「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

水戸の六名木 @弘道館公園

2016年01月31日 19時26分07秒 | 公園
水戸の六名木 @弘道館公園




水戸の偕楽園は岡山市の後楽園、金沢市の兼六園と並んで日本三名園の一つに数えられてきた。
偕楽園には100種3000本の梅が植えられ、今年で120回を数える「水戸の梅祭り」(2月20日~3月31日)には大勢の観光客が訪れる。

梅の開花時期は探梅(早咲き)、賞梅(中期)、彼岸あけの送梅(遅咲き)と品種は多期に渡る。
園内にあるすべての品種を調査・研究。花の形・香り・色などが特に優れているものを6品種選び、昭和9年「水戸の六名木」とした

①烈公梅(れっこうばい)②江南所無(こうなんしょむ)③白難波(しろなにわ④ 柳川枝垂(やながわしだれ)⑤虎の尾(とらのお)⑥月影(つきかげ)  

水戸と云えば「偕楽園」を連想するだろうが、「弘道館」とは甲乙つけ難い。
弘道館は天保12年(1841年)、偕楽園が天保13年(1842年に第9代藩主・徳川斉昭より開設されたので、ほぼ同じ時期だが、弘道館には正門や正庁など創建時の建造物(国の重要文化財に指定)が遺されている。

僕のお勧めは、佐竹時代に遡る旧城址の一画弘道館公園。
弘道館内にも「水戸の六名木」が有ると聞いて訪ねた。

先週と今週、雪がちらついたり積もったりしたが、暮れから正月にかけて暖かい日が続いたために開花時期は大幅に早いようだ。

偕楽園には「六名木」植えられているが、弘道館で見つけたのは、





江南所無(こうなんしょむ)
遅咲き 明るい紅色の大輪。
徳川光圀の師であった中国の儒学者・朱舜水が日本にもたらしたといわれる。
未だ咲いていませんでした。





烈公梅(れっこうばい)
中咲き 薄紅色の大輪。一重咲きで、丸い花弁の一枚一枚が離れている。
水戸にしかない品種という。
咲き初めています。(奥の木です)



虎の尾(とらのお) 
やや早咲き 八重中輪。ガクが淡紅色、つぼみの開き始めは薄紅色でやや尖っている。五分咲き以上、見頃です。



品種は分かりませんが、見頃です。


今日は1月31日。
弘道館の梅の花の開花率は20パーセント位だろか。
早咲き・中咲き・遅咲きと種類が多岐にわたるから、桜のように一斉にと云うことが無いにしても、地球温暖化の影響で年々早くなっている。

梅祭り(2月20日~3月31日)の会期を1周間~10日程度早められないものだろうか。梅は早咲きの花を探す「探梅」の楽しみが多きい。
桜と違って、満開の絢爛さを眺めるより、一輪の花を愛でるもの。

3月下旬になれば桜は咲くし、房総半島のお花畑に人は流れる。
何れにしても、年間に渡って訪問客の多い「偕楽園」「弘道館公園」であることを願う。広報や園内の樹木や草花の選定により十分可能に思う。
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茨城ゆかりの金工展@茨城県陶芸美術館

2016年01月30日 17時27分46秒 | 美術展
茨城ゆかりの金工展@茨城県陶芸美術館3月6日(日曜日)まで




茨城県陶芸美術館は平成12年に開館した全国で数少ない陶芸専門の美術館だ。
美術館の周辺は広大な公園で「陶炎祭」などの催事も開催される。
公園を囲む道路にはギャラリーや窯元の直売所等が軒を並べる。
更には、蕎麦屋やレストランなども多くなり、旧市内の笠間稲荷の門前町をしのぐ勢いだ。
水戸から20㌔、40分位の距離だから、好都合の立地ゆえに月に1度以上は訪れる。

陶芸の里・笠間にふさわしい陶芸美術館だが、陶器に限らず「工芸品全般」に渡る展示を考えているようで平成26年1月は「いばらき工芸大全 I ガラスの巻」が開催され、好評を博した。



