「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

あおぞらクラフトいち@水戸芸術館広場

2017年04月30日 21時33分53秒 | 水戸芸術館
あおぞらクラフトいち@水戸芸術館広場
4月29日(土)・30日(日)10:00~17:00




水戸芸術館の広場は、狭いながらに都市公園と広場としての機能を備えた場として活用されている稀な広場と思っている。

春と夏に開催される「あおぞらクラフトいち」は水戸芸術館としての特徴を最大限に発揮した場として多くの人達に知られる様になり、来場者も多い催事だ。








2日間合わせて(29日のみ・30日のみの店舗もある)158店舗の参加、と言うだけあって、広場にぎっしりとテントが建っている。




主には出店者によるクラフト商品の展示販売だが、時間帯によっては各種ワークショップ、DJ、アコースティックライブなども行われる。







関東一円から出店の希望者が多く、その中から厳選された出店者の商品は品質が良く価格が適正なのも魅力らしい。



カフェ&フードコーナーは移動販売車によるが、ユニークな店も多い。

主催の「水戸デザインフェス実行委員会」を始め共催・協賛・協力などの多くの方々の努力で成功しているのだろう。



楽しく意義ある「市」なので、毎月の開催は難しいにしてもあと1回、年に3度位は開催されれば、と思っている。

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水戸は町田に3―2で逃げ切り@ケーズデンキスタジアム水戸

2017年04月30日 17時33分02秒 | 水戸ホーリーホック
水戸は町田に3―2で逃げ切り@ケーズデンキスタジアム水戸






ゴールデンウイークが始まった。
笠間の「陶炎祭」を始め、各地で多彩な催事が開催されている。
何処に行こうと迷うが4月29日(土・昭和の日)はケーズデンキスタジアムの水戸ホーリーホック対FC町田ゼルビア戦に。

「試合はホームもアウェイもスタジアムで」と考えているが、遠征に行く機会は限られるから、ホーム戦はなるべく行くようにしている。
ルールも満足に知らないにわかサポだが、スタジアムで1人でも多ければ選手の力と考え足を運んでいる。



町田のサポも、かなりの数が来場し開始から終了まで熱心な応援を繰り広げた。
7月16日は水戸がアウェイで町田を訪れたらこれ程の人数と力の入った応援が繰り広げられるか?と問えば、自信はない。

前田・林のFWが活躍し前半は2-0とリード。
後半、前田のへディングで1点追加し3-0に。



これで勝利と思いきや、終了間際に2点を奪われたが、辛くも逃げ切った。



縦横無尽に走り回り、3得点全てに絡む活躍でチームを勝利へ導いた前田大然選手は心強い。


4月22日の福岡戦は先制するも後半に同点とされ1-1の引き分け。
後味の悪い試合で、観衆も3023人と残念だった。



今回は4119人で辛うじて4000人を越えたが町田のサポがかなり入ったことを考えれば、この日の数字は前回と変わらない。

次のホームは5月13日(日)の横浜戦、
1万人を超えるサポで埋め尽くし応援したい。

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藤原ゆみこ展 @常陽史料館・アートスポット

2017年04月20日 15時40分37秒 | 美術展
藤原ゆみこ展 @常陽史料館・アートスポット
4月4日~5月21日




牛久市在住の美術家・藤原ゆみこさんの「時に棲む彩(ときにすむいろ)」と題する展覧会が水戸市備前町の「常陽史料館・アートスポット」で開催されている。

藤原さんの作品は2012年・14年・16年に「ギャラリーしえる」で拝見している。会場で作者にお目に掛かっているが、楚々と和服をお召しになり、オカッパの髪型と相まった姿は作品同様にお洒落だ。





