「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

iPadから

2011年06月30日 06時44分12秒 | 生活
iPadを購入しました。使い方が分からず試行錯誤です。でもたのしい!
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水戸市南町3丁目のことなど、 

2011年06月27日 20時49分05秒 | 水戸
水戸市南町3丁目のことなど、  2,001/6/27




如何にもどんよりとした梅雨の一日だが、今日も、楽しい出会いが有った。

南町3丁目の鋪道の植え込みのアジサイが見ごろ。
商店街の人達が育てているが、見応えのある樹形になってきた。




国道50号は水戸から前橋まで。
北関東自動車道路の開通で便利になった。
50号バイパスもあるし、そろそろ県道にしてもよさそう。
人より車が多いのだが、交通規制して歩行者の通りにしたい。





空き店舗を利用して「被災地支援村」がオープンした、のかするのか?





老舗の工芸・美術品店「工芸デパート」が地震の被害が大きく、取り壊されることに成った。しばらくは休業するらしい。

他にも、休・廃業する店があちこちに。



歩道の花壇には。紫陽花ばかりでなく半夏生も。








皆で手をかけていると数年で美しい花壇が出来るものですね。

夕方は横手のうどんメーカー「眞壁屋」の眞壁明吉良さんと会食。
眞壁さんは水戸京成百貨店のお中元ギフトセンターに出張中、明日の朝は横手に戻られるとのこと。期間中何度か水戸には来るようだ。
「眞壁屋」さんの、うどんは最高です。
ご贈答はもとより、自家用としてもやみつきになる味です。

ジャニブロを見て、iPadに興味を持ちました。
これから、喫茶『花留談』に教えてもらいに行きます。
すごく、楽しそうな道具のようです。
使いこなせるかは疑問ですが、
未知なる世界には夢がありますね。

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FC東京戦 2-3で負けはしたが。

2011年06月25日 22時48分20秒 | Weblog
FC東京戦 2-3で負けはしたが。

前日の猛暑からうって変わって、昼前後ににわか雨。
4時のキックオフの頃はどうなるか、と思ったが晴れわたり気温は21℃。
修復の足場が架かっていないメインスタンドの両端まで使用して、観衆は5,021人。東京のサポーターが幾分多いかという感じであった。

前半を0-0で折り返したが、後半は失点。
しかし、3-1から3-2に盛返した。

負けはしたが、次のヴェルディ戦には勝ちそうな予感を得た。

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プロヴァンス への憧れ

2011年06月24日 22時43分40秒 | Weblog
プロヴァンス への憧れ



春田光治さんは子供の頃から食べることが大好き。
高校生の時代には自分で調理する楽しみを覚え、料理コンテストにも応募するほど。大学卒業後フランスに渡って本格的に料理の修業をし、 在ジュネーブ日本大使館で大使付きの料理人となった。大使のベトナム転任に伴いベトナムに。

帰国後、東京・渋谷の自宅を改装し「シェ・ジャニー」をオープンしたのは1969年29歳の時、40年以上前の話。
トマト、にんにく、ハーブ、オリーブ・オイルをたっぷり使ったプロヴァンス料理、 内臓料理やモロッコ料理・ベトナム料理など、日本初登場の料理も含めた「フランスの家庭料理」を提供して一躍脚光を浴びた。

ご夫婦で始められた小さなレストランであったが客数の増加で体調を崩し、8月は約1ヶ月フランス並みにヴァカンスをとりフランスで過ごした。

たまたま、私の友人が最初の弟子となり「シェ・ジャニー」に住込むようになった縁で「シェ・ジャニー」を訪れるようになった。
客としてではなく、営業終了後の賄料理のご相伴が目的。

次第に、大勢のスタッフが働くようになっていた、
厨房に漂うオーリーブ・オイルとニンニクの香りに魅了された。
羊肉や内臓料理のおいしさ、無塩バターの味を知ったのもそれ以来だ。

