「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

会沢正志斎の像・小鹿尚久作・@水戸市南町3丁目

2013年09月26日 11時08分35秒 | Weblog
会沢正志斎の像・小鹿尚久作・@水戸市南町3丁目

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茨城県立歴史館の「会沢正志斎」展(9月29日迄)の記事をアップしたら「水戸市内にある会沢正志斎の銅像は父の作品です」と書き込みを受けた。
はてさて、その像は何処か?と一瞬迷ったが、住友生命水戸ビル前のポケットパーク建立されていたのを思い浮かべた。
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餌差町(旧・鷹匠町、現・梅香2丁目)生まれとも伝えられる、会沢正志斎(1782年~1863年・82歳没》は9歳にして四書五経を学び、10歳で藤田幽谷に入門、18歳で彰考館に入り、22歳で江戸に移り1820年39歳で水戸に転居。
その間、任地の大阪で死亡した父の遺骨を受け取る旅に出で、伊勢・吉野。京都を巡った。41歳の時は駿河、伊豆を巡り富士山に登る。42歳で彰考館総裁代役となる。1824年・43歳の時、大津浜に上陸したイギリス人の捕鯨漁船員の取り調べの筆役と赴き、海外の事情に触れ危機感を感じ翌年『新論』を著わし藩主に提出。

『新論』沈滞した民心を振いおこして国防を強化し、内外から迫りくる政治的危機を克服し、国家の富強を実現するための方策を明示するところにあり、尊王と攘夷は、その民心糾合の手段としての意味をもっていた。
幕府にはばかる内容と出版は禁止されたが、写本が行く末を案じて活動した吉田松陰などの志士達を中心に広く流布し,水戸に発達した学風である水戸学の書物としても伝わった。刊行されたのは1857年76歳の時で、斉昭復権運動の罪に問われ1846年(65歳)から4年間幽閉され復権した後の事だ。
1852年吉田松陰は永井政介宅に1ケ月逗留し会沢正志斎に教えを乞うた。

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南町の旧宅の反対側に建つ会沢正志斎像は、小鹿尚久(1922-2011)作で、平成4年3月に建立された、『下級武士出身の正志斎があの大津浜の岸頭に天の一角をにらんで、潮風に吹かれながら立つ姿を思って制作しました』と生前語っている。
優しい女性像、或いは男女の子供、小鳥などの小動物を得意とした小鹿さんの作では珍しい作品だ。

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安政時代の地図と照合すると、この辺りらしい。

江戸時代に82歳まで生きられ、長命な方で、更に江戸に住まい、京にも旅し、抜擢されたり幽閉されたりと波乱の人生を送ったから、住まいも何度か変わった。一晩をかけて足跡をたどっって、いくらかの理解は深まった。
混迷の時代、将来を見据えた政策を提言した会沢正志斎を見直してみる必要がありそうだ。

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鉾田カボス@真家柑橘園

2013年09月25日 17時11分31秒 | 植物
鉾田カボス@真家柑橘園

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ミニカーの店「リトルレガード」に行った。
車に憧れた時代も有ったから、ミニカーで世界の名車を見るのは愉しい。
ミニカーばかりでなくフィギアなども有るが、ビートルズのドラムセットや、トライアンフのバイクなども。
イギリス人のライフスタイルなどについてオーナーの加藤さんと雑談。


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ケースの上の竹籠にカボスが山盛りになっていた。
鉾田の友人が送ってくれたとのこと。

カボスと云えば大分の名産品だが、茨城でも栽培しているのかと思った。
農作物が特定の場所でなく、全国で栽培される様になって、身近な産地から新鮮な品物が手に入るのは嬉しいことだ。

カボスの果汁は、酸味に富むとともに独特の香りで、焼き魚等の薬味として或いは焼酎の風味にと用途は広い。

スダチとの差が良く分からないがスダチは実が小さいし皮も薄く、香りが爽やかな感じがする。
この辺りではユズは栽培されているが、スダチ・カボスの類は馴染が少なかったから、一寸ばかり高級品と云う感じだ。

