「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

臥龍の門―トッキー メキシコに行く

2008年11月29日 21時04分07秒 | 水戸
臥龍の門―トッキーを制作中の濱 恵泉さん。

昨年9月、日比谷のホテル「ザ・ペニュンシラ東京」の開業時に、1階ロビーに設置された竹を素材とした立体造形『臥龍の門―トッキーここにいる』は水戸在住の造形作家・濱 恵泉さんの作品。

本年1月、ホテルより濱さんに「ロビーの作品と同じものを作って欲しい。
というメキシコからのお客様がいらっしゃるのですが」との連絡があったそうだ。
1年に渡る制作で、疲労困憊の状況であったので無理と思いお断りした。
しかし、その後も何度か、是非お願いしたい。
との依頼があり制作を引き受けたとのこと。

間もなく制作が終了し、コンテナで発送するするので、製作現場までいらっしゃいませんか。
との電話を今朝戴いた。
早速、元吉田町の竹材店の倉庫をお訪ねし、完成間際の作品を拝見した。
台座の部分と本体と2部に分かれているが、最終的な据え付けは、来年1月にメキシコに渡り完成させるとのことだ。
依頼主のメキシコ人F.ゴメス氏が如何なる人なのか?
詳しいことは、通訳を介した交渉で未だに分からないが、メキシコに行ってからのお楽しみ。
ということらしい。
来年1月、メキシコから戻ってからの話しが楽しみだ。
水戸生まれの『トッキー』が世界に翔くのは嬉しい。

因みに、この作品は竹で出来ている。竹を割きその裏側の節の部分を表に出してある。
その部材を細かく切り、それをステンレスの針金で繋ぎ合わせる行程を経て出来上がる。


コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

三渓園の古建築と庭

2008年11月28日 23時36分30秒 | 庭園
三渓園の臨春閣

かねてから、横浜の三渓園に行ってみたいと思っていた。
僕の好きな、鎌倉東慶寺の仏殿が移築されているからだ。
現在開催されている「横浜トリエンナーレ2008」(9月13日~11月30日)の会場の一つとなっているので、トリエンナーレ鑑賞を兼ねて行くことにした。

三渓園は、生糸貿易で財を成した横浜の実業家・原三渓の元邸宅。
彼はここに京都や鎌倉などから歴史的に価値の有る建造物を移築し、明治39(1906)年「三渓園」として一般に公開した。
175,000㎡(約5万3000坪)の園内には、10棟の重要文化財を含む17棟の古建築物が四季折々の自然の景観の中に巧みに配置されている。
第二次世界大戦では大きな被害を受けたが、昭和28(1953)年原家から財団法人三渓園保勝会の手に移されたのを機に復旧工事が行われ、5年後にほぼ昔の姿を取り戻した。
(入園時のパンフレットに拠る)

とにかく敷地が広い。
水戸の偕楽園が約15㌶で三渓園は17.5㌶だから、如何に大きいかだ。
三渓園の名のごとく谷合から3本の水脈があり池に流れ込んでいる。
中央の小山の頂上には旧灯明寺の三重塔(1457年)聳えている。関東地方では最古の塔とのことである。



トリエンナーレの第4会場としては、丁度、旧東慶寺仏殿周辺が会場。

中谷芙二子の作品は。


「雨月物語-懸崖の滝」とだいされ、流れに落ちる小さな滝周辺に人工的な霧を発生させ、幾つかの照明を当て、幻想的な空間を演出している。隣り合わせの旧東慶寺仏殿まで霧が流れてくる事もある。

