「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

「ぐぁらんどう」 水戸市泉町1-3-14 

2008年12月30日 14時15分59秒 | 日記
1970年、コンサートでの小野和子さん。

水戸京成百貨店の東側、八百徳鮮魚店の角を曲がると「ビストロ・BABA」が在る。ランチもデナーも味が良くて盛りも良い。その上、値段も安いの3拍子揃っているので、連日満員だ。
この店については、後日紹介したい。とおもっている

2階はカフェバ-「ぐぁらんどう」は、おいしいお酒&料理で人気の店だ。
何よりの目玉は、70年代にプロのフォ-クシンガ-として活躍していたママ(旧姓 小野 和子さん)のギタ-による弾き語りだ。

1969年TBSテレビ「ヤング720」のオーディションに合格。この年にデビューした。僕が最初に出会ったのは、今年無くなった“トニー”こと町田通さんのお宅だ。その頃、彼らは高校生の「フォークソングクラブ・AI」を結成して水戸で演奏活動をしていた。

折からの、フォークソング・ブーム、渋谷のライブハウス「ジャン・ジャン」を始め全国に演奏旅行をした。綺麗な歌声は"日本のジョーン・バエズ”と云われたほどだ。シングル版を5枚出し、カップリング版も多い。

その頃、活躍した女性歌手を調べて見ると、浅川マキ、五輪真弓、イルカ、尾崎亜美、加藤登紀子、カルメン・マキ、庄野真代、新谷のり子、中島みゆき、森山良子、八神純子、山崎ハコ、リリィなどの時代らしい。
今も、活躍している人も多い。

声もきれいだが、色白の顔は西洋人形のようだった。今でも当時の美形が偲ばれる。(お世辞ではありません)
店内では毎晩、ギターの弾き語りを聞くことが出来るので、それを目当てに来る客も多い。
10年前に、オリジナルCD「歌詞1999」を出した。詩も曲もお店に来るお客さんたちを観察し、それぞれの人生を歌い上げた、味わい深い曲ばかり。僕は全曲、空らで歌えるほどに聴いた。
昨年、『歌綴』と題するCDを発売した。殆どが新曲だが「黒いカラス」は再演。

今日(12月30日)は1年間の感謝を込めて、けんちん汁と饂飩が振舞われる。
これに合わせ、鈍愚里さんが、記録作家の箕川さん、Mさん、Mさん、エビネンコさん、僕を招集し、年忘れ会を開いた。毎年恒例となっているが、エビネンコ今年はさんは初参加だ。

箕川さんの『海の民秘湯をめざす』出版をお祝いするのも、この日の趣旨。
話題は、舞台となった三斗小屋温泉の話しから始まった。
大なべの”けんちん汁”を味わいながら、酒量も上がる。
お客さんの半分ぐらいは知った顔なので、グラス片手に店内を渡り歩く。
すっかり出来上がった頃に、小野さんのライブが始まった。
この状況はリンクしている、エビネンコさんと鈍愚里さんの「アナログもぐらのへらずぐち」を御覧戴きたい。
鈍愚里さん、ご馳走いただき有難う御座いました。

「ぐぁらんどう」さん来年も宜しくお願い致します。
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冬茜

2008年12月29日 17時31分39秒 | 日記
京成百貨店5階エレベーターホールからの筑波山

久し振りに西の谷に行く。階段近辺の銀杏の実が落ちている辺りを掃き掃除する。
今年は、公園管理の清掃がなされているので、綺麗な状態が保持されている。
今年の水戸市役所公園緑地課の管理業務を素直に評価したい。
新たに何かを作ることより、今まで有る物の維持管理をするのが、先決だ。
来年も、さらに美しい西の谷緑地であることを願う。


家に戻ると、ビニール袋が有った。鈍愚里さんからの差し入れ、切り干し大根・芋がらの干したもの、キーウー、ヤツガシラ。さらに藪椿が2枝。
食べる物を戴くのは有難い。いつもお世話になります。