何個かを戴いた、今晩は、焼きたての秋刀魚に。

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室オーディオラボ@水戸市泉町3丁目7-30

2013年09月24日 23時37分16秒 | 水戸
室オーディオラボ@水戸市泉町3丁目7-30

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随分前の話だが、銀座生まれで常磐大学の教授がいらっしゃった。
友人Nさんのお知り合いで、喫茶店で何度か席を隣にした程度だから詳しいことは分からない。
ぶしつけながら、水戸の印象がどうか訊ねたら「文化度の高い街と思います」とのお答えなので、「どのようなところが」と重ねて質問したら「泉町に金物屋さんが在るでしょう、あそこの店には並でないものが沢山あります」と言われた。確かに、間口は狭く見栄えはしないが、品ぞろえは確かで、蕎麦庖丁をはじめ、各種の道具類が揃っているので納得した。
時が移り、今でもその店が通用するかい否かは分からない。

マニアックな店は観る人は観ていると云うことだ。

最近と言っても何時かは、これまたはっきりしないが、アンプやスピーカーなどオーディオの専門店と思える店が泉町3丁目に出来た。
興味はあるが、音さえ聞こえればと云う貧乏性だから覗いても見なかったが、前述のこともあり、興味半分で入ってみた。

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たまたま、知り合いのKさんがいた。
この方はソウルバーの店主でやたら音楽に詳しい。

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「僕の友達ですよ、と店主の室さんを紹介してくれた」
それをいいことに、いくつかの機種を試聴させてもらった。

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確かに、それぞれの音が違う。
単純に云えば「素晴らしい」素人としてはそれしか言いようがない。

こんな店が存在するのは“水戸の誇り”と思った。
この店の奥並びにはフォーマルウェア ・ブライダル衣裳の「ラ・コラソン」や
ミニカーの「リトルレガード」ミシンと手芸の「モチズキ」など、小さいながら個性的な店が軒を連ねている。

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「歿後150年 会沢正志斎」展@茨城県立歴史館

2013年09月23日 23時38分07秒 | Weblog
「歿後150年 会沢正志斎」展@茨城県立歴史館

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会沢正志斎

茨城県立歴史館の開館は1974年、40年を経過した。
開館後しばらくの間、多くの企画展が開催されて楽しみだった。
10年前頃か(正確には覚えていないが)2階が常設のジオラマ展示になってから、これぞという展覧会が少なくなった感じがする。
予算の減少によるのだろうが、文書館としての役目もある博物館ならではの企画展に期待するほかはない。

さて、今回の「会沢正志斎展」は幕末の歴史に大きな影響を与えた水戸学の理論を確立した人物に焦点を当てた企画展。

歴史館のHPには次のように記されている。
水戸藩の儒者会沢正志斎(天明2年〈1782〉~文久3年〈1863〉)は、幕末の尊攘運動の理論を確立したことで有名ですが、近年、その思想が再評価されてきています。たとえば、評論家の中野剛志氏は「プラグマティックで健全なナショナリズムから学ぶべきことは大きい」とし、伊藤仁斎、荻生徂徠、福沢諭吉と同列に位置づけています(同氏『日本思想史新論』)。

 正志斎は10歳のとき、8歳年上の藤田幽谷のもとに入門、35年間にわたりその教えを学び、生涯に『新論』をはじめとして多くの著作を遺しています。それらは、深い儒学の素養、的確な世界情勢の認識に支えられていました。
 とくに、文政8年(1825)に著した『新論』は、幕末の尊攘運動の理論的出発点となった名著です。当初出版されなかったにもかかわらず密かに写されて広まり、全国の志士たちに大きな影響を与えています。久留米藩の真木和泉(保臣)、長州藩の吉田松陰らは水戸を訪れ、正志斎から直接教えを受け深い感銘をうけています。

今日(23日)11:00から学芸課長永井博氏の展示解説があり、お聞きしたこと
を纏めてみた。

大津浜イギリス人上陸1
文政七年(1824)異国人上陸図

ペリーがやってくる30年前、水戸藩の大津にイギリスの捕鯨船員が上陸。
この出来事によって水戸藩では外国人を追い払おうという攘夷思想が広がっていく。

新論

会沢正志斎は筆談役として現地に赴き、報告として藩主に提出したのが『新論』だった。
いわば内部文書が、書き写され全国に広まっていった。

その後、斉昭のもとで、藩政改革ブレーンの一人として活躍、とくに弘道館創設には、組織、内容の制定に情熱をもって取り組んだ。
教育の総責任者たる教授頭取をつとめ、幼き日の徳川慶喜など斉昭子弟の教育にもかかわった。

