「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

金龍山 浅草寺 本堂落慶50周年大開帳記念

2008年10月31日 20時30分39秒 | 日記

伝法院庭園

11月の連休を挟んで各地で催しが目白押し。何処に行こうと迷う。
浅草寺を中心とする浅草で、江戸の心・浅草大観光祭と銘うち「浅草今昔展」「江戸町浅草奥山風景」「平成中村座」などが開かれている。
金龍山 浅草寺 本堂落慶50周年大開帳記念『大絵馬寺宝展と庭園拝観』は通常は非公開の伝法院庭園と浅草寺に伝わる寺宝の数々を一般公開とのこと。
絵馬は想像以上の大きさと数の多さにビックリ。さすが浅草寺と感心した。

伝法院庭園の公開は16年ぶりとのことだ。人ごみ溢れる浅草寺の一角に、回遊式の静寂の庭園が在るとは、思いもしなかった。
庭越しに眺める五重塔はあたかも京都と感じる。

浅草寺の西側一帯は通称奥山と親しまれ、江戸時代から大道芸や見世物小屋が並び、盛り場浅草発祥の地だった。その場所に江戸時代さながらの街並みを再現し、江戸小物、版画、提灯、指物、手拭いなどの見世が60店位が並んでいる。江戸時代にタイムスリップした感じがした。
芝居町は江戸時代後期に日本橋から浅草に移され、現代に残る歌舞伎の発祥の地とも言える。浅草寺裏側に「平成中村座」の仮設劇場が建てられ中村勘三郎を座頭とした歌舞伎が2ヶ月間特別興行をする。演目は『法界坊』この演目は2000年が初演。昨年はニューヨークの公演も大成功。テレビでも放映された。席料は1万円からで、お大尽席は3万5千円と、高額だが毎回満席らしい。11月公演は11月1日から25日まで。
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水戸八幡宮の菊祭り

2008年10月25日 13時12分44秒 | 水戸
水戸八幡宮の菊祭り

秋たけなわ今月末から11月上旬は、各地で様々な催しが行われる。
水戸八幡宮の菊祭りが始まった、とのことで早速行ってみた。菊見には少々早かったが、七・五・三の参詣客で賑わっていた。七・五・三は本来11月15日だが、各家庭の都合で前倒しでお参りする事が多いのだろう。
我が家の子供の頃とは大分異なる感じもしたが、子供の成長を願う家族の願いは、いつの時代も同じだ。
菊の花の育て方も沢山の方法が有るようで、普通の大輪の花の美しさを競う鉢、盆栽のように古木に絡ませ小菊を咲かせる盆のように仕立ててあるもの。アーチ状に絡ませた物等、菊はかなり柔軟性に富む植物だ。菊膾として食用にもなる。
菊の花はこれから先、いろいろな場所でまだまだ、楽しめそうだ。

八幡宮には年に何度かお参りする。何処の神社においても素晴しいのは社の杜だと思う。
今では、参詣人が殆どいない様な旧村社などの小さな社も、杜が残されている。
これらも、最近は伐採の危機にある場合も見る。大切にして欲しいと思う。



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工芸品店・「桃花堂」

2008年10月24日 14時54分10秒 | 水戸
「桃花堂」の庭

水戸の駅南、水城高等学校の近くに工芸品店「桃花堂」が在る。
11月21日に開店27年目を迎えるとの事で、誠におめでたいことだ。
花火の1発、2発は打ち上げるのは出来るが、何事も継続するのは難しい。

店主の山野内三恵子さんとは、かれこれ40年以上のお付き合いになる。
永きに渡り、骨董・古美術の同好の士として、お付き合いを戴いている。

彼女が、京都の道具や(茶道具店)で修行していた時分、晩飯を食べたりした。
話題は京の古美術店、飲み屋、旨い物や、美術館などの話し。
翌日は、情報を下にその店を訪ねた。今も在る店も有れば、消滅した店もある。何れにしても懐かしい話しだ。
その頃の僕は、骨董の虫が、或いは狐が住み着き、寝ても覚めても奈良や京都の古美術のことだった。京都から市電が消える頃で、お寺の壊れた築地塀もどんどん改修され、今の内に観ておかないと、全てが変わってしまうと思った。
寺社仏閣を訪ねて年間に5~6回、約10年間くらい通った。お金が無いから、往復とも夜行バスで車中泊のこともあった。