大気が澄む冬の季節、陽が西に入る時間帯の空の色の変化は見飽きない。
同じに見えることは無く、日に日に違う。
京成百貨店5階から8階、西側エレベーター前から筑波山方向を眺めていると、1時間位はすぐ経ってしまう。陽が落ちて、群青色の空に変わる頃がさらに素晴しい。





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追悼 『助六』三代目主人。

2008年12月28日 08時20分31秒 | 日記

西の谷の掃除を、この半月ばかりさぼっている。
冬場で雑草が伸びる心配は無い。
枯れ葉はゴミではないから、成り行きに任せる他ない、との気もある。

タバコの吸殻の投げ捨て、コーヒーの空き缶のポイ捨て、コンビに弁当の容器の放置と投げ捨てはいくらか減った。無くなったわけではない。
タバコの増税・値上げ論はいつの間にか消え去ってしまった。
喫煙に因る害を考えれば、値上げは、医療費を抑える大きな力にもなったろうに残念だ。

ポイ捨てや町の美観。或いは真面目に努力している飲食店の存亡を含め、全ては“文化”であり、住人の民度に大きく作用されると思っている。
『西の谷のブログ』は谷の清掃の賛同者を募りながら、老舗のお店も紹介して行きたいと考えた。一人でも多くが良い店を知り、店の一助になればと思ったからだ。

もつ焼きの老舗『助六』を紹介しなければ、と考えていた。暫く、ご無沙汰。
年末に行こう、と思った矢先、三代目主人が急逝した。
40代前半の若さだった。僕の長男の幾つか上だ。昨晩の通夜に参列したが、涙が止まらなかった。

お祖母ちゃんが、戦後間もなく創業した屋台のもつ焼き『助六』。
僕の父親は、毎晩のように通ったらしい。飲み過ぎが原因とは限らないが、55歳で脳溢血で倒れた。以後20年間、半身不随のまま、自宅で療養した。介護した母親の苦労は大変であった。義理堅い『助六』の女主人は、何度か自宅までお見舞いに来てくれた。

『助六』が黒羽根町の裏通りに在った頃、カウンターがコの字になっていて、周囲は客で溢れていた。入りきれない客は、通路に縁台を出して飲み食いした。炭火で焼く煙リが道路まで、流れ出し良い匂いが漂っていた。長い間、営為業した店内は、煙で燻され、真っ黒であった。水戸に名物数々有れど、代表する店だった。懐かしく思う人も多いだろう。
その名物も不審火で消滅した。その近所で立て続けに火災が発生し、その一画は現在駐車場となっている。

それを機に、創業の場所に近い現在地に店を移した。ショックからも立ち直り、娘さんと孫と3代が店内で仕事をした時期も有った。その後、初代の名物女将さんが、亡くなったのはそう昔のことではない。2代目は衣料関連の仕事をしていたので、3代目は孫が継ぎ、昼のランチと夜の営業と頑張って暖簾を守っていた。
おとなしい人だが、誠実な人柄で人気があった。スノーボードは水戸の草分けで、プロ級の実力と聞いた。

『助六』のレバー焼は実が厚く、葱を加えずレバーのみの串刺し、足して使い続けたタレと半生に近い焼き方は絶妙だ。腸の”シロ“も下ごしらえが大変なのだろうが,チョットそこらソンジョでは食べられない。
やっと、初代の味に近づきつつあったので、誠に残念としか言いようが無い。
結婚して、未だ10年とは経たない。二代目TukTukのご主人もさっぱりした素晴しい方で2度ばかりタイへの仕入れ旅行に同行させて戴いたこともある。
ご家族の皆様のショックは計り知れない。

人生は無常だ、さらに皮肉だ。どんなに真面目に仕事をし、誠実に暮らしても、突然の悲劇が訪れる。

ご冥福を祈り、『助六』の味が継続してゆくことを願う。

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有馬記念競走 12月28日

2008年12月26日 12時59分15秒 | 日記
イギリス生まれの馬頭観音。

年に数回、馬券を買うことがある。
G1と呼ばれる大きなレースのみで1回に2000~3000円のほんのお遊びだ。
馬名や枠で、勘に頼った適当な番号を買う。従って、まづ当る事は無い。
買えば、テレビ中継で馬の素晴しい走りのドラマを鑑賞できる。
昨年、福島の友人宅を訪ねた際に福島競馬場に行き、想像以上に綺麗であることに驚いた。