琳派の様な屏風の大作。





抱一より華麗な、銀箔地の百合の花。



群青と金彩の額装作品。





背景の布地と相まって洗練された軸装作品。


伝統的な日本画の顔料を使いながら、より現代的で洗練された作品揃い。


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ストレイシープ川崎店オープン@川崎市川崎区小川町4-1

2017年04月19日 18時32分33秒 | ファション
ストレイシープ川崎店オープン@川崎市川崎区小川町4-1






水戸市泉町に2009年に開店した古着屋「ストレイシープ」は店主の世田 匡典(せたまさのり)さんがフランスを中心にヨーロッパ各地を巡って、眼にかなった品物を買い入れ販売するので、開業間もない頃から人気を呼んだ。

この度、川崎駅東口から徒歩5分、イタリアのヒルタウンをモチーフに作られたエンタテイメントの街「ラチッタデッラ」から要請をうけて「ストレイシープ2号店」として出店することになり、3月17日(金)に開店した。

世田さん友人の野尻 芳英さんが経営する鎌倉の「大佛茶廊」を訪ねた帰途、川崎店のお祝いに駆け付けた。




「ラチッタデッラ」スタバの2階が「ストレイシープ川崎店」



1階から2階にかけてのらせん状の通路に面し何軒かの「アンティークショップ」







古着屋と云うよりイギリス、フランスを中心に、ヨーロッパ各地で見つけたビンテージ古着やアンティーク雑貨など、可なり高級な感じだ。




開店のお祝いに駆けつけた野尻 芳英さん、と世田さん。
(ストレイシープ川崎店のFBより)

水戸店の運営に関しては若い社員に任せてあるようだが、新規のお客様も増えているとのことで頼もしい。


神奈川県川崎市川崎区小川町4-1マッジョーレ棟A201号
営業時間:11:00~20:00(火曜定休)

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大佛茶廊の桜「大佛次郎を歩く・其の4」

2017年04月18日 22時49分34秒 | 文化遺産
大佛茶廊の桜「大佛次郎を歩く・其の4」



ストレイシープの世田さんの紹介で鎌倉の「大佛茶廊」を訪ねたのが3月5日で、「鞍馬天狗」「天皇の世紀」「赤穂浪士」「大仏炎上」などの作品で知られる作家、大佛次郎(おさらぎじろう)の別邸跡を茶廊として週末の土曜日・日曜日に限って営業している。




若宮大路の路地裏に隠れ家的に佇む、大正8年に建てられた茅葺き屋根の邸宅と程よく手入れされた庭園で抹茶や珈琲・紅茶なども戴ける。
鎌倉ビールもメニューにあるのは嬉しい。

茶廊主の野尻 芳英さんは鎌倉の地をこよなく愛した作家で、鎌倉の景観保護に尽力した大佛次郎(本名:野尻 清彦)のお孫さんにあたる。

営業は土日祝日の正午前より日没まで、というユニークな営業日時。
11時半頃に到着したので、一番乗りで入店出来た。
お蔭で、幾らか話を伺うことが出来て「桜の頃も良いですよ」とのこと。

3月末には開花と思ったが、その後の冷えで開花が遅れ4月8・9日辺りが見頃と聞いて9日に出掛けた。
生憎の小雨ではあったが、週末のみ営業だから致し方ない。



若宮大路は「鎌倉まつり」とやらで大賑わいだが、通りを僅かに入っただけで清閑な別世界だ。



枝垂桜・ソメイヨシノ・山桜など。



シャクナゲ。



ツツジでしょうけれど、名前は?



白磁の徳利に「黒椿」
真紅の濃い色なので「黒椿」と呼んで良いのではと思いますが、珍種と思います。



ガラスケースの中に鎌倉の景観保護に尽力した大佛次郎の資料などが展示されてある。
図書約36,000冊・雑誌約58,000冊特別資料(自筆原稿・自筆資料・書簡等)美術、台本や地図等の関連資料、遺品等 約17,000点は横浜市に寄贈され「港の見える丘公園」の「大佛次郎記念館」に収蔵されている。



総数7万点を超す所蔵品は季節ごと・テーマごとに公開されている。




抹茶には、鎌倉・美鈴の生菓子がつく。
コーヒーや紅茶には、東京、永福・CQLの焼き菓子が。

お値段は、高そうに感じますが、文化財の庭と建物。
ゆったりと流れる時間を考えれば、お安いかも。
日常の街のコーヒー屋さんとは比較になりません。
文化財を守り維持する努力に感謝です。