いばらき工芸大全II 金工の巻
鏡や馬具など古墳からの出土品にはじまり、寺社に伝わる遺宝、一橋徳川家の伝来品、そして明治から現代までの作家の作品が紹介されている。



萩谷勝平「龍図鐔」

私の興味は江戸時代半ばに興隆した「水戸彫り」と呼ばれる刀装具の技。
西の長州と並び賞される鍔の一大生産地として著名だ。

今回出品されている「一橋徳川家伝来品」はさすがに大名家の伝来品ゆえ名品が並んでいる。
茨城県立歴史館の「一橋記念室」で2月12日(金)まで開催されている「一橋徳川家伝来品と水戸金工」にも展示されているから、合わせて鑑賞するのがベストだ。

両方を見たが、興味はあるが知識がないのと、小さなところに細密な彫刻施されているので、手持ちでルーペを使用して見ないと良く分からない。

美術的・技術的にも素晴らしい水戸金工。
廃刀令により需要を失った明治以降も、海野勝(1844-1915)らの活躍により近代の金工作品の制作に継承された。

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カマタマーレ讃岐 @高松市・丸亀市を中心とする香川県全県

2016年01月29日 22時43分37秒 | 
カマタマーレ讃岐 @高松市・丸亀市を中心とする香川県全県



Jリーグの今季の全日程と概要が発表になった。
水戸ホーリーホックの開幕戦は2月28日 (日) 16:00 京都サンガF.C.・京都市西京極陸上競技場だ。出来ることなら遠征したい気持ち。

ホームでの開幕戦は3月6日 (日) 13:00 セレッソ大阪。
ケーズデンキスタジアム水戸で1万にが目標だ。

Jリーグの良さは、ホーム&アウェーの2試合を戦うこと。
アウェーで他を訪ね、お互いの街を知り友好を深めることが出来る。
勝敗も重要だが、街を楽しむことがより重要と思っている。
恒常的な「街興し」に貢献できる。

「カマタマーレ讃岐」は高松市、丸亀市を中心とする香川県全県を本拠とするJ2のチーム、水戸との試合も組まれている。
5月28日 (土) 13:00 Pikaraスタジアム
8月21日 (日) 18:00 カマタマーレ讃岐 ケーズデンキスタジアム水戸



高松駅



高松駅前のサンポートのラウンドマークタワー。



屋根付の商店街が幾筋かある。



ミラノのような三町ドーム。



商店街再生の見本、と言われる丸亀町商店街。
上部には分譲マンション、医療モールもある。

幾つかのアーケード街が有り、水戸の街等より賑わっている。



大阪まで3時間、3500円の垂れ幕。
大阪と競い合わなければ大ごとだ。

早朝7時頃から開けている店も多い。



500円のモーニングセットも健在。



「けんちん」に似た「しっぽくうどん」
讃岐うどんの典型であろう、「ぶっかけ」は食べられなかった。

5月は高松に泊まり、Pikaraスタジアム(香川県立丸亀競技場)ホーリホックを応援できれば嬉しい。

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北浜alley@高松市北浜町4-14

2016年01月29日 01時07分07秒 | 街創り
北浜alley@高松市北浜町4-14



玉藻公園内を閉園時間の5時まで見学し、その後は外構を散策。
駅の東側のフェリー乗り場の下見に行く。
翌日は高松~宇野をフェリーで渡り瀬戸内海の風景を楽しみ、宇野からJR宇野線で岡山に抜けるルートを想定した。
高松~宇野の洋上の距離は21Kmで所要時間は約65分。
宇野~岡山は電車で約1時間。
待ち合わせの時間などを加えれば、約3時間以上を要する。
瀬戸大橋の開通後、鉄道と自動車による交流が主になり、フェリーの利用者は減り続け減便と赤字で存続が危ぶまれている状況だ。
時間はかかるがフェリー存続の一助を考えるか、利便性を優先して1時間のJRを使うか迷った。
フェリー乗船場はまるで静かだ。





