「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

新治廃寺跡古瓦

2023年09月25日 11時46分07秒 | 骨董・古美術
新治廃寺跡古瓦







複弁蓮花紋鐙瓦(奈良時代)直径20㎝、最大幅10㎝。

骨董の世界に入門して間もなくの頃から古瓦や塼(せん)や塼仏に興味を持った。
大方は破片で完全な形ではない。だからこそ、欠損部分を想像しながら観る「残欠の美」の味わいが良いと思う。
奈良法隆寺内の巨大な塔心礎が現法隆寺とは別の寺院の若草伽藍跡だと、法隆寺再建を確定した石田茂作博士が「瓦礫洞人」と自称し仏教遺物や仏教遺跡を対象とした仏教考古学を提唱したことにも大いに影響された。
韓国・慶州「仏国寺と石窟庵」を訪れた際は李朝の白磁・高麗青磁と共に、古瓦の残欠を買った。どれも欠損や修複品ではあったが、大いに満足したものだ。
当時、旅をした仲間達も大方はあの世に旅立ってしまったが、50年以上を経過しているからやむを得ないことだ。

河和田の骨董商「S」に、しばらく前から「新治廃寺跡古瓦」が並んでいた。
ほぼ完品に近く、繊細な文様も残っている魅力的な瓦だ。
50年ほど前に国道50号線の「裏筑波ドライブイン」近くの新治廃寺跡碑に車を停めて、辺りを散策した。道路反対側の農家の納屋のようなところで新治廃寺の瓦を多数見た。
今になってみれば、在野の考古学研究者である藤田さんのコレクションの一部だったのだろう、近畿の寺の瓦に劣らない美しい瓦だと思った。
茨城県内で出土する古瓦では「石岡の国分寺・尼寺」「水戸の台渡廃寺」「新治廃寺」などに優品が多い。
思い出の品だが、今さら、と何度か迷った挙句に最後の買い物として持ち帰った。
洗剤をかけてブラシで汚れ洗うと線刻がより鮮明になり白い色も取り戻した。
連弁の部分が平坦と思ったが、わずかに膨らみのあるカーブを描いて立体感もある。
周縁のギザギザした鋸歯紋(きょうしもん)が摩耗して薄っすらしか見えないのが残念だが、複弁の連弁や中央の連珠紋も良く残っており、しばらくの間は楽しませてもらえそうだ。







2023年9月23日(土)・24日(日)に茨城県立歴史館講堂で開催されたシンポジウム「瓦から読み解く古代社会の諸相-基礎資料の集成と分析-」茨城県考古学協会主催のチラシのメイン図版として「新治廃寺跡古瓦」が掲載された。
23日に出席し、大谷昌良氏の講演を聞くことが出来た。
専門的な話が多かったが、新治廃寺と隣接の上野原窯跡について。
藤田清が蒐集した考古学関係資料や高井悌三郎との遺跡発掘調査などもいくらか分かった。

*『常陸国風土記』(ひたちのくにふどき)は、奈良時代初期の713年(和銅6年)に編纂され、721年(養老5年)に成立した、常陸国(現在の茨城県の大部分)の地誌である。
口承的な説話の部分は変体の漢文体、歌は万葉仮名による和文体の表記による。
新治・筑波・信太・茨城・行方・香島・那賀・久慈・多珂の9郡の立地説明や古老の話を基本にまとめている。
*常陸国は、大化改新(645年)により646年(大化2)に設置される。
現在の石岡市に国府と国分寺が置かれた。
常陸国分寺の建立は752年(天平勝宝4年)とあり、同年5月に百済王敬福が常陸守に任ぜられた。
そののち新治、白壁(真壁)、筑波、河内、信太、茨城、行方、香島(鹿島)、那賀(那珂)、久慈、多珂(多賀)の11郡が置かれた。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新羅「南澗寺の古瓦」

2022年11月16日 22時41分31秒 | 骨董・古美術
新羅「南澗寺の古瓦」
子供のころから古物が好きで、欠けて誰も見向きもしないものに感心する。
生まれながらに臍の向きが違ったようだ。
勉強はそっちのけで、縄文土器の破片や鏃などを畑で拾い集め。
長じては古瓦や塼や塼仏が好きになった。



押し入れの中から50年前頃に買った古瓦が出てきた。
朝鮮の瓦で明らかに百済ではない。
新羅時代と見当は付けていたが、どの寺なのかは分からなかった。



県立図書館に行ったついでに「朝鮮の古瓦の資料がないか」と頼んだら北九州市歴史博物館が発行した『図録 新羅の古瓦塼』を探してくれた。





家に戻って瓦と図録を引き当てて居たら、同類のものを見つけた。
慶州の南澗寺の古瓦だった。





よく探しだしたと自分で感心した。
古瓦の中では出来の良いものではないが、調べてみた甲斐があった。



これまでの古瓦を買った中で、好きなのは「南滋賀廃寺」「崇福寺跡出土」と言われる白鳳時代の古瓦。
残念ながら、今は手元にない。





日本の古瓦には2系統ある。
どちらも素晴らしいものだ。
このような古瓦を手元に置いて眺めていたい。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「カーペット床にも並んだ高橋さんコレクション断片」