サラブレッドは、早く走るために人間が作り出した芸術品ともいえる動物だ。
姿もいいし走る姿は見事としか言いようがない。ゴール前、直線での競り合いは理屈なしに興奮する。

イギリスには15回位行った。夏の競馬のシーズン、華やかな大きな帽子がウインドに飾られる。ロイヤルアスコット競馬場のレデース・デイの衣装は帽子がメイン。競馬場以外でも街中で映画・マイフェアレデーィの様なご婦人を見かける。
競馬ばかりでなく乗馬はイギリスを代表するスポーツ。何所かしこに乗馬クラブがあり、馬に親しむ人口は多い。家族と同様、身近で親しい生きものなのだ。
来日したイギリス人に“馬刺しは旨い"ごとき話しをしたら、よくよく驚かれた。
”猫や犬は旨い“と同義のことを言ってしまったのだ。

来日したイギリス人の一人が、馬に関わる真鍮製の土産をくれた。幸運の縁起物の飾りだとのことだったが、飾り様がなく退蔵していた。お世話になっている鈍愚里さんに贈呈しようとしたら、茶房『梵』に置いて下さいとのことだった。お客には競馬のファンが何人かいる。数日を経て『梵』に行き、壁面を見ると、例の品が見違えるようになって飾られていた。

鈍愚里さんが『競馬観音』と名付けたそうで、願をかけ的中者も現れたと聞いた。
いよいよ、27日の日曜は、『有馬記念』のレースが開催される。
これは、買う他ないでしょう。

当れば、イギリス生まれの馬頭観音様の霊験はあらたかと言うことだ。
とはいえ、英国紳士を気取ってレースの観戦を楽しむことが大切だろう。
レースの推理は出来ないが、このブログ書きもその一端。
今年は女性が大活躍したので、雌馬の①カワカミプリンセス、⑬ダイワスカーレット。『風と共にさりぬ』に関連すれば⑧スクリーンヒーロー。名前の格好良さで⑨メイショウサムソン。散歩に歩いた浅草の街⑫アサクサキング。友人のジャニーにあやかって⑪ドリームジャーニー。当たればお祭り騒ぎで⑩マツリダゴッホ。等から選択するつもり。
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「市原ひかり グループ」ライブコンサート 

2008年12月24日 16時59分46秒 | 日記
「市原ひかり グループ」ライブコンサート @水戸市白梅1-7-15 Girl Talk

安比高原のフランス料理店『シェジャニー』のオーナーシェフ・春田光治さんから「市原ひかり、いいよ。23日に水戸のガールトークでやるよ」とのメールを貰った。
春田さんは、自分でテナーサックスも演奏するし、店内のBGMは渋谷で創業した時からジャズを流している。ジャズ歴は長い。
勿論、本業の料理の腕前は日本一と、僕は思っている。
機会を見て、彼のことを纏めてみたいと思っているが、波乱に満ちた生き様や、料理の専門用語や味について述べるのは難しく、実現しないままだ。

水戸駅南口から歩いて10分位、静かな住宅地の中にバー/ジャズクラブ『ガールトーク』が出来たのは、何10年前か?水戸のライブハウスの先駆けとして、ライブやイベントを企画し、水戸の文化の向上に大きな力を果たしている。さほどの広さは無いから、採算を取るのは難しいだろうな、と思う。
ガールトークが努力を重ねていることに対し、尊敬するのみだ。
たまには参加しなければ申し訳ない思い、予約をした。