乗船場の向かいに、倉庫を改装したようレトロな雰囲気の異次元空間を発見。
後に知ったが、2000年にOPENした「北浜alley」。
高松港ウォーターフロントのトレンドスポットだった。
昭和初期に作られた穀物倉庫を改装してギャラリー、ブティック、カフェレストラン、美容院、雑貨店などが入居している複合施設。

広場ではフリーマーケットやコンサートなども開催されるらしい。

夏の宵なら盛況なのだろうが、冬場の夕方の6時頃、中途半端な時間ゆえに開いている店はまばらで人影もない。

特にクセが強く感じる「黒船屋」を覗いてみることに



狭い階段を上がった2階が店舗。
開店準備中らしいが、レコードが千枚以上はありそう。




水戸で云えば「S&F」或いは「ソールインモーション」などか。



近藤房之助のライブのポスターが貼られていた。
ライブハウスでもあるようだ。
オーナーの溝上慶造さん「ケイゾー」でとおっている「北浜alley」の牽引車の雰囲気。こんな店が水戸に在れば、毎晩でも通いたい。



高い吹き抜けを2階に仕切った作りで、1階に美容室がある。
営業時間が若干異なるにしても、お互いに影響はないのか?
慰問が残る。何れにしても不思議なつくりだ。

もう少し高松の街を見たいので、お勧めスポットなどをお聞きして退散。
次回、ホーリーホックの応援で高松を訪れる機会が有れば再訪したいエリアだ。
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玉藻公園(史跡高松城跡)@高松市玉藻町2-1

2016年01月28日 16時43分21秒 | 公園
玉藻公園(史跡高松城跡)@高松市玉藻町2-1






玉藻とは讃岐の枕詞。
高松藩主、生駒・松平家の居城だった高松城跡を整備した公園。






栗林公園前の食堂で遅めの昼食を。
幾つかの定食が有ったが、かやくうどんの定食を。

駅に向かって中央通りを2・5㌔、レンタサイクルでの移動は早い。
途中に「高松市美術館」があったが、残念ながら改築中。


瀬戸内海の海水をお堀に引き込んだ城は日本三大水城のひとつといわれる。
園内には国の重要文化財に指定されている艮櫓、月見櫓、水手御門、渡櫓、被雲閣があるほか、国の名勝に指定されている被雲閣庭園がある。



「月見櫓」いわば海の大手門。



天守閣石垣。
往時は3重4階+地下1階の天守がそびえた。
天守閣復元計画があるよだ。



江戸時代の「披雲閣庭園」に大正6年(1917)に建築された披雲閣。
結婚式や展示会などの催事に利用されている。

栗林公園と同様に松の古木が多いが、春は桜見物、植木市、秋は菊花展など多彩な催しも開催されているとのこと。
偕楽園も梅の時期だけでなく、通年、来客のある公園にしたい。

「ことでん高松港駅」の傍に、ジュリアン・オピーの彫刻が展示されたていた



瀬戸の都・高松 石彫トリエンナーレ2015」の出品作。
ジュリアン・オピーの個展が水戸芸術館で開催されたのは2008年。
8年前だが記憶に新しい。
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栗林公園@高松市栗林町

2016年01月27日 21時57分36秒 | 公園・緑地
栗林公園@高松市栗林町





栗林公園は日本庭園として最高の評価を得ている。


高松市のレンタサイクル

岡山発12:12のマリンライナー12号は13:05には高松駅に到着。
駅前の観光案内所の地下の「レンタサイクルポート」に。
高松市のレンタサイクルシステムは日本一かもしれない。
市内7カ所のサイクルポートで借りることも返却も出来る。
借りた以外の所でも返却が可能だから、使い勝手が良い。
更に、24時間で200円、翌日午前中まで延長料金100円と云う安さ。

貰った地図をもとに「栗林公園」に。

栗林公園の起源は、元亀・天正(16世紀末)の頃、豪族の別邸として築庭されたといわれ、寛永19年(1642年)に新たに高松藩主・12万石として入封した水戸徳川家の連枝松平頼重に引き継がれ、以後高松松平家が5代にわたり100年以上をかけ造営を行い、延亨2年(1745年)、第5代藩主松平頼恭の時代に完成した。



