「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

六義園のライトアップと西行法師

2009年03月31日 08時55分34秒 | 庭園
今日迄『六義園』のしだれ桜と庭園がライトアップされている。(3月19日~31日)


ライトアップ用の竹を利用した照明器具。




春と秋の2度、ライトアップと夜間の開放が行われる。
昨晩は、最終前日、という事で大勢の観客だった。
しだれ桜の前は,人ごみで歩けない程だった。

たまたま、桜の上方に目を向けたら綺麗な三日月が見えた。
桜といえば、西行法師(1118年~1190年)を連想する人は多いだろう。
その関連から,月もまた,月並みな連想か。
ともかく,桜と月が眼に入った一瞬、周りの喧噪から心が離れた。

吉野山こずえの花を見し日より心は身にもそわずなりけり


残念ながら、吉野山の桜を観た事が無い。
西行は吉野山に咲いた梢の桜の美しさに打たれてから、桜に心を奪われてしまったのだろう。
吉野の桜でなくとも,桜に憧れる日本が多いからこそ、花見に人は押し掛ける。

おぼつかな春は心の花にのみいづれの年か浮かれそめけぬ

僕もこの時期,花を尋ねてあちこち浮かれ出る事となる。
西行のように俗を脱した上での、花狂いとはいかない。

せめて,人の少ない早朝に出かけるように、してはいるが。
俗な世界の日常に、あくせくしていることへの,多少の慰めか。


















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J2 水戸、快進撃。

2009年03月30日 08時29分16秒 | 水戸
エビネンコさんの影響も有って、サッカーに興味を持つようになった。
昨年は、鹿嶋アントラーズの応援にカシアスタジアムにも行った。
スタジアムでの観戦は、テレビの画面と異なリ、周囲の興奮に波動する。
さらに、スタジアム内の屋台でハム焼き・モツ煮込み等を食べる楽しみもある、

今年,水戸の陸上競技場が改修されて、『水戸ホーリホック』のホームスタジアムになる?
との話しも聞いた。何時からか詳しい時期は分らない。
その時は、応援観戦しようと,思っていた。

3月29日、熊本を相手として1-0で勝利し,4勝1敗で現在3位。
春の珍事。と言ったら怒られるかもしれないが,嬉しい事だ。
J2の上位3チームは自動的にJ1昇格だ。

この好調さが何時迄続くか?
楽しみな事だ。
水戸の新球場、陸上競技場として改修されサッカーの専用ではない。
収容人数は12、000人で、J1は15,000人の規模が必要らしい。
何故、もう少し観客席を増やさなかった?
この辺は,エビネンコさんや歌留談の木村さんからの聞きかじりだ。

サッカーは日本のスポーツとして定着した感じを受ける。
水戸の観客動員数は数千人だが,それにして健闘だ。
新スタジアムを満員にする程の観客が集まれば,選手も張り切るだろう。
水戸ホーリーホックの躍進で街が活気づく事を期待している。

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飛鳥山公園

2009年03月29日 20時33分40秒 | 庭園
江戸時代、八代将軍徳川吉宗が庶民のの観光の場にと、桜を1200本植えたのが飛鳥山。
歌川広重の富士三十六景(安政5年・1858)にも当時の状況が描かれている。
茶店の遠景に富士山が描かれている。高い建物が無かった時代はよく見えたのだろう。
今では、高層ビルが林立して見通す事は出来ない。



飛鳥山の近くの『北トピア』の17階からは、天候次第で望む事が出来る。
東に筑波,西に富士、とは当時から言われていた。
筑波山は水戸から望むより近く見える。



日曜日の今日(3月29日)は咲きそろったとは言えないのに,大勢の花見客。
上野からは8キロ程度北に位置するが,咲き方はだいぶ異なる。
現在の桜は650本程度らしい。
僕は水戸の護国神社、通称『桜山』から千波湖に掛けての桜の方が見事だと思う。
千波湖の周囲の桜並木・西の谷・笠原緑地を含めた千波公園一帯は桜の名所として、全国的に誇れると思う。



