「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

8ミリフィルム、或いはビデオ

2009年01月31日 11時09分30秒 | 生活
8ミリフィルム、或いはビデオ

エビネンコさんのブログに、彼の亡父が撮ったビデオをデジタル編集したのがアップされていた。今の彼からは想像出来ないほどに、可愛い!(ゴメンナサイ)
親の愛が画面から伝わる。子供は天使だ。

同じ様に、今年の正月に親類の家で以前の8ミリやビデオをDVDに変換したのを観た。
子供達が小さい頃の家族旅行の動画などが中心。
20年近く前の話だが、懐かしく「可愛い・可愛い」と盛り上がった。

技術の進歩が早くて撮影・再生機器がドンドン新型が出ると同時に旧式は廃棄されてしまうと、過去の音声や映像は見聞き出来なくなってしまう。
オープンリールのテープレコーダーやソニーのβ方式のビデオを観るのは難しい。
同じ様な事が沢山在る。
昔の映像を見て過去を懐かしんでも特別の事は無いにしても、たまに観るのは楽しいことだ。


僕も10年前頃の旅行や行事などのminiヴィデオやVideo8などが何本か在るが、再生機材がもう無いので、観られない。
友人のFさんはその道の専門家。彼に頼んでDVDにしておけば当座のところは観る事が出来るだろう。
Fさん宜しくお願いいたします。




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ダイダイ(橙、学名:Citrus aurantium)

2009年01月30日 19時16分49秒 | 植物
ダイダイ(橙、学名:Citrus aurantium)
Yさんの奥様から「我が家で生った橙ですが、鍋物にお使いになると、美味しいですよ」と枝つきの橙をいただいた。正しく字の通りの橙色だ。
正月の、飾り物に使われているのを知っていたが、食べた事は無かった。
早速、夕食の牡蠣鍋に使ってみた。
果汁はレモンほど酸味が強くなく柔らかな味、皮を摩り下ろし少し付け加えると香りも良い。
感心してしまった。

僕が今まで知らなかっただけの事かもしれないが、調べてみた事を記してみる。


ダイダイ(橙、学名:Citrus aurantium)は、ミカン科ミカン属の常緑樹、およびその果実。柑橘類に属する。別名、ビターオレンジ。

インド~ヒマラヤが原産。日本へは中国から渡来した。また、ヨーロッパへも伝わり、ビターオレンジとして栽培されている。
初夏に白い花が咲き、冬に果実が実る。果実の色は橙色(だいだいいろ)と呼ばれる。果実は冬を過ぎても木から落ちず、そのまま置いておくと2-3年は枝についている。ここから「だいだい(代々)」と呼ばれるようになったとされる。果実は春になると再び緑色に戻ることから、「回青橙」とも呼ばれる。

* 風味調味料
果汁は酸味が強く風味がいいことから、鍋料理のポン酢の材料として多用される。 福岡県博多の名物水炊きは薬味として醤油にこれを絞った付けタレで頂くのが昔からの風習であるが,近年は(株)ミツカンの「味ぽん」に代表される市販の様々な種類の付けタレが手軽かつ広く流通しているため,このことを知らない地元の人間も多い。

* 薬効
漢方では、果実の皮を乾燥させものを橙皮(とうひ)といい、去痰薬・健胃薬として用いられたり、香りづけに用いられる。また、未熟果実を乾燥させものを枳実(きじつ)といい、芳香性苦味健胃、去痰、排膿、緩下薬として用いられる。

*文化
日本では、名前が「代々」に通じることから縁起の良い果物とされ、鏡餅などの正月の飾りに用いられる。

あまりの美しい色なので、描いてみたが表現できない。携帯でとった写真を貼り付けてみた。本物のこの味を知っては、次の鍋物は橙を戴きに上がるようだ。


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奥久慈 男体山

2009年01月28日 21時42分50秒 | 
男体山

水戸から大子に向かう際、大宮を過ぎると景色が一変して山々が望める。
その中で、遠目でもすぐに分かるのが男体山。
もっとも、男体山というと日光を思い浮かべる人も多いかもしれない。