《市原ひかり》について何も分からず、久し振りに生の演奏を聞く機会を得て、楽しみに出かけた。
今回のライブは、4枚目のアルバム『JOY』発売記念ツアーの最終日とのことで客席は満員。
グループの構成は市原ひかり/トランペット・フリュー-ゲルホーン、堀秀彰/ピアノ、中村薫平/ベース、平井景/ドラム。
登場した市原ひかりは、未だあどけない感じの小柄な乙女、トランペット吹きには見えない。出だしは、アルバムタイトルでもある、JOY。2曲目はスティービーワンダーの名曲、My Cherrie Amour で僕の大好きな曲。その後、アルバムに収録されている曲を次々に演奏。トランペットとフリューゲルホーンの2本を使い分けるが、僕は、優しい音色のフリューゲルホーンの演奏が好ましく思えた。
アルバム収録の11曲は全て、2セット終了時には演奏した。
アンコールに応え、昨22日が26歳の誕生日で、南青山のジャズクラブで公演中に、客に乗せられ、マイク片手に『ミスティ』を歌ってしまった。と話し、再び披露。
更に乗りの良い『All of me』を賑やかに演奏した。
あと1時間の休憩後、第3セットの演奏だが、時間も9時、この日は退散することにした。
最後の演奏が盛り上がるであろうことは承知しているが、久し振りにライブの雰囲気を味わったのみでも、充分だ。
このコンサート、水戸以外から来ている人達も多い感じを受けた。
街が元気になるには、「ガールトーク」のように、地味な努力を重ねている店が重要だと、改めて思った。








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冬至

2008年12月21日 23時56分51秒 | 日記
戯れに柚を描く。

12月21日(本日)は冬至にもかかわらず、暖かい南風が吹き気温は18℃位まで上昇した。これも異常季節なのだろうか?
バンクーバー近くのヴィクトリアと日本を半年毎に住み分ける、うらやましき生活を送っているNさん夫妻からのメールは、2日続けての大雪で非常に珍しいとの事で、ラスベガスの沙漠にも雪が降った、とも言った。

北半球において太陽の位置が1年で最も低くなる日で、日照時間が最も短くなるため、1年で最も昼が短く、夜が長くなる。太陽の位置が1年で最も高くなる夏至(6月21日ごろ)と比べると、日照時間におよそ5時間もの差がある。
西日の落ちる方向も随分違う。

冬至の過ごし方は、家によってまちまちだろう。
標準的と思うが、我が家は柚湯に入り、カボチャを食べるが定番だ。

先日、柚を大量に戴き、昨日の昼に柚風呂に浸かった。
柚湯の習慣は、既に、江戸時代の銭湯でも行われていたとある。
香りも良いが、皮の部分で肌を擦ると、ツルツルと皮膚が再生した気分になる。
今夜も柚風呂だ。
柚の食べ方もそれぞれだが、蜂蜜漬けとマーマレードにしようと思う。
以前、九州名産の『柚練』と言う桐箱入りのお菓子?をいただいたことが有る。
柚をじっくりと煮込んだ、或いは羊羹のように練り上げたのだろうが、あれほど美味しい柚製品はそれ以後であったことが無い。

鈍愚里さんが、お絵描きの材料にと、葉付の柚を届けてくれた事が有る。
その時、何枚か描いたのを、戯れ絵を添付した。

柚湯哉家鳴らす風聞きながら  破髯

カボチャは近所のKさんから、北海道産の『九重栗』(くじゅうくり、まるで、栗のブランドのようだが)を戴いた。皮の色は薄グレーでめっぽう硬い、薄く切って、電子レンジでチンしたのみ。
何も加えないが、味は正しく栗のようであった。
こんなカボチャも食べたことが無い。
カボチャはカロテンが多く冬場のビタミンの補給には最適らしい。



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小石川植物園

2008年12月20日 12時02分44秒 | 日記
東京大学現存最古の学校建築(旧東京医学校本館)
のテラスより望む小石川植物園

約320年前の貞享元年(1684)に、将軍職に就く前の徳川綱吉の白山御殿の跡地に徳川幕府が作った「小石川御薬園」から始まりが、長い歴史を経て「小石川植物園」として公開されている。
正式の名称は「東京大学大学院理学系研究科附属植物園」で植物学の教育・研究を目的とする東京大学の教育実習施設なのだ。