ホルヘ・マキとエドガルド・ルドニッキーの作品は。
堂内に、毎回10名が入場して約20分間、退出不可能な中で、瞑想状態に成ることらしいが、お堂の外観を拝見し、写真を撮影いたので、十分と己を納得させて辞す。隣のは白川郷から移築した合掌造りの住宅。
ティノセガールの作品は。
旧矢箆原家の住宅(上記の合掌造り)の広間で、男女2人のダンサーが絡み合ってスローモーションのごとくの動き(ダンスの一種という事なのだろう)を無音の中で、延々と繰り広げる。
作家は何もせず、観客がある体験をするような状況を設定するだけで、観客の心に留めることのみが、作品ということらし。
内藤礼の作品は。
「横笛庵」という茶室の部屋に灯明をともし、くもの糸の様な細い繊維が、灯明の熱の対流効果で揺らめいて観える。繊細な素材を用いて穢れなき静謐な空間を織り上げ、小さな存在を慈しみ、空気、光、時は取り込まれて、そこに佇む人たちと一体化する。

何れの作品も三渓園の自然と古建築に融合し、現代美術から受ける軽さを感じなっかた。
如何にに環境が重要かとも言える。
正門を入って中央の道の左手が大きな池、中央の山の上に旧燈明寺の三重塔が聳え、左手の一帯が外苑と呼ばれ、今回のトリエンナーレに使われた建物が点在している。
右手が元は原家の住居部分や接待に使われた内苑と称されている部分。
鶴翔閣は原家の旧宅。横山大観など三渓と交流のあった多くの文化人が出入りした場所としても知られている。
参詣は若き芸術家の支援や、関東大震災後の横浜の復興など多方面に功績のあった人物。
臨春閣は紀州徳川家初代・頼宣が紀ノ川沿いに建てた数奇屋風書院造りの別荘建築。
聴秋閣は京都・二条にあった徳川家光・春日局ゆかりの楼閣建築。
他にも月華殿、天授院、春草櫨など古建築が庭の間に点在する。

この日も池や水路の補修工事をしている人達を見かけたが、庭園の維持管理には沢山の人手が必要だ。
初冬の三渓園目立つ花々は無かったが、静かな風情を楽しんだ。


コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小春日和

2008年11月26日 22時05分30秒 | 水戸
小春日和

千波湖周辺の散歩に出かけた。
近代美術館周辺、銀杏は黄葉の盛りだが、桜やポプラは葉を落とした。
作業員が落葉を掃き寄せ、集めている。
最近はエンジン付で吹き寄せる便利な物がある。
これがあれば、“西の谷の清掃も楽なのに"と思った。
帰りがけに、西の谷へ回ったら清掃作業が行なわれていた。
草刈りと、落葉集めをしていたが、ここでもエンジン付の吹き寄せ機を使用していた。

「大ナポレオン展」  @茨城県近代美術館
ナポレオン名前は知っているが、どの様な功績かを良く知らない。
この展覧会、学校教育にも役立つのだろう。先生に引率された小・中・高生が多数訪れていた。
海外では美術館に行くと学生が多いが、僕は日本の美術館であま出会ったことが無い。
もっと美術館・博物館で授業をすればいいのにと思う。
教科書で学ぶのとスケールの違いが有る。

茨城県立近代美術館で宝石のコレクションが展示されるのは初めての事だろう。
本展の作品は、海外でも有数のナポレオンの個人コレクションと東京富士美術館の所蔵品を加えた絵画、彫刻、書簡、家具、ジュエリーなどの資料により、ナポレオンとその時代を浮き彫りにする試み。大変勉強になりました。
東京富士美術館は宗教団体の運営に依るが、多くの美術館は宗教団体が設立した物が多い。
宗教と美術は一心同体なのだ。

「ちゅう心」での食事
一旦、家に戻る。
夕方は大洗の「ちゅう心」での食事会。
何せ、同行諸氏の顔ぶれが最高。

期待通り料理に大満足。
料理は言葉じゃなく自分の舌で味わう以外にない。

水戸に戻ってもう一軒。
ジントニックを2杯戴いてお開き。
このような一日、年に何度もないでしょう。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第2回「水戸のそば祭り」