飛鳥山公園には,3つの博物館も設置されている。
『紙の博物館』
紙に関する歴史や資料を集めた,世界有数の紙専門の博物館。

『北区飛鳥山博物館』
北区の自然や風土,歴史に関する展示。

『澁澤資料館』
日本の近代経済社会の基礎を築いた実業家・澁澤栄一の資料館。
関係した仕事や生涯の歩みに関わる資料の収蔵・展示している。

隣接する旧澁澤庭園には、大正建築の晩香盧と青淵文庫(ともに重要文化財)も3館共通の入場券で見学出来る。

この3館に関しては数年前に見学した。『道徳経済合一主義』を唱え,明治期に数多くの事業を展開した澁澤栄一の精神と現在の企業経営者の精神性が大幅に異なる感じた、覚えが有る。
何れにしても,機会を観て再度訪ねたい。
飛鳥山公園を訪れる方には,是非この博物館を観て欲しい。





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上野の山は花盛り

2009年03月28日 22時09分06秒 | 美術展
黒田記念室

今日(28日)の午後,春らしい陽気に誘われ上野に行った。
予てから、黒田記念室を観たい。と思っていたのだ。
公開日が木曜日と土曜日の午後1時から4時迄なので、行く機会に恵まれなかった。

上野駅の公園口は西洋美術館の『ルーブル展』に行く人や、花見の客でごった返していた。



週末の土曜日,花見の宴には絶好の日和だもの。



国立博物館の敷地に在る,旧鳥取藩の大門も土曜日と有って,開いている。
江戸時代の建物で残っている物は少ない。
東京大学の旧金沢藩の赤門は有名だが,こちらの方が大きく立派だ。

博物館の通りを隔てて,記念室が在る。
黒田清輝(1866-1924)は近代日本の美術に大きな足跡を残した画家で,教育者で,美術行政者でもあった。
大正13(1924)年に没する際、遺産の一部を美術奨励事業に役立てるように遺言した。





これを受けて昭和3(1928)年に竣工したのが黒田記念館。
アールデコ様式の建築で、これまた珍しい。
遺族から寄贈された遺作の展示の展示が主だ。
さらに、美術に関する学術調査研究と研究資料の収集を目的とした研究所も設置された。
現在の東京文化財研究所の前身だ。
平成12(2000)年に研究所の新庁舎が博物館の敷地に竣工し、記念室は改装されギャラリー室が充実した。
代表作『湖畔』を始め油絵126点、デッサン170点のほか写生帳、書簡等が所蔵され,順次展示されている。
今回は,黒田のポートレートや家族の写真も特別に展示されていた。
『湖畔』のモデルは照子夫人がつとめた様で、写真で観ても相当の美人だ。

法律家を目指しフランスに留学し,滞在中に画家へ転身を決意した。
その状況を説明した手紙も展示されているが、かなりの達筆だ。
フランス語で書かれた日記も展示されている。
森鴎外や夏目漱石も英語なりドイツ語を自在に使いこなし日記を付けていた。
それらを見ると,明治時代の留学生の素地の素晴らしさに驚く。
現在の日本人と大きな隔たりが有るのは,何故なのだろう。


東京国立博物館『黒田清輝のフランス留学』展。

偶然だが、東京国立博物館の本館18室で黒田清輝のフランス留学期の作品を中心とした特別展示がなされていた。
初期のデッサンやサロンで初入選した作品『読書』を始め師匠のラファエル・コランの作品や重要文化財に指定されている3枚組の大作『智・感・情』など、名作が揃っている。
良い物は時代を経ても新鮮に感じ、黒田清輝の素晴らしさを改めて感じた。


庭園開放。
本館北側に広がる庭園は池を中心に5棟の茶室が配され,四季折々の花に彩られる。
博物館の敷地は、もとは寛永寺の庭であったと伝えられている。
もちろん,当時の状態ではなく改修が重ねられているが、それなりの風格を感じる。