45年頃前に花見に行った記憶は有るが、何も憶えていない。
改めて訪れ、素晴しさを実感した。
面積は、161,588㎡(48,880坪)で、台地、傾斜地、低地、泉水地など地形の変化に富み、それを利用して様々な植物が配置されている。
ニュートンの引力の発見につながった林檎の樹、メンデルの遺伝の法則研究に寄与した葡萄の樹など(どちらも、それに由来する株だが)も植えられている。

温室は老朽化したので一般には公開されていない。
舗装されているのは、入り口から本館に到る通路のみで、かなり自然のままに保持されている。12月も半ばとあって来園者は殆どなく、広い園内すべてをのんびりと散策できた。

西の谷も植物園を兼ねた緑地ならば、より楽しめるのでは,と思った。
水戸市立植物園の協力を得て実現して欲しい。

敷地の一角だが、別の門を入ると1876(明治9)年に建築された東京医学校(東京大学の前身)の本館の一部が移築されている。国指定の重要文化財だ。東京大学総合研究博物館・小石川分館として無料で一般に公開されている。
木造の木組みと外観は当時のままだが、内部は展示空間として改装されている。
膨大な量の収蔵品が有る様だが、2年に一度位、展示変えがあるようだ。


大航海時代の西欧諸国では「驚異の部屋」と呼ばれる珍品陳列室王侯貴族や学者たちによって、競って作られたそうだ。現在の常設展示は、それにちなんだ学術標本が幅広く展示されてている。室内の什器も古い物を中心んに厳選されている。学術的な説明を避けて、眼で見れ分かる展示だ。

1階のテラスから眺める植物園の風景も素晴しい。
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誕生日の贈り物

2008年12月18日 16時26分20秒 | 日記
土付の葱・大根と白菜

新聞に包まれ届く冬野菜   破髯

本日12月18日は小生の誕生日。めでたく67歳となりました。
それを知っていた訳ではないだろが、素晴しい贈り物が届いた。
鈍愚里さんが見和の婆ちゃんから戴いてきたであろう、真っ黒で豊かな土付の葱と大根と白菜。さらに、「京仕込」と箱に書いてある酒粕。何気なく、玄関においていくなんて、鈍さんらしいね。いつでも大歓迎、今後も宜しくお願いいたします。
食品の頂き物は何よりだ。

今から15年前頃、『わら1本の革命』福岡正信著に影響を受け、知人の畑を借りて自然農法の真似事をした。自宅から12kmくらい離れた場所で、たいした手入れも出来なかったが、収穫の楽しみと自然の偉大さを実感した。かれこれ5年ほどしか続かなかったが、良い体験だったし、食の安全については良い勉強になった。

偶然ではあるが、鈍愚里さんからの野菜と酒粕、誕生日記念として、ありがたく戴きます。
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冬帽子「卯波」の在りし路地はてる

2008年12月18日 03時23分46秒 | 日記
幸稲荷社

一日一句、日記のように出来たら、と思う。
あまり難しくなく、日常の生活を詠った俳句が好きだ。

鍋物に火のまわり来し時雨かな
貫きしことに傷つき炉を塞ぐ
しぐる々や胴壺にかけし濡れ布巾

鈴木真砂女は銀座の小料理店の女将で俳人。
房総の旅館の娘として生まれ、波乱の生涯を生きた。その生き様は瀬戸内晴美の小説のモデルともなった。90歳を過ぎても現役で活躍しているのを聞いていたが、2003年に97歳で亡くなり、その後も孫が店を引き継いでいると思っていた。
銀座1丁目「幸稲荷」を入った路地を探しても見当たらず、稲荷の後ろは鉄板で囲われている。脇の美容室の人に聞くと、今年の1月頃に閉店したとの事。
借地で、地主が売却したので立ち退かざるを得なっかたらしい。

歴史的な、路地裏の店が失われてしまった。
思いたったら、実行しないと全ては幻となる。

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六義園のライトアップ

2008年12月16日 00時34分15秒 | 日記
六義園のライトアップ
11月22日~12月14日、夜9時まで開園。

12月14日で終了したが、駒込の六義園の「紅葉と大名庭園のライトアップ」を見る機会を得た。洗練された照明技術により幽玄の世界に遊ぶことが出来た。係員に「環境・照明デザイナーの漆原美代子さんが演出したのか?」と訊いてみたら、漆原さんではないが、照明デザイナーの手による、との事だった。