その様な時代の一時期、京都で骨董の勉強をしている山野内三恵子さんは、我々骨董仲間の、京都駐在員と言う感じでもあった。

5年の修業の後、水戸に戻って始めたのは古美術の店ではなく、新作工芸品の店「桃花堂」だ。
陶磁器がメインだが、塗り物、染物、織物と取り扱う工芸品の幅は広い。
全国を回り新進の作家を探し、多くの作家や作品を紹介してきた。

取り扱いの品が素晴しいのは当然として、店のしつらえが良い。
あたかも京都の道具屋のようだ。
常に、季節の花が挿され窓越しの庭の眺めもさらだ。
何度か茶席に招かれ、幽玄のひと時を過ごした、こともある。

行く度に、お薄の一服をご馳走になるばかりで、買い物をする機会は少なく申し訳ない。生きていることに感謝したくなる、桃源郷だ。


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磐梯山ゴールドライン

2008年10月21日 10時35分31秒 | 日記
磐梯山ゴールドライン
大子の袋田の滝に新しい観曝台が出来た。今までより以上に眺めが良いと大賑わいとのニュースを聞いた。毎年、奥久慈の紅葉を眺めに行くのを楽しみにしている。
数年に一度だが、磐梯山周辺の紅葉狩りにも行く。

10月20日早朝7時に水戸を発った。那珂インターから常磐高速でいわき経由で磐越自動車道路の磐梯河東ICまで2時間の走行。磐梯山ゴールドラインの源橋料金所を通過すれば、錦秋の山が目前にせまってくる。奥久慈の紅葉も良いが、残念ながら磐梯山には敵わないかな。わずか20kmの観光有料道路だが絶景のポイント・展望台が沢山有る。正にゴールドライン、黄金色の山々だ。この風景は、今は亡き山上鎮夫さんが描いた水墨画に重なる部分もあり懐かしさも感じる。
檜原料金所を過ぎ右に曲がれば裏磐梯随一の名所の五色沼。延長4kmの自然探勝路の途中には数多くの沼が在り、天候や季節によって神秘的に色合いが変化するのは誰でも承知していることだ。初に訪ねた60年前、前日の夕方に到着、早朝に散策して見た沼の美しさは今でも思い出す。その後も何度か訪ねたが、最初の印象は強烈だ。
今回は左に折れ喜多方を目指す。その途中、くねくねとした峠道、旧米沢街道に在る『檜原歴史館』内に、山塩を使ったラーメンが有る。との情報を喜多方観光協会のIさんから教えて頂いた。山塩は温泉の源泉を干して作る幻の塩らしい。
この店に行くつもりが、曲がり道を見失って喜多方の街に入ってしまった。情報は次回の楽しみに保持することにした。
喜多方は蔵とラーメンの街として有名だ。市内のいたるところにラーメン店が在る。餃子の宇都宮と同様だ。
どの店もそれなりの味と、味平という店に入り、塩ラーメンと餃子を注文する。
太目の縮麺にさっぱりしたスープは素直な味だった。
隣接した部屋に古美術品が飾られていたのを拝見し、店を辞す。

今回は紅葉狩りが目的、蔵の街の蔵を見ないで、那須高原の紅葉を愛でる事に予定を変更する。那須インターまで120kmを走り那須高原に。大丸温泉付近は磐梯高原より標高が上なのか、一部は枯葉も落ちて裸木の状態。少し下は丁度見ごろだった。
那須高原も水戸からの日帰りコース。年に何度か行くが、紅葉の時期は今回が始めて。

少し欲張りすぎの日程だったが、磐梯高原、那須高原の錦秋の山々を愉しんできた。
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世界文化遺産講座 フランス編

2008年10月19日 22時40分05秒 | 日記
ギメ美術館

水戸国際交流センターと水戸ユネスコ協会で共催する第10回『世界遺産講座』 フランス・イギリス編』行われている。
この講座は大人気で、80名募集の定員が満席だ。
第1回 10/1.   世界文化遺産からみる中世のフランス
第2回 10/8 .   世界文化遺産からみる近代のフランス
第3回 10/22 .  ブリテン島におローマ人が遺したもの
第4回 10/29.  キリスト教をめぐる権力者たちのドラマ
第1・2回の講師は、茨城大学準教授 藤原貞朗
第3・4回の講師は、茨城大学準教授 小林英美