2008年11月25日 21時38分36秒 | 水戸芸術館
24日のスペシャルライブは南佳孝with村上ポンタ秀一

西の谷の紅葉が盛り、木によっては連日枯葉が舞い降りる。
一日掃き掃除しないと、枯葉の絨毯だ。
初冬の11月23日と24日、水戸芸術館の広場で第2回「水戸のそば祭り」が開催された。
芸術館の広場は、都市公園として、沢山の目的に利用されている。

昨年から始まった「水戸のそば祭り今年は一段とパワーアップした。
蕎麦ブースの出店は地元水戸蕎麦の会・天狗党を始め、北海道、会津、などから7団体が出店した。特に、蕎麦うちの達人といわれる広島の「達磨」の高橋邦弘さんは昨年に引き続き出店したが、9時30分の開始なのに、開店準備の段階で行列が出来るほどの一番人気。終日行列が絶えなかった。

物販のブースもJA水戸の芋焼酎、水戸納豆を初め五浦ハムのハム焼など11団体が出店し自慢の商品を販売した。通常より安めの値段に設定された商品もあり、これまた大人気であった。

今回から、カスケードまえの特設舞台ででコンサートが開かれた。
23日は「水戸短大付属高校ジャズバンド」「okayan ギターソロ」とりは「伊太地山伝兵衛with村上ポンタ秀一」のスペシャルライブが開催された。
村上ポンタ秀一は水戸で何度かのライブコンサートを開いているので大勢のファンが詰め掛けた。エリッククランプトンから始まりブルース、歌謡曲とレパートリーは広い。
あっという間の1時間であった。
24日は「水戸工業高校ブルービギナーズ」「村上さんとその仲間たち」「アメリカングラフィテーバンド」「ザ・バンブルビート」
とりは南佳孝が出演。「ウヲン・チュー」等を渋く唄った。終盤に村上ポンタ秀一も加わる熱演。


街の魅力は食べものや音楽などが重要な要素だ。
朝から晩まで大賑わいの、そば祭りであった。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

P-project vol.04

2008年11月22日 23時50分13秒 | 水戸
P-project vol.04
2008.11.23 SUDAY. 13:00-18:00 @ 八百徳本店駐車場

P-project は
①水戸市街にある駐車場のリサーチを通じて、その実態や活用方法を探り、今後の駐車場のあり方を考え、駐車場の新しい見方や使い方を提案する。
②また、「駐車場で遊ぶ」をテーマに様々なイベントを開催する事で、新しい駐車場の使い方を実践し、街中に活気ある風景を作り出すことをめざす。(リーフレットによる)

全国どこの都市も、街中はコイン式の駐車場ばかり、何とか味のある方法はないのか?
とは誰も感じるだろう。
その答えの一つをP-projectが出した。

カフェイン水戸の展示期間中、南町のMZビルの2階に、彼らが行ったプロジェクトの原案や、開催時の写真が展示されていた。
今回は最終回。たくさんのメニューが用意されている。
パーキングカフェの出現、ミニレクチャー、ゲリラライブ、カフェイン水戸街歩き、など。
どのような内容かは、明日、参加してからの報告。

23日24日は、水戸芸術館の広場で「第2回水戸の蕎麦祭り」が開催される。
時間は9時半から4時まで。
「達磨」の高橋邦弘名人も昨年に引き続いて登場する。
地元そば店や愛好会による手打ちの蕎麦腕自慢の7店のテントが並ぶ。
昨年も幾つかの店を食べたが、店の雰囲気ということも有るから、このようなお祭りで食べる。
のはいささか疑問も残ったが、ややこしい事は抜きにして食べてみましょう。

スペシャルライブ ..として「伊太地山伝兵衛と村上ポンタ秀一」の演奏も有る。
こちらも行ってみたい催事で、掛け持ちするようかな。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今週で終了『カフェイン水戸2008』 壱

2008年11月22日 09時42分46秒 | 水戸芸術館
芸術館広場に設置された、塩谷良太の陶製の巨大クリップ。
「はさむ」という一貫したテーマに取り組んでいる。