常に新しい料理に挑戦し、賄料理と云えど店で提供する以上の料理が出された。
一食を大事にし、素材にこだわるジャニー流が貫かれていた。

昭和56年(1981)に出版された『魅惑の南仏料理』は「お店のテーブルの上はいつでもプロヴァンスです」のうたい文句のように、プロヴァンス料理であふれている。



欧米人にとって、プロヴァンスは避暑地として人気が有ったが、ピーター・メイルのベストセラー、『南仏プロヴァンスの12ヶ月』(1989年)によって、世界中から旅行者が訪れるようになった。

「シェ・ジャニー」はそんなブーム以前から“プロヴァンス”だ。
それぞれの“プロヴァンス”イメージが有ろう。



料理はもちろん、セザンヌ・ゴッホ・マチス・ピカソ。






モナコ・カンヌなど有名な避暑地もあれば、ブドウ畑に羊が育む田園地帯。

プロヴァンスへの憧れは尽きない。

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FC東京戦  @ Ksスタ 16:00~

2011年06月24日 16時49分14秒 | Weblog
明日25日は、FC東京戦  @ Ksスタ 16:00~


岡山を1-0で振り切って2連勝して11位。
FC東京を迎え、今シーズン初の3連勝を狙う。

J1から降格したFC東京は現在4位。
復帰を目指し、大勢のサポーターが押し掛けると予想される。
開場以来の、満員御礼となるはずだった。
しかし、震災の為メインスタンドが使用できない。
急遽、メインスタンド両端の工事用足場のない席を使用することに成った。

JI昇格が予想されるチームの熱気はすごい。
どちらのホームゲームか分からない状態になる。
水戸は選手・サポーター一体となって、ホームとしての意地を見せよう。


スタジアム開設前からの問題だが、周辺道路の改修と駐車場の整備。
水戸市再興のポイントのひとつ。
新市長・市会議員の皆様、
明日の試合を、是非とも観戦してください。
現状を把握したうえで、対策を考えてください。

*駐車場に関しては茨城交通のスタジアム行きのバスも運行されています。
千波の旧茨城いすずの跡地が臨時の駐車場となり、無料のシャトルバスも運行されます。
鹿島スタジアム周辺には、民間の臨時駐車場が開業します。水戸でも試合日だけの営業を考える人がいてもよいでしょう。




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「カサ・デ・アルサ」フラメンコスタジオ

2011年06月23日 18時18分26秒 | 街創り
「カサ・デ・アルサ」フラメンコスタジオ 「気まぐれ工房」洋服・小物屋さん
プラザ マジョール @那珂市中台656-2





水戸から常陸太田に向かう国道349号線、中台の信号を過ぎて間もなくの所に白いトレーラーハウスが置かれた広場が在る。
プラザ マジョールはスペイン語で大きな広場、と云う意味らしい。





手前の一台が洋服と小物屋の店「気まぐれ工房」、奥の大型のトレーラーハウスはフラメンコスタジオの「カサ・デ・アルサ」。

5月29日に水戸市青柳町のカーサ・ブランカで開催された「ばら展」の際に開かれた「フラメンコ・ショー」スタジオの生徒さんが出演したので、その存在を知って訪ねた。
毎週、月・木・土曜日に東京高田馬場にフラメンコスタジオを主宰している小林伴子さんが教授に来ているとのことだ。



トレーラーハウスとは言っても、特注品でかなり大きく踊るのに十分の広さがあった。
もう一台は洋服と小物の店。
こちらは、おしゃべりしながら買い物ができるように心がけているようだ。
フラメンコの衣装も取り扱っている。

7月16日(土)13:00~18:00に広場で『青空復興市』の開催を予定している。婦人服・子供服・小物の展示販売。
16:30から、「フラメンコの野外ライブ」勿論、フラメンコギターとカンテの演奏がついている。
フラメンコを観る機会を少ない、入場は無料だから、この機会は見逃せない。

詳しくは、TEL:029-239-7474、携帯:090-1816-0342 (セキ)さん迄。



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今日22日は、夏至(げし)

2011年06月22日 22時13分54秒 | 歳時記
今日22日は、夏至(げし)