通常は。館内から眺めるだけだが、春と秋には開放される。


紅葉の時期も良いが,桜の咲く頃が最高だ。
3月31日から興福寺の『阿修羅』の特別展が始まるから,庭を観るのでも大変だろう。
今日は,来客数も少なくゆっくりと眺めることが出来た。
僕は、エドヒガンのしだれ桜・オオシマザクラ・ショウフクジザクラ等がお気に入りだ。

帰りがけに西洋美術館の庭でロダンの作品を眺め帰途についた。
春の上野を十分に味わった。





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音無親水公園

2009年03月28日 00時13分25秒 | 庭園
JR京浜東北線・王子駅のすぐ上は、江戸時代から有名な花見の名所『飛鳥山』。
傍を流れるのは石神井川。
名前からして、源流は石神井公園あたりなのだろう。
しかし、場所によって名前も変わる。この辺りは音無川と呼ばれるようだ。
すぐ上流は、滝野川と呼ばれている。



ともかく、王子から板橋にかけて5~6キロメートルか?
川の両岸は遊歩道が造られ、格好の散歩道でもあり生活通路でもある。
桜や紅葉などの樹木と四季折々の草花が植えられている。

今日は、駅から遊歩道で繋がる音無親水公園に行った。
四阿や水車等も設置され、親水公園らしさを演出している。
桜の花も五分咲き以上で、丁度見頃だ。
谷状の地形だから下に伸びた懸崖の枝振りは風情が有る。
水戸の旧県庁舍前の空き壕の桜も見事だが、壕の下に伸びる姿が魅力的だ。




遊歩道には馬酔木やレンギョウの花が盛りだった。
日頃の手入れが行き届いているのが良くわかる。
全ては、手入れ次第だ。

『公園都市』を標榜する水戸市。
緑地整備の手間と、植栽する樹木や草花の種類の選定には十分気を使って欲しい。








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六義園のしだれ桜

2009年03月26日 17時13分43秒 | 庭園
東京の桜の開花宣言がされて以後、寒い日が多く、今の所3分~4分咲きだ。

2月20日から東京都北区王子で生活を送る日が多い。
江戸時代からの花見の名所・飛鳥山やソメイヨシノの発祥地である駒込の染井も近い。
今日は久しぶりに晴れたので、しだれ桜が有名な『六義園』に行った。



一般的に、しだれ桜の開花時期は早い。
六義園のしだれ桜は満開の少し手前で、丁度見頃であった。
平日の午前中と有って、然程の混雑も無くじっくりと観る事が出来た。
今月中は、日没から21時までライトアップもされている。

昨年、紅葉の時期のライトアップを観る機会を得た。
洗練された照明技術で幽玄の世界を演出していたが、桜はどのようであろうか。



しだれ桜の他に、樹齢百年を超えそうなソメイヨシノがあった。
ソメイヨシノはオオシマザクラとエドヒガンザクラの掛け合わせで、駒込の植木屋が生み出したと言われている。
寿命は60~80年といわれ、山桜程に長持ちはしない。
現在、桜と言えばソメイヨシノが一般的になってしまったが、僕は山桜が好きだ。





さらに言えば、桜と一緒に辛夷の白い花を隣り合わせに観る事も欠かせない。
お約束通りに、辛夷の白い花が咲いているのも嬉しいことだ。

この時期、あちこちに花見に出かけるのは日本人の常だ。
僕も、毎年花の名所を訪ね、仲間と宴会もして来た。
しかし最近は、静かに・しみじみと観たいと思うようになった。
それには、なるべく早い時間に訪れるようにしている。





桜の時期であってもミツバツツジ・キブシ・ヤマブキが早くも花を咲かせていた。
『六義園』は四季折々楽しめる名園だと思う。



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土筆(つくし)

2009年03月16日 19時32分07秒 | 植物


土筆(つくし)

土筆 煮て飯くふ 夜の台所       正岡子規


西の谷に土筆(つくし)がたくさん出ている。
10分もかければ,両手いっぱい、摘む事ができる。
例年もう少し早めに摘むが、今年は少し時期が遅れた。
春の味として一度は、食べたくなる。
東京では、八百屋で売られていることも有るらしい。