入り口にボランテアのガイドさんが待機し、案内してくれる。



紫雲山を借景として6つの池と13の築山を配した大名庭園で、回遊式庭園の南庭と近代的に整備された準洋式の北庭からなっている。面積は約75haと、特別名勝に指定されている庭園の中では最大の広さである。





「栗林」と付くものの、完成当初から園内の樹木はマツを主要としている。
専門の園丁さんが常時手入れをしている。
園内にはマツの他に、サクラも植えられており花見も可能。
さらに、ウメの木も約170本あり、12月なのに早咲きの梅がほころんでいた。



本来、河川の跡地とのことで、出土した岩を始め、奇石が数多く据えられている。



園内で一番高い「芙蓉峰」からの眺め。


●2009年3月の『ミシュラン観光ガイド』に「わざわざ訪れる価値のある場所」として最高評価3つ星に選定された。
●『ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング』の「2011年日本庭園ランキング」で足立美術館(島根県)、桂離宮(京都府)に続く3位を獲得した。

上記の評価に対し充分に納得できる名園と思った。
偕楽園が梅の時期に集中してしまう弊害に対し、一日も早い対策がなされる様に願わずにいられない。

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瀬戸大橋を渡って高松に

2016年01月26日 15時21分48秒 | 
瀬戸大橋を渡って高松に





本州と四国の間は1988年4月10日に瀬戸大橋の完成に伴い陸続きになった。



岡山~高松間(71.8km)をマリンライナーが52分 - 63分で運行している。
快速列車だが急行ではないので、普通乗車券(青春18切符を含む)で乗車が出来る。宇高連絡船を使うよりかなりのスピードアップであろう。
瀬戸内海を見ながらの旅も風情がるので、片道は連絡船とも考えたが、日程の都合で往復ともマリンライナーだった。



瀬戸大橋は、瀬戸内海をまたいで岡山県倉敷市と香川県坂出市)を結ぶ10の橋の総称で、本州四国連絡橋のひとつ。
岡山を出てから連絡橋に至る辺りはトンネルが多い。

連絡橋は上部に4車線の瀬戸中央自動車道が走り、下部にJR本四備讃線(愛称:瀬戸大橋線)が通る2階建ての構造で、用途が2通りあることから「鉄道道路併用橋」と呼ばれている。


橋上から瀬戸内海を進む船などを見ることが出来る。





幾つかの島を経由するが、今治であろうか造船所や工場などもある。




国家的プロジェクトも開通後30年が目の前、連絡橋は当たり前のモノとして定着したように見えた。
失われたもの、新たに生み出されたものなど、多くの出来事があったであろう。



景色を眺めあれこれと思いをはせている間に高松駅に到着。
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後楽園@岡山市北区後楽園

2016年01月25日 15時43分27秒 | 公園・緑地
後楽園@岡山市北区後楽園






日本三名園(金沢市の兼六園、岡山市の後楽園、水戸市の偕楽園)の一つを有する水戸の住人であれば、他所をみる必要がある。
明治43年に文部省から発行された『高等小学読本』巻一には、「・・・我ガ国ニテ風致ノ美ヲ以テ世ニ聞エタルハ、水戸ノ偕楽園、金沢ノ兼六園、岡山ノ後楽園ニシテ、之ヲ日本ノ三公園ト称ス。然レドモ高松ノ栗林公園ハ木石ノ雅趣却ツテ批ノ三公園ニ優レリ」とあり、高松市の栗林公園は日本三名園より優れていると記載されていたと云う事。
栗林公園も行かなければならない。水戸と高松の関連からも必見。

そこで、青春18切符・2015年冬の陣は高松の「栗林公園」を目的地とした。
途中、岡山を経由するが「後楽園」訪問は2015年11月19日から22日神戸~倉敷~岡山~姫路~神戸の3泊4日の旅で実現したので、今回は前回行けなかった「岡山市立オリエント美術館」訪問することに。
先を急ぐ旅、「後楽園」を観ないで高松に向かったのは残念だったが、2015年11月20日の思い出を記しておく。

