花の写真も見せてくれた。
店主の木村さんのカメラの腕前はプロ級。
ブログの写真は素晴しく、現実以上に見える。

珈琲を早めに飲み、旧県庁舎(今の県立図書館正門)に確かめに行った。
なるほど、事前に聞いたから分かったが、知らなければ完全に見過ごす。
花が咲いてるとは見えなく、桜餅の皮の様な茶色の葉が目立つ。



それにしても可憐な花だ。

花留談にとって返し、『珍しい花ですね』と報告したら、ネットで情報を取り出してくれた。

ギョイコウ(御衣黄)は、サクラの栽培品種である。
花期はソメイヨシノより遅く、京都市や石川県白山市では4月の下旬頃。
花の大きさは、京都市や結城市で直径2から2.5センチメートル、北海道松前町で4から4.5センチメートルなど、場所によって異なる。花弁数は10から15程度の八重咲きで、花弁は肉厚で外側に反り返る。色は白色から淡緑色である。中心部に紅色の条線があり、開花時には目立たないが、次第に中心部から赤みが増してきて(紅変)、散る頃にはかなり赤くなる。場所や時期によって、花の大きさや色合いなどに大きな差がある。
開花初期 最盛期を過ぎると赤みを帯びる

緑色の花を咲かせる唯一のサクラである。この緑色は葉緑体によるもので、同じく葉緑体をもつウコン(鬱金)も若干緑色がかかるのだが、その量が少ないためにもっと薄い淡黄色である。また濃緑色の部分の裏側には、ウコンの花にはない気孔も存在する。

江戸時代に、京都の仁和寺で栽培されたのがはじまりと言われている。
「御衣黄」という名前は江戸時代中期から見られ、その由来は貴族の衣服の萌黄色に近いため。古くは「黄桜」「浅葱桜(浅黄桜)」などとも呼ばれていたが、それがギョイコウなのかそれともウコンを指すものなのかはっきりしない。江戸時代にシーボルトが持ち帰った標本が現存している。




由緒有る、珍しい桜だ。
咲き初めたばかり、まだまだ観られる。
枝垂桜のは完全に葉桜となったが、こちらは今から。
是非御覧下さい。


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レストラン『オーベルジーヌ』常陸太田店

2009年04月17日 22時32分25秒 | 食べ歩き
常陸太田の街は歴史も有るし、戦火にも会わずに古い町並みが残されている。
蔵造りの格調有る建物も多い。
元の中心地は『鯨ケ丘』と呼ばれる幅の狭い台地だ。
それ故、旧市街地の衰退は著しい。

其れに歯止めをかけるべく、多くの策を講じている。
古い建物を改装し、レトロな雰囲気を演出する街づくりも進んでいる。

東京都港区芝にフランス料理店『レストラン オーベルジーヌ』が開店したのは1988年。
オーナーシェフは小瀧晃さんは茨城県十王町の出身。
ドイツでフランス料理を修業した経歴と味が評判を呼んで、フランス料理の人気店となった。

常陸太田の街の活性化に協力して欲しい。
との地元の要請を受けて、2007年に常陸太田市西1丁目に常陸太田店を開店した。



地元の食材を使って、伝統的なフランス料理に新しさを込める。
その様な姿勢の方針が評判を呼んで、繁盛している。
と思うが、どうなのか?

水戸黄門の故郷、『西山荘』だけがウリの常陸太田での営業はそう簡単ではないだろう。
水戸市内にもない、本格的料理とインテリア、給仕するスタッフの質は高い。
願わくは、もっと繁盛して、継続して欲しいと願う。
隣は、饂飩と蕎麦の店も在る。
飲食ばかりでないも店も何軒か出来れば更に相乗効果が出るだろう。
戦後、古い建物の外観を改装した店舗を、支援資金を出して元に戻せば、川越のような街にもなるだろう。
行政の援助も必要だ。

本題のランチだが、器は無地の白磁を使用。
純粋に味わって欲しいとの姿勢が感じられる。
サービスするするスタッフも全員親切で感じが好い。
味とサービスが好いのに料金は良心的。
基本に忠実な料理を提供してくれる。

さて本日のランチ、食べるのに夢中で、写真も全ては撮れず。
料理の素材と調理法を聞いたが、確かでは無い。
思い出しながら、書いてみる。

巻きエビのラビオリ包みあげ、グリーンピースのムース添え。


トマトのスープ。クリームと僅かにカレー風味。
熱々スープは、この日寒かっただけに、とても美味しかった。
滑らかなな舌触りは手間がかかっていそう。


マトウダイのクレープ包み。
サフランソース。

デザートはミントのシャーベット、マンゴーソース。
写真は撮り忘れ。

更に、コーヒーにはプリンとレーズン入り焼き菓子。
どちらも一口サイズの小さなもの。
珈琲もフレンチロースト。

たっぷり1時間半のランチを楽しんだ。
月に1度は無理にしても、ゆっくりと食事を味わう至福の時間は最高だ。
オーナー及びスタッフの皆様の健闘を念じます。
ご馳走様でした。







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西山公園の櫻

2009年04月17日 20時19分35秒 | 庭園
ソメイヨシノはあらかた散ってしまったが、里山の山櫻と新緑の組み合わせは誠に素晴しい。
新緑といっても、殆ど白に近い若緑と櫻の薄いピンク。
今は亡き、山上鎮夫さんが好んで描いた題材だ。
僕も真似をして描く事も有るが、所詮物まねに過ぎない。
ともかく、理屈抜きに美しい景色だ。

櫻に関して最近知った豆知識を書きとめて置く。
日本に自生する櫻(自生種)はたったの9種類なのだ。
山桜・大山桜・霞桜・江戸彼岸・大島桜・豆桜・丁子桜・高嶺桜・深山桜。
しかないのだというから、驚き。
ソメイヨシノ(大島×江戸彼岸)に代表される園芸種は300とも400とも言われる。
日本全土に広がったソメイヨシノは江戸時代末に出来た園芸種。
寿命は僅か60年程度といわれ、枯れた後の捕植は山桜の系統が多くなりつつあるようだ。

ボタン桜(八重桜)の類もこれからが花の時期。
京都の仁和寺の『お多福桜』は5月の連休が見ごろ。
花が低い=鼻が低い。ということで、樹高が低い。
20年以上前に行ったが、関西の花見は鳴り物入りで賑やかだった。

水戸近辺では静神社のボタン桜がそれに近い。

小雨がぱらつき、急激に寒さが戻った今日(17日)ランチを食べに常陸太田に行った。





その足で西山荘の手前の『西山公園』の桜を観にいった。
ソメイヨシノの時期が過ぎ、小雨ぱらつく寒い日。
来ている人は少ない。
誰にも邪魔されず、桜を堪能できた。



山桜・八重桜は今が盛り。モミジの若葉がめちゃくちゃ赤い葉も在る。
雨に濡れた新緑との対比は見事。
遠景に山々が霞んで観えるのも味わい深い。

都会の桜を観過ぎて、やはり自然の中の桜が一番と感じた。
その素晴しさを伝える写真が撮れてなかったのは残念。
素晴しさに目を奪われ、写真どころではなかった。
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