トイレの中の「手水鉢」さすが、文化財の建物。
手入れも大変でしょう。




玄関から門を眺める。
石畳を含め、味わい深い。




路地を挟んで反対側に旧大佛邸本宅。
この2階に書斎が在ったようです。



往時の書斎の写真。
この状況は「港の見える丘公園」の「大佛次郎記念館」に再現・展示されている。


「大佛茶廊」HP

http://www.1938.jp/osaragi/3.oshinagaki.html

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旧白洲邸 武相荘・其の弐@東京都町田市能ヶ谷

2017年04月17日 18時37分18秒 | 美術館
旧白洲邸 武相荘・其の弐@東京都町田市能ヶ谷





武相荘の外観は撮影可だが、ミュージアム内は撮影できない。
ガレージにモニターが置かれ、白洲夫妻の概略を知ることが出来るDVDが映し出されている。
其の画面と、HPの写真を紹介。


1943年5月に鶴川に転居し、自給自足の農民生活を始めたのは次郎41歳、正子33歳。

太平洋戦争中という状況下だが、田舎暮らしはかなり時代を先取りした決断だった。




戦後、次郎は吉田茂首相に請われてGHQとの折衝にあたるが、GHQ側の印象は「従順ならざる唯一の日本人」といわれた。
日本国憲法の成立に深くかかわり、政界入りを求める声も強かったが、生涯在野を貫いた。
いくつもの会社の経営に携わったが、本拠地は鶴川の「武相荘」。




ケンブリッジ留学時に身に着けた「カントリージェントルマン」の生き方を実践した。





晩年までポルシェを乗り回し、軽井沢ゴルフ倶楽部理事長を務めた。



遺言は「葬式無用、戒名不用」。
多くの人も願うだろうが、世間のしがらみも有り実践できる人は少ない。



まさに自分の信条(プリンシプル)を貫いた83年だった。


正子は青山二郎や小林秀雄との交流を通じて骨董蒐集家・随筆家として活躍した。
私も骨董の世界の先達として著者から多くのものを学んだ。





囲炉裏のある部屋に多くの蒐集品が展示されてある。


蒐集品はもとより、青山二郎を中心として小林秀雄や白洲正子らの交友録もそのひとつ。



北側の小部屋が正子の書斎。






書棚には、著書も並んでいた。
『栂尾高山寺 明恵上人』(講談社 1967)、『近江山河抄』(駸々堂出版 1974)、『かくれ里』(新潮社 1971)、『十一面観音巡礼』(新潮社 1975)、『西行』(新潮社 1988)

などを読み、それを手にして現地を旅することに憧れた。
僕は「白洲宗」の門徒であったとも言える。



奥座敷の着物など。

1985年に次郎が1998年に正子が死去。
2001年10月より記念館・資料館として一般公開された。



とは言え、おいそれと訪ねるのも躊躇するところがあって、今回やっと実現した。

現場を見られて良かったというのが実感だが、これからさらに学びたいと思う。


●「白洲次郎と正子の愛した武相荘のもてなし」展


会期: 2017年4月5日(水)~5月9日(火)
会場: 日本橋三越本館5階 ギャラリー ライフ マイニング

次郎と正子の往時の暮らしぶりを再現し、白洲家愛用の品々を武相荘監修のもと当時に近い装いで展示されているらしい。
鶴川まで行かなくとも見られるのは嬉しいことだ。

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旧白洲邸 武相荘・其の壱@東京都町田市能ヶ谷

2017年04月15日 22時27分08秒 | 美術館
旧白洲邸 武相荘・其の壱@東京都町田市能ヶ谷



念願であった白洲次郎・正子夫妻の旧居「武相荘」(ぶあいそう)を訪ねた。







武蔵と相模の境にあるとういうことで命名、昭和18年に移り住んだ当時は邨だったようだが、今では周囲は全て住宅地だ。
白洲邸は、今もなお山の全てが敷地で何千坪か有りそうだ。