まずハカマをとる。

摘むのは簡単だが、ハカマを外すのが手間がかかる。
たいした量ではないのに、指先がアクで黒くなり洗っても落ちないから困る。
お湯には塩を少し入れて茹でる。一分くらい茹でたあと冷水にさらす。
茹で上げると茎の部分がピンク色に変化する。
それにみりんとしょう油を混ぜた物をかけ、かつおぶしをふる。


茎と穂の部分の食感は全く異なる。
茎の部分はツルツルという感じで穂は苦味がある。
イラストレーター、ジャズ歌手、舞台女優と、マルチタレントの水森亜土は『世界で一番美味しい食べ物』として土筆をあげているが、確かにクセになる魅力が有る。

季節を味わう酒の肴に最適な一品だ。

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『甘泉園公園』と『水稲荷』  東京都新宿区

2009年03月14日 23時27分02秒 | 庭園
『甘泉園公園』と『水稲荷』 @東京都新宿区

現在は、東京で唯一の路面電車と成ってしまった都電・荒川線
因みに、水戸の市内にも昭和41年まで茨城交通・水浜電車が走っていたのを知る人は少なくなってしまった。



世界的に路面電車が復活しつつある時代、水戸市内に残っていれば、と残念と思う。
早稲田~三ノ輪の間12キロメートルを約1時間かけて走っているが、都民の足として利用者は多い。
料金はは全線均一で大人160円だ。



早稲田駅は新目白通りにあるが、傍を神田川が流れている。
川の両側は桜の名所で、これから見ごろで、楽しみな季節。
是非、観に行きたいと思っている。



駅の近くの『甘泉園公園』は、古くは徳川御三卿の清水家の下屋敷で、明治になって相馬侯爵邸となる。
昭和13年に早稲田大学が譲り受けて付属施設とした。
現在の広さは1万4000平方メートルあまり。



「山吹の井戸」というひょうたん型の池を中心に、池の南に三島山がある。
樹木も多い回遊式の庭園で、現在は新宿区立の公園。

入り口近くには、遊具を備えた児童公園も併設され、幼児の格好の遊び場となっている。
宝泉寺の北側、早稲田大学九号館のあたり(旧水稲荷神社境内)には、高田富士塚と呼ばれる江戸の名所が在った。
江戸時代中期以降、江戸では富士信仰がさかんとなり、各地で「富士塚」という模造富士がつくられた。
なかでも高田富士は江戸で一番古く、安永8年(1779年)に造られた。とのことである。
高田富士塚は、早稲田大学が昭和38~39年に当時の水稲荷神社の社地を購入したため崩されて、区立甘泉公園のわきに移転した現在の水稲荷神社境内で復元された。


現在の神社の境内の様子は移築復元されたようには見えず、たかだか50年位でも昔から在った様な存在感がある。



徳川家縁の『聴松亭』という茶室も、移転復元されている。

東京の都心部の昭和30年代後半の変化は、甚だしく、現在の状況から当時を回想する事は難しい。その様な点で、神社や公園は変化が比較的に少ないから当時の状況を偲べる部分が若干ある。
自然の緑地は大切に守り育てねばならない。と感じた。

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早稲田大学 會津八一記念博物館

2009年03月11日 17時49分45秒 | 美術展
早稲田大学會津八一記念博物館

僕が骨董/古美術の世界に足を踏み入れた頃、よく耳にした二人の人物が居た。
秋艸道人・會津八一と北大路魯山人だ。
この両人は古美術の収集家で能書家でも有ったので、何かと引き合いにされた。
昭和初期の頃の話しだろうが、日本橋近辺の骨董街の話題で有ったらしい。

秋艸道人・會津八一(1881-1956)は早稲田大学を卒業後、美術史学の研究を志した。
1926年より母校で東洋美術史の講義を始めた。
美術史の研究と教育には作品と直に接する事が不可欠と考えていた。そのため、私財を投じて中国の明器、銅鏡、瓦磚など4000点以上を集め、学生の資料とした。
大正末期、早稲田大学に博物館の設立を提言していた。


