「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

西の谷を美しく21-3

2007年09月29日 11時28分45秒 | 日記
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西の谷を美しく21-2

2007年09月29日 11時27分58秒 | 日記
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西の谷を美しく21-1

2007年09月29日 11時26分57秒 | 西の谷緑地公園
散歩の途中でお茶はいかが? カフェ・ラファエルの庭

西の谷緑地公園の利用者で一番多いのは犬の散歩なのか・犬と散歩なのか?とにかく犬と一緒に歩いている人。犬友達という感じの人達も目に付く、犬同士がじゃれあい、飼い主同士もおしゃべりしている光景は西の谷の象徴?とも言える。最近犬の散歩の片手に大きなビニール袋を持っている人を見かけた。飼い犬の糞を取るためかな?と思ったら歩くついでにゴミ拾いをしていた。誠にありがたいことだ。犬の散歩の方々が全員ゴミ拾いしながら歩くようになれば、街は見違えるようにきれいになることだろう。

次に多いのは夫婦での散歩だが、たいした数ではない。千波湖畔の周遊コースは変化に飛んでいるし、自転車も乗れるから比べようがないほど多い。西の谷の緑地公園がもっと魅力ある谷に成れば散歩する人達も増えることだろう。
水戸市の当局は偕楽園から中心市街地まで回遊性を高めたいと、努力を重ねているが一向にその成果は上がらない。それは当然の事で地元の人達が歩かないのに、観光で水戸に着た方々が歩くはずが無い。
歩くにはそれなりの仕掛けが無ければ、歩くことは無い。洒落た喫茶店・雑貨店などが次々と在れば自然と歩くようになるだろう。

何時ごろかはっきりした記憶は無いが30年前頃か?、偕楽園の近くに「パブロ」という名の白亜の喫茶店が誕生した。南ヨーロッパの雰囲気があり随分繁盛したのだが、徐々に汚らしくなってしまった。最近きれいになったとの噂を聞き訪ねた。
同じ場所を若いカップル(店内に在ったチラシに拠れば田所広章さんご夫妻)が、店名やメニューも変えて昨年の秋に「ラファエルの庭」としてリニュアールオープンした。
敷地や建物など基本的には以前のままだが、お掃除が行き届き、メニューも一新されている。
今流行の「LOHAS(ロハス)」な暮らしを提案するカフェということだ。店内の「ロハスって一体なんだろう?に拠れば、199年代後半にアメリカの中西部・コロラド州ボールーダー近辺で生まれたコンセプトで、20世紀の多量生産及び大量販売の反省から生まれた言葉だという。“健康と持続可能を志向するライフスタイル”の意味の頭文字らしい。5つのカテゴリー「持続可能な経済・健康的なライフスタイル・代替医療・自己開発・環境に配慮したライフスタイル」を中心に環境にも自分にも優しいライフスタイルを提案してゆく。
理屈はともあれ、とても素晴らしいことだと思う。今後、飲食ばかりでなく多くの提案を考えているようだ。一発の花火でなく持続した活動を願わずにはいられない。
どんなに良い提案をしても楽しくない店ではどうしようもないが、元々が素晴らしい店、運営する人を得て水を得た魚という感じである。
偕楽園から西の谷に向けての路線にはこの店のほかに常磐線の線路沿いのアンテックショップが在る。今後、徐々に各種の店が点状に出来れば、回遊する楽しい通りが自然に作られていくことを期待する。若い人達頑張ってください!

地元の人達が楽しめる散歩道の発展が水戸の街を楽しくする原動力となることを確
信している。




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西の谷を美しく 20

2007年09月25日 10時26分21秒 | 日記

江戸の二大庭園・駒込の六義園

上京した際で時間の余裕がある時は東京の公園・庭園めぐりをすることにしている。
東京にも奈良や京都に劣らない名園もある。西の谷緑地の清掃を始めてから庭に対する関心は強くなった。今回は駒込の六義園(りくぎえん)を訪ねた。