門の手前のガレージにクラッシクカーが。
車好きであった白洲次郎が神戸時代に愛用した車とほぼ同じ仕様の車が展示されていた。




入り口の門。



次郎作の新聞・郵便受けの表示板。



門を入って直ぐに納屋の1階は使用した農機具など。



納屋の2階は「ホームバー」と遺品なども展示。



奥が母屋、手前は現在レストランとして営業。



茅葺屋根の母屋。
養蚕農家だった民家を改造した。

母屋は「ミュージアム」として使われている。



至る所に「壺」が在る。







裏山の一部は散策路、途中に石仏や宝塔が配されている。

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「東慶寺・仏像展2017」@東慶寺・松ヶ岡宝蔵

2017年04月14日 23時01分14秒 | 彫刻家 後藤清一
「東慶寺・仏像展2017」@東慶寺・松ヶ岡宝蔵
2月4日~4月16日





「駆け込み寺」としてしられる東慶寺は女人救済の尼寺として明治に至るまでの600年間、縁切り寺法を守ってきた。

明治38年(1905)釈宗演(1859年-1919年)が住職となって、禅の道場に変わった。釈宗演の弟子にあたる鈴木大拙(1870年-1966年)は禅を世界的に広めた功労者として著名である。
昭和16年(1941)に住持した井上禅定は鈴木大拙の収集した仏教書や寺伝来の 離縁状など縁切り文書を収めた「松ヶ岡文庫」を寺内に創立した。

文庫はその後「松岡宝蔵」と拡充されて公開されているが、年に一度の特別展が2月4日~4月16日まで松岡宝蔵にて開催されている。




宝蔵の入り口。





「水月観音菩薩半跏像」

通常は「水月堂」に安置され通常は公開されず、申込みによる拝観のみ。
特別展の期間中は「松岡宝蔵」に出陳。
像高わずか34cmの観音さまだが、鎌倉一の美しい仏様と言われている。





通常の「水月堂」祭壇。
中央の円窓に鎌倉時代の「水月観音」。
左に「南無仏太子」(聖徳太子の二歳像)。
右に「誕生仏」(後藤清一作)
額は鈴木大拙の書。

今季の特別展では「松岡宝蔵」内に3体が別々に。



「南無仏太子」



後藤清一作「誕生仏」
昭和16年の作だが、微笑をたたえた童顔の面相は白鳳時代を思わせる。



新薬師寺の「香薬師如来立像」
何度か盗難にあい戻ったが、昭和18年に盗まれてから行方は分からない。
佐々木茂索が、「香薬師如来立像」の“石膏型”を所持していた。
現物から石膏型採りしたのか、ともかく本物と変わらぬ出来ばえで、それを基に復刻された像。



本堂前の「宝塔」と枝垂れ桜。



「本堂」



花に囲まれた誕生仏。
本年、4月8日の「灌仏会」花に囲まれた誕生仏(東慶寺のHPより)

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柳は緑、花は紅@千波湖周辺

2017年04月05日 07時42分42秒 | 公園・緑地
柳は緑、花は紅@千波湖周辺



「柳は緑、花は紅、真面目(しんめんもく)」。
中国北宋代の詩人蘇東坡(そとうば)は春の美しい景色をこう詠んでいる。
深い解釈があるらしいが、素直に柳の緑・辛夷の白などに映える桜の花に心が浮き浮きするし、春が来たと実感する。