早稲田大学正門の近くに位置する、旧図書館は1925年の建築。
いかにも、大正時代を感じさせる優美な建物だ。この記念的建造物の2階の旧閲覧室が博物館として開館したのが1998年。
構想以来70数年を経て夢が開花し実現した。


秋艸道人・會津八一は歌人としても知られ、古都・奈良に数多く旅し歌を詠んだ。
奈良や仏教美術を愛する人達に大きな影響を与えた。

僕は、會津コレクションの中国の俑が好きで、特に唐時代の童女に憧れた。
以前は図録でしか見る事が出来なかったが、開館以後は何時でも見る事が可能になった。
今回は、昨年に引き続き2度目だが、改めてご対面出来た。

その他のコレクションも観たが、一度に観るには限度が有る、
再度の訪問を願って後にした。
これだけのコレクション、観ていたのは僕一人。
しかも入場は無料、では申し訳ない。

奈良や仏教美術に関心を持ちながら、會津八一に関する本をまともに読んだ事が無い。
手にしても、最後まで読むのが難しく、中途半端の状態のまま。

多くの事柄に、勉強不足で在る事を思い知らされる。








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朝日湯 谷中2-18-7

2009年03月08日 22時37分34秒 | 銭湯・温泉
朝日湯 谷中2-18-7

散歩の途中、何時でも銭湯に入れる準備はしておく。
子供時代は銭湯で育った。
懐かしさも有るが、銭湯独特の雰囲気は心地よい。
銭湯は日本
残念ながら、東京でもだいぶ減少しているようだ。
水戸には銭湯が一軒も無くなってしまって、数十年は経つだろう。
スーパー銭湯と称するのが何軒か出来たようではあるが、行く気にはならない。

客と番台の人達の言葉のやりとりは”昔の人間関係が生きているな”と嬉しくなる。
隣近所の交流が少なくなった時代だからこそ、銭湯の必要性を感じる。
しかし、ほとんどが年寄りで子供を見かける事はがないのは残念だ。


谷中三崎坂の中程で『朝日湯』を見つけた。


道路の向かいには、あなご寿司で有名な『乃池』。
味わった事が無いが、何れの機会に実現したい

谷中は古い町、行き止まりや袋小路も多い。
そして、寺の町だ。
僕の尊敬する郷土の彫刻家・木内克さん、後藤清一さんも谷中に住んだ。
木内さんは朝倉文夫のアトリエに。後藤さんは常在寺に。

『朝日湯』は創業90年近く経つとの事だ。
若しかすれば、お二人とも、この銭湯に入ったかもしれない。
当時は、銭湯は当たり前。内風呂の家は珍しかった。


何れにしても、当時のお二人が三崎坂を上り下りした事は間違いない。
その辺りに自分が現在居る事に感慨深い気がした。

湯船の上の絵は10センチ角のタイルでヨーロッパの小さな城が描かれていた。
銭湯の絵としては誠に珍しいのではなかろうか?











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手打ち蕎麦『鷹匠』

2009年03月07日 16時23分04秒 | 食べ歩き
手打ち蕎麦『鷹匠』 文京区根津2-32-8

根津に朝から営業しているしゃれた蕎麦屋が有ると聞いた。
朝から“酒と蕎麦”は乙なもの。
ともかく、一度は行きたいと思っていた。

田端から始まった散歩、昼も取らずに歩き続けた。
遅い昼飯は『鷹匠』で蕎麦にしよう。
住所は根津2-32-8。それらしき場所に見当たらず、ぐるりと辺を一回りする。
旧谷田川は谷中に入ると藍染め川と名前を変え、暗渠として流れている。
その上が、藍染め通りと呼ばれている。
通りは、第二次大戦の空襲に焼け残った家もある、風情が有る住宅地。


見落としてしまったが、間口一間の路地に『鷹匠』の入り口が有った。

中に入ると、板の間の座敷。中途半端の時間で先客はなし。




酒は2種類、四季桜(宇都宮)を燗で、酒肴の盛り合わせを注文。
肴の盛り合わせは、ちりめん山椒・卵焼き・かまぼこ・モロキュウ。
酒も辛口で、正一合。散歩の疲れをやすめて寛いだ。
最近、酒は控えめにしているので、1本で充分。
店に備え付けの『谷津千』を見る。ミニコミとして定評がある。
案内図を見ると誠に坂の多い街だ。


せいろを頼む。
手打ちの細めんは、開業10年足らずというが老舗の味を感じさせる。
たれは若干甘めだ。


店の内装はシンプルで落ち着きも有り、店員さんの応対も親切だ。
満足して、店をあとにした。

営業時間は7時30分~9時30分。正午~18時。
次回は、爽やかな新緑の朝に、訪ねたいと思った。





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東京日記

2009年03月06日 23時05分05秒 | 散歩
3日から東京に滞在している。

『ZEN 禅』

4日は映画『ZEN 禅』を観た。道元禅師を描いた作品。
道元禅師に関しては、知りたい気持ちが有りながら、未だに一冊の本を読んだ事が無い。
人柄を知る良い機会と思った。中村勘太郎が主演で個性的な俳優が助演している。
時代背景は理解出来たが、より理解するにはまともに本を読まなければ、と実感した。


『田端文士芸術村』


田端駅のすぐ側に東京北区立の『田端文士芸術村』が在る。
明治中期まで、田端は清閑な農村であった。明治22年上野に東京美術学校(現・芸大)が開校して、徐々に姿を変えた。上野とは台地続きで便が良かったので、美校を目指し、学び巣立った若者達が田端に住むようになった。
明治33年・小杉放庵、36年に板谷波山が移り住む。
何れも、茨城県にゆかりのある人達だ。

映画『HAZAN 波山』のロケーションは笠間市で行われたが、当時の田端をイメージして撮影された訳で、あれほどでなくともかなり鄙びた所であった。
それ以降、芸術家が続々と転入。画家を中心とした“ポプラ倶楽部”も誕生するなど、芸術村となった。
大正3年一つの転機が訪れる。芥川龍之介の転入で、5年には室生犀星も移り住む。
やがて、菊池寛、堀辰雄、萩原朔太郎、土屋文明らも居を移し田端は《文士村》となった。
それらの人達の絵画・彫刻・陶芸・原稿・書簡・初版本等が展示されている。
田端文士芸術村/芥川龍之介/板谷波山/室生犀星の紹介ビデオも自由に観られる。
作家名と旧居を現在の地図と対応した案内図のパンフレットも用意されている。
パンフ片手に町歩きが出来るようになっている。

基本的な道路は、当時と然程変わらない。
しかし、建物は殆ど残っていないし、ビルが多くなっており、当時を偲ぶ手がかりは少ない。
作家の作品と人柄を理解しなければ、残念ながら想像は働かない。
これまた、僕に取って今後の課題だ。
細い露地場多く、行きつ戻りつ歩き回った。


エリアの半分程度を巡り旧谷田川沿いに谷中に向かった。
昭和8年に川を暗渠にする工事が有った。急激に都市化して行ったのだろう。
流れのままを道路にしたから、現在もかなり蛇行して、クネクネした道だ。

『谷津千』


この辺りを『谷津千』などと呼ぶ。谷中は台東区で、根津・千駄木は文京区。
その境界線が旧谷田川の流れという事になるのが、今回の散歩で分った。
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菜の花

2009年03月03日 13時27分00秒 | 山野草
菜の花



3月から4月にかけて、那珂川の河川敷で菜の花を摘む。
時には寒風が吹く中、土手の斜面で中腰の姿勢で摘むのは、少々腰が痛くなる。
しかし、1時間もあればビニール袋いっぱいに取れる。
市販のものに比べ、ほろ苦味が強い。蕾の状態を摘むが、花が咲いても彩が良い。


長めに摘んだ1~2本は壷に挿す。(器はインドの鋳鉄製、井戸桶)

見て良し食べて良しで春の気分を味わう事が出来る。
茹でてお浸しや和え物、そのほか炒め物、汁物、揚げ物などさまざまに使うことができる。下ゆでする場合は、ほろ苦さ、かすかな辛味と歯ざわりを生かすように、塩少々を加えた熱湯で手早くゆであげる。
量が多い時は、小わけにして冷凍しておけば、汁のみとして何時でも使用できる。

或いは、塩漬けにして醗酵させると、お茶漬けにしても最高だ。
河川敷の雑種で、アブラナ属の花はどれも黄色で似通っているから、すべて「菜の花」と呼ばれる。
従って姿かたちはマチマチだ。

摘んで食べるのには、今が最高の時期だ。
4月にはいると那珂川の土手いっぱい黄色で埋め尽くされる。
場所にも拠るし、他の河川でもそうでろう。
西の谷にも、自然な形で菜の花が咲けばいいのに、と思う。

今日は、夕方から雪になり、積もりそうだ。
寒い日、暖かい日を繰り返しながら、本格的な春を待つ。
『春~のうららの隅田川』と口ずさみたくなるのも間もない。




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『七ツ洞公園』   水戸市田谷町・下国井町

2009年03月02日 15時16分27秒 | 庭園

『七ツ洞公園』   水戸市田谷町・下国井町

久し振りに七ツ洞公園に行った。
水戸市の北西部に大小5つの池と清流、それを取り巻く森、イギリス式庭園もある大規模な自然庭園だ。
1987(昭和62)年に整備が始まり1999(平成11)年に開設された。
基本計画の策定や建築物の設計などはイギリスに依頼したとの事で、部分的にはイギリスにいるような、錯覚を覚える。


以来、10年が経過した。木道など木の部分は腐食したりしているが、概ね管理が行き届いている。『秘密の花園苑』と名付けられたイギリス式庭園は約100種類、3600本の植物が植えられている。この庭園が一番の目玉だろうが、開設時より種類や本数が減った。
ベストシーズンではないので、何ともいえないが、手間をかけないと素晴しい状況は維持するのは難しい。



帰り道に管理事務所の前を通った。
掃除をしている管理人さんにお訊きしたところでは「常駐者は二人、今の時期は何とかなるが、草の勢いが強い時はお手上げです」との事だ。

場所が分かりづらいので、未だに訪れた事がない方も多いだろう。
今月末の桜から新緑の時期は素晴しい。
お暇の折、『七ツ洞公園』の散歩をお勧めしたい。
入り口は2箇所有る。どちらから行ったにせよ、1時間有れば充分だ。


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ボケ(木瓜)

2009年03月01日 17時09分55秒 | 山野草
ボケ(木瓜)

バラ科の落葉低木。実が瓜に似ており、木になる瓜で「木瓜(もけ)」とよばれたものが「ぼけ」に転訛(てんか)したとも、「木瓜(ぼっくわ)」から「ぼけ」に転訛したも言われる。平安時代に中国大陸からの帰化植物。

彫刻家・後藤清一さんのお宅にお邪魔した際、古ダンスの上に中国・周時代の青銅器にボケの花が生けてあった。
シンプルな形のお椀形の青銅器は水をたっぷりと含んで、緑青があたかも翡翠のような色を呈していた。

近所の方からボケと沈丁花を戴いた。
中国の殷や周の青銅器に挿して後藤さんお真似をしたいところだ。
残念な事に青銅器は1点も持ち合わせが無い。


そこで、同じ中国の新石器時代(紀元前8000年~2100年)の大汶口文化(紀元前3700年~2100年)の鼎(かなえ,3足の容器)に生けてみた。



ボケも沈丁花も未だ蕾、開花まで数日は必要だろう。
花は咲き誇った状態より、咲き初めがよろしい。
口が広い壷は、生け方が難しい。
気に入ったように挿す事が出来なかった。

西の谷、連翹の黄色い花が咲くには少し早い。
沈丁花やボケも植え込んであれば良いのにと思う。




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