「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

夤賓閣跡(いひんかくあと)@ひたちなか市湊中央

2017年09月10日 21時56分31秒 | 俳句
夤賓閣跡(いひんかくあと)@ひたちなか市湊中央




毎月の第2日曜日を見当に、公民館などを借りて「日めくり俳句会」が開催される。
会主は輪番制で、年に1度くらい担当する。



今月の担当のNさんが選んだ会場は、ひたちなか市湊中央の「湊公園ふれあい館」。





ここは1698(元禄11)年に徳川光圀により建てられた水戸藩別邸「夤賓閣」の跡地に在る。
歴代の藩主も訪れ、宴席や詩歌の会が催されたが、地理的にも防衛の要、城塞としての機能もあった。




太平洋や那珂川の河口を見渡す景勝の地。
1864(元治元)年に騒乱で焼失、現在は湊公園として親しまれている。











往時を偲ぶものは、須磨明石から取り寄せた黒松が12本。

樹齢300年を越えた幹や枝ぶりは見事なものだ。



公園内を散策しながら、俳句を作る。





「イワレンゲ」は本州(関東以西),北九州の海岸の岩地などに野生し,観葉植物として古くから栽培される,ベンケイソウ科の多肉植物。

月例会は午後1時からの開催なのだが、本日は午前10時から開催。
12時までの2時間が吟行。
その後、出来た句を互選し鑑賞する。

俳句の会ではあるが、飲み食いしながらの雑談が楽しい。
当日だけ句作をする小生にとって、花より団子。



Nさんの手作り「栗ご飯」のお弁当。
美味しくいただきました。


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句集『煙渚』 (2011年3月10日発行)  幡谷耕三

2011年04月03日 23時48分26秒 | 俳句
句集『煙渚』 (2011年3月10日発行)  幡谷耕三




今回の大震災で多くのお寺さんが被害に遭った。
本堂の瓦屋根、築地塀、さらに墓石の倒壊は9割以上だろう。

水戸市緑町の信願寺の幡谷唯深(耕三)さんを訪ねた。
参道入り口の後藤清一さん作の門柱は健在で安心したが、本堂の瓦や墓石などの被害は大きかった。
復興にはかなりの時間と予算が必要となろう。
この際、副住職を本部長に再建計画に取り組んでいただくのはいかがだろうか。


幡谷さんは読書家・愛書家で詩や俳句もつくる。
俳句会「日めくり」の創立同人だが、今は退会され独自の道を歩んでいる。
僧侶ながら文学者の雰囲気を漂わせている。
句や詩を纏め、何冊か出版している。

帰りしなに、最近出したのですがと、句集『煙渚』を戴いた。
以前にも同じ題の句集を戴いたことが有るように感じる。
タイトルに何らかの拘りがあるのか。
煙渚の意味が分からないので、戻って調べた。

「春眠暁を覚えず」(「春暁」)で知られる、孟浩然の、

建徳江に宿す
舟を移して煙渚に泊まれば
日暮れて 客愁新たなり
野は曠ひろく 天は樹に低たれ
江は清く 月は人に近し
に依るのだろうか、とにかく「川霧の立ち込める渚」の意らしい。
次回、訪ねた際に訊いてみよう。

句集をめくると、季節ゆへ櫻の秀句が目に付いたので、幾つかを。


會ひにゆくこの櫻あの櫻とや
うしろにもまはつてみたる櫻かな
花下にゐて見頃は明後日あたりてふ
咲き満ちて花の重みの中空に
水平に枝を伸ばして花ひろぐ
遠まきに仰ぎて枝垂れ櫻かな
舞い上がり舞い上がりゐて花落つる
花片の寄り重なりし水溜り
花を見て花を見てまた花を待ち
山門の闇を分けたる花の冷



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雪後の天

2011年01月16日 23時07分05秒 | 俳句
雪後の天


雪止んで日ざしを給う伎芸天  細見綾子



昨晩から降り出した雪、朝には5㎝以上降り積もった。
水戸近辺では雪を見るのは、一冬に数回だ。
それだけに、雪を心待ちにする。
雪の朝、降り積もった街を散歩するのは嬉しい。
全ては、天からの授かりもの。