街中をアートに!と始まったカフェイン水戸2008も11月24日まで、この週末の3日で終了だ。
同時に開催されている「日常の喜び」展は来年の1月18日まで開催されている。
この2つの展覧会は、一心同体のようなもので、様々な人たちが、街とアートで元気なろう。という企画だ。
このような動きは全国的で、「街じゅうアートin 北九州2008」、「金沢 アートプラットホーム 2008」、横浜トリエンナーレに連動した「Bank ART Life Ⅱ」 等が9月から11月にかけて開催された。
僕は、横浜のみを観にいったが、伊勢崎町モール、馬車道、桜木町周辺、黄金町などに到る広い地域で開催された。
大都会ゆえに水戸のように無理すれば1日で回れる。
と言うわけにはいかなかった。
横浜という歴史があり、近代的な都市といえど多くの人たちが力を合わせ、『ひらくこと・つなぐこと』をテーマに横浜の街を楽しんでもらおう。という姿勢が感じられた。

同様の趣向の『カフェイン水戸』すべてを回っていないので、今日・明日は案内マップを片手に回るつもり。
今回多くの人たちが水戸を訪れ楽しんでくれたと、確信している。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

妄想屋台祭り 4

2008年11月16日 21時45分16秒 | 水戸芸術館
雑談処

酒を飲みながらの雑談どころ。
思わぬ人との出会いがあった。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

妄想屋台祭り 3

2008年11月16日 21時41分13秒 | 水戸芸術館
蒸かし饅頭

旧県庁差でも訪れたが、この屋台は楽しい。
老若男女が集う。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

妄想屋台祭り 2

2008年11月16日 21時39分27秒 | 水戸芸術館
移動書店

今回の屋台祭り、移動古書店も登場した。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

妄想屋台祭り 1

2008年11月16日 21時37分59秒 | 水戸芸術館
記念写真

多くの人たちが水戸を訪れてくれる。
有りがたいことだ。
記念撮影を後ろから、撮らせて頂いた。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「無量寿寺」

2008年11月15日 23時45分47秒 | 文化遺産
「無量寿寺」本堂

神社や仏閣を巡るのを楽しみとする人は多い。僕もその一人だ。
社寺の建物、仏像、神像、絵画など、それぞれに魅力が有る。
立地としては、山の上や高台など、眺めの良い所に在ることが多い。
長い間、大切に守られてきた場所ゆえに、大木等も多く、自然の偉大さを知らされる。

紅葉の時期は県北を訪ねるのが例年のことだが、たまたま鉾田市に用事があり、途中にある無量寿寺を訪ねてみようと思った。
寺伝に拠れば、無量寿寺は西暦800年頃に法相宗の寺として造られ、1220年頃つぶれかけていたこの寺に親鸞上人が訪れて数年間住み込み、関東の布教に励んだ場所だ。
台地の縁の眺めの良いところで、茨城の名勝100選にも選ばれている。
境内には樹齢七、八百年を越える、菩提樹、かや、けやき、杉、まきなど数多くの大木が覆いかぶさるように生い茂っている。
急な石段を登ると山門がある。
本堂は1600年代後半の建物というが、数年前に改修工事も済んで茅葺屋根の美しい姿を見ることができた。
梁には彩色された龍の彫刻が睨みをきかせている。
傍らには、この時期ならの菊鉢が沢山並び、菊の香でむせ返るほどだ。
香りに引き寄せられたミツバチの群れが飛びかっていた。

この寺には浄土真宗を開いた親鸞の師、法然の生涯『拾遺古徳伝』が伝わっている。
鎌倉時代の後期に作られた物で、国指定の重要文化財だが一般公開はされていない。
もとは,全九巻,あるいは全十巻あったが,1608年(慶長13)の火災で大部分を焼失し,残りの部分で一巻に作り直された。
縦は40.3㎝,縦1979.8㎝の絵巻とのことだ。