『新論』のあらましは幕府を中心とした内政改革、国家としてのまとまりを実現する。単に鎖国を維持するのではなく国力を増し、将来的には海外進出を目指すとした。

1824年(43歳)大津浜にイギリス人が上陸。
1826年(45歳)『新論』藩主に献上。 
1852年(70歳)吉田松陰が訪れる。     1
1853年(72歳)ペリー来航に際して、対応策を斉昭親子に提出。
1858年(77歳)朝廷に返納すべきと主張。
1860年(79歳)桜田門外の変の襲撃を「天誅の事その身の職に非ず」として非難。
1862年(81歳)『時務策』は軽挙妄動を戒める。
1863年82歳で死去。

40代後半から70代にかけては、徳川幕府や水戸藩の事情により、幽閉や史館の辞職と復帰など歴史の波に翻弄された。

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「第17回水戸短編映像祭」@水戸芸術館

2013年09月23日 07時47分32秒 | 水戸芸術館
「第17回水戸短編映像祭」@水戸芸術館
9月21日[土]~ 9月23日[月]

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「第17回水戸短編映像祭」が水戸芸術館演劇ホールで、9月21日から二三日までの日間開催されている。今日は、コンペティション部門の上映と審査結果の発表及クロージングパーティで今回のフィナーレ。
僕は、初日のAプログラム『黒薔薇の館』を観た。
本年(2013)、没後十年を迎えた水戸市出身の深作欣二監督の異色作。
主演は若き美輪明宏と田村正和。
撮影は水戸出身で日本映画史上屈指の名キャメラマン川又昻。
1969 年の松竹株式会社 作品。
今では、殆どの作品がDVD化されているが、この作品は未だフィルムのみ。
スクリーンに映る線や傷など「映画を観ているな」という時間が在った。

主演は若き丸山明宏(現・美輪明宏)が妖艶な演技を見せている。
江戸川乱歩原作の舞台劇『黒蜥蜴』が1968年大成功だったことを受けて、丸山主演の深作作品として制作された。
共演者は田村正和、小沢栄太郎、西村晃、室田日出男、川津祐介、松岡きっこ等、懐かしい顔の芸達者揃い.セリフを含め、舞台劇のようだ。
現在の妖怪のような美輪明宏と異なり、年齢不詳の容貌に少しくぐもった声色も相まってミステリアスな雰囲気を漂わせ、歌もうまく魅せてくれた。
横尾忠則がタイトルデザインだが、約50年前頃から、多くの人がマルチタレントぶりを発揮しはめた時代の雰囲気が在った。

上演後の約25分間、千葉真一さんのトークショウが有った。

深作第1回監督作でデビューし、深作監督とともに俳優人生を歩んできた千葉真一さんは「親のようでもあり、師匠でもあり、或いは兄弟で同志、という存在でした。監督無くして、現在の僕は有り得ません」と思い出を語った。
水戸は特別な存在に感じておられるようだ。

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18:30からタワーの下に設置された巨大スクリーンで「キッズシネマプロジェクト」のメイキング映像と作品が上映された。
おとなの助言が有ったにせよ、小学生が映画を作れる時代になった。
これらのワークショップの出身者で、未来の映画監督が登場するかもしれない。

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19:00からは「インディ・ジョーンズシリーズ」第1作の『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(1981年)の上映会。
これは、ハラハラドキドキの冒険活劇。
月夜の晩の映画会、周りには飲食屋台も営業中。
飲みながら、食べながらの映画鑑賞。
広場に、寝転がってみた。
家族連れも多く、映画の楽しさを体験できたろう。