僕は、奥久慈の男体山だ。
麓の古分屋敷までは何度も紅葉を愛でに行ったことがあるが、登った事はない。
今回、Sさんと一緒に登山する事になった。
古分屋敷の駐車場に到着したのが10時。
Sさんは今までに30回位男体山に登っている。頂上まで2時間位の行程とのこと。
大円地(おおえんち)でルートは右と左に分かれる。
右はハイキングコース、左は健脚コースと表示がある。
Sさんは登りは健脚で、下りは楽なハイキングコースにしよう。と決めてくれた。
出だしはマアマアだったが直ぐに次から次に急勾配。直ぐに息が切れて何度も小休止。
鎖を頼りに岩場を攀じ登ることも数え切れない。
標高654メートルなのに、なかなか頂上が見えない。
簡単な気持ちで来たが、大間違いだった。背中や頭からは汗汗汗。
着替えのシャツを持参しなかったのは、失敗。次回は忘れずに。

やっとの事で頂上に。北側と東側は穏やかな傾斜だが西側と南側は断崖絶壁。
特に南側の切り立った断崖が、遠くから見ても男体山と分かる姿だ。
水戸の県庁舎も望めた。もっと晴れていれば、日光の連山まで望めるらしいが、今日は叶わなかった。
この360度見渡せる景観が「新・日本の名山100選」に選ばれたのだろう。



阿武隈山地の支脈である久慈山地は、隣接する八溝山地と共にこの地域の景観を形成している。久慈山地の山々は標高こそ低いものの、屹立する岩壁や奇岩を連ねた岩峰が多く、圧倒的な迫力がある。その主峰が男体山だ。
帰りに立ち寄った、「紅葉の展望公園」から見ると、その特徴が良く分かる。
あたかも八ヶ岳山麓の様であった。

山頂でおにぎりの昼食を済ませ、下りは持方(もちかた、旧水府村で茨城県の最後の秘境といわれ、平家の落ち武者伝説なども在る)を経由して、大円地越(おおえんちごえ)を通り古分屋敷に戻ることにした。僕は、不安であったが、先達のSさんにお任せした。
持方の部落の一部を通過したのみではあるが、確かに桃源郷の雰囲気があった。
少し、遠回りになっても来た甲斐が有ったと思った。
これで春先なら更に美しいだろうと思った。


大円地越でSさん持参のバーナーとヤカンでコーヒータイム。
ハイキングの後のコーヒーの味は格別だ。
「越」は「峠」と同じ意味らしい、有名な「天城越」は「天城峠」と同意なのだ。

頂上や東屋などで何組かの中高年のパーテーに出会った。皆さん、慣れているのか足取りも軽く歩いているのには驚いた。訊いて見ると、月に1~2回は山歩きしているようだ。

古分屋敷までは僅かな距離と思ったが、思いのほかの距離と高低差があった。
帰り道は岩場もないし急斜面ではなかったが、駐車場に着くころは足はガタガタで限界に近かった。
日頃の運動不足と山の厳しさを思い知らされた。


戻ってから、次のような資料を見つけたので付け加えておく。
*男体山は南台山、頂富士の別名もあり、1等三角点の山で、昔は女人禁制の山であった。山頂にある大岩石を神体として男体権現といい、山腹にはイザナギ・イザナミの両神を祀る奥の宮がある。頂上の南面は300mもの断崖が切り立っていて、そこからの眺望はすばらしい。


戻ってから、次のような資料を見つけたので付け加えておく。
*男体山は南台山、頂富士の別名もあり、1等三角点の山で、昔は女人禁制の山であった。山頂にある大岩石を神体として男体権現といい、山腹にはイザナギ・イザナミの両神を祀る奥の宮がある。頂上の南面は300mもの断崖が切り立っていて、そこからの眺望はすばらしい。



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吉野満彦さん

2009年01月27日 22時14分44秒 | 水戸
吉野満彦さん

赤ねぎをくれたSさんの趣味の一つは山歩き。
以前に、水戸近辺の山歩きをご一緒した事が有る。僕はものぐさだから、本格的な山登りはする気にならないが、日帰りのハイキング程度なら行きたいと思う。
赤ねぎを貰った日に「近いうち、どこかに行きましょう」との話しになった。
冬場は立ち木の葉が落ちて見通しが良いので、歩きやすい。
近頃は、里山の手入れが悪くて、道が何処か分からないような状況だ。
茨城県を代表する山の一つ、男体山は行きたいと思っていたので「男体山はどうですか?」
とリクエストした。彼は、西国八十八箇所巡りを完全歩行で成し遂げようと計画中。              場所は何処でも良さそうだ。