下富田という所にもう一つの無量寿寺がある。そこも同じ浄土真宗の寺で大谷派。
徳川幕府の政策により同じ寺が分断されたのだろうが、これ程近い場所に、同名の寺が在るのは珍しい。

近くに、航空自衛隊の百里基地がある。
時により、戦闘機の訓練飛行の爆音が聞こえてくる。
雷鳴以上の轟音で、毎日、この爆音にさらされる生活も大変な事と思った。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「幕末日本と徳川斉昭」展

2008年11月13日 21時38分17秒 | 博物館
茨城県立歴史館の銀杏並木

久し振りの快晴で、一日中一片の雲もない秋空が夕暮れ時まで続いた。
澄み渡った空に陽が沈む空の色の変化は、神秘的な美しさであった。
陽が沈む前後の空は見飽きる事がない。
今日(11月13日)は茨城県民の日。
県立の博物館や美術館、植物園等の入場料が無料または割り引き料金で入場できる。
僕は歴史館の「幕末日本と徳川斉昭」展を観に行った。
展覧会よりも歴史館の庭の銀杏並木を見に行った、ともいえるが。

旧県庁舎前の銀杏がまっ黄色に変わる景色が大好きだったが、堀の土手改修の際かなり切り詰めたので、暫くの間は幻の風景となった。
今は、美術館前の銀杏並木と、歴史館だ。

沢山の銀杏の実が落ちていて、踏まないように歩くのは難しいほどだ。
拾い集めている人も沢山いる。新物の銀杏の色と香りと味は何より季節を感じる。炬燵に入って、炒った銀杏の殻を外しながら食べるのは季節の定期便。
以前は拾い集めて土に埋め、掘り出して水にさらして作ったが、最近は買ったものですましている。

徳川斉昭展は,斉昭を中心とした水戸藩がの歴史の転換期に果たした状況を展示している。
水戸学といわれる思想が、明治・大正・昭和の皇国史観に影響を与え、太平洋戦争にまで到ったと思う。
当時の情況の下で選択は多難であったろうから、現在の眼で見てどう、とは言えないし、良く分からない。
展示品の古地図や絵図は現在の町並みから想像できるのは興味深かった。

「追い鳥狩」が軍事訓練であった状況や、石川島での軍艦の建造、反射炉の建造と西の谷の神崎での大砲の鋳造などから、幕末当時の日本が外国からの侵略を“何とか防がなければ”と必死であった事が推測される。
戦後60年以上を経過し、アメリカ発の最大の不況を迎えようとしている現在だが、当時に比べたら、マダマダ楽な状況といえるだろう。


コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

晩秋の千波湖畔

2008年11月12日 20時36分25秒 | 水戸
千波湖畔の紅葉も見事です。

妄想屋台祭りの仕掛け人、きむら としろう じんじん さんの屋台が、千波湖畔はなみずき広場に展開している。
とのことで、訪ねた。
雨が降り出しそうで寒空にもかかわらず、大勢の人が詰めかけ、茶碗の絵付けに励んでいた。
前回よりパワーアップした感じのする、楽焼釜つき・お茶道具を積み込んだリヤカーが広場の中央に置かれている。
脇の大型パラソルの下では茶碗に向いて絵付けしている人たち。
人数が多く、絵付けが終わり窯に入りきらない、茶碗が並んでいた。
今年で3回目の水戸登場、知名度も高く人気者だ。
お茶碗つくりは1個1500円。
お抹茶は1杯300円と言う安さなので順番待ちの行列。
お抹茶を戴くつもりで出かけたが、時間の都合で茶碗を焼くのに専念するとのことで、あきらめ千波湖畔の紅葉を愉しんだ。
千波湖畔南側駐車場付近の黄色に色付いた景色はなかなかのものだ。
湖面には鴨や都鳥も飛来し、既に冬の趣だ。
千波湖を中心とした緑地帯は水戸の宝だと改めて思う。