降りやんだ翌朝、日ざしとともに溶け去る雪も風情がある。


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金子 兜太講演会「水戸で出会った人と本」

2010年11月20日 20時04分42秒 | 俳句
金子 兜太講演会「水戸で出会った人と本」

国民読書年記念講演会 11月20日 午後2時~  
@水戸市三の丸常陽藝文ホール





旧制水戸高等学校に学んだ俳人の金子兜太さん(91)の講演会が開催された。
朝日新聞の俳句欄の選者でNHKの俳句番組の常連、戦後の俳壇をリードしてきた人物だけに多数の人が詰めかけた。
さらに旧制水戸高等学校の関係者も多く、いわば里帰りの感じもした。
現代俳句協会名誉会長を努める俳句界の重鎮だが、気取らず・ズバズバと話す語り口は絶妙で、とても91歳とは思えない若さだ。




「水戸で出会った人と本」と題し、水戸高等学校時代の思い出を話された。

埼玉県出身の金子さんは、バンカラな校風に魅力を感じ旧制水戸高等学校に入学した。
水戸高等学校の教官・長谷川四郎から西田幾多郎の『善の研究』倉田百三の『出家とその弟子』阿部次郎の『三太郎の日記』を読むように勧められた。
この3冊は旧制高等学校の生徒の必読書であった。
とりわけ『善の研究』は生涯を通じて、自由の精神・自分の感性をもとに生きる根幹となったという。

在学中、出澤 三太の誘いで句会に参加「白梅や老子無心の旅に住む」が俳人・金子兜太の初めての一句。
以後、次第に俳句の世界にのめりこんでいった。
出澤は東京の麻布中学の出身で「彼ほど自由で天才的な能力を持った人物に出会ったことがない」と言い、付き合いは終生続いたという。

金子兜太は花や鳥ではなく人間と現実、社会を意識した俳句を詠む。

人体冷えて東北白い花盛り
蛾のまなこ赤光なれば海を戀う
彎曲し火傷し爆心地のマラソン
梅咲いて庭中に青鮫が来ている
おおかみに螢が一つ付いていた

などが代表作といわれるが、「少ない文字で、制約があるからこそ自由なのです」と自分の感覚を大事にした生き方を強調していた。





今回の講演会に合わせ、句碑が水戸市松本町の庭園「保和苑」に建立された。
碑には「白梅や老子無心の旅に住む」の一句が刻まれている。
文字は、金子さん自筆による色紙を拡大した。

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雲巌寺 @栃木県大田原市黒羽町

2010年09月02日 02時43分22秒 | 俳句
雲巌寺 @栃木県大田原市黒羽町

「高瀬観光やな」を後に水戸に戻る予定であったが、Uさんご夫妻から「この近くでどこか行きたいところがありますか?」と問われ「雲巌寺に行ってみたいのですが」と答えた。
カーナビによれば簗から20㌔北に位置する。

先ほどまでよりさらに細い道を行くこと約30分、雲巌寺門前の駐車場に到着。

雲巌寺は松尾芭蕉が奥の細道紀行で立ち寄った寺として知られている。
元禄2年、奥の細道行脚の途中、日光を訪れた後に矢板・大田原を経て黒羽に至り、旧知の翠桃の家に泊まった。
数日をこの地に滞在し、その間、雲巌寺の裏山に仏頂和尚の山居の跡を訪ねた。



武茂(むも)川に架かる朱塗りの瓜(か)てつ橋を渡ると石段がある。





端正な植木を傍らにした石段を登り詰めたところに「雲巌寺専門道場」の看板を掲げた山門が構えている。
山門を抜けると広々とした境内に出る。



境内はさほどに広くはないが、いかにも禅宗のお寺といえる質素な佇まい。



閑雅な山懐に抱かれた落ち着きのある堂宇が立ち並ぶ。





方丈の前には秋明菊の白、赤のサルスベリの大木。



古木と共に草花も植えられ、まことに風情のあるお寺だ。



山門と仏殿の間の左側に、仏頂禅師と芭蕉の歌碑がある。

竪横の五尺にたらぬ草の庵むすぶもくやし雨なかりせば (仏頂和尚)
木啄も庵はやぶらず夏木立 (芭蕉)