現在登録されているフランスの世界遺産は33件。
ランス、シャルトル、リヨン、ナンシー等、中世のフランスの史的建造物と美術作品。パリを中心とした近代のフランスの建造物等をスライドを交え説明した。

講師の藤原さんは1997~2000年までの3年間、リヨン第2大学に留学し美術史を学んだとのこと。近・現代のフランス美術史と東洋考古学史の専門家。
留学中はパリの『ギメ美術館』に通い詰めで研究したという。うらやましい経歴の持ち主。ギメは東洋美術の宝庫で僕も一度は訪れてみたいと思っている。

ランスの大聖堂やレオノール・フジタが制作したフジタ礼拝堂の話し等。
現在開催中の『フジタとモンパルナスの仲間たち』(9・13-11・30)笠間日動美術館。や『レオノール・フジタ』展((9・14-11・9)宇都宮美術館を是非御覧下さい。
とのことだった。

フジタは僕の尊敬していた山上鎮夫さんの母方の従兄弟で、何度かフジタの話を聞いたりたり、フジタから来た手紙を何通かを見せていただいた。絵入りの手紙はさすが画家の物と感心した記憶がある。秋田市立の平野政吉美術館で観た、秋田の祭りの大作。あれだけの作品を僅かの15日で描いたのだから、大変な才能だと思った。
才能が有ったがゆえに、誹謗中傷されたのだろう。戦時中の戦争画も殆どの画家が従軍して描いているし、その時代の背景では描かざるを得なかったのだろう。それも上手過ぎたために、後に批判の対象になったのだと、思う。
時代は代わり、作品をきちんとと評価しようとの機運が高まってきた。今回のフジタの展覧会もその様な流れのひとつであろう。

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「レオナール・フジタ展」  @宇都宮美術館

2008年10月16日 17時58分30秒 | 日記
「レオナール・フジタ展」  @宇都宮美術館
2008年9月14日(日)~11月9日(日)

「レオノール・フジタ展」が宇都宮美術館で開催されている。
「宇都宮美術館」及びその周辺の公園施設「うつのみや文化の森」は、宇都宮市制100周年を記念して平成9年3月にオープンした施設。宇都宮市中心部より北に約5㎞に位置し、里山の姿を残す緑豊かな自然環境の中で、市民の憩いの場、芸術文化活動の拠点施設として開設された。水戸芸術館の郊外版とも言える。
宇都宮美術館で開催されている。

2005年9月、宇都宮美術館で「構造社 昭和初期彫刻の鬼才たち」展が開かれた。
構造社は、1920-30年代の彫刻を中心とした美術団体で、彫刻のほかにも絵画、綜合試2作(大型の建造物を設計し、そこに各々の彫刻作品を配置する表現方法)、モニュメントやメダルやレリーフなど幅広い作品を制作する人が集った彫刻団体だ。
僕の尊敬する彫刻家・後藤清一さんの作品がたくさん展示された

日本人の絵描きで海外で通用する作家の第一人者は、レオノール・フジタ(藤田嗣治)だろう。フジタの展覧会が笠間日動美術館でも開催されている。「フジタとモンパルナスの仲間たち」展、フジタの他にエコールドパリとの呼ばれた時代のパブロ・ピカソ、モーリス・ユトリロ、アメデオ・モディリアーニー、シャイム・スーチンや同時代の日本人画家の作品も展示されている。こちらの会期は9月13日から11月30日。

今回のフジタ展には、1992年パリ郊外の倉庫で発見されるまで、長らく行方がわからず「幻の作品」とされていた縦横3mにもおよぶ裸体群像4点は初公開された。
フジタが自分のスタイルを探し求めた1910年代後半の作品から、フジタの代名詞ともいえる「美しい乳白色」の下地を完成させた20年代の裸婦や自画像や猫などの動物画も展示されている。
裸体群像4点のために描かれた、デッサンも多数展示されていて、制作の過程がうかがうことが出来る。
晩年のキリスト教を主題とした宗教画や、自ら構想し、その身を削って完成させたランスの「平和の聖母礼拝堂」内部のフレスコ画とステンドグラスの下絵も公開され、同時に再制作されたステンドグラスも展示されている。
最晩年を過ごしたフランス・エソンヌ県の小村ヴィリエ・ル・バクルにある「ラ・メゾン-アトリエ・フジタ」(住居兼アトリエ)の一部が再現されている。
そこには残されたフジタ手づくりの愛らしい小物や生活資料なども展示されている。