この時期の花としては夏椿が似合う。


梅雨のさなかの晴れ間、蒸し暑く気温は32度近くまで上昇した。
今日は夏至、一年中で一番昼が長い日。

春分から秋分までの間、北半球では太陽は真東からやや北寄りの方角から上り、真西からやや北寄りの方角に沈む。
夏至の日にはこの日の出(日出)・日の入り(日没)の方角が最も北寄りになる.
東京の日の出は04時25分、日没は19時00分。

京成百貨店の8階エレベーターの前からの夕日を見ることが好きだ。
今日は、地平線の上に雲が出て、日没のシーンは見られなかった。

冬至の頃とはまるで方向が異なる。
地球の営みの広さを感じる。

今年の夏も昨年並みに暑くなるのだろうか。



近所の人に戴いたホタルブクロ、通常はピンクだが白は珍しい。
イギリス、ロンドン郊外レデイングの町の19世紀の陶器製のビール瓶に。


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『春田光治・魅惑の南仏料理』 昭和56(1981)年 中央公論社 発行

2011年06月22日 14時11分30秒 | Weblog
『春田光治・魅惑の南仏料理』 昭和56(1981)年 中央公論社 発行




ジャニーこと春田光治さんと、娘のアリスさんの『フレンチレストラン シェ.ジャニー ~魅惑の南仏料理~』のブログが楽しい。
僕のブログからもリンクしているからご存じの事だろう。

先日は「ベルサイユで盆踊り」の話題を紹介させて頂いた。

その前後の記事のコメントに『春田光治・魅惑の南仏料理』がオークションで2万1千円で売られている。との書き込みがあった。
そんな!と思って検索したら事実だった。

最も、30年前の古書で原本は希少価値だが、発売時の定価は2千円。

中央公論社から~専門家の味をあなたの食卓に~と云う企画で、有名シェフの料理がシリーズで刊行された。
その中の1冊が『春田光治・魅惑の南仏料理』なのだが、今だに人気を呼び、異常な価格が付くのは何故なのか?

ジャニーは「あの当時のレシピなんてダメですよ!料理は常に進化していますから。今ブログに掲載しているのが最新版です」と云うのに。



確かに30年前の料理の本だ。

しかし、古い・新しいの問題ではなく、基本的なことが述べられている。

良い材料を選び、材料にどこまで火を通すのか、どれだけ塩を入れるか、こん「あたりまえ」が重要。

僕は、ジャニーから塩を頂き、塩がいかに大切かを知った。

レシピを全て公開し作り方を懇切に説明した、料理全集。

身辺座右の書だ。




南仏料理と云っても、国境を接したスペイン、イタリア、からモロッコなどの北アフリカのイスラム圏の料理まで含まれている。
















今では一般化したラタトゥイユ(ニース風野菜煮込み)、ニース風サラダ、牛胃袋の煮込み、仔羊もも肉とジャガイモのロースト、仔羊背肉のロースト、羊とナスの型蒸し(ムーサカ)、仔羊ひき肉の串焼き(ケフタ)、クスクス等々。

フランス人が一般的に食べているものを提供したのだが、日本のフランス料理を変革させた。
プロヴァンス地方と云うのも一般化したが、プロヴァンス料理を広めた先駆者だ。

ビストロ時代の象徴でありメルクマークだ。
もっとも、春田さんはビストロと呼ばれるのが嫌いのようだが。

常に新しく、そして美味しいものを追及する姿は鬼気迫るものを感じる。
その姿勢は常に変わらない。

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『トリエステの坂道』(新潮社, 1998 年)を片手に

2011年06月21日 14時33分50秒 | Weblog
『トリエステの坂道』(新潮社, 1998 年)を片手に



18日の須賀敦子のテレビ放映記事を読んだ、Tさんからメールが有った。
Tさんはイタリアが大好き、毎年のように訪れている方だ。
昨日、イタリアの旅から戻ったばかり、とあった。

メールの一部を披露すると、、、

4年前にトリエステに行きました。
これも須賀敦子の「トリエステの坂道」の検証と言うわけです。
本を片手にたどってきました。
トリエステなど訪れる日本人はほとんどいません。