園内の古地図の表示に拠れば、江戸時代初期は城の端の方ですぐ隣は田圃や畑で水の便も良かった。造園当時から小石川の後楽園とともに江戸の二大庭園に数えられていたという。元禄8年(1695年)五代将軍・徳川家綱より下屋敷として与えられた駒込の地に、柳沢吉保が自ら設計、指揮し、平坦な武蔵野の一隅に池を掘り、山を築き、7年の歳月をかけて「回遊式築山泉水庭園」を造り上げた。
庭園は中ノ島を有する大泉水を樹林が取り囲み、紀州(現在の和歌山県)の和歌の浦の景勝や和歌に詠まれた名勝の景観が八十八境として映し出されているとのことだ。
僕は和歌の浦を訪ねたこともないし、和歌に詠まれた景勝の地に関しても殆ど知らない。
造園当初は八十八景の案内表示の石柱も有ったようだが、現在は失われている。
明治時代に入り、岩崎弥太郎(三菱の創業者)の別邸となり、昭和13年に東京に寄付され一般に公開されるようになった。いくつかの茶室もあり、使用することも出来るようだ。

東京都の公園協会に加盟している名園といわれる施設の入園料は一般的に¥300のようである。年間パスポートもあり¥1200だ。入園料をとるが管理はとても行き届いている。何処の園でも園丁さんが手入れをしているところを見受けるが、六義園でも見かけた。特に、小石川の後楽園や六義園などの大名庭園は松の樹の一枝も大切だから怠らぬ管理が必要だろう。毎日の手入れと、何百年という月日が名園となる。
庭園の見頃はやはり春と秋だろう。秋の紅葉には少しばかり早かった時期だが、赤と白の萩が咲き乱れた場所もあり、それなりに愉しむことができた。

西の谷の緑地公園は、水戸市の千波公園の一部と位置付けされている。水戸市の管理する千波公園と茨城県の管理する偕楽園公園の境界は何処なのか?は一般の人には判らない。図面上の事だから分らないのが当然だ。
西の谷の拡張工事も千波公園整備の一環として行われている。さらに偕楽園との繋がりを強くして回遊性を高めたいとの思惑もあるようだ。偕楽園は入園料はとらないし、敷地も広く、一般的な大名庭園と異なり人の手が入った部分は大幅に少ない。
いずれにしても、庭園・公園は自然を愛する心を持って常に手入れを怠らないことが大切。ということを再認識した。
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西の谷を美しく 19

2007年09月15日 10時47分53秒 | 日記

『ダムのある美術庭園計画』

やっと涼しくなったなと思ったら、台風が来た。日本列島を縦断した状況だから、大きな被害を受けた地域もあった。幸いなことに、茨城県ではさほどの被害は無かったようだ。地震を含め、大きな災害に遇わない茨城県は幸せな所だと思う。その反面、自然環境に恵まれ過ぎると厳しさに耐える精神力が失われる気もする。
西の谷については、枯れ枝が折れて落ちたり、竹藪の竹が伐られて放置された物が流れだしたりした所も有るが、概ね被害は無かったと言える。

拡張工事と草刈整備も順調に進行しているようだ。さほど広い敷地では無いが、年に数回の草刈では、全てを刈り終えない内に先に手入れした方は伸びてゆく。草との戦いは際限が無い。草ばかりでなく、コンビに弁当のトレーの入ったビニール袋やペットボトル、空き缶、タバコの空き箱、吸殻の投げ捨てもあとを絶たない。殆どが駐車場の敷地内だ。公園利用者が使用しない駐車場へのゴミの放置。無料で駐車場を利用しているのだからゴミは持ち返り願いたい。

そもそも、この公園はどの様な計画の下に進行しているのか?以前から疑問に思っている。先日水戸市の公園緑地課を訪ねた際も明確な答えは無かった。
6月に、黒羽商店会のホームページなどを運営している木村さんから『今、ネットで調べていたら《ダムのある美術庭園計画・環境芸術大賞‘92 千波公園(西の谷)地区整備計画(環境芸術大賞受賞作品) 》を見つけました。これって聞いたことありますか?』のメールをいただいた。添付されているアドレスをクリックしたら次のような記事とイラストを見ることが出来た。