フジタは僕の尊敬していた山上鎮夫さんの母方の従兄弟で、山上さんから、何度か話をお伺いしたり、フジタから来た手紙を何通か見せていただいた。絵入りの手紙はさすが画家の物と感心した記憶がある。
秋田市立・平野政吉美術館で観た、秋田の祭りの大作。あれだけの作品を僅か15日で描いたのだから、大変な才能だと思った。
才能が有ったがゆえに、誹謗中傷されたのだろう。戦時中の戦争画も殆どの画家が従軍して描いているし、その時代の背景では描かざるを得なかったのだろう。上手過ぎたために、後に批判の対象になったのだと思う。

時代は代わり、作品をきちんとと評価しようとの機運が高まってきた。今回のフジタの展覧会もその様な流れのひとつであろう。

僕は、昭和23年に世界の文化社から発行された『顔』叢書第3号、藤田嗣治画伯「巴里の晝と夜」は藤田嗣治、岡鹿之助ら4人の対談集。古き良き時代の巴里、藤田たちの生き様が分かる楽しい本だ。土門拳撮影の写真も挿入されている。
さらに、藤田の製作による、コラージュのページもある。僕は貴重な本と思って愛読していたが、今回の展覧会をさらに楽しむことが出来た。
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那珂川の鮭

2008年10月15日 13時05分11秒 | 水戸
那珂川の鮭

水戸市の北側を流れる那珂川は、水戸に住むものにとって、農業用水や水道など多くの恵みを受けている。支流の桜川や千波湖は市民の憩いの場だ。西の谷の湧き水も桜川に注ぐ。
源流は栃木県の那須岳(標高1,915m)に発し、河口まで150km、四国の四万十川は清流として有名だが,那珂川も引けを取らないと思う。

今の季節になると、那珂川に遡上した鮭と鮭の卵が魚屋の店頭に並ぶ。
そろそろかな?と思っていたら、魚屋の店頭に並んでいたので、早速買い求め昼飯とした。この季節、新米の薫り高い焚きたてのご飯と那珂川の鮭は、最高の贅沢と思っている。頭は葱を入れてあら汁にする。目の玉、眼の周り、氷頭(ヒズ)、頭の皮、それぞれに異なる味を楽しめる。白子の場合は白子汁にする。
身は塩焼きか醤油漬けにしてから焼く。卵は醤油と酒を合わせ漬け込み、熱々ご飯に載せて食べる。

現在は加工や冷蔵技術が進み、何時でも北海道産、或いはノルウェーなどの北海産の脂の乗ったものを何時でも食べられるようになった。以前は、この季節の那珂川に遡上した、小ぶりで、淡白、卵も小さめな鮭は季節の味。
年に一度のご馳走だ。
那珂川は鮭の遡上する南限に近い。今では多摩川辺りまで遡上するらしいが。
江戸時代には、水戸藩から江戸の将軍家に早馬で献上されたという。
当時は、貴重品であった。

時代は変わって、この10年以上、那珂川の鮭は人気が無く安く買えた。
最近の健康志向で、さっぱりした味が見直され、今年は例年の倍位の値段だ。
とはいえ、そう高額ではないが。
今年も那珂川の鮭を味わう事が出来て幸せだ。

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オールドノリタケ展のコレクター

2008年10月14日 23時17分12秒 | 日記
茨城県陶芸美術館で11月16日まで開催されている「オールドノリタケと懐かしの洋食器」は巡回展で4月17日から6月15日までは東京都庭園美術館で開催された。庭園美術館は旧朝香宮邸1933(昭和8)年に建てられた建物を、そのまま美術館として1983(昭和58)年に公開された。アールデコ様式に日本独自の感性が付け加えられている。邸宅をそのまま展示室としているから、かなりの部分は自然光が入る。

オールドノリタケの展覧会を庭園美術館で見ることが出来なかったのは残念だ。
庭園美術館は僕の大好きな美術館だ。8月に観た、船越桂の展覧会もアールデコの室内空間と船越の作品が見事にお似合いだった。

陶磁器も自然光で見たほうが良い場合が多いが、現在の美術館は殆どがライテングによる。最近、照明技術の発達にともない、展示技術が大幅によくなった美術館も多くなってきたのは嬉しいが。
7月6日から9月15日までは信楽の里の滋賀県立陶芸の森「陶芸館」で同展が開催された。次が今回の笠間で、次に広島、高松と巡回する予定になっているらしい。

美術展覧会の企画から開催に到る過程は長期にわたる。テーマに基づいた作品を選定し、借り入れ交渉、契約、そして集荷して展示する。展示品の図録の作成までを含めお金と日時を要する。その結果3~5の美術館が協同で企画し各館を巡回する展覧会が多くなった。その点では見逃した展覧会を、別な館で観る事も出来る。現在、宇都宮美術館で開催されている「レオナール・フジタ」展も巡回だった。

前書きが長くなった。今回のノリタケの展覧会、多くの鑑賞者が疑問に思ったのは、この展覧会の殆どが“守屋コレクション”の所蔵になるものだ。これだけの点数を蒐集したコレクター守屋知子とは如何なる人なのだろうか?
詳しい事は分からないが、つくば市在住の主婦らしい。学生時代にペルシャの陶器を研究した。子育てが一段落した事をきっかけに大学で再び研究を始めた。今度は日本のラスター彩(ペルシャ陶器を源流とする技法で、金属光沢のある釉薬を用いたもの)をテーマとした。その研究資料としてコレクションを始めたとのこと。
ご家族の理解と財力が有ったのだろう。今回展示されているのは、コレクションのほんの1割程度というから驚きだ。
2008年4月には『オールドノリタケと懐かしの洋食器』東方出版から刊行している。
大実業家でもない主婦が、執念を持って素晴しいコレクションを創りあげたことに尊敬の念を感じる。

僕も、いくらか古美術の世界に遊んだが、なんらのコレクションも出来なかった。

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「オールドノリタケと懐かしの洋食器」展

2008年10月12日 18時40分43秒 | 日記
「オールドノリタケと懐かしの洋食器」展
@茨城県陶芸美術館  2008.9.27~11.16

お稲荷さんと陶器の町笠間に「伝統工芸と新しい造形美術」を テーマに茨城県陶芸美術館が笠間芸術の森公園内に開館したのは平成12年4月。近・現代に優れた業績を残した文化勲章受章者及び重要無形文化財保持者等の作品を常設展示するほか、本県ゆかりの文化勲章受章者板谷波山、重要無形文化財保持者松井康成の作品を常設展示している。さらにに、数ヶ月に一度は企画展が開催される。
展覧会を観た後に、笠間市内で饅頭・奈良漬け・稲荷ずし・焼き鳥などを買い、蕎麦屋・フレンチ・和食・喫茶などの飲食店で腹ごしらえをする。
眼と腹を満足させてくれる街だ。水戸から1時間弱の行程だ。
街の何処からでも山を眺める事が出来るのも、笠間の魅力である。

笠間芸術の森公園の中には、茨城県陶芸美術館の他、様々な野外イベント会場となる野外コンサート広場や、陶炎祭などが行われるイベント広場がある。恒例となった「陶炎祭」は開始以来、毎年行っている。当初は、芸術村の山の上で開かれていた。
17のモニュメントが点在する陶の杜や水辺の広場などもある。
また、隣接して笠間工芸の丘クラフトヒルズKASAMAや茨城県窯業指導所 「匠工房・笠間」があり、今や笠間の中心地区に発展した。周辺の道路沿いは、毎月のように、新しい店が誕生している。
今まで笠間の町に観光客を呼んだお稲荷さんや笠間日動美術館の周辺から、観光客が移ってしまった。芸術村も忘れ去られた存在になりつつある。
この30年を振り返って、大きく変貌したな、と思う。

今回は「オールドノリタケと懐かしの洋食器」展。ポスターを見る限り、明治から昭和初期にかけて製作された高級輸出用陶磁器「オールドノリタケ」など、僕の生活からは縁がない。と思ったが、意外に楽しめた。

守屋コレクション(どの様なコレクションなのか、分からない)を中心に200点余りの華麗なる和製テーブルウェアの変遷を観る事が出来た。鹿鳴館以前の迎賓館である「延遼館(えんりょうかん)」において政府の主催する宴席で使われた大皿や、幻の洋風陶磁器メーカーと言われる「精磁会社」(ノリタケ以前、有田に20年間だけ存在し、製品は鹿鳴館の晩餐会でも使用されて非常に高い評価を受けていた。)の食器も展示されていた。精磁会社から分離したのが香蘭社と深川製磁。

1876年に創立された貿易商社森村組がいくつかの製陶所や絵付け所の協力を得て、大規模に工業化した輸出陶磁器を手がけるようになった。
1904年には日本陶器会社となり、現在はノリタケカンパニーとして日本を代表するブランドだ。1917年に東洋陶器が分離し、現在は建築関連の陶器会社。1919年には大倉陶園が分離して高級ブランドだ。
各社は日本の輸出産業の大きな担い手だった。
明治時代から大正ロマン、昭和の初期にかけてのモダンデザイン、アールデコ様式を取り入れた洋風陶磁器も含めた、洋食器をオールドノリタケとして展観している。
今や、洋風な食器は当たり前に使われているが、その歴史を知る事は興味深かった。
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国営ひたち海浜公園

2008年10月09日 00時01分19秒 | 水戸
みはらしの丘のコキアの紅葉

一里塚で見かけた箒木は別名コキアとも呼ぶらしい。
国営ひたち海浜公園に植えられているコキアが紅葉しているとのことで、1年ぶりに出かけた。昨年はもう少し遅い時期で、コスモスが満開であった。

国営ひたち海浜公園は1991(平成3)年に開園し、現在まで整備が続いているが、計画の4割が完成したと言うが、総面積が350haと言われてもぴんと来ない、広大な敷地だ。
1938(昭和13)年、旧日本軍の水戸飛行場として建設された。第二次大戦後に連合国に接収されて、在日米軍の対地射爆撃場となった。民間への誤爆事故などもあり、返還運動が続き、1971(昭和46)年、射爆行為を停止。1973(昭和48)年日本政府に返還され、1977(昭和52)年首都圏整備計画で公園緑地の整備が明記される。1984(昭和59)年海浜公園の起工式が行われた。

周辺を含めた射爆場の問題について、長いあいだ取り組んできた箕川恒男さんは『禁断の海辺』と題した本を1984(昭和59)年に鹿砦社から出版した。
刊行を記念し、箕川さんを囲んで友人達と阿字ヶ浦の旅館でお祝いの会を開いた。
翌日、跡地に入り込み一部を見たが、荒涼たる砂地が続いていた。

『みはらしの丘』を中心に4万株のコキアが植えられていた。こんもりとまとまった姿は可愛らしい。丁度、真っ赤に紅葉して正に見ごろ。草丈は40cmから60cm程度。時には1.5m位に伸びるのもあるらしい。枯れたのを束にして箒に作ると言うのだが、同じ種類なのかどうにも解せない。実はトンブリと呼ばれ畑のキャビアとも言われる。秋田に旅した時、買い求め味わった。海浜公園のコキアの実は、食べられそうなほど大きくは無かった。
ともかく、『みはらしの丘』からの眺めると「首都圏整備計画」(国土庁)の北関東総合開発として東京電力の火力発電所、常陸那珂港、工業団地、流通業務施設などを見ることが出来る。計画の進捗率は4割程度といわれる。

公園内の大観覧車や遊具施設等、如何なものか?との疑問は残る。
松林を初めとする、緑地は保存されているように見えるのだが、地元の人達の中には見るに耐えない。と言う人達もいる。
未だに未発見の不発弾がある可能性もある。

箕川さんはフリーの記録作者として、一貫して"水“を主題として取り組んでいる。『村は沈まなかった』『海辺の点景―かしまなだ・常磐紀行』『水をめぐって』『みえない恐怖をこえて』『金砂大祭礼の民俗誌』の著書がある。
海浜公園の現状をどの様に考えているのか。久し振りに電話をした。突然の電話で、多くを語らなかったが「園内には、アカマツを主体とした広大な樹林地や大砂丘、約1kmの自然の砂浜、年間89万㌧が湧出する湧水地など、特色ある自然環境が残されているんだよ。今後、どの様な経過をたどるのかを注意深く見て行こう、と思っているけれど。印象的な出来事は、自衛隊の爆弾処理班が来て大量の不発弾を爆発させた時だね」と話した。

コキアの紅葉を見に行ったのだが、今後の方向を注意深く見つめる必要があると感じた。
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秋日和

2008年10月06日 20時01分23秒 | 日記
一里塚の箒木(ハハキギ)

10月に入って、快晴の日が続いた。
空気は澄み渡り天高く覚え、外出心を誘われる。
3日はエビネンコ氏と宇都宮美術館の「レオナール・フジタ展」に行き、大谷石の地下石切り場まで足を伸ばした。大谷石は火山灰が降り積もり海底に長らくある間に凝縮して硬くなった凝灰岩。
以前は露天掘りされていたので、中国の山水画のような奇岩が、何処かしこに見られる。宇都宮の市内ながら、大谷石の里の景色は一見に値する。
耐火性があり、柔らかで加工しやすい性質なので、多くの建造物の素材として使用されてきた。石倉・門柱・塀・床材など広範囲に使われるが、大正時代にフランク・ロイド・ライトが旧帝国ホテルに使用してから、一躍有名になった。
宇都宮は餃子・ラーメン・焼ソバの街としても有名。餃子2店、ラーメン1店、焼ソバ1店を食べ歩く。翌日1キログラム以上の体重増加。

4日は水戸国際交流会館で開かれた「~英語では・な・そ~の会」に出席。
オランダ出身のボーダ・ユルンさん。オーストラリア出身のマデリン・ミッチェルさん。日本人の野上周さん。の3方を講師に英語を話しながらの、文化交流会。
この件については、機会があればもう少し詳しい報告をしたい。

秋のめぐみ。
会から戻ると、水戸市岩根にお住まいのSさんからの連絡「野菜が沢山有るから、取りに来ませんか」とのお誘い。
大量の枝豆、ナス、食用菊を頂いた。さらに、ホースラディシュを一緒に掘り上げた。夕餉は枝豆、菊膾。ホースラデッシュを摺り下ろし、暖かい新米のご飯にのせ醤油をかけて食べ、秋を堪能した。

5日は自転車で、元吉田方面にサイクリング。
工芸品「桃花堂」
暫くぶりに水城高校脇の工芸品店「桃花堂」に立ち寄り、御茶を一服いただく。ここは質の高い工芸品《陶器・漆器等》を展示販売する、僕のお気に入りの店。
店頭や室内にに飾られている季節の花や、庭の佇まいは誠に心を和ませてくれる。
店主の品格を感じさせる店だ。この店に関しては後ほど書くつもりだ。

箒木(ハハキギ)
元吉田の史跡「一里塚」に箒木(ハハキギ)が植えてあるのを見つけた。7月句会の兼題に出たので、図鑑を見ていたから分かったが、実物を見たのは初めてだ。少し赤く成りだしたところだ。実はトンブリと呼ばれ、畑のキャビアとも言われるが、はたしてそれくらいまで大きくなるのか疑問だ。自転車での散歩はたくさんの発見が有って楽しい。

西の谷を見回って、ゴミを少し拾う。
「茶房・梵」に立ち寄ると、明日から1ヶ月のフィリピン旅行に出発するエビネンコ氏に出会う。現地からもブログを更新するとのことで、楽しみだ。美味しいコーヒーを一杯飲んで帰宅。

爽やかな秋の日を愉しんだ3日間であった。





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草刈がすんで大分きれいになりました。

2008年10月05日 09時46分28秒 | 水戸
西の谷から、京成百貨店を望む。

西の谷の草刈がほぼ終了した。池の中の蒲の刈り取りは11月頃になるらしい。
草刈をしていると、草叢の中に捨てられた空き缶・ペットボトル・雑誌等もたくさん出てきたようでだ。作業員の方々ご苦労様でした。
木の階段の下は崖の傾斜がきつく、我々がするには難しい場所だ。次回は階段下のところを是非お願いしたい。

駐車場の敷地に、弁当類の空きトレーや空き缶の置き捨ては相変わらずだ。
さらにタバコの空き箱・吸殻。これは日本人の生活様式を元に戻すほかない。
飲み物は自分の容器に入れて持ち歩く。
弁当も弁当箱を持ち歩くようにする。
自動販売機を、少なくする。
これらを実行すると、街は見違えるほどにきれいになるだろう。
どの道路の端にも、ペットボトル、コーヒーの空き缶が大量に投げ捨てられているのは皆様ご承知の通り。西の谷だけの問題ではない。

水戸市による今年2度目の草刈りが一段落し、きれいになった。
この状況が持続するように、願っている。
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アートワークスギャラリー

2008年10月04日 22時21分24秒 | 水戸
アートワークスギャラリー
水戸市五軒町1-3-11-2F

アートワークスギャラリーで9月23日から始まった「十河雅典展」は明日10月5日まで。連日、十河ファンが詰めかけて盛況だ。

会場のアートワークスギャラリーは2001年に開設した。
以来7年、貸し画廊として現代美術・絵画・彫刻・写真・陶芸など様々のジャンルの展覧会を開催している。
今回の十河展もそうだが、年に数回の企画展が開催される。若手や県内外で活躍する作家を積極的に紹介している。
水戸市内で継続的に展覧会を開催しているのは、アートワークスギャラリーしかない。
と言っても過言でない。画廊の運営は容易な事ではない。
美術品の搬送・展示等を行う(有)アートワークスが赤字を覚悟で企画・運営しているからと、推測している。企画展の質の高さと多様性を貫いているのは賞賛に値する。

ときには、水戸芸術館現代美術センターと連動した企画が開催される事もある。
2002年、2004年に引き続き街アートプロジェクト第3弾「カフェ・イン・水戸 2008」が10月25日から開催される。水戸駅から水戸芸術館に到る国道50号を中心に、店舗や空き店舗スペースで展示やイベントやワークショップが行われる。
同様の企画は7月24日から8月6日まで「第3回・池袋西口まちかど、回遊美術館」が開催されたので、カフェイン水戸の参考に、と思い観にいった。
水戸市の生き残り策は、水戸芸術館を中心とした芸術・文化の街造りだと思う。

アートワークスギャラリーの果たす役割は大きい。
難しい仕事と思うが、頑張って欲しい。











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上田薫さん、葉子さんのTV番組。

2008年10月02日 10時53分44秒 | 日記
光と風がさわやかな鎌倉の家

たまたま、NHKの教育テレビを見たら上田葉子さんが映っていた。葉子さんはキルト作家として活躍中で、NHKの手芸の番組で常連のように出演している。今までも何度か偶然に拝見した。
今回は「おしゃれ工房」という番組の「ようこそ我が家へ」という30分のコーナー。
昨年、鎌倉に土地を求め、新築した住まい兼アトリエを紹介した。タイトルは『光と風がさわやかな鎌倉の家』。
鎌倉八幡宮を眼下に見下ろす高台、アトリエを兼ねた住まいは明るい日差しが家中に差し込み、緑があふれている。海岸までもさほどの時間でなさそうで、海辺を散歩するシーンもあった。
ご夫妻ともに創作活動をしているので、光が作品の仕上がりを左右するので一番大切。光を生かす壁は天然素材の漆喰を使用したとのこと。アトリエは共有している部分もあるので、移動可能なアイデアルな工夫がなされていた。
台所、リビング、浴室などの生活空間も紹介された。以前水戸にお住まいの頃、常澄のご自宅にお邪魔した事があるが、其処もかなりセンスの良いお住まいであった。
今回の鎌倉の緑あふれる空間は、さらにすばらしかった。
お二人の最近の作品も紹介された。

鎌倉への転居通知を昨年戴き、一度はおたずねしたいと思っていたが、居ながらにして、お二人の元気な様子・自宅・作品を拝見できた。
ご主人の上田薫さんは洋画家で、1985年から1992年の7年間は茨城大学教授を務めた。当時のお二人は水戸にお住まいで、奥様の葉子さんはキルト作家としてデビューする前だった。
上田薫さんの略歴は1928年東京に生まれる。1954年東京芸術大学油画科 を卒業。
1956年にアメリカのMGM社ポスターコンクールでグランプリを獲得。
その後の約10年間はデザイン会社を設立し、グラフィックデザイナーとして活躍した。
1970年に描いた「貝殻」をきっかけに、スーパーリアリズムと呼ばれる、写真と見まごう様な細密描写の作品で知られるようになる。
落下する生玉子やガラス、金属質なものや液体など、物体そのものだけが描かれたリアルな作品が生み出されてきた。
90年代はきらめく水面、2000年になってからは空、さらに植物へと題材は変化した。

何故、鎌倉に移り住んだか、について上田薫さんは“戦後の一時期、稲村ガ崎で過ごした楽しい想い出が鮮明に残っていたし、親戚が近くに住んでいるという安心感もあった。
同級生もいるし、久し振りに会ったが温かく受け入れてくれた。コーラスにも誘われて一緒にやったり、住みたかった鎌倉での生活を愉しんでいます。“と番組で話しておられた。鎌倉での生活は、お二人にとても似合っていた。

僕も住んでみたいと思った事があるが、残念ながら実現はしなかった。
鎌倉は海も山も在る、歴史も有る、気候も温暖、神社・仏閣、文化の香りがする。
我が愛する水戸の街も、少しは鎌倉と共通する点も有る?
他所の方々が、"水戸に住みたい“と思える街にしたいものだ。





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