イタリアといえば明るくてアモーレ・マンジャーレ・カンタビーレだと言う人もいますが、トリエステはそんなイタリアではなく、静かでどこか寂しい街というイメージです。

私も須賀敦子の文章はすきです。あの文章に流れるそのままの雰囲気をもつ街です。坂道の検証なんて、気取ったことをいっていますが、イタリアだからこそ、いつ訪れても同じ雰囲気につつまれるのでしょう。

そして文のなかにある本屋さんに行ったりしました。

須賀さんが感じたことをそのままは無理としてもいくらかは感じとってきたかもしれません。

今回は、私たちのボローニアの友人の個展をみてきました。
そしてリグーリア海岸にあるポルトフィーノへいってきました。
ラパッロと言う街を基点にして海岸線を電車に乗ったりフェリーに乗ったりです。
トンネルを抜けるとすぐラパッロなのですが、リゾート地とはいえフランスのニースや モナコほど垢抜けてはなくて、かといって熱海ほど俗ではないと笑いました。

以上、以下略。


18日放送のテレビ朝日の番組に対する僕なりの感想だが。
正直の話、がっかりした。
映像と本ではまるで違うのは了解している。
2時間番組なのに感動するところが一つとしても無かったのは残念だ。

NHK教育テレビの「こころの時代」を観たときの印象が強すぎたのだろうか。
とは言え、三回シリーズの次回は6月25日午後7時~も見る心算。
魂を打つ場面があることを期待して。

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「ベルサイユで盆踊り」7月2日 @ベルサイユ宮殿

2011年06月20日 22時01分39秒 | Weblog
「ベルサイユで盆踊り」7月2日 @ベルサイユ宮殿






ジャニブロに「ベルサイユで盆踊り」と云うくだりが有った。
7月2日に開催、ということしか分からない。

日本の文化を紹介する一夜で、ジャニーも浴衣を着て盆踊りを踊るらしい。

その状況は、you_tubeに掲載される可能性もある。

興味津々ですね。


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『明後日朝顔プロジェクト水戸2001』@水戸芸術館

2011年06月20日 17時53分58秒 | 水戸芸術館
『明後日朝顔プロジェクト水戸2001』@水戸芸術館






朝顔の種を運ぶ船のオブジェ。



東日本大震災により偕楽園や弘道館も大きな被害を受けた。
偕楽園は好文亭の入場は出来ないが、庭園の一部を開放するかたちで、再開した。弘道館の被害は大きく修復は時間を要するようだ。

水戸芸術館も損害を被ったため、休館している。
復旧工事の進行により、段階的に事業を再開すると発表があった。

<音楽部門>
水戸室内管弦楽団 第82回定期演奏会(7月9日,10日)
<演劇部門>
プレイ×プレイ プロジェクト(7月30日~9月10日)
女優・真野響子公演『芸能の力ー祝言と鎮魂の間に』(9月11日)
『新・幕末純情伝』(9月17日~19日)
<美術部門>
カフェ・イン・水戸2011(7月30日~10月16日)

水戸を代表する文化施設だけに、復興のシンボルとして嬉しいニュースだ。







それらに先立つ『明後日朝顔プロジェクト水戸2011』の朝顔の苗が順調に育っている。
アーティスト日比野 克彦さんが新潟県十日町市で200年に始めたプロジェクトは朝顔を育てることで地域に新しいコミュニティを作り出そうという趣旨。