今日23日で最終日、全てのプログラムが成功することを願っている。
多くの人達の協力で出来たとは思うが主催された「シネマパンチ」の皆様、ご苦労様でした。

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「あおぞらクラフトいち」@水戸芸術館広場

2013年09月23日 00時55分38秒 | 水戸芸術館
「あおぞらクラフトいち」@水戸芸術館広場

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1990年に水戸芸術館が開館すると同時に、ヨーロッパの町の中心にある広場をイメージして作られた芝生と石の広場もオープンした。

北側の巨大な石を吊ったカスケードは夏の期間は水を吹上て、子供たちの遊びの場であり、市民の憩いの場と親しまれている。
会館以後多くのイベントが企画され、ほぼ日曜ごとに催事が行われるようになった。当初考えた以上に利用されているのは嬉しいが、さらなる利用も考えたい。

通常、都市広場に通じる道路は歩行者天国で、昔ながらの店や、飲食店が繋がり、路上の椅子やテーブルで飲食し、通る人たちを眺める楽しさも重要だが、残念ながら、アプローチの歩行者天国の通路が無いことだ。


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無い物ねだるりはともかく,9月21日(土)と23日(日)に広場で開催された「あおぞらクラフトいち」はクラフト飲食のブースが約140軒も出店師、大賑わいだった。ライブ演奏やDJなども有って、大人から子供まで楽しめる集いだった、幸い天候に恵まれたこともある。

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一久@水戸市河和田町

2013年09月20日 22時36分30秒 | 食べ歩き
一久@水戸市河和田町

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『歎異抄』の著者とされる唯円が1240年に開いたと伝えられる報佛寺。
浄土真宗の寺ならでは親しみやすさと、手入れされた庭のお寺さん。

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特にシダレザクラが見事で、同時に咲く赤の山椿との対比が素晴らしい。
桜の時期には必ず訪ねる。

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サルスベリが咲いていた。

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境内の一郭といえる処に、手打ち蕎麦「一久」が在る。
外観はログハウス風の建物で、店内には靴を脱いで上がる。
靴置き場の前が、ガラスで仕切られた石臼の粉挽と蕎麦打ち場。

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店内は、半円形の変わった形で、外周沿いにテーブルが並ぶ。
この配置が、とても落ち着く。

一定量が出ると、次に打つまで待たされることがあるが、今日はセーフ。

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「つけトロロそば」粘りの強い自然薯だ。

間もなく、新蕎麦の時期となるのが楽しみだ。

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「中秋の名月」@偕楽園公園

2013年09月19日 23時26分23秒 | 庭園
「中秋の名月」@偕楽園公園

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旧暦の8月15日のお月様を「中秋の名月」として愛でる習慣がある。
月の見える縁側などに、ススキや果物など団子を供え供え物をする。
私の子供の頃は、竹竿の先に自転車のスポークを取り付けた道具を手に、近所のガキどもが集まった。
それで、飾られたお団子などを、失敬する。
その家では「お月さんが食べた」と喜ぶ・
何時の間にか、そんな習慣も無くなった。

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(石州流の茶席)

子供が小さい頃はススキを取に行って、団子やサツマイモ、果物を飾って月kを眺めたが、今やビルの陰で月も望めず、何時の間にやら、止した。

その代り、外部委託の感じで、偕楽園の「萩まつりイベント」の一環「中秋の名月」に参加するようになった。
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常磐神社 能楽殿の「謡と仕舞の会」(15:30~17:00)

「合同野点茶会」
喫茶券を1枚300円で購入。

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各流派が趣向を凝らした席をしつらえていたので、何処に行くか迷ったが、石州流,裏千家,江戸千家の三席を巡った。

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「神楽舞と雅楽演奏会 」
堰堤中央の舞台で 水戸雅学会と水戸女子高等学校の学生によって、演奏や米が奉じられた。
見聞きする機会が少ないので、雅な雰囲気を味わえた。

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「キャンドルとライトアップ」
好文亭のライトアップと園庭通路のキャンドルもまた、幻想的な空間。
放たれた虫の音が、響き合う。

他にもイベントはあり、好天に恵まれたので20時頃まで賑わった。

家に戻り、夕食後に一休みし、改めて、月を眺める処まで出た。
23時を廻り、月は天井に近い。
「秋の夜の月は、一人で楽しむべし」かな。
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高瀬観光やな @栃木県那須郡小川町