家に戻ってから、吉野満彦さんに戴いた何冊の本が在るのを思い出した。


『山に登ろう』1987年 筑摩書房
初心者・子供向けの入門書『山に登ろう』1987年 筑摩書房を取り出して、ページをめくった。
山登りの楽しさ、必要な用具、山登りの技術等についてやさしく述べられ、イラストもふんだんに入っている。

芳野満彦(よしの みつひこ)さんは、登山家で画家。1931年東京都荒川区日暮里生まれ。1960年代から水戸に住んでいる。
1948(昭和23)年、早稲田高等学校2年の17歳のとき八ヶ岳の主峰赤岳で遭難して両足指をすべて欠くが、不屈の精神で登山を続け、早稲田大学文学部史学科卒業後、運動具メーカーに就職。1957(昭和32)年3月の前穂高岳IV峰正面壁積雪期初登攀など多くの初登攀を記録。


『山靴の音』

1959(昭和34)年『山靴の音』を出版。
山岳愛好者のバイブルのように読み継がれ《中公文庫》のロングセラーとなっている。
1965年(昭和40)、渡部恒明とともにマッターホルン北壁の日本人初登攀を達成し、アルプスの岩峰への先鞭をつけた。新田次郎の小説『栄光の岩壁』の主人公のモデルである。

以上のような経歴を持つ方だ。
僕は1987年頃、水戸市泉町のタキタ画廊で『吉野満彦山岳画展』の会場でお目にかかった。
ヒマラヤやヨーロッパの山々に登った時のスケッチ、油絵など180点もが展示されていた。
スケッチブックに鉛筆やサインペンなどで描かれた風景や人物が水彩で着色され、その時感じた、感想や詩などが添えられている。
或いは、旅行中のチケットやレシートなど様々な物が貼られたページもある。
頭をガ~ンと殴られたような、感動を受けた。
以来、アトリエにしょっちゅうお邪魔する事となった。

『新・山靴の音』(1992年・東京新聞出版局)
間もなく、『岳人』に連載されたエッセイが纏められて『新・山靴の音』(1992年・東京新聞出版局)として刊行しされた。
常陽芸文センターのアリーナで出版のお祝い会が開かれ、盛会だった。
その頃は、吉野さんとアトリエや蕎麦屋で酒を飲み、酔っ払った想い出がたくさんある。

10年ほど前に、体調を崩されてからはピタリと酒を断たれた。
ということで、お訪ねする機会が少なくなった。
今では年に数度ご機嫌伺いに、という感じだ。

戴いた著書を読み返してみると、杯を酌み交わしながら、何もお聞きしていない事に気づいた。吉野さんは“なんだかんだ”ということが嫌いな事もあるが、僕もお聞きするほど何も知っていない。ということなのだ。

山歩きやハイキングをし、スケッチなどもして吉野さんのした事の何十分の一を体験し、又お目にかかり、お話を伺いたいと思っている。

主な著書は、
『われ北壁に成功せり マッターホルンの栄光とアイガーの悲劇』
『山靴の音』(新編・改版) ISBN 4-12-204016-7
『山に登ろう』 ISBN 4-48-004110-9
『新・山靴の音』 ISBN 4-8083-0429-5

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赤ねぎ

2009年01月25日 18時00分21秒 | インポート

赤ねぎ

水戸市岩根町に住むSさんを、久し振りに訪ねた。
20年前にSさんの畑を借りて、菜園の真似事をした。
『自然農法・わら1本の革命』の著者福岡正信に影響されたからだ。
耕さず、肥料も与えず、草抜きもしない完全な自然農法で作物が出来る驚異の農法。
休日のみ作業の手抜き農法でも出来るかもしれない、と思った。
収量は少なかったが、季節を味わう事ができた。
楽しかったし、食を考える良い機会だった。
那珂川の新堤防が造られる事に成り、敷地にかかるのを機に5年くらい続いた畑仕事は終わりにした。