街中に戻り、アートワークスギャラリーで開催中の「山口みちよ展」を観る。
鍛金の作家とのことだが作品は多彩。メインは三本足の椅子(オブジェ)だが、時計の家、揺れる花いれ、など大小30点が展示されていた。
どれも工芸品としての完成度が高い。
小さな花入れや、ペーパーウェート等は手元において愛玩したい品々だ。
物は増やさず、少なくしようというのが、僕の最近の考え。
欲しい気持ちをぐっと抑えた。

芸術館の広場に行くと、八幡神社境内に展開予定だった「呑み処 ひばち」が営業していた。
天候が良くないので急遽、回廊の下に変更したとのこと。
御酒一杯200円。ぐい飲みは300円だという。
石畳にござを敷き、座布団に座して昼間から酒を飲む至福の時間を体験した。手製の囲炉裏端はミニ居酒屋の雰囲気で気分は最高。

寒空の下ではあったが、深まり行く秋を愉しんだ。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「妄想屋台まつり」

2008年11月10日 23時39分54秒 | 水戸芸術館
マエノマサキさんと平山美雪さんの屋台

「カフェ・イン・水戸2008」の関連企画の一つなのか「妄想屋台連合」が結成され、市内の広場や公園で屋台がパフォーマンスを繰り広げた。各自ののアイデアを基に制作された総数23の屋台は11月9日、12日、15日、16日にされるが、内容・時間・場所等は配布されているパンフレットに詳しい。

“きむら としろう じんじん”が1995年から=お茶碗を焼いてお茶も飲める=陶芸屋台カフェ「野点」を全国各地で開催した。2000年の「カフェインみと」にも参加し、好評を博した。以後2005年に引き続き、今回で3回目となる。
今回の妄想屋台連合は彼から始まった。190センチの長身を奇抜なメイクと衣装で飾り、窯とお茶道具を載せたリヤカーを引いたパフォーマンスは一見の価値がある。前2回は拝見したが、期間中もう一度見るつもりだ。

9日の肌寒い曇り空の下、旧県庁舎跡地の公園で何台かの屋台に出会う。
その中の1台は「ストーブ屋台」リヤカーの上にストーブを据付、竈(カマド)を載せてマキを燃し蒸しパンを製造している。
お茶つきで1個が200円。ストーブの上には餅網も載せられ焼き物も出来る。
ストーブの火の中にはさつま芋がアルミフォイルに包まれて投げ込まれている。
程なく焼き芋が出来上がり。
煙突からは煙も流れ誠に暖かみのある風景だ。
200円で蒸しパン、焼き芋、お茶をご馳走になり寛いだ。
パンフレットに拠れば屋台の脇には“真っ暗な箱の中で絵を描いてみる”と言うパフォーマンスもやっていたらしいが、気が付かなかった。
出来れば、この屋台を譲り受けリヤカーを引きながら、全国を放浪したいものだ。と思った。
終了後、借り受けて試してみたい。

今回の「カフェ・イン水戸」屋台連合は新たな楽しみを提供してくれた。


コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

はかないものです

2008年11月09日 03時25分50秒 | 蕎麦屋
蕎麦食いで酒好きだったSさん。
ここは、神田の藪蕎麦ですが。

俳句の会のメンバーの一人の母親が亡くなり葬儀に出た。
めったに着る物でもない喪服は虫干して仕舞うか、少しばかり置くか悩んだ。
葬儀は続く事があるが、今度は無いだろうと思い、箪笥に仕舞った。

ところが、60歳を迎えたばかりの友人Sさんが墜落死した。
との知らせを受けた。

彼は以前に脳梗塞をしてるから、そのことかな、と思った。
私は不在で、電話を受けたのはカミサンなので要領を得なかった。

通夜は行けず、葬儀の際の参列者の話では、屋上から転落したようで、打ち所が悪かったのだろう。
しかし、若年の友が先に逝くのは、なんともやりきれない。
人生は歳の順とは限らないとしても、少し早すぎた。

16日の句会は、故人を偲んで盛大に飲みますか。


コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする