「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

旧古河庭園

2008年02月27日 21時50分51秒 | 日記
大正初期の代表的庭園・旧古河庭園



東京都北区、武蔵野台地の端の斜面と低地の高低差を利用し、和洋を巧みに使い分けた庭園が旧古河庭園である。古河財閥の創業者が大正6年(1917年)に自宅として造営した、大正初期の代表的な邸宅と庭園だ。現在は東京都公園協会が管理している。

北側の小高い丘の上はイギリスの建築家ジョサイア・コンドル(1852-1920)の設計になる古典様式で、屋根は天然スレートぶき、レンガ造りだが外壁は石で覆われ重厚な雰囲気だ。庶民がささやかな生活をしていた頃、財閥の総帥は巨額の資金を投じて、英国貴族の邸宅と同じような物を造り上げた。
コンドルは、明治から大正にかけて、鹿鳴館、ニコライ堂、旧岩崎邸庭園洋館などを手がけ、日本の建築界の発展に大きく貢献した。旧岩崎邸は上野不忍池の近くに在るが、未だ観た事はない。今のところ改修中らしいので、お色直しが済んでから訪ねてみたいと思っている。
本館を取り巻くテラスと芝生、中段の刈込が十分になされた植え込みの中はたくさんの品種の薔薇が植えられている。さぞや、バラの季節は見事なものであろうと思えた。
庭は庭師さんが春の草花の植えつけの作業中。庭つくりは常に手を入れることしかない。

一番低い所に造られた日本庭園は、京都の庭師・植治こと小川治兵衛(1860-1933)の作庭。山間の湖沼を思わせる心字池を中心にして、10数メートルの大滝もあれば、枯滝ある。今は循環式のポンプを利用しているとのことだが、当時は井戸水を利用していたそうである。勿論、灯篭や岩組みも配されて、洋風庭園に勝るとも劣らない魅力がある。和と洋の両方を楽しめる貴重な庭で、2006年に国の名勝に指定されたのも肯ける。
洋館の内部の見学は往復はがきによる申し込み制とのことだが、一部は喫茶室に成っており、誰でも利用できる。時間の都合で、残念ながらお茶を飲む暇はなかった。
次回は、咲きそろった薔薇の花を眺めながら、ゆったりとお茶を楽しみたい。

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向島百花園

2008年02月24日 21時59分09秒 | 日記
向島百花園



恒例の水戸の「梅祭り」が始まった。今年は、お正月を過ぎてから寒くなり、その影響で梅の開花も遅れているようだ。どちらにしても2月から3月にかけては天候が不順な時期だ。特に、土曜・日曜が悪天候になる日も多いのは残念である。
昨日の午後から今日の午後まで春一番が吹き荒れ、嵐のようだった。

21日から23日まで東京に行き、下町散歩と庭園巡りを楽しんできた。
今回の目的の一つは「向島百花園」。江戸時代の町人文化が花開いた文化・文政期(1804~1830年)に佐原鞠塢(さわらきくう)と云う粋人が、交友のあった文人・墨客の協力を得て、梅や草花鑑賞の花園として造られたものだという。従って、大名庭園のような広さや華やかさは無いがとても親しみやすい庭園だ。
入り口の門には太田蜀山人の扁額、両脇には詩人・大久保詩仏が書いた「春夏秋冬花不断」「東西南北客争来」の木板がかっている。園内には芭蕉の句碑を含め合計29の句碑、石碑が随所に建ち、庭造りに力を合わせた人達の足跡をたどれる。
「御成座敷」と呼ばれる茶室のような建て物もあり、俳句の会等の集りに借りる事が可能な様である。このような庭で、俳句会を開けたらさぞ楽しい事だろう。
草花で咲いていたのは僅かだが、名札を見ると中国や日本の古典に詠まれている山野草が丹念に植え込まれているようだ。梅は紅白ともに咲き初めていた。深川や向島は俳句をたしなむ連中の聖地でもあり、吟行らしき人達を多く見受けた。