後楽園は江戸時代初期に岡山藩主・池田綱政によって造営された、元禄文化を代表する庭園で、国の特別名勝に指定されている。





岡山市内を流れる旭川をはさみ、岡山城の対岸の中州に位置し、中洲の全てが敷地と云う広大な池泉回遊式の庭園で岡山城や周辺の山を借景としている。





川からの水を引き込んだ池と茶屋屋敷。



後楽園から見る岡山城が景観のポイント。



外観は黒漆塗の下見板が特徴的で、この印象から「烏城(うじょう)」とも呼ばれ、隣県の「白鷺城(はくろじょう)」とも呼ばれる姫路城と対比される。
現在の天守は1964年〜1966年(昭和39年〜昭和41年)鉄筋コンクリートにて再建、同時に不明門・廊下門・六十一雁木上門・塀の一部も再建された。

岡山市は中国地方と四国を結ぶ交通の要地。
人口70万に以上の政令都市で多面的、何度も訪れなければ全貌は知りえない。
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泉町快燗@水戸市泉町・泉町会館

2016年01月24日 18時20分10秒 | 街創り
泉町快燗@水戸市泉町・泉町会館








21日は大寒、昨23日はこの冬一番の寒さ、小雪が舞った。
“寒に燗酒を愉む”集いが泉町会館で1月23日)土)に開催された。
「泉町快燗」と題された日本酒は全て「燗」して供された。
参加したのは茨城県内の「吉久保酒造 (一品) 」「磯蔵酒造 (稲里)」「石岡酒造 (筑波) 」「明利酒類 (副将軍) 」「岡部 (松盛)」の6蔵元。



一合の徳利で300円だから、利益は考えないサービス価格だ。

お燗によく合う肴を「常陸国 穴とら屋 」と 「風流酒座 ろじや」が提供した。

御燗の温度は大雑把に、40度前後を「ぬる燗」、45度前後を「上燗」50度前後を「熱燗」と呼ぶが、それらも細分化した呼び名や、地域によっても異なるらしい。

普通は勘に頼った温度らしいが、今回は「燗酒を愉しむ」と云う趣旨なので、温度計が用意され、正確な温度にコントロールして提供された。

確かに、温度によって感じは異なるものだ。
他人様にお任せで、拘らないのは良くないことだ。
酒の品質と燗の温度は難しい。










初めてお会いした方、旧知の方々など大勢の方々と杯を重ねた。
終いは、何時もの例で、飲んだくれてしまった。
「酒は品よく味わうこと」が肝心と今朝になって反省。


温め酒すぎて悔悟の朝迎え 阿然斎

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岡山市立オリエント美術館@岡山市北区天神町9-37

2016年01月23日 15時46分02秒 | 美術館
岡山市立オリエント美術館@岡山市北区天神町9-37




大阪~姫路は新快速などが頻繁に走っているので問題はない。
姫路~岡山は相生経由の赤穂線も並行して走るから本数が少なくなる。
瀬戸内海に沿って走る赤穂線の相生~東岡山は播州赤穂・備前福岡・伊部・長船など歴史的な街を通るが時間がかかる。
往路・復路の何れかを通ることが出来ればラッキーだ。

朝6時頃に十倉氏に茨木駅まで送って頂き、乗り継いで岡山駅に。
岡山は2014年11月19日から22日に倉敷の大原美術館への旅で立ち寄った。
「後楽園」を訪ねたが「オリエント美術館」は休館日で入場が出来なかった。



桃太郎伝説は全国に在るらしいが、岡山県(吉備)が有名で、駅前には桃太郎の像が。





岡山駅東口より路面電車「東山」行きで約5分、「城下(しろした)」下車、左手すぐに「岡山市立オリエント美術館」が在る。
この近辺は文化施設が多い。
「後楽園」もこの停留所からだが、今回は高松まで行くのでパスすることに。



「岡山市立オリエント美術館」は学校法人岡山学園理事長・安原真二郎より、古代オリエントの美術品が1,947点寄贈された事を機に1979年(昭和54年)に開館した。現在の収蔵品は5000点以上で、大原美術館の別館倉敷アイビースクエア内の「児島虎次郎記念館」内の「オリエント室」と共にオリエント美術の宝庫だ。



吹き抜けのエントランス。

シリア文化財救済支援・寄付・協力を。

シリアの内戦は激化の一途を辿っている。
それに伴い多くの文化財が破壊・強奪・盗掘されるという痛ましい事態が発生している。

現状を伝え支援を呼びかけるパネル展示がなされていた。
破壊されれば戻ることはない。

アッシリア時代のレリーフ「有翼鷲頭精霊像」をはじめ、現在の中東地域に興った古代文明・古代オリエントの土器や陶器、ガラス器、装身具などの収蔵品の数々の館蔵品の展示されている。



浮出切子碗 イラクまたはイラン 6世紀

彩文土器のメッセージ
土器の形や装飾は地域や時代によって特徴があるが、世界中の土器は共通の要素があるのも面白い。



彩文土器 シリア 紀元前4500−4000年

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司馬遼太郎記念館@東大阪市下小阪3丁目

2016年01月22日 21時26分43秒 | 博物館
司馬遼太郎記念館@東大阪市下小阪3丁目



少し不便な立地の「和泉市立久保惣記念館」を十倉氏運転の車で観られたことは嬉しかった。さほど遠くない所に「司馬遼太郎記念館」が在る、との彼の話で東大阪市に向かった。

司馬遼太郎司(1923年- 1996年)は、『坂の上の雲』『翔ぶが如く』『花神』『関ヶ原』『功名が辻』『峠』『菜の花の沖』といった小説、『街道をゆく』『この国のかたち』『風塵抄』などの紀行、エッセイ、対談などの作品で知られる。
特に、大河ドラマに複数回採り上げられ、新しい視点と斬新な描写で彼自身の歴史観を作って日本社会に広く影響を与えた。歴史上の人物に対して、現代の日本人が彼らに対して持つ人物イメージは司馬の小説に大きく影響を受けていると言って過言がない。



僕は小説を読んだことがないが『街道をゆく』の何冊かは、自分が旅した場所やこれから出かけたい土地などについて、独自の見解を読むのは面白い。



東大阪市の住宅街の一画、自宅と隣接地に安藤忠雄設計のコンクリート打ちっ放しの建物。
入り口の門前、駐車場には案内人が立っている。
後で聞いたのだが、館内を含め全ての案内の人達は近隣の方々のボランテア活動とのことで、司馬遼太郎に対する敬意の気持ちが強い人達多い証明だ。



雑木林風の庭の小径から書斎を間近に見ることができる。



2月12日は司馬遼太郎の命日「菜の花忌」。
野に咲く花、とりわけタンポポや菜の花といった黄色い花が好きだったこと
『菜の花の沖』という長編小説にも由来する。



花供養碑
司馬遼太郎自筆の歌碑。2006年、大阪・河内長野市にあった文化・リゾート施設から移設された。



地下1階、地上2階、ゆるやかな曲線を描くシンプルな構造。



高さ11メートル3層吹き抜けの大書架、約2万冊の蔵書の世界。
まさに、司馬遼太郎の精神を感じることのできる空間。

地下の講堂では出演したVTR等が放映されているので、理解が深まる。

案内のパンフレットに『この記念館は「見る」、というより「感じる」「考える」記念館という位置づけです。』とあるように感じる空間なのだ。

活動の経費は、入館料・友の会費・寄付などで成り立っているというが、働いている多くが、ローテションを組んだボランテアの人達、と云う事も素晴らしい。

落ち着いた雰囲気のカフェでコーヒーを飲み、庭の木立を眺めながら寛いだ。

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和泉市立久保惣記念館@大阪府和泉市内田町

2016年01月21日 21時36分38秒 | 美術館
和泉市立久保惣記念館@大阪府和泉市内田町







奈良や京都、大阪などには大小さまざまな美術館が在る。
私立美術館は蒐集家の個性が際立ち、特色となっている。
交通の便が良くない所に立地していることもある。
昨年9月には琵琶湖畔の「佐川美術館」を訪れることが出来た。