● 自然環境と人工構築物の新しい構成
敷地は面積10ha長さ650mのお濠の跡地である。
計画は敷地を穏やかに持った緑のダムで分割し、そこに発生した庭を屋外展示コートとして、敷地全体を美術庭園とするものである。
この緑地ダムは、本来のダムが持っている貯水機能による高エネルギー保存のイメージを持ち、このイメージを美術庭園という領域の中にポテンシャリティーの高い芸術空間を蓄えるという図式に重ねている。
ダムの頂部は左右の市街地を結ぶ動線として機能し、その内部にはトイレや収蔵庫などが納められている。
都市公園としては、水戸市の全体的な都市計画のネットワークの中でこの敷地の位置づけを見極めて動線計画等に配慮している。
また既存の地形、樹木を丁寧に読み取って計画に反映させ、多様性のある場所を生み出していることも見逃せない。

所在地●茨城県水戸市 主要用途●美術庭園、都市公園 管理室、レストラン、喫茶室、駐車場(約200台)展望塔、収蔵庫、トイレ、千波湖へのブリッジ 敷地面積●約10ha 建築面積● 延床面積● 規模● 主体構造● 掲載誌●SD'92.09コンペアンドコンテスト№25 産経新聞 建設通信新聞
とあり、イラストも添えられている。

本当に存在した計画なのか?これだけでは分らないので、そのままになってしまった。実現しなかったが、このような計画案が有った事は事実なのだろう。今考えるととんでもない案だが、当時は評価されたのであろう。『SDレビュー‘92 環境芸術大賞』は長坂大(ながさか だい)という建築家が受賞したことが、ウェブのアドレスをたどって判明した。

SDレビューとは
SDレビューとは何なのか?鹿島出版会の発行する月刊雑誌『SD』が主催する設計の公募コンペのようだ。ウェブページからの文を要約してみると、次のようである。

SDレビューは、実際に建てるという厳しい現実の中からどのようにひとつの明確なコンセプトとして結実していくのか、設計者の思考の過程をドローイングと模型によって示そうというものです。1982年、建築家・槇文彦氏の発案のもとに開催され「建築・環境・インテリアのドローイングと模型」の展覧会とその市場発表という形で毎年行われております。
建築家・デザイナーたちの「実施を前提とした設計中ないしは施工中のもの」という条件で作品を公募し、その中からの入選作を展覧に供すという試みはそれまでになかったように思う。
そこには、実現されないアイディアコンペとは違い、建築家たちが設計を通して現実社会の中でどう格闘しているのかを見ようとしている新しい視点があった。
第3回(1984年)から毎年約15~20人の入選作品の中からさらに優秀作品に数点に賞(例えば1996年は、鹿島賞、朝倉賞、SD賞であるが、年度によっては後数点が賞の対象として選ばれた)が与えられることになった。こうしたことにより、入選者にとっても記念性が高まると共に、プロジェクトによっては、SDレビューににゅうせんしたことや、更に賞を受賞したことが実現への後押しをするという役割も担っていたようだ。

今年で第26回を迎える『SDレビュー2007入選展』が2007年9月12日(水)から9月23日(日)が東京都渋谷区猿楽町18-8 代官山ヒルサイドテラスF棟ヒルサイドホーラムで開催されている。この期間に上京する機会に恵まれれば参考までに見てみたいと、思っている。

今回は、門外漢の僕にはいささか難しいテーマとなってしまった。拡張工事が進行中の『千波公園西の谷緑地』の基本計画は現在とは異なり、“美術庭園”案もいくつかの案の一つで有った様だが、それなりの理念を持った計画から出発している。
これが計画された時期は佐川一信元水戸市長の任期最後の頃だ。水戸芸術館が開館したばかりの頃で、さらに美術庭園の計画はかなり無理と思える。『SDレビュー』は前述のように実現可能なプロジェクトを前提としたコンペだ。あながち机上のプランであったともいえない感じはする。当時の状況を水戸市役所の公園緑地課で聞いても分らなかった。先ほど刊行された『声低く語れ・佐川一信追悼集』の中にも西の谷に関して書かれている方はいない。