2005年水戸芸術館で開催された展覧会『日比野克彦の一人万博』から継続して開催されている。
現在では全国22の地域で開かれる様になった。





水戸芸術館広場と水戸京成百貨店に植えられた朝顔の苗が育ち、間もなく蔓を伸ばしはじめる。復興のシンボルとしての朝顔の開花が待ち遠しい。


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句会の当番 @カフェ・好文

2011年06月19日 23時25分17秒 | 歳時記
句会の当番 @カフェ・好文

日めくり俳句会の当番をしました。御題を決めて会員の皆様の俳句集め、会場の設定をします。お好きな俳句はありましたか。

安居(あんご)
① 藁ぞうり揃へてひそかな夏安居
② しかたなく安居に胡坐(あぐら)おお羅漢
③ 結(けつ)夏(げ)僧釘の緩みし板を踏む
④ 雨安居や震災くぐり白地読む
⑤ 夏籠や僧でなき身を典座とす
⑥ 夏安居の人は愚直を宗として
⑦ 僧ならび義援募るも安居かな
⑧ 夏籠や闇に深さの尺度あり
⑨ 深爪をする夜半かな夏安居
⑩ 気だるさにしばし在家(ざいけ)の安居(あんご)かな
⑪ 夏(げ)籠(ごもり)や人はたしかに生かされている
⑫ 雨安居本とオーディオ蝸牛庵
⑬ ディバックの一番底に居る安吾
⑭ 細き腕髪かき上げて安吾読む
⑮ 夏籠は知らずひたすら家に居る
⑯ 夏安居や滋養に満ちた雨の降る
⑰ 尼の声跡絶えて一刻雨安居
⑱ 夏花にと手折る一枝朝露も
⑲ 夏書御終ゆ破戒僧とや夜の街

卯の花 

① 花卯木だらだらさんの念仏堂
② 卯の花の向かう久慈川母の家
③ 卯の花を写せば遠く人の声
④ 人恋し卯の花垣の志野茶碗
⑤ 卯の花や分校跡の尊徳像
⑥ 石切りの奥の部落や山卯木
⑦ サルトルの匂ひは薄れ空木の花
⑧ 卯の花や帰りそびれの挨拶す
⑨ 花卯木日暮るる刻の濃く淡く
⑩ 卯の花や塩分残る耕作地
⑪ 三方は宅地となりて卯木咲く
⑫ 古時計卯の花腐す喫茶店
⑬ 木の匠舟生の里の花卯木
⑭ 卯の花やブラウス姿の少女達
⑮ 卯の花や地下に潜りし用水路
⑯ 卯の花や少し野卑なる道租神
⑰ ぼうと見ゆ卯の花越しのランニング
⑱ 花うつぎ毎日来る人声高に
⑲ 耳掻いて極楽浄土花うつぎ



テーマ・フランス


① アル中のユトリロの塗る夏の巴里
② 夏が来てまた諦めるフランス語
③ 罌粟坊主スーチンの赤みたくなる
④ 夏の闇ヴェールのキキの影を追ふ
⑤ 麦秋や渡仏の夢のひろがりぬ
⑥ 蝸牛浄土となりぬ腹鼓
⑦ 睡蓮やメビウスの輪日と仏
⑧ かの地にも更衣あり裾短か
⑨ 初夏やいつの頃より壜の水
⑩ 青梅を落とす剣豪ダルタニアン
⑪ シャンソンの語尾は花へと夏の蝶
⑫ 夏空やトリコロールの旗の色
⑬ シャンソンの声おぼろげに夏の空
⑭ 梅雨寒し悪魔の力頼る国
⑮ マロニエや鄙には鄙のごとく咲く
⑯ カタツムリこれが美味かと覗きけり
⑰ 遠き日のルルーシュめきて黴の宿
⑱ 紫陽花と白いピアノのシャンソニエ
⑲ 名画座の記憶の標ライラック
⑳ 若かりし向日葵の花果てしなし




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MITO100万人のキャンドルナイト 6月19日(日)16~20時

2011年06月18日 21時42分16秒 | 水戸芸術館
MITO100万人のキャンドルナイト 6月19日(日)16~20時
                   @水戸芸術館の広場と回廊







生憎の雨模様となってしまったが、水戸芸術館の広場と回廊で「100万人のキャンドルナイト」が開催された。

夏至・冬至の夜8時から10時の2時間、一斉に電気の明かりを消してロウソクの灯で過ごしてみよう、と云う運動の一環。
原発事故による節電に先駆けて開催されてきた。

省エネルギーと共にゆったりとした生活を考える機会を作ろう。
ただ2時間、電気を消し「暗闇のウェーブ」で繋がり、地球上に広げて行こう。
を目標に大学生や高校生が企画・運営にあたっている。