十倉氏のお宅に泊めて頂き、翌日どこに出かけようかと相談した。
未だ行ったことのない、信楽の山中の「MIHO MUSEUM」や灘の「白鶴美術館」も考えたが、1時間程度の運転で到達できる場所として、彼が挙げてくれた「和泉市立久保惣記念館」は、僕も行ってみたい所だったのでお願いした。

和泉市で約100年綿業を営んできた久保惣は、泉州有数の企業だったが、昭和52年に繊維業の衰退とともに廃業した。
昭和57年、四代に渡った当主の蒐集品と土地建物と運営費と共に市に寄贈された。当初は地域文化の発展と地元への報恩の意を込めて、国宝2点、重要文化財28点を含む500点だったが、さらに第二次~第五次コレクション等も順次寄贈され、収蔵品約11,000点、敷地5,000坪の今の姿に至った。




これだけの品々や土地、建物を寄贈する剛毅さには頭が下がる。
昨今の、拝金主義の横行とはまるで逆で、日本人の美徳は何処に行ってしまったのかと、嘆かわしくなる。

コレクションは東洋美術が主だが、西洋美術も含まれ幅は広い。




(国宝)「青磁 鳳凰耳花生 銘万声」中国・南宋時代



(重要文化財)「枯木鳴鵙図」宮本武蔵筆 江戸時代



音楽ホール(昭和62年(1987)8月完成)







展覧会を中心に茶会やコンサート、市民の創作活動並びに発表等が行われる市の文化振興の拠点となっている。

大阪府和泉市は不便場所でもないが、記念館までは私鉄やバスを乗り継がなければならない。十倉氏による自家用車で案内頂けたのは幸いだった。
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旧友宅で寒蘭を愛でる@大阪府豊能郡豊能町

2016年01月21日 13時37分32秒 | 
旧友宅で寒蘭を愛でる@大阪府豊能郡豊能町




青春18切符の第二弾は12月14日~12月18日の4泊5日。
水戸藩に所縁のある香川県の「栗林公園」を目的地にした。
偕楽園を有する水戸の住人として、一度は訪ねたいと思っていた。
初日は大阪まで行き二泊。三日目に高松に向かい栗林公園を訪ね高松に泊まる。四日目は名古屋に泊まり、五日目に帰途に就く日程を考えた。
水戸~高松~名古屋とくれば、徳川につながる街を歩く意義もある。

中・高時代からの友人の十倉氏が大阪に在住しているので連絡をすると「ぜひ我が家にお泊まり盃を傾けよう」とお誘い、好意に甘えることにした。
青春18切符は、青春時代の旧友との再会も演出してくれる。