仏頂和尚は、深川在住時代の芭蕉が朝夕なく参禅に赴いた禅師で、芭蕉の作風に大きな影響を与えた人物である。
鹿島の根本寺の住職を辞して隠棲していた仏頂和尚を訪ねたのは貞享4(1687)年。
その時の紀行文『鹿島紀行』には
寺に寝てまことがほなる月見かな(芭蕉)

先月、横手・酒田への旅で『奥の細道』に関する幾つかのところを訪ねることが出来た。
程なく、雲巌寺に来れたのも何かの縁か。

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日めくり俳句会、

2010年01月18日 22時49分29秒 | 俳句
初句会


日記の如く一日一句を作る。ことを目的として発足した俳句会は30年を過ぎた。
かなり初めからの会員だが、何時まで経っても出来ない。

それでも続いているのは、会友の皆様が理解による。
新年になると今年こそは!と決意を表明するが、めったに出来ないのは我ながら情けない。



新春句会が開かれ出席した。
参加者の兼題と席題で僕の好きな徐々にご披露してゆきます。






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「日めくり俳句会」

2009年12月12日 19時59分24秒 | 俳句
「日めくり俳句会」 @水戸市国際交流センター

日めくり(最近、目にする機会が少ないが暦の一種)の如く、一日に一句の俳句を作ろう。
という望みを持って作られた俳句会、が結成されて30年くらい経つ。
僕も、発足して間もない頃に参加した。
当初は訳も分からず面白がっていたが、その内に行き詰まってしまった。
以後は、名ばかりの会員という状況が長く続いた。
昨年辺りから、まともに出席し、俳句も作るようになった。

この俳句会に宗匠はいない。
会はメンバー全員の輪番で運営される。
年に1~2度、月例会を主管しなければならない。

12月は僕の担当で、例会は明日(13日)だ。
事前に、お題を出し、締切日までに会員の句を集め、作者名を伏せた一覧表を作る。
等の作業をしなければならない。

句会当日は、メンバーが集ったらその一覧表から各自が好みの句を選ぶ。
それらを集計してその日の高得点者が選ばれる。

という流れになるが、12月は皆さんお忙しいようで、投句と参加者も少なめのよう。
御題ごとの句を並べました。
好みの句がありましたら、コメント下さい。

帰り花

① 帰り花予後よくて読む方丈記
② 帰り花空に描いて筆重し
③ 帰り花せめては蝶のありうべし
④ 帰り花これより山方宿といふ
⑤ 返り花弥七の墓は山襞に
⑥ 士族むかしこの辺りにか返り花
⑦ だらだらの下り坂なか帰り花
⑧ 古里は一ッときめて忘れ花
⑨ 狂い花金子光晴なが眉毛
⑩ 入植地日は翳りけり忘れ花
⑪ 帰り花手元の鋏失せにけり
⑫ 地のままで生きてゆこうよ返り花
⑬ ビル街の午後の公園返り花
⑭ 番をよくする犬のいて帰り花
⑮ 言の葉によらぬ語りよ帰り花
⑯ 帰り花卑近なる夢多く見て
⑰ 帰り花車窓に映るシャッター街
⑱ パステルの服着替えおり帰り花
⑲ 黙々と皆ウォーキング帰り花
⑳ 帰り花憧れる能の花供養
21 帰り花正子に捧ぐ花供養
22 廃村のポストが赤い忘れ咲き
23 狂い花口座振り込む甲のシミ
24 帰り花無口な人の声を待つ
25 珍シキト云えぬコトな狂い花
26 狂い咲き十年の時巻き戻し
27 シナトラの盤の針飛ぶ忘れ花

牡蠣

① 「死のうか」と云ひしはむかし酢牡蠣喰ふ
② 名産の牡蠣お歳暮の夢届く
③ 菜箸を寄越しなさいよ牡蠣の鍋
④ 牡蠣したたり女孕みをり海へ
⑤ かき鍋や父は厳しき父ならず
⑥ 牡牡蠣や海なき民の古代文字
⑦ 手の爪をきるころである酢牡蠣喰う
⑧ 妹は姉にしたがひ牡蠣フライ
⑨ お互ひの齢(よはひ)嗤って牡蠣すゝる
⑩ 本心は小さな牡蠣を好みけり
⑪ 喉通る檸檬滴る牡蠣啜る
⑫ 牡蠣鍋やコレステロールは置いといて
⑬ 牡蠣食えば巡る季節に巡らぬ士
⑭ たちまちにその身隠すや鍋の牡蠣
⑮ 小振りやなランチタイムの牡蠣フライ
⑯ 牡蠣鍋や満面喜色老女会
⑰ 刷り込みの記憶とざして牡蠣啜る
⑱ 生ガキが好きで気弱で痛風で
⑲ 品書きの酢牡蠣頼んで話継ぐ
⑳ 牡蠣殻は燃えないごみに入れるのや
21 誕生日家族揃って牡蠣フライ
22 昼なれどオイスターバーに客多し
23 待ちわびた「かき徳」の樽届きたり

酉の市

① 人波のいよよ荒れゆく酉の市
② 熊手あげ念仏万倍酉の市
③ へこみある石畳沿い二の酉へ
④ 教へ子の肩車する酉の町
⑤ 背伸びして何を量るや酉の市
⑥ 酉の市耳の大きな人の居て
⑦ チャリティの絵を搬入し一の酉
⑧ 吉原でちりぢりとなる酉の市
⑨ 大事には至らず小吉お酉さま
⑩ 熊手より手締め大きく酉の市
⑪ 先代もまだ店に立ち酉の市
⑫ 縁起物なりとのみ知る酉の市
⑬ 産土に生き死ぬ者ども酉の市
⑭ 万太郎荷風あらずも酉の市
⑮ 二番底の暗き風あり酉の市
⑯ 福徳を恃(たの)む伉配(こうはい)酉の市
⑰ 大火事の昔ばなしや三の酉
⑱ 芸人の喜怒哀楽や酉の市
⑲ UFOを見たと子が言ふ一の酉
⑳ お酉さま夢をみさせてくんなまし
21 酉の町今も美登利が在る如く
22 酉の市まづは「藪」から正太郎

俳句と遊ぶのが目的の句会だが、終了後の飲み食いの集いも楽しみの内。
明日は、余興に「香を聞く」隠し玉も準備した。


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写真俳句

2009年02月12日 01時02分47秒 | 俳句

俳句の本を読んでも、作らなければ。

『日めくり』と言う名の俳句会が発足して間もなく仲間になった。
丁度30年前のことだ。それ以来、俳句は出来ないし、出席もしないのに、名前だけ連ねてきた。
普通の結社や会は、宗匠或いは会主が存在するが、この句会は会員が持ち回り運営しているので、そんな我が侭が通用した。さらに、かなりの会員が入れ替わっているが、寛容な方たちが多い、自分の気持ちが「いつかは、一日一句を作りたい」の気持ちだけは有ったからと感じる。
やっと、此処1年まともに出席し、句会の当番もする様になった。

今月15日、当番をする。会員から提出された句を清書する等、事前の仕事が在る。
自分の句も作らなければ成らないのに、未だ出来ない。
そこで、県立図書館で俳句関連の本を借りることにした。
《何かきっかけがつかめるのでは》との甘い期待を持って。

『鈴木真砂女歳時記』      PHP研究所 鈴木真砂女著
『万太郎俳句評釈』       富士見書房  戸板康二著
『森村誠一の写真俳句のすすめ』 スパイス   森村誠一著
の3冊だが、写真俳句が一番好都合そうに思えた。

書き出しの“誰にでもできる写真俳句”が気に入った。
『散歩の都度持ち歩いているデジタルカメラで、予感が走った光景を撮影するようになった。後で撮影した映像をじっくりと観察している間に俳句が生まれる。時には俳句が閃いてから撮影することもある。』さらに、俳句と写真がセットになってしまい、ホームページに写真と共に掲載したら、意外と面白いことを発見した。と記されている。
『私はデジカメを手に俳句をひねりながら、人生の大きな楽しみを発見したとおもっている。写真俳句はわたしにとって新しい表現の発見であった。』とある。

正しくそうだと思った。
本の続きを読むことに忙しく、句作は明日にすることにした。
長続きしない自分の性格は充分承知しているが、写真俳句を作ってみよう。

梅咲くや『写真俳句』と遊びおり  阿髯


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