茨城大学や常磐大学のバンド演奏やアカペラのコンサート。



地産地消のラーメン屋台。








森の木工工作教室、アロマキャンドル工房等のワークショップ。
多彩なプログラムが用意されていた。


カラフルなミニキャンドルが絵画的に配置されていたのが美しく、幻想的であった。

天候に恵まれなかったこともあるが、宣伝も行き届かず、参加者が少なかったのは残念だ。

7時からのBS朝日の、須賀さんの番組を観る都合もあって、5時頃から1時間を過ごしただけ、全てを見たわけではない。

次回は12月の冬至の頃の開催と云う。
その頃までに、原発の問題が落ち着くように願う。




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イタリアへ・・須賀敦子静かなる魂の旅 第1話 トリエステの坂道   

2011年06月18日 02時33分12秒 | Weblog
イタリアへ・・須賀敦子静かなる魂の旅 第1話 トリエステの坂道    
2011年6月18日(土) BS朝日 19時00分~20時54分




今晩7時からBS朝日で「イタリアへ・・須賀敦子静かなる魂の旅 第1話 トリエステの坂道」が放送される。

須賀敦子という名前を知ったのは、NHK教育テレビの「こころの時代」を偶々見た時だ。
何時の事か調べてみると、2000年7月23日放送の「作家・須賀敦子の軌跡~」らしい。
その放送の内容を詳しく覚えていないがいたく感動した。

早速、文庫本を買い求めた。
『コルシア書店の仲間たち』『トリエステの坂道』『ヴェネツィあの宿』どれが最初かも忘れたが、これまた心に沁みた。
読みやすい文章で、一気に何冊か読んだ。

本などあまり読まない僕には、珍しいことだった。
「この感動を誰かに伝えたい」と思ったが、話すべき人が誰もいないのが残念だった。

月日の経過とともに、須賀さんのことを忘れてしまった。
昨年11月イタリアに旅することになり、須賀敦子さんをたどる旅になれば、と思ったが、安価なパック旅行では感動を再現することには至らなかった。


今晩の番組は再放送らしい。
番組の予告の内容には次のように在る。

『須賀さんが愛した詩人ウンベルト・サバの故郷、亡くなった夫ペッピーノが愛した土地、そして父豊治郎が戦前オリエント・エキスプレスで旅した港町…そんなトリエステを、須賀さんは60歳を越えて初めて訪れた。今作は、須賀さんの望郷ともいうべき坂道の町トリエステへの「静かなる魂の旅」。ミラノ、ベネチア、フリウリ地方、そしてトリエステを巡る。』

観るのを楽しみにしている。

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「木のいのち 木のこころ」小川三夫氏 

2011年06月16日 21時27分39秒 | Weblog
「木のいのち 木のこころ」小川三夫氏 
@蝸牛文庫 常陸大宮市舟生865番地




1級建築士・エビネンコさんのお誘いで、「蝸牛文庫」開設3周年を記念講演会に参加した。講師は“最後の宮大工”といわれた西岡常一(明治41年~平成7年)の内弟子で、法輪寺三重塔、薬師寺金堂、薬師寺西塔の再建に副棟梁として参加した小川三夫氏。

昭和52(1977)年に徒弟制を基礎とした寺社建築専門の建設会社「鵤(いかるが)工舎」を設立、全員住み込みの共同生活のユニークな会社である。
奈良と栃木に拠点を構え、全国各地の寺院の修理、改修、再建、新築にあたっている。
現在は舎主を辞するも、講演活動など多方面で活躍している。




大子町在住の大工棟梁・菊池均氏との縁で今回の講演会が実現したと云うが、現代の名工の講演とあって、旧舟生分校の講堂は満員となった。


「木のいのち、木のこころ」と題した講演は、情報過多で頭でっかちの我々に、黙って実践せよ、説いてくれた。
内容を抄録し記憶にとどめたい。

弟子入りと修行

高校の修学旅行で法隆寺五重塔を見まして宮大工を志しました。
弟子入り志願したのは、高校を卒業する直前の18歳のときです。
法隆寺の境内に西岡さんを訪ねると、「子弟を養う余裕ありません」と断られました。それでも、仏壇屋などで修行を重ねている時に、法輪寺三重塔建設中の西岡さんから手紙がきました。「法輪寺へ来てもよい」という内容でした。