水戸発4:32~上野~小田原~興津~豊橋~大垣~米原~新大阪着16:00頃、新大阪~千里中央着。十倉氏の出迎えで車で40分で自宅に。十倉氏宅に泊る。

普通電車の乗り継ぎは体験しないと長い時間と思うだろうが、景色をみながら2時間程度ごとに乗り換えは愉しい。



彼はお嬢さんが5人で孫さんが8人。
何れも大阪近辺に住んでいるようだ。
この日は長女が駆け付けてくれた。

十倉氏は大学の教授を退職し、目下は趣味の寒蘭の栽培に没頭している。
「なにわ蘭友会」の会長を務めている。





幾らか時期を外したようだが、自慢の作品を飾って歓迎してくれた。
寒蘭は春蘭より繊細で気品を感じる。



高校卒業後も細く長い付き合いが続いて60年以上が経つ、この夜は寒蘭を眺めながら昔話に花が咲いた。
お互い酒量が減りました。

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元町から中華街へ @横浜

2016年01月20日 21時47分22秒 | 
元町から中華街へ @横浜




神奈川県歴史博物館館「「国宝 一遍聖絵」展を観てから中華街に行き遅めの昼食をとることにした。


横浜アイランドタワー



神奈川県立歴史博物館は明治37年に横浜正金銀行本店として建てられた国の重要文化財・史跡に指定されている歴史的建造物だが、近所の横浜アイランドタワーも旧横浜銀行本店別館の建築を活用したもの。
歴史的建造物を活かし、オフィスビルとしてリニュアールされた。
この日はカフェ営業だったが、横浜ビエンナーレの時には展覧会の展示スペースとしても利用される。

桜木町は1872年(明治5年)、日本で最初に鉄道が開通した時に初代の横浜駅として開業しただけに、こうした歴史的価値を残したままの建築物が幾つもあるのは見ているだけで楽しい。
水戸では泉町の三菱銀行が匹敵する建造物だ。

中華街まではみなとみらい線の「馬車道」駅からが便利。
青春18切符はJR以外の乗車できない。

スイカで「元町・中華街」駅に。
中華街より元町に近い出口で降りてしまったので元町を散策して中華街に。



元町は「ハマトラ」とらとか言われた時代まではファッショナブルなイメージだったが、今ではかなり普通の街。


とはいえクリスマス前、真っ赤なMGが展示されている店もあった。


橋を渡って中華街に。
昔は元町から中華街まで簡単ではなかったが、今では繋がっている。

お腹が空いたので街外れともいえる店に入る。



サービスセットで900円。
期待しないで入ったが、質・量とも十二分。



大満足だった。
水戸の中華屋さんより圧倒的に中華料理だ。


横浜媽祖廟




関帝廟には何度か行ったが媽祖をまつる道教寺院は初めて。
2006年(平成18年)3月17日に、開港から150周年を迎える横浜の新名所として横浜中華街に落慶開廟した、とのことだ。

中華街を散策し石川町~横浜~上野を経由して午後8時頃に水戸着。
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筧次郎さん講演会@ 水戸市立東部図書館

2016年01月20日 19時50分59秒 | 人と作品
筧次郎さん講演会@ 水戸市立東部図書館
■演題 「二つのこの世」~「もう一つのこの世」に気づくために~




■日時:2月6日(土) 午後1時30分~3時30分
■場所::水戸市立東部図書館2階視聴覚室
■入場無料


京都大学を卒業後、パリ第一・第三大学で哲学・言語学を学び花園大学講師だった筧次郎さんは自らの思想を実践するため、昭和58年より筑波山ろくで百姓暮らしを始めた。
当初は学者のきまぐれと思われたが農業者として30年をこえた現在、多くの影響を与えるようになった。
当時の新規営農者は日本全国で1500人程度だったが、昨年は約8万人位あるらしい。
経済効率が優先される世の中だが、自給自足を願う人が増えたという時代背景もあるだろう。

筧さんは農作業の傍ら『ことばの無明』『百姓入門―奪ワズ汚サズ争ワズ』『 百姓暮らしの思想 丸い地球の暮らし方』『ことばのニルヴァーナ―歎異抄を信解する』など哲学書や農業書など、10冊近く著わしている。
農業の実践を通して自給自足生活を模索し、現代文明について考える著作、(農作業もと著作)は筧さんにとっては同等の意義があるのだ。



昨年の3月『死を超えるということ 「もう一つのこの世」に気づくために』
を出版された。

「死が怖い」とはどう結うことか。「言語とは何か」。「もう一つのこの世」を語る試み。死とは何か。修行としての百姓暮らし。
等について語られているが、難解なところが多い。

説法するように語りかけ、解説を聞きたいと思っていたら「水戸読書の会」主催、水戸中央図書館共催で「二つのこの世」と題する講演会が開催される。

■日時:2月6日(土) 午後1時30分~3時30分
■場所::水戸市立東部図書館2階視聴覚室
■入場無料

難しい問題をどのように説明されるのか?
聴講を楽しみだ。事前の申し込みは必要なしだ。
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