それ以降も、たまにお邪魔して、お茶のみしたり、自家用の野菜をいただく事が在る。
S家の冬の作物で美味しいのは、赤ねぎだ。
この葱は、現在の城里町(旧桂村の圷地域)で明治時代ころから自家用につくられ、「圷ねぎ」の名で近辺に知られていた。
分げつが多く、葉鞘の軟白部が赤紫色になる個性豊かなねぎである。
その鮮やかな赤い色と、やわらかい肉質だ。しかも、太めで食感も良い。
鍋物・ぬた・薬味など、冬場の食生活にはピッタリな作物だ。
タネは代々自家採種されているが、品種の交雑が進んでいるらしく、JAの直売所で「レッド・ポロー」のブランドで売られているが、僕は在来種が美味しいと感じる。
Sさんの赤ねぎは、自家採種している優れもの。初めて食べた時は感激した。
それ以来、冬になると戴けるのを楽しみにしている。

今日は、白菜と赤ねぎを戴いた。夕食の献立が楽しみである。



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『F O R M グッドデザイン』 

2009年01月23日 18時49分28秒 | 美術展
『F O R M グッドデザイン』 
=グラフィックデザイナー斉藤日出男のコレクションから=
@アートワークスギャラリー 1月20日(火)~2月1日(日)   


寒中とはいえ、雨上がりの今日は暖かい一日だった。
昼食は那珂市本米崎の『元屋敷』に行った。
手入れの行き届いた庭だが、梅の花には一足早い。
古民家のお座敷で食べる家庭料理は僕のお気に入り。

料理の器は骨董品と言うほどではないにしても、数十年を経た陶器や漆器が使われている。
使い込まれた多様な器も料理の一部。
できる事ならば、日常生活の中こそ趣味のよい器や道具を使いたい。
食後に抹茶の一椀を戴けるの素晴しい。




『元屋敷』での食事を楽しんで水戸に戻り、アートワークスギャラリーに行く。
笠間市に在住のグラフィックデザイナー斎藤日出男さんが蒐集した、生活用品の展示だ。
鍋、ティーポット、ラジオ、鞄、電動工具、陶器、硯、万年筆用インク瓶、など日常使用している品々と見うけられた。
タイトルそのもの『グッドデザイン』の物ばかり。
使い勝手がよさそうで、かつ美しい。
もっとも、これほど素晴しいデザイングッドに囲まれて生活したら、ちょっと息苦しくなるかもしてない。
良いものを、永く、大切に使うようにしたいと思った。

今回の展覧会と収集品について斉藤さんのコメントが書かれたリーフレットが一部200円で分けて貰える。モノに対する考え方や、展示品のそれぞれについて解説・説明などがなされているので、多くの人にお読み戴きたいと思う。

外国のデザイナーによる作品が殆どだが、笠間在住の陶芸家・吉村昌也の粉引きの器と明石良三さんの陶器の硯(石にしか見えませんが、焼き物)も見事。

チョット変わっているのは、「ルイビトン」製のトラベル・ノート。
この会社のバック類は品質は良いのだろうが、自分で所持しようとの気にはならない。
しかし、このトラベルノートは素晴しい。
画家がその都市のスケッチをした画集のようなものだが「これは良い」と思った。
真似事で良いから、自分でも出来たら最高だ。

コレクションを展示してくださった、斉藤さんに感謝します。
笠間にお住まいとの事、お目にかかる機会が有りますように。






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ヤブコウジ

2009年01月21日 21時19分55秒 | 庭園
ヤブコウジ(藪柑子、学名:Ardisia japonica)



ブログを移転したのを機に、題名を『西の谷万葉公園を美しく』に直した。
公園の正式名称ではない。
西の谷の斜面は、自然の植生が残されて、古来の植物も育っている。
万葉集に詠われているような植物を集めた『万葉植物園』に成ればと願って、勝手に名付けたのだ。
今は、花や実が一番少ない時期だが、谷の裾にはヤブコウジを見る事が出来る。
水戸市内の林を歩けば、下草に混じって10~20センチの丈で、赤い実を付けているから探しやすい。その他に、もう少し背の高いカラタチバナと思われるのもある。


ヤブコウジは最近の名前で、古くはヤマタチバナと呼ばれた。

*調べて見ると、万葉集には以下の様にある。
  あしひきの 山橘の 色に出でよ
    語らひ継ぎて 逢うこともあらむ
春日王(巻4-669)

歌意
山橘の真っ赤な実のように、顔に気持ちを表しなさい。
そうすれば互いに話をづづけて、逢うこともあるだろうから。


冬に赤い実を付けるので、寄せ植えの素材などとして使われ、花屋でも売られている。
ヤブコウジを髪に挿したり、正月などに松竹梅と組み合わせてヤブコウジを飾る風習は江戸時代から行われていたようである。