2013年09月18日 19時53分49秒 | 食べ歩き
高瀬観光やな @栃木県那須郡小川町

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高瀬の簗。
川を堰き止めるような蛇籠、水かさが増した流れは迫力がある。

昨日に引き続いて爽やか朝を迎えた、
Uさんから「天気も良く、台風の後で水量も多そうなので、高瀬の簗に行きませんか?」とお誘いを受けた。

那珂川上流の栃木県小川町の「高瀬観光やな」は川幅も広く景色が良い。
雨の後は水量が増えて、簗に上がる鮎が多くなる。

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次々と鮎が打ちあがる。

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シーズンオフの平日だから、ゆったりとした時間を過ごせた。

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炭火でこんがりと焼きあげる。

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鮎の炊き込みごはん。
ほぐした鮎の身を炊き込み、焼き鮎が2匹乗っている。

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塩焼き。

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フライ。

オゾン溢れる簗場で、話をしながら食べるアユ料理は気分が良い。
この日は、Uさんの奥様の運転なのでビールを飲む。

爽やかな秋の一日の御清遊、Uさんご夫妻、有り難う御座いました。

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第46回水戸の萩まつり @偕楽園

2013年09月17日 17時13分15秒 | 庭園
第46回水戸の萩まつり @偕楽園
9月23日(月)迄


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日本列島を縦断した台風18号は、各地で甚大な被害を及ぼした。
走り抜けた、昨16日の18時前後の西の空は刻々と色を変え、幻想的であった。
この様な夕焼けを観たのは72歳にして、初めての体験だった、
この状況は多くの人が観ており、僕の周りは大きな話題だった。

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神尾 圭太郎さん撮影。

今朝は、雲一つない爽やかな青空。
まさに台風一過の言葉通り。

全てを洗い落とし吹き去ったことが、が昨夜の夕焼けと今朝の秋晴れだ。
災害に遭遇された方にはお見舞い申し上げるが、自然はそのような繰り返し、数年から数十年で再生しながら営みを続けてきた。

何時まで経っても解決の糸口が無いのが原発事故の影響。
首相は「完全なコントロールの下にある」と公式な場所で発言したが、その様な言葉をだれも信用はしていない。
今夏の台風による汚染水がどの程度流れ出したのか、突き止めるすべもない。
解決先の無いまま、汚染水のタンクは永遠に増え続けることだろう。


秋空に誘われ偕楽園に足を伸ばした。
9月1日から「水戸の萩まつり」が開かれている。

偕楽園の萩は,水戸藩第9代藩主徳川斉昭が伊達藩から譲り受け,偕楽園創設とともに植えた。

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宮城野萩を中心に白萩,山萩,丸葉萩など総株数約750株が咲き競う。
華やかな花ではないが秋の趣がある。

「中秋の名月」の19日(木)は、夜9時まで特別開放し,合同野点茶会,神楽舞・雅楽演奏会など月見の会が開催される。
主な催しは
◎合同野点茶会(石州流,表千家,裏千家,江戸千家)時間/15:00~20:00
◎謡と仕舞の会(水戸謡曲連盟)時間/15:30~17:00 会場/常磐神社 能楽殿

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「敬老の日」と「老人力」

2013年09月16日 22時16分31秒 | 生活
「敬老の日」と「老人力」

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3連休に襲来した台風18号は日本列島を縦断。
各地で企画されていた諸々の行事や交通機関が影響を受けた。

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お弁当の万年屋さんの写真より。


台風一過、強風と雨で現れた空は澄み渡って、夕空は格別の色合い。
刻々と変化する夕焼け空の美しさは、かって、観たことが無いほど。
暫し、見惚れた。

大橋地区敬老会
今日16日は敬老の日だったが、予定通り「敬老会」が開催されたところもあった。FBで見たのだが、Sさんがお住まいの笠間市大橋地区の敬老会は孫たちも参加し、3世代の交流会の様子は羨ましく感じた。
共同作業が多い農村部は、地区住民の交流が日常的に行われているからだろう。

我が棲み処は水戸の旧市街地だが、町内50人たらずで小学生は3人。
高齢者が半数以上を占める。
日常生活で顔を合わせる機会も無く、どこの誰さんかも分からない。


高齢化社会が進む中で、最近は「老人」という語感が敬遠されているように思われる。

敬老の日とあって、赤瀬川原平著の『老人力』筑摩書房1998年)を思い出した。
月刊誌『ちくま』に連載されたものを纏め、単行本として刊行され「老人力」は同年の流行語大賞となった。
美術・文学・雑学にマルチタレントぶりを発揮する著者ならではのものの見方。
ふつうは歳をとったとか、モーロクしたとか、大分ボケた、という言葉の代わりに「老人力がついてきたな」というと積極性が出てきてなかなかいい。
老人に力が付くと語感がかなり異なる。

或いは、物忘れをする・嫌な事をすぐに忘れさる・覚えてない、は人生を明るく楽しくさせてくれる。
更に、モノ離れ、あらゆるものに対する執着から解き放してくれる。
老いも、捨てたもんじゃない。

生まれた人に共通の行き先は老いと病と死であることは自明の理。
老人力を楽しみましょう。

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「日本美術院の作家たちと五浦の風景」@水戸市立博物館

2013年09月15日 20時51分33秒 | Weblog
「日本美術院の作家たちと五浦の風景」@水戸市立博物館

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図書館に『ヘンな日本美術史』を借りに行って、博物館に立ち寄った。

天心・波山記念事業関連展示として、「日本美術院の作家たちと五浦の風景」と題する展示が行われていた。

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隣の部屋では、その人たちに関連する作家の展示も在った。

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その中に、小又光さんの「五浦海岸」と題する作品もあった。
小又光(おまたひかる・1919-1978)は創元会会員で日本舞踊の踊り子などを描いた画家で、骨董愛好家だった。
お宅には何度もお邪魔して話蒐集談を伺ったり、トランプゲームに興じたことがあった。
1973年没とあったから、40年も前の出来事か。
それほど昔のこととは思われない。

友人のUさん宅を訪ねる際、旧居の脇を通る。
今では更地となってしまい、コスモスの花が咲いているが、当時は趣味を凝らした素晴らしい住まいで、この様な家に住みたいと憧れた。

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『ヘンな日本美術史』山口 晃著 祥伝社

2013年09月15日 12時44分13秒 | Weblog
『ヘンな日本美術史』山口 晃著 祥伝社

『ヘンな日本美術史』


現代の都市を、大和絵や浮世絵のようなタッチで、人物や建築物など俯瞰した視点で、細密に描き込む画風で知られる美術家・山口 晃。
現在の都市がベースとなっているが、時代背景は重層し、鎧を着た武人、大正時代の市電、昭和の電信柱が林立した裏路地など、時空間は自由自在。
広大な画面の制作状況を展示する試みなどもしているが、鉛筆画を基に描き込まれた画面はノスタルジックでありながら未来を感じる楽しさがあり、観飽きない。
会田誠と共に好みの現代美術家だ。
共に美術史にも詳しく、伝統を踏まえたうえでパブリックアートやインスタレーションまで幅広い作品を制作している。

第12回小林秀雄賞(新潮文芸振興会主催)に山口 晃の『ヘンな日本美術史』(祥伝社 2012/11発売)が受賞と報じられた。
小林秀雄賞について詳しいことは分からないが、ノンフィクションの人物評論と思っていたので、カルチャースクールで「私見 にっぽんの古い絵」として語ったことに、補筆しまとめた本とのことだ。

「ヘンなとは変な」との意味のようだが、既成概念に囚われない「本音」のということだろう。

水戸市立中央図書館に行ったら「見和には在庫されていますから、取り寄せましょう。」とのこと、申し込んだ翌日には「着いてます」と連絡が有った。

台風による風雨の強い中、早速受け取りに行ってきた。
カラーの図版も多く、読みたい気持ちがはやるが、今日は月に一度の俳句会。句会とは云いながら、作句より雑談が楽しみ。
この本を持参し、諸兄の感想を聞きながら、拾い読みしたい。