入場する際警備員が注意しているが、通路は点々と樹木の上、或いは路傍から薄明かりが灯り、余ほど気を付けないと危ない。一部は立ち入りが禁止されている。
ほのかに浮かび上がる光景は、東京に居ることを忘れ、あたかも夜の京都の庭園に佇む感じである。

水戸でも桜の季節に、旧県庁舎のお壕の前がライトアップされる。強すぎる照明は桜の花の美しさを台無しにしてしまう。
街路灯のみで充分なのに。

仲春と仲冬を比較することに多少の無理はあろう。六義園のライトアップはしっとりとした秋から冬へ情緒を感る事が出来た。





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茶房『梵』 水戸市梅香。

2008年12月09日 22時31分59秒 | 水戸
茶房『梵』の店内。

遊歩道を人が通れないほどの雑草に覆われ、女の人が一人では怖くて歩けない西の谷緑地。その様な状況をを見かねて始めた清掃活動を始めた。
都合のつく時間に、草抜きやゴミ拾い。その後、公園緑地課によるの草刈が年に2~3回行われるようになり、大分綺麗になった。
徐々に、何人かの賛同者も出て、きなりにゴミ拾いや草抜き掃き掃除をしている。
時間の許す範囲で、あくまでも、愉しみとして行っている。

何とか最悪の状況は脱したようなので。今後は、このブログを公園や緑地に限らず、水戸の街が賑わいを取り戻すようにするにはどうすれば良いか?等まで幅広く書いてゆきたい。
もっとも最近は、その様な方針で書いてはきた。
その一つの方法として、長らく水戸市内で営業している真面目な店など、僕の好みの店を紹介し、街歩きの参考になれば思う。
特に飲食は動物である人間には不可欠。かといって、今風のグルメ案内、にはしたくない。

先ずは、水戸市梅香の茶房『梵』

店主とは骨董のお仲間として35年くらいのお付き合いとなる。
自宅の応接間は、古家の梁や柱を移築した民芸風の洒落た部屋だった。
そこを、喫茶店にするとの事で大いに期待した。
出来てみればかなり様子は違った。同様なのは応接セットとして使用していた飛騨の民芸家具の椅子(ウインザースタイル?)のみであった。
新たにガラスケースが出来て、古美術品等も飾れるようになった。
骨董の先輩古川さんが、古美術の展示会をした事もあった。僕も山草、野草を生けたりなど楽しんだ。
ともかく、その旧店は道路の拡張にかかり、19年の営業を閉じた。現在南北を貫くトンネルの上辺りだった。
少し裏側の住宅地に移転して以来、12年が経つとのことだ。

この店の特徴は音楽がない。うるさい人がいない。もの静かな文化人?ばかりが集う。
食べもの話しで盛り上がるのが、唯一の欠点かも。
とにかく、このような店は、日本全国そうはないと。僕は思っている。

仕事をしている時は、息抜きに毎日のように通った。最近は毎日が日曜日で、ストレスは無いので週に数回の出勤となってしまった。
その代わり、僕がお連れしたエビネンコ氏は今や常連だ。へらずぐちの鈍愚里さんは、指定席まで確保している。

こーヒーの旨い店は他にもあろうが、300円で旨いコーヒーと、時にはお客が持参した全国(時には外国)の土産を味わえるのだ。

興味のある方は、是非行っ下さい。駐車場はありますが、案内板や看板はありません。




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名残の紅葉

2008年12月08日 10時02分15秒 | 水戸
名残の紅葉

西の谷の清掃は、今のところ落葉の掃き掃除のみ。
掃いても掃いても、落ちてくるからきりががない。一回では出来ないので、何回かに分ける。1週間で一回りという感じだ。
落葉のある景色は味わいがあるし、好きで掃くのはもったいない。感じもする。
しかし、遊歩道と,木の階段は、放っておくと、腐食した葉で滑る事もあるから、掃く事に成る。
作業の時間帯は、朝、昼、夕方とまちまちだ。
紅葉の盛りは10日前、辺りだったが未だに残っているところも有る。
特に朝日が当たる時間帯が美しい。
更に,木の内側から葉を通して光を見るようにすると、とても綺麗だ。