西の谷が名実ともに、万葉植物園に成るのは何時の日であろうか。

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御目出糖(おめでとう)

2009年01月19日 23時09分29秒 | 食べ歩き

御目出糖(おめでとう)

新春に双子の孫が誕生した。母子ともに元気で、誠にありがたいことだ。
先ほど、Yさんがお祝いを届けてくださった。

萬年堂本店(まんねんどうほんてん)の御目出糖(おめでとう)というお菓子だ。
同封の栞に拠れば『元和年間に京都寺町三条に創業し、東京遷都とともに京橋槙町に移り、現在は、東京銀座にて「御目出糖」を始め種々の和菓子を作り、十三代目に至っている』
という老舗。さらに、
『銘菓、御目出糖は元禄頃よりの家伝の仕様書により作りましたもので、御祝儀菓子としての意匠により御婚礼引出物・各種内祝、その御贈答にお使い戴いております。』
製法については、
『小豆あんに餅粉等、米粉類を混ぜそぼろ状にして大納言の蜜漬けを散らし蒸し上げております。もちもちとした独特の食感に留意して作っております。』と書かれてある。


みっちりとした食感だが、味はさっぱりとしている。

今まで、このお菓子を知らなかっただけに、名前も味も印象に残った。
何方かの御祝いに、是非とも贈りたいと思う一品を知りえた、のは嬉しい。




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野の花を生ける

2009年01月18日 19時49分22秒 | 山野草

野の花を生ける 茶花十二か月
「友明堂」 《 @奈良市春日野町2 》主人、田中昭光著  文化出版局 昭和59年。

奈良の国立博物館の正門前に「友明堂」という古術店が在る。
この店は、美味しい自家製の和菓子とお抹茶を戴くことも出来る。
奈良に行けば必ず立ち寄るが、最近は奈良に行く機会も少なくなったのが残念だ。

店主の田中昭光さんは22歳の頃に古美術店を開業し、同じ頃に奈良茶の湯を始めて、現在に至る。毎日、自然環境に恵まれた奈良の地の野草・山草を採取して、器に挿し、店頭や店内を飾リお茶を楽しみ、古美術を商う風雅な生活を送る。
『無法庵』と号し、独立独歩で己の道を歩んできた。

骨董の虫が盛んだった30年前頃、店頭の佇まいの素晴しさに魅せられて入店した。
趣味のよい品々と、器と一体の花に感激し、さらに、手作りの和菓子とお抹茶を味わった。

器と花の取り合わせの素晴しさは、奈良を訪れる多くの人の知るところとなった。
噂を聞きつけた出版社は、1年間に渡り花と器を撮影し「野の花を生ける 茶花十二か月」として纏められ、1984(昭和59)年に刊行された。
使用されている器がお茶の世界の物ばかりでなく、破れたり、傾いでいる壷。
或いは土器や須恵器まで広範囲に使用されている。
花材も自分自身で探した山野草で、花屋さんの花は一切使用していない。

この本を見て、我が意を得たりと思い。友人にも買う事を勧めた。
僕も、この様な花と器の取り合わせを生活の中で実践したいと思っている。
諸般の事情で、似て非成るものであることは、充分承知しているが。

今回、写真ではなく自分で絵筆を採ってみようと思い、久し振りにこの本を見た。
「あとがき」に『無法庵花往来』帳のページの一部の写真が掲載されている。毎日、使用した花器と花材が毛筆で描かれている。
 
ブログ一つ満足に行かないが、《花を生け描く》ことを週に一度はしてゆきたい。









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デジカメを失くしまして。

2009年01月17日 21時42分51秒 | 水戸

鈍愚里さんより到来の沢庵乃図

今年は、デジカメでムービーを録ってyou-tube に貼り付けようと考え、エビネンコさんに、やり方を教わった。
それなのに、それなのに、翌日デジカメを紛失してしまった。
一応、警察に遺失届けはしたが、出てくる見込みは少ない。

考えた末、筆と墨で何かを書くことにした。
現物が目の前に無いと、書けない。
昨日、鈍愚里さんが差し入れてくれた新沢庵が、あと3切れ残っている。
それを描いてから、お茶の友にする事にした。

暫くの間、絵日記のような何かを描いてみよう。


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小野和子ライブ@ぐあらんどう

2009年01月14日 20時31分45秒 | 水戸
これから動画もUPします。
年末に水戸のライブハウス「ぐぁらんどう」における店主の小野和子さんのライブ動画を貼ります。


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ブログを引越ししました

2009年01月14日 20時00分37秒 | 日記
西の谷公園のブログの
引越しをしました。
以下のURLまでアクセスをしてください。
よろしくお願いします。

↓↓↓↓
http://pub.ne.jp/yochan310/
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引っ越しました~♪

2009年01月14日 19時59分41秒 | 水戸
西の谷公園のブログを
こちらに引っ越しました。
今後ともよろしくお願いします。
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『川又南岳の宇宙展』 Ⅱ

2009年01月14日 14時48分30秒 | 美術展
『川又南岳の宇宙展』 Ⅱ

この展覧会場、中央に八角堂を模した様にパネルが組まれて、内側は『魁』の書と大皿で構成されている。南岳さんにとって、昨年を象徴する字は『魁』だったのだろう。
陶板に書かれた『笑』等の額が13点で、今回の展覧会では特に目に付く。
川又さんの、あらゆる素材に書いてみる。の姿勢がみえる。
軸装の書が6本、額装の書が9点などで『川又南岳の宇宙』を表現している。

12日の夕方、フランス人の記者とカメラマン、通訳が会場を訪れ川又さんをインタビュウしていた。一部を立ち聞きした程度だが、外国人と日本人の『文字』に対する考え方が、かなり違うと、認識を新たにした。
ヨーロッパ人から見ると、文字は意思を伝達する手段。文字を装飾して描くカリグラフィーも有るが、中国の或いは日本『書』のように意義は持たないのだろう。
記者は『魁』という1文字を多様にいくつも何故書くのか?今まで沢山書いた1文字は何という字か?4㍍×4㍍のような大きな字を書くのは何故か?
他に書く人がいるのか?
次々と、沢山の質問を浴びせた。
南岳さんが回答を述べても、通訳を通してフランス人の記者に真意を理解してもらうのは難しそうと思った。通訳や記者がそれなりの知識が無ければ無理だろうし、もし僕がそれらの回答をしようとした際に、それらの事を考えてみた経験が無い。
ということが分かった。

近頃、書にいくらか興味を持ち始め、なるべく《墨と筆で和紙に字を書く》ことを心がけているので、興味有る遣り取りだった。

もともと文字を持たなかった日本人が、漢字と出会い中国の文字で中国の文章を書く能力をつけて後、漢字の音を借りての当て字表記となり、仮名の表記法を得て、日本独自の文字を持つようになった。漢字のみ、漢字と仮名交じり、かな文字のみの多様な表現手段の中で、見た目の装飾と同時に、文字のみで精神的な表現も可能にした。
これは、世界に誇る日本の文化だと思う。
対話を脇で聞いて、字を書くことの意義を感じ、もっと大切にしなければと反省した。

エビネンコ氏と東海ステーションギャラリーの『関南沖展』を観てきた。
初日は混雑していたが、今日は、細かい点まで観る事ができた。

水戸と東海の師弟の競演、日本独自の文化『書』を考える大きな機会だと思った。






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「川又南岳の宇宙」展 

2009年01月11日 22時32分41秒 | 水戸
「川又南岳の宇宙」展 
2009年1月6日~18日  @アート・ワークス ギャラリー

創業8周年を迎える「アート・ワークス ギャラリー」の新春企画は「川又南岳の宇宙」と題された書の展覧会が開かれている。

展覧会の内容をお伝えする前に、『ナショナルグラフィック』のドイツ版とも云われる『GEO』10月号に川又さんが掲載されているので、一部を転載しておきます。。
編集部の記者とカメラマンが川又さん宅を訪問し、2日間に渡り密着取材した記事は、外国人の視点の写真と文章で10ページに渡って紹介されている。
竹林、しかも倒れた竹を中心としたショット、八幡宮では小さな赤い鳥居を歩く川又さんの後姿など、日本人の感性とは一味違う。

雑誌は、会場内に置かれているので、是非御覧下さい。


12日には、フランの雑誌社の記者が来廊し、川又さんの人と芸術を取材する。
これまでの活動が、国際的に認められる年となりそう。
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