道具箱持参し見せたら、「こんなものでは使い物にならない」といわれました。
次に「納屋の掃除をしろ」と言われました。

そこには法輪寺の図面と棟梁の道具がありました。
納屋の掃除をしろ、と言う言葉で感じ取れという教え方です。

新聞・テレビ、建築の本などは一切禁止でした。
「頭で考えてはいけない、まず体で先に覚えろ」それだけです。


あとは何も教えてもくれず、ほぼ3か月間、毎日、刃物を研いでいました。
ようやくある日、納屋にやってきた棟梁は、「カンナ屑とはこういうものだ」そういって1枚のカンナ屑をくれました。
向こうが透けるほど薄いものでした。

私は、それから20年間、西岡棟梁とは、ただ一緒にいただけです。
何か特別のことを教えてもらったわけではないのです。

鵤工舎でも、新人は1年間掃除と飯炊きだけです。
「カンナが削りたくてしょうがない」となった時、削らせてこそ技は上達します。私が西岡棟梁から教わったのも、そういうことです。

一生のうちに教わったのは、あのカンナ屑だけです。


木のいのち


ポッと種が落ちて育った木の寿命と、植林されたものでは寿命が違います。
「自然の中で生育している間の樹齢」と、「用材として生かされている間の耐用年数」があります。

こうした木ですから、この寿命をまっとうするだけ生かすのが大工の役目です。
1000年樹齢の木なら、少なくとも1000年用材として生きるようにしなければ、木に申し訳ないと思います。
木という材料を「生命あるもの」として扱い、その生命をさらに建築物として生かすのが大工の役目だと思います。

1000年も生きているような木は、ほとんど栄養状態の悪いところに育っているものです。岩の間の松とかです。
栄養状態の良いところで育ったものは長い年月の間に木の中心から腐ってきます。木曽のヒノキでは、寿命が600年くらいです。

自然にまかせる。



法隆寺、薬師寺などは、礎石立ちしているから木が腐りません。
飛鳥時代の法輪寺も同様です。



基礎となる石の上に、ただ柱が置いてあるだけで建っています。
自然石の上に立てられた柱の底は方向がまちまちです。
地震が来て揺すられても力のかかり方が違います。
“遊び”のある動きが地震の揺れを吸収します。

屋根の重さが柱にかかっているため、普通に建っている場合は、動かないわけです。柱と基礎部の石、礎石、は繋がっているわけでありません。
一つ一つ、石の表面が違います。
石の凹凸通りに印をつけ、それに合せて柱の底を削るわけです。
柱を立て、柱にはしごをかけてみて倒れなければ大丈夫です。


ゆっくりのんびり。


昭和52年東大寺大仏殿の工事をやりました。
屋根を支えているのは、2本の松の梁で元禄時代のものでした。
九州の霧島の松を使っていました。

当時、奈良には大きな木がなく、霧島の木を使ったのだと思います。
どのようにして運んだか。人10万人、牛4000頭を使ったといわれます。
むかしは、木を運ぶのに時間が大変かかったわけです。
一方、この時間がかかったことが物を作るには良かったのです。
山に生えている木は、そのまま伐採しては使えません。
少し寝かして、木の癖を出してから使うわけです。

現在は、何でも早く、早くといっていますがこれではだめです。
木を自然に乾燥させ木の癖をだしてはじめて使えるようになるのです。




講演の後、小川氏による槍鉋の実演があった。




槍鉋は、現在使われている台鉋ができるまでは使われていた。



両刃で刃は先端に向かって上の方に反っている。
法隆寺の柱もこれで仕上げてある、とのこと。

*6月22日 NHKのBSプレミアムで小川三夫氏のインタビュー番組の放送が有るとのことだ。
番組表チェックしたら見当たりません。別の日かもしれません。








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