西の谷の四季折々の風景は、リンクしている「花留談周辺デジカメで散歩」のページから御覧下さい。素晴しい写真で実物より綺麗です。

約1時間程度の作業だが、日々それぞれの変化を楽しめるのは幸せだと思う。
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トラッテリア・ブラックバード開店。

2008年12月06日 19時55分53秒 | 水戸
トラッテリア・ブラックバード開店。

暗い話題が多い中、明るい話しをひとつ。

「町の駅 水戸」が閉鎖され、空き店舗となった所に、「トラッテリア・ブラックバード」が開店する。
今日(12月6日)がプレオープンで来週11日にめでたく開店すると聞いた。
前を通りかっかたら、仲間内で盛り上がっていた。

歳末の水戸の街、良き話題が連続するように願う。

開店おめでとう。街の新たな溜まり場になることを。

そして、鹿嶋アントラーズが2連覇、おめでとう!
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銀杏坂の大銀杏

2008年12月06日 00時34分48秒 | 水戸
銀杏坂の大銀杏の黄葉

「水戸京成ホテル」脇の三井ビルに出かけた。
銀杏坂の大銀杏は、黄色に輝いていた。西の谷、文化センター前、旧県庁舎の空堀の銀杏は既に落葉してしまったから、改めて、この大木の存在感を認識した。

この辺は、1972(昭和47)年に水戸市役所が駅南に移転する前は、市庁舎や水道部、消防署が在った。
遡れば、江戸時代には銀杏坂見付が置かれていた場所だ。
時代の変遷を知っているのは、樹齢250年のこのオオイチョウのみだ。

水戸は恵まれた自然環境と長い歴史に恵まれた街だと思う。
その土地の歴史や自然の変化を学ぶことが大切なのに、僕自身も含めて、関心を持っているとは感じられない。

その点で、郷土史家・網代茂著の『水府巷談』1985年刊、『水府異聞』1988年刊、『水府奇談』1992年刊、の三部作は格好の手引書だ。
発行は、地方新聞社の新いばらきタイムス社。
今まで《積ん読》だったが、紐解いてみる事が多くなった。
読んでみれば、今まで知らなかった話しが沢山有る。
この銀杏の反対側、戦前の東照宮の近辺の写真や文章も興味深い。
これも歳がそうさせるのか。
何れも、発行されて16年~20年を経過した。
網代さんは健在だが、志を継ぐ郷土史家が現われ、新たな読み物が刊行されるも楽しみだ。





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袋田の瀧

2008年12月04日 21時10分17秒 | 日記
新しい瀧見台から眺めた、袋田の瀧。

小学校の遠足の定番の一つは、袋田の瀧。
今のような隧道は無かったので、滝川沿いの狭い道を歩いて瀧にたどり着く。
1979(昭和54)年12月、瀧に到る全長276メートルのトンネルが完成した。

竣工記念と安全を祈願して、僕の尊敬する後藤清一さん作の観音像が安置された。

袋田の瀧は日本の三名瀑の一つといわれる。
高さ120メートル・幅73メートル。水量の多い時期、落下する様は誠に見事だ。
紅葉の頃や、凍結した姿は、しばしば写真の被写体となっている。

そこに新たな瀧観台が出来たとの事で、袋田は大賑わいらしい。
水戸から袋田まで2時間、瀧観台に登るエレーベーターが1時間待ちだった。
と報道された。

今日は、紅葉の季節も終わった平日なので待つことなく、上まで行けた。
見る人によるだろうが、上から見ては迫力に劣る。
従来のところから、水しぶきを浴びながら眺めるほうが、僕は好きだ。

上には、観音堂も在り、男体山からのハイキング・登山道もある。
巨額の予算を投入してエレベーターを作るより、山道を整備して安全な登山路を作るべきだったのではと思った。

見た人たちのご意見を伺いたい。



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