昨日の4日は千波湖の周辺をポタリング。



偕楽園近くの住宅地の一角に、樟と枝垂桜の見事な西洋館が在る。
創業時はカフェだったが、現在はフレンチレストラン「ラヴィプロバンソ」
味も雰囲気も素晴らしい店だ。




桜山の入り口だが、目立たない場所に「偕楽園公園センター」が在る。
4月4日~ 9日は 「藤の会」の 第16回 能面展 能面を打つ。





とても素人とは思えない見事な仕上がり。
山野草も展示されている。



鳥インフルエンザの騒ぎも終息し、鴨のつがいが散歩。
白鳥・黒鳥を含めて少なくなった。




桜並木は3分咲き位か。



この時期は何と言っても枝垂れ柳が素晴らしい。


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常照禅寺の枝垂れ桜@水戸市元吉田町

2017年04月04日 21時28分00秒 | 文化遺産
常照禅寺の枝垂れ桜@水戸市元吉田町



待ちに待った桜の季節、ここしばらくは落ち着かない日が続く。
昨日(3日)は河和田町の報佛寺の枝垂れ桜を見に行ったが、一寸ばかり早すぎた。
今日(4日)は元吉田町の台地にある常照禅寺に。



臨済宗大徳寺派に属し、山号は仏日山(ふつにちさん)。
水戸藩2代藩主・徳川光圀により元禄13年(1700)に創建された。



境内の一帯は中世の吉田城跡で、周囲に土塁や空濠が残っている。




山額「仏日山」は光圀の書










山門から中門にかけての石畳の両脇は苔むし、京都のお寺のようだ。



中門の扉の板と金具は歴史を感じさせる。



庫裡前の枝垂れ桜の老木が見頃。



本堂前の門と奥に本堂、天明6年(1786)の再建。
昔の写真では茅葺、何時から銅葺きになったのか。



本堂の前の他に、何本かの後継木が育っている。

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シュンラン(春蘭)

2017年04月04日 02時19分48秒 | 山野草
シュンラン(春蘭)



ギャラリーしえる(水戸市見川町2434-1)では絵画や彫刻などのアート作品の展覧会の他に、服・雑貨・アアクセサリーの展示販売会などが開かれることもある。
地方のギャラリーは展示の幅が広いのが良さとも言える。



3月30日~4月1日は「草木染・うさとの服」



タイ・チェンマイ在住の日本人ファッションデザイナー(さとう・うさぶろう)の草木染・手織り布の衣類の展示即売会。

展示場の隅に春蘭4鉢が置かれてあった。
お好きでしたら、どうぞお持ちください、とのこと。
「ギャラリーしえる」のお客様で春蘭好きの方がおられ、一度お会いした方が居る。
その方が持参したようだ。

「春蘭」は日本各地でよく見られる野生蘭の一種で、山歩きをすれば見かけることが出来る。
山草や東洋ランとして観賞用に栽培されることも多い。
名称の由来は春に咲くことから。

広く文人墨客にも愛された植物で、墨絵や塗り物の茶器、椀などのモチーフとして描かれることがある。



水遣りなど管理が難しそうだが、地植えしても大丈夫らしいので戴いて来た。
清楚で品の良い花だ。さすが花の王者「蘭」の1品種だ。

鉢はプラスチックだが「蘭鉢」と云うのも有って、骨董品では結構な値段がすると聞いたこともある。
「蘭鉢」「万年青鉢」など、江戸時代には人気だったらしい。


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土器に生ける

2017年04月02日 19時36分21秒 | 山野草
土器に生ける



縄文土器にユキヤナギと沈丁花。

水戸市泉町1丁目の「フタエ屋呉服店」の店頭ウインドに“可憐な山草が土器に挿されて生けられてあったのを見た”のは1975年頃のことだ。

「きもの」が日常着であった最後の頃で、特に「フタエ屋」「大高呉服店」などは、晴れ着より普通の反物などを扱っていた。

フタエや店主の大和田さんの友人には趣味人が多く、その人たちの骨董コレクションを飾り、茨城山草会の墳本さんや長谷川さんの珍しい山野草が展示されたりした。
今では当たり前のように売られている山野草だが当時は珍しく、文化センターの展示室で春と秋に開催される「山草展」を見るのも楽しみだった。