後記
『ヘンな日本美術史』の内容は

第1章 日本の古い絵―絵と絵師の幸せな関係(鳥獣戯画;白描画 ほか)
第2章 こけつまろびつの画聖誕生―雪舟の冒険(「破墨山水図」 ほか)
第3章 絵の空間に入り込む―「洛中洛外図」(単なる地図ではない、不思議な絵;とっつきやすさの「舟木本」、:王者の貫録「上杉本」:上手さとはとは別な迫力「高津本」ほか)
第4章 日本のヘンな絵―デッサンなんかクソくらえ(松姫物語絵巻;彦根屏風:岩佐又兵衛 ほか)
第5章 やがてかなしき明治画壇―美術史なんかクソくらえ(「日本美術」の誕生;河鍋暁斎、月岡芳年、川村清雄ほか)

この本を読んで2011年・マガジンハウスノ「ブルータス」719号の必修:古美術研究旅行を思い浮かべた。
東京芸術大学の美術科のカリキュラムの一つで略して「コビケン」
合宿して奈良・京都の寺社仏閣などを訪ね歩く研修旅行。
約70の寺などが取り上げられているが、山口晃も一部を担当している。


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国営ひたち海浜公園@ひたちなか市

2013年09月14日 23時47分22秒 | 庭園
国営ひたち海浜公園@ひたちなか市

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9月16日は「敬老の日」今日から3連休だ。
残念なことに、明日から明後日は台風が接近するらしい。

敬老の日にかけて、と云うことでもないだろうが、孫たちが遊びに来たので「ひたち海浜公園」に行った。
今日から10月20日までは「コキアカーニバル」と云うことだが、コキアは未だ緑で、紅葉には時間が掛かりそう。
数年前、大震災以前のことだが、見晴らしの丘が真っ赤に紅葉したコキアで埋め尽くされた景色は見事だった。
さらに、頂上から眺める「ひたちなか港」や火力発電所、さらに東海村の原発まで一望できた。この広大な敷地が戦後に米軍水戸射爆撃場として利用され誤爆や不発弾など、問題になったことなど、誰も気にしないし知るはずもない。

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今回は孫のお守りと云うことで、遊具のある「プレジャーガーデン」で過ごしたので草花を見られなかったが、隣接する「大草原フラワーガーデン」の「ジニア」(以前はダリアと呼んだ花と思うが)が盛りだった。

小学校1年生と幼稚園の年中の孫の付添だから「水遊び広場」での時間がほとんどだったが、広大な敷地に、四季折々の花々が咲く自然に親しめる場所。

近場に在るのだから、もう少し訪れるべきと再認識した。

後記
Nさんからジニアと東御市のワインフェスについてメールを戴いたので一部をご紹介。

ブログ拝見しました、ジニアは百日草です。夏休みの学校の花壇に咲いていたのを思い出しますが、いつの間にかジニアと言われています。
東御紀行、佐久生まれの身にはあの地区の柔らかな言葉使いと北に鎮座する浅間の面影が懐かしく思い出されます。


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そば家 叶 @東御市常田492-17

2013年09月13日 22時13分10秒 | 食べ歩き
そば家 叶 @東御市常田492-17

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東御市文化会館から田中駅に向かう坂道を下って、市立東部中学校の少し手前の道を右折し少し進むと、林の中に「そば家 叶」の看板がある。

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ログハウスの様な建物の入り口の上に、蹄鉄が飾られていた。
店主は乗馬が趣味なのか?
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店に入ると馬蹄形のカウンターと、奥にテーブル席。

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壁沿いに雑貨や陶器などが並び、販売しているようだ。

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薪ストーブも設置されている、冬場はかなり寒そうな土地だから。

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全て信州産の地粉10割だが、「さらしな」・「風雨雪そば」(更科と粗挽きの混じり)・「手前そば」(全粒の粗挽き)の3種類、「手前そば」を注文。

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前菜に胡麻豆腐と冷奴。

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「手前そば」
そばつゆは甘くなく、ダシが効いている。

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食後にデザートとして杏、ぜんざい、コーヒーが出てきて驚く。

店内に猫がいたのも驚き。
猫好きは気にならないかもしれないが、飲食店の店内に猫がいるのは如何なものかと思った。いい店と思ったが、その点は残念だった。

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