自然に近い状態の造り過ぎない庭はとても好感を持てる。再訪を念じ、隅田川と墨堤に向かう。桜の季節には少しばかり早いが「長命寺の桜餅」6っこ入り1箱、¥1200を買う。早速一つ取り出し、言問橋の上で大川の流れを見ながらパクリ。程よい甘さの餡を、しょっぱく茎の強い桜の葉3枚で包んである。普通食べている桜餅とはかなり違った。堤の遊歩道は花見の時期に向けて改修中。来月は大混雑になることでしょう。

浅草側の堤の脇の公園では、梅祭りが行われていた。何処も似たようなもの。“花より団子”食べ物の屋台に人は群がり花をめでる人は僅か。

次回、下町散歩の途中の昼飯処の下見をする。土手通り、吉原大門前の桜なべ「中江」と隣の天麩羅「伊勢屋」の場所を確認する。明治初期の木造2階家の佇まいは時代を感じさせる。
次に、もう1軒は蕎麦屋。都電荒川線終点、三ノ輪駅近くの<南千住・砂場>江戸時代から続く老舗らしい。建物は戦後の建物だろうが、蕎麦屋の風情がある。
食べ物に凄く興味があるわけではないが、散歩コースは場所と食事をセットで考えるのが楽しい。

下町散歩は中高年に大人気らしい。勿論、僕もその一人だ。浅草近辺はそのような団体さんで舗道を歩けないほどなのには、驚いた。
全国から水戸の街を訪ね、歩く人達で溢れ返るほどになって欲しい。「東西南北客争来」の街になる要素はあるのに。
それには、「偕楽園」を「春夏秋冬花不断」の庭園にしては如何であろうか。「向島百花園」も当初は梅園から始まったらしい。あまりに“黄門様”や"梅の都“に拘りすぎているのでは?と何時も思う。「偕楽園」は茨城県の管理だと云うが、県の関係者の方、ご一考をお願いしたい。

西の谷の工事も残り僅かに成った。遊歩道の工事が終われば、オシマイ。ということらしい。これ以上、特別の手入れはしなくて結構だが、自然のままに見えるほど良い管理をして欲しいと願っている。

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メジロに出会う。

2008年02月19日 21時39分29秒 | 日記
メジロもいます。

リンクしている「歌留談周辺デジカメで散歩」 のページでは西の谷に飛来する、幾つかの鳥の姿が見られる。可愛いメジロも写っている。子供の頃、近所にメジロを飼っている家があり、鳥籠の中を右に左に動き回る姿を良く見た。

見てみたいと思っていたが、見る機会が無かった。ついに、今日見ることが出来た。残念ながら写真を撮ることは出来なかったがきれいな姿だった。大きさは雀くらいだ。そういえば、スズメの姿を見ることも少なくなった。
どうした事なのだろう。
地球温暖化とは特別の関連はなさそうだし。

西の谷にもかなりの種類の鳥が来る。しかしながら、名前が分らなくて残念だ。
これから先も多くの鳥たちと巡りあいたし、名前も知りたい。

竹林の整備は、中途半端のままだ。予算の都合?或いは一時中断?もう少しの所なのだから、きちんとして欲しい。

駐車場を閉鎖して、進入路と駐車場の地ならしをする工事が終了した。
路面は平らになったが、またしても公園利用に関係ない人の車が駐車。おかげで又ゴミの投げ捨てが増えてきた。残念な事だ。
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宮島達男 Art in you 展 @水戸芸術館

2008年02月16日 23時27分34秒 | 日記
宮島達男・Art in you    @ 水戸芸術館

発光ダイオードのカウンターをを使った作品で国際的に評価の高い現代美術家、宮島達男の展覧会が水戸芸術館で始まった。(2008年2月16日~5月11日まで)


現代美術の展覧会は未だ評価の定まらない人を取り上げたり、先端的な考えの下で実験的に制作された作品などは、一般の人には理解が出来ず、これナンなの?と言う場合も大いに有る。

今回の宮島達男展は誰が観ても楽しめるだろう。素晴らしいな!と愉しむばかりでなく、「生」や「死」を真剣に考えるきっかけにも成る。
会場の構成も通常と異なり、受付の左の階段を上がった所が展示室Aでタイトルは<Death of Time > はヒロシマに捧げられた作品との事だが闇の中に赤いダイオードが発光している。のっけからのカンターパンチで呆然とした。

C室の<Counter Skin>は2,007年の夏から秋にかけて北海道天売島、奈良の益田の岩舟、沖縄の平和祈念公園の4カ所で行ったワークショップキャラバンで参加者を被写体として制作した、宮島初の写真作品とのこと。参加者と会話をしながら好きな数字をボデーペインテングしたものを写してある。それぞれの土地の風景を背景に撮った大画面は迫力満点だ。

展示場の真ん中に当るE室の、<HOTO>は高さ5.5メートル、直径2.2メートル、LED3,827個が使われていると言う巨大な作品。作者は『人間の命の大きさと輝きを表現している』とのこと。今回のブログの文章は、入場時に配布されてたプリントとパンフレットが基である。とにかく、多くの人に観て欲しいし、未だの方に予備知識として、僕もあと何度か観に行くつもりだし、考える参考にしたいとたくさん引用させてもらっている。
展示室に聳えるこの塔は、『仏教に、宝石で飾られた巨大な塔が地面から湧き出て、空中に浮かぶという壮大なシーンがあります。これを「宝塔」と呼び、高さは地球の半分、そのすべてが七色に光り輝いているとのこと。奇跡のような話しです。実は、この「宝塔」、一人一人の「命」のことをあらわしていると云われています。』
まさしく、お経の世界を目の当たりに感じます。
出来れば、何方かが購入して寄付されるか、或いは水戸市民の寄付を仰いで購入して水戸市役所のホールに設置して、平和と命を考えるシンボルとなったらと思いました。

今日はここまで。明日もう一度見てきてから、続きを書きます。





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水戸観光ベストプランに投票しよう!

2008年02月13日 21時45分50秒 | 日記
水戸観光ベストプラン

昨年、水戸観光協会が『水戸市観光ベストプラン』を募集した。その結果、春・夏・秋・冬の各季節ごとに10くらいの候補案が選考された。その中から季節ごとにベストプランを投票する企画が2月12日から3月7日まで行われている。

案の内容は、水戸観光協会のホームページに載っているので御覧下さい。
僕も、全ての案を検討して各季節のベストプランを選んで投票した。
ユニークな案も有り、1つに絞るのは苦労した。
↓のURLをクリックしてください。
http://www.city.mito.lg.jp/view.rbz?nd=349&of=1&ik=1&pnp=271&pnp=273&pnp=286&pnp=349&cd=2744

この企画に関係なく『新水戸八景』を選ぶことを頭の体操として考えていた。
その案を披露しておくが、あくまでも“案”の段階でしかない。
『公園都市水戸』を標語にしている水戸市。
梅の季節ばかりで無く、偕楽園・千波周辺ばかりで無く、一年中楽しめる公園都市。
車に頼らず、歩くか自転車で回れるような街造りを願う。


私の水戸八景(群)散歩版  (案)

◎単体の場所というより地区とする。
◎約4キロ・2時間程度の散歩のなかで、眺めたり、食事をしたり楽しい時間をすごすような選択をする。
◎『未完成版』であり多くの人の参加を得て更新してゆく。(ウッキペデア?)の様に。と同時に各自が各自の案も作る。
◎未完成版のもう一つの意味は、足りない店や足りない施設をつくる努力目標を含んでいる。
◎季節・時間にはあまり拘らない。

1 常澄地区 『真夜中のピクニック』ロケ地を中心に田園風景。食事は川魚・蜆などを食べられる店。Eさんの案を戴く。
2 備前堀と吉田神社を中心に、常照寺の枝垂桜、備前堀の柳など。桜川沿いの桜並木。本町通の加寿美屋のパン、伊勢やのキンピラ団子等を携えて。
3 旧県庁舎を含む三の丸地区レトロ建築群。弘道館・旧県庁舎・給水塔・レストトラン「よこかわ」のレトロなランチ。
4 芸術館を中心に(芝生の広場も都市公園としての役目・カスケードは夏の子供の遊び場)、昼食は京成百貨店のレストラン街、特に千波湖が眺められる店。その後は西の谷緑地公園を散策。
5 偕楽園・千波湖を中心とした公園エリア。歴史館・徳川博物館を含む。昼食は落ち着いたお座敷の料理屋(具体的な店名は思い浮かばない)。
6 八幡神社・祇園寺・曝井などの歴史地区。水戸で唯一戦前の蔵作りの建造物も残っている。(ここは蔵を改造した、食事どころ・お店等が欲しいですね)
7 武道館隣の新サッカースタジアム(茨城大学の学生に奮起してもらい、水戸ホーリーホックの拠点として若さみなぎる街になってほしい)
8 新県庁舎及びその周辺。最上階からのパノラマ展望。小吹の植物園を経由して国立医療センターに到る地域。未開発の土地も多く自然と調和した開発プランが欲しいと考えます。食事処、具体案なし。



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クラッシック音楽でめぐるヨーロッパの街 ウイーン

2008年02月12日 10時16分54秒 | 日記
クラッシック音楽でめぐるヨーロッパの街 第2回
「新ウイーン楽派」の誕生  講師 中村 晃 @水戸市国際交流会館

前回の講座が楽しかったので、期待を持って参加した。今回のテーマは19世紀末から20世紀にかけて様々な思想家・芸術家が集まった特別な街“ウイーン”。
ウイーンは森の街としても有名。歴史を感じる緑にあふれた音楽と文化の都。水戸の街造りの目標としたい街だ。

フリードリッヒ・ニーチェ(1844-1900):哲学者・古典文献学者、ジークムント・フロイト(1856-1939):精神分析学者、グスタフ・クリムト(1862-1918):画家、ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン(1889-1951):哲学者、カール・クラウス(1874-1936):文筆家・社会批評家、オスカー・ココシュカ(1886-1980):画家、アドルフ・ロース(1870-1933):建築家、*氏名リストは当日配布された資料による。

僕も昨年の5月に中欧の旅の途中でウイーンに2泊して、ほんの一部を垣間見た。上記の人たちに関するところで実際に観たのは、分離派展示館のクリムトの作品、ロース設計の「ロース館」の外観・「カフェ・ムゼム」の内装くらい。画集で一番馴染んでいるのはクリムトの作品で、過去に色々な所で実物も観たことは有る。

今回のテーマの主役はアルノルト・シェーンブルグ(1874-1951)ハンバリー系のユダヤ人で、ウイーンの生まれ。8歳頃からヴァイオリンを習い始め作曲も試みる。1899年25歳の時に弦楽六重奏曲<浄夜>はロマン主義の最後を飾るようなきれいな曲を作曲した。*この曲のさわりを聞かせてくれた。
1904年(30歳)ウェーベルンとベルクを教え始める。この2人はシェーベルク共に新ウイーン楽派と呼ばれ、第二次大戦以後の現代音楽の作曲の原点となっているとのことだ。この年には、<音楽家創造家協会>を設立。ウイーンオペラ座指揮者のグスタフ・マーラー(1860-1911)と知り合いに成った。マーラーもユダヤ人で、シェーンブルクの才能を認め『自分には解からないが、彼は素晴らしいのだろう』と理解して、物心両面から援助した。とのことである。
僕も、マーラーの交響曲第5番の第4楽章はビスコンテイの映画『ヴェニスに死す』のテーマに使われている名曲だから聴いたことがあるし、好きな曲だ。『ヴェニスに死す』と言う映画のタイトルに起因しているのかもしれないが、葬送のBGMには最適でよく使われる。僕も自分の葬儀をする際は、“これかな"と思ったり、”葬儀は無しで良い“と思ってみたり複雑だ。とにかく、今回の講演で知っていたのはマーラーのみだ。

1912年(37歳)<月に憑かれたピエロ 作品21>を作曲、初演。この曲はシェーンブルクの代表作なのだそうだ。*この曲もさわりを。聴かせてくれたかな
この頃は、表現主義の時代といわれるらしいが、美術の“ウイーン幻想派”と呼ばれる時代の音楽版と言うところらしい。更に絵画の表現も試みる等、多才であったようだ。
* この曲のさわりの部分を聞かせてくれたが、本当にほんの少しでよく分らなかった。

前回はもう少しテーマがやさしかった事もあるだろうし、説明やCDから曲を聴かせるタイミングや時間がとても適切で、しかもテキストに拘らず自分の言葉で講演を進めたのでとても聞きやすく、楽しかった。
今回の講師。力不足ではないのだろうが、申し訳ないけど多くの面で、イマイチと言う感じで、最後まで楽しめなかったのが残念だ。他の受講生はどのように感じたのだろうか?

1923年(49歳)『12音技法』を使用した最初の作曲<5つのピアノ曲、作品23><セレナード、作品24><ピアノ組曲 作品25>を作曲。
*“無調の世界”として過去の規則を壊す方向であったが、新たな規則を作ったのが『12音技法』ということである。

1933年(59歳)ドイツでナチス政権樹立。ユダヤ人はウイーンを離れてゆく。シェーベルクもアメリカ行きを決意。
1934年(60歳)ボストンからロスアンジェルスに移る。
* ストラビンスキーと共にアメリカで活躍した音楽家。

シェーンブルクの話しが主だが、2人の弟子であるアントン・ウェーブルン(1883-1945)とアルバン・ベルク(1885年ー1935年)について解説された。譜面を提示しての説明もあったが素人には難しすぎた。聴講者の大方の人達はクラッシクを聞きなれている人たちで理解できたのだろう。
簡単なキーボードを持ち込み、譜面の音を弾くだけでももっと理解が深まったのでは。ないかと思う。いずれにしても分らないのは自分のレベルの低さ。
分らない事を、少しでも分る楽しみで行くわけだし、こうして思い起こしながら書いていくだけでも、いくらかその時代に遊べる気がする。
全ては、色即是空 空即是色 だ。

次回の講演は明日2月13日。時代は戻って『1643-1789パリ ルイ14世が踊りマリー・アントワネットが愛した音楽』がテーマ。講師は水戸芸術館音楽部門学芸員。矢澤孝樹さん、どのような話しか楽しみ。

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加藤木洋一 個展

2008年02月10日 23時19分20秒 | 日記
加藤木洋一個展 <退化ノススメ’08>
  2008年2月5日―17日  @アートワークス ギャラリー ・水戸市五軒町

散歩の楽しみは、その途中に喫茶店・ギャラリー・レストラン等があることは重要なポイント。その点で西の谷はイマイチの感じはするが近辺にレストラン等も増えてきた。今日はギャラリーの話題を一つ。



加藤木洋一さんが久し振りに個展を開催した。
ここ暫く続けている紙粘土を使用したレリーフに着色した作品だ。個展の案内状に拠れば<退化ノススメ>を永遠のテーマとし『私たち人間はどれだけ退化できたでしょうか?BE FOOLISH!! 今の時代、決して進化したとは思えません。』として制作しているとのことだ。趣味が魚釣りということもあり、今まで魚をモチーフとした物が多い。

今回は案内状にも使用している“女の蛸のようなもの”が印象に残った。かなりエロッポイ感じもする。彼の人柄は、照れ屋で寡黙、自分を主張する事は少ない。このような作品は何処から湧き出すのだろう?と思うが、大方の作家がそうなのだろう。

名前が同じ洋一という縁もあり、かれこれ30年の付き合いになる。
表看板はグラフィックデザイナーで、ユーモアあふれるユニークな作品を送り出しそれなりの評価も得た。僕の最初の著書の装丁や個人誌の編集・デザイン等多くの仕事をただ同然で引き受けてくれたりもした。長所か短所か金銭感覚は無い。

彼の性分は商業美術の世界に馴染めず、業界から早く身を引き、作品を気ままに創る生活をしたい。と考えている、と推測していた。今回の展覧会は、その第一歩のように思える。ほのぼのとした人柄と世の中これでいいの?と問いかけるような“よーちゃんワールド”の展覧会だ。

多くの人に見てもらいたいし、沢山の人の感想もお伺いしたい。(僕が、言葉で今回の展覧会の内容を伝えられないので)

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お座敷料理屋 ・『元屋敷』は毎月5日に骨董市

2008年02月07日 17時27分51秒 | 日記
『元屋敷』毎月5日は骨董 <藻苅会>

Eさんに連れられて行った那珂市のお座敷・和食の店『元屋敷』は毎月5日に骨董市が開かれる。道路を挟んだ反対側は石庭の在る駐車場で、その一画にプレハブの建物が有る。そこに<藻苅会>という骨董店が月に一度、開店するという趣向のようだ。

2月5日、またもやEさんのご案内で骨董市を覗きに行った。
店主は『元屋敷』のご親戚のらしい女性の方で、取り扱いの品目は着物や食器等生活に結びついた品揃えだ。従って、お客さんは圧倒的に中年のご婦人ばかり。毎月訪れている常連さんと見受けられた。

掘り出し物を手にした女性陣は、連れ立って道路の反対側にお食事に向かう。毎月5日の食事のメニューは大特価の500円均一とのことだ。我々は眺めるのみで買い物は無しで食事に。

幾つかのメニューの中から、あさりご飯と食後にお汁粉を注文する。相席の小母様方と雑談をしながら食事を戴いた。ちょっとした隠れ家の料理屋さんと思っていたら、知人が現れてビックリ。有名店なのですね。

見事なお庭も、梅の花がほころび春はすぐそこまで来ている。これから先、桜・藤・紅葉とこのお店の庭は楽しみだ。


食事の写真はEさんが撮影したのを使用させて頂いたので、Eさんのブログの写真と同じ物があるかな?内容もEさんが詳しく書いてあるのでそちらを御覧下さい。

以前は活発に動いていた“骨董の虫”も今は鳴りを潜めてしまった。先立つ物が無いので致し方ない。見れば欲しくなるから、見ないほうがいいのかも。などと思いながら店を辞したが、ゆったりと楽しい昼食であった。

西の谷の近くにも、このような食事処や御茶を飲む所が有れば、公園の散歩も楽しくなるし、商店街の人たちが望む、街を回遊する人たちも増えることだろう。
町中にあっては、次の目的地に向かう遊歩道の整備が大切だろう。
歩いたり、自転車を乗る人達に親切な街造りを考えて欲しい。
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西の谷の竹林整備

2008年02月06日 23時37分51秒 | 日記

西の谷の竹林整備

西の谷緑地の延長工事の完成期限の3月末に合わせて。ということなのだろう、斜面の部分に生えている竹林の整備が始まった。
竹林は長く手が入ず、倒れた竹が放置されていた。特に昨年から今年にかけて強風が吹いたりしたので、たくさん倒れた。大雨の降った後は、それが流れ出して遊歩道までふさぐ事もあった。鋸で切ったり、脇に寄せたりしてはいたが、竹林の中迄は無理な話しだった。今回、緑地公園課の手により竹林が整備されるのは、とても良い事だと思う。倒れたのを撤去すると同時に間引きしているから、完了すればスッキリとた竹林となりそうだ。

間もなく筍の時期になるが、この竹林に入って筍を掘る人が多い。掘らなければ竹が増えるばかりだから、掘るのは良いにしても、皮をむいてそのまま置きっぱなしの人たちが多い。これは願い下げたい。

数本植えてある梅がほころび始め、紅梅はかなり咲いている。
観光客が訪れる2月から3月にかけて、道路工事等の公共工事が行われるのは例年の事だ。早めに工事を完了して、整備された状態でお客様をお迎えしたいものだ。
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