その様な想い出と、
1月に國學院大學博物館の「火焔型土器のデザインと機能」展で信濃川の流域で出土する縄文時代中期を代表する「火焔土器」の大小の優品を見る機会を得たこと。
2月の「Tabi-ぶら in 美浦村」で念願の「陸平貝塚」を訪ねたこと。
「陸平貝塚」は1879年(明治12年)、日本人が初めて発掘調査が行なった遺跡で「日本考古学の原点」と称され、考古学史の観点からも重要な遺跡である。
往時のままの原風景を観、縄文人が口にした貝殻を数千年を経て掌に握った感触は時空を超えた繋がりを感じだった。



1月と2月の体験が重なって土器(縄文~弥生~土師器)などに花を挿すこと。
をもう少し広めたいと思うようになった。

数千年から千年前頃に至る「土器」に「花」は、今では特別なことではないが、さらに、多くの人に良さを感じてほしい。


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寒い中お疲れ様でした@ケーズデンキスタジアム水戸

2017年04月02日 03時19分12秒 | 水戸ホーリーホック
寒い中お疲れ様でした@ケーズデンキスタジアム水戸



レノファ山口をホームに迎えての水戸ホーリーホック第6節、連勝を期待してケーズデンキスタジアム水戸に。

前節の3月25日の愛媛FC戦は前半に5分に林 陵平のゴール。
大量得点を期待するも1-0で辛くも勝利。


春休みに入った事にもよるのか、観客は4011人で寂しかった。
ホームを水戸に移してからのにわかファンで、《笠松》の時代を知る喫茶・花留談の木村さんによれば「3000人は良い方ですよ、1000人ぐらいは当たり前でしたから」を思えばましなのかも、久し振りにラインダンスを見られて良かった。

今日は、と期待したが前節以上に観客は少ない。
遠路はるばる山口のサポーターの皆様方、有り難う御座いました。





サッカーに疎い僕の気持ちを表現していたのが《大塚 巌さんのFBで》無許可で転載。
『4/1エイプリルフールな試合でした。前半からハッキリしないモヤモヤっとしたゲーム。1-0リードで、湯沢、白井どちらかを入れ替える策はあったし、中盤の底もアイデアのある船谷投入で相手はもっと苦しんだのでは?マエダダイゼンは90点の出来かと。ベンチワークで勝点2を失った試合。残念‼️失点に繋がった細川のファールは4枚で囲んでいたので完全に不要。笠原のヨミは当たるも届かず残念でした。次節こそ、快勝を楽しみにしたい。』



観客数は3072人。
先制したあと、同点に追いつかれ引き分けは残念。
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東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展@茨城県近代美術館

2017年04月01日 09時06分24秒 | 美術館
東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展@茨城県近代美術館
明日(4月2日)まで








1階の常設展示場を特別展の会場に。



唐招提寺境内の「御影堂」は「鑑真和上坐像」を奉じる仏殿で通常は非公開。

元は、興福寺の別当坊だった一乗院宸殿の遺構で、明治以降は県庁や奈良地方裁判所の庁舎として使われたものを昭和39年(1964)に唐招提寺に移築復元し御影堂としたもの。
移築・復元に際し東山魁夷が10年の歳月をかけて障壁画全68面を描かれた。

平成27年(2015)から「御影堂」の大修理事業が始まって「鑑真和上坐像」は新宝蔵に遷座した。



改修工事に伴い、障壁画全68面を移動することになり茨城県近代美術館で公開する貴重な機会となった。

1階の常設展示場を特別展の会場の内部、柱や梁など本物の様に見える。
間接照明は作品を浮き上がらせる幻想的。



唐招提寺御影堂障壁画 山雲(部分)
昭和50年 唐招提寺蔵



唐招提寺御影堂障壁画 濤声(部分) 昭和50年 唐招提寺蔵



唐招提寺御影堂障壁画 揚州薫風(部分) 昭和55年 唐招提寺蔵


第2室には
障壁画を描くにあたって、日本と中国各地を巡り取材を重ねたスケッチや下図、試作を紹介し、完成にいたる制作過程を偲ぶことが出来る。

東山魁夷の渾身の作、と云うべき執念を感じた。

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