捨てやらずプランはいずこ曼珠沙華   秋衣


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西の谷を美しく18-3

2007年09月04日 15時43分06秒 | 日記
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西の谷を美しく 18-2

2007年09月04日 15時41分59秒 | 日記
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西の谷を美しく 18-1

2007年09月04日 15時39分40秒 | 西の谷緑地公園
西ノ谷緑地の拡張整備工事が始まりました。

5月頃に西の谷緑地の拡張整備の為の測量が行われたが、いよいよ工事が始まった。アームの付いたブルドーザーの様な重機3台で地均し等をしている。あれよという間に、小山のように盛り上がっていた土砂は均されて平らになってきた。それに平行して既存の敷地の草刈も行われている。

西の谷公園の敷地面積は10ヘクタール、長さは約650メートルの谷間の細長い地形だが中間で折れ曲がりブーメランのような形をしている。現在工事が始まった場所は丁度折れ曲がる所で北西に向きを変える。前後左右に高低差が有り西の谷でも複雑な地形だ。現場入り口には「工期は来年3月まで」との看板が設置されて有る。
どの様な計画に基づきどのように整備しようとしているのか?考えを訊きたく9月3日の午前中に水戸市役所都市計画部公園緑地課を訪ねた。萩野谷克一公園緑地課長・橋本真明施設係長から説明を聞くことが出来た。何時ごろ出来た基本計画に基づき工事が進行しているか正確な年度を聞くことは出来なかったが、図面の古さから10年以上前のようだ。今回の工事で全体の4分の3が整地される状況にある。

最終的には、常磐線の線路をまたいで千波湖と直接繋がる道路も計画されているようだが、これが多額の予算を必要とするので、いつ着工出来ると言うめどは立っていないようだ。

今回の工事部分に関しては、今まで西の谷緑地公園に足を運んできた経験からいくつか感じる点が有った。5月頃の測量をしている時点で、萩野谷課長にはお目にかかる機会が有った。その際、問題点と思うことをいくつか話した。

①両脇に設置される水路は今までのような御影石を積んだ堅固な物でなく、自然の流れのようにして欲しい。
②敷地は完全に平らにして仕舞わず上下左右自然の勾配にする。
③通路は都会の街路の舗道のようでなく直線的でなくしてほしい。
④樹木の植え方も同様に、林や森のように点在するように植えたら良いのではないか。
⑤ビオトープの考えを生かした公園作りにしたほうが。
⑥もうこれ以上の駐車場は作る必要が無い。
⑦偕楽園と同様に観光客の来園を図る施設より、市民の憩いの場としたほうが良いのではないか。
⑧建設に関する費用ばかりでなく、除草や清掃に要する費用も予算化すべきではないか。
⑨これからの時代、経費をかけない施設作りをして無駄な設備は作らないようにすべきであろう。

等をお話したが、僕の考えはご理解頂いた様だ。
今回の工事に関して原案にこだわらず、時代に応じた案で進めている。とのことで安心した。予算的にも原案のような工事費をかけられない事情もあるのだろう。
他の公園ではボランテアグループの協力体制などができているとの話なので、西の谷緑地公園でも近隣の町内会の協力を得て、市民ボランテアが活躍できる方法などについても雑談したりした。これからも機会があれば、またお訪ねした方が良いのかな。と思いつつ帰途に着いた。

西の谷公園の美化の一人ボランテア活動を始めて約一年。昨年は通路が何処にあるのか?ベンチの姿も見えず・東屋の一つは雑草の中に埋もれていた。そのような状況に有ったとは思えないほどに回復した。まだまだ、美しい公園というには程遠いが。もちろん西の谷の緑地は余り手を入れない自然な姿が基本だろう。

この一年で市役所の緑地公園課のご理解も深まり、草刈も昨年以上の回数を行ってくれているので大分きれいである。多くの人たちが、綺麗にする事に関わる様になった。各自が自由な時間に、自分の出来ることを、自分で出来る範囲のことをするだけでも大きな力になると実感した。拡張工事が完了するまでに、多くの人たちが参加して自分たちの公園なのだ!という意識が高まれば簡単にゴミのポイ捨てなどする人たちが居なくなるであろう。

2007・9・4







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