2022年07月30日 11時42分28秒 | 骨董・古美術
「カーペット床にも並んだ高橋さんコレクション断片」
《コレクション展 感想 高橋さんへ》


高橋洋一さんが水戸市泉町の「雑貨とコーヒーの店たけうち」の2階のスペースで開催しているご自分のコレクション展。
びっくりなのは、本人曰く「蒐集物の断捨離的なところ」もあったようで、展示、陳列しているものを、原則、訪れた客が、気に入ったものを、自由に、持ち帰ってと、高橋さん。











昭和、平成と水戸、茨城を中心に活躍した作家の作品、この地域の歴史、思い出を分かると途端に面白みが湧くものもある。
古いガラス作りの牛乳瓶や酒屋さんに酒を買いに行く大きな徳利・・。
高橋さんらしい視点で集まっているモノたち。
壁面沿いにワイヤー吊りでかかる絵画や色紙・・。

長い細いギャラリーで、靴を脱ぎ 見るのだけれど、カーペット床の真ん中に、モノモノが一線に並ぶ。
奥に、テーブルと数客の椅子、PCからプロジェクターで、ジャズの動画を流している。

入室時には、カーペット床に置かれたモノたちの位置に違和感があったが、場に慣れてきて、気になるところで、集った人は、しゃがみ込み、モノを間近で見る。
一度、しゃがむという動作は普通になる。
こっちの椅子から遠目に見ていると、なんとなく茶器の拝見のように見え、見る人とモノが近づき親しげになる感じ。

テーブルでの雑談は方々に広がる。

高橋洋一らしい種々雑多は、意味ある種々雑多しゃがむこと、話すこと。
およそのこのスペースの構成は考えたのだろうが、毎日訪れる人とモノのようすに、見る人とモノ そこから広がる話の感触を楽しんでいたに違いない。
僕らは、高橋さんの楽しむ仕掛けに気持ちよく乗せられた。

「頂戴したもの」
僕自身も高橋さんのコレクション展で、三点ほど持ち帰らせていただいた。

① 全長5,5cmほどの銅鋳造に沈金でおおらかな文様が施された小槌。
大黒さんが持っていたのかもしれないが、なかなか良い形。沈金の文様も伸びやか。自分の机の一角に小物を置く場所の一部に置かせてもらう。

② 一筆箋や便りなどに押す飾り印だと思う。だいぶ使いこまれ、彫りは浅く
なっているが手彫りだと思う。2,3輪なでしこの花のような感じが彫ってある。なかなかうまく押せないが、練習中。でも可愛らしい。
③ これは大型本。木下杢太郎(詩人・画家・高名な医者・植物学者・・マルチ)の朝鮮、中国に旅してスケッチした仏像たちのスケッチ画集。
朝鮮の石窟庵、中国の雲岡、など多数の仏像、レリーフなどを描く。
実に柔らかくのびのびとしたデッサン、見事に写しているが、僕はこれが気に入ったよ・・というのが伝わってくる。1918年〜1920年位のものが多く、画家の木村荘八と旅した折の作品などが中心、他に奈良 薬師寺や戒壇院、唐招提寺の仏もデッサンしている。
それにしても、ここで木下杢太郎という人と出会うとは思ってもいなかった。
以上、三点がいただきモノ。大事にしたい。

ギャラリーで高橋さんと話している時「モノはなくなっちゃうのも自然だけど、誰かから誰かに引き継いで生きていくこともあるね」的な話しをしたが、高橋さんは、「人がモノを選ぶんだけど、モノも人を選ぶからね」という話をさらりとした。
続けて「僕はその辺は結構わかるな・・」と。
どきっ。僕は大丈夫か・・。
三点が、大変気に入ったということで、一応引き継ぎ資格あり、ということにしてもらおう。

「(こじ付けっぽいけれど)木下杢太郎の本ーパンの会ーそして高橋さん 感謝」
木下杢太郎の本をいただいたことで、僕は「パンの会」のことを思い出した。
明治時代の末には「パンの会」というグループ、サロンができた。「パン」はギリシャ神話の牧神。
美術家や詩人などが出入り、交流の場で語る場だった。
このパンの会には、北原白秋、木下杢太郎、長田秀雄、吉井勇らと、美術同人誌『方寸』に集まっていた画家、石井柏亭(主宰)、山本鼎、森田恒友、倉田白羊らが、文学と美術との交流を図って意気投合し、日本にもパリのカフェのような場を求めたのだろう。
木下は苦労して会場を探し出し、1908年(明治41年)12月、隅田川の右岸の両国橋に近い矢ノ倉河岸の西洋料理「第一やまと」で第1回会合が開催した。 その後、高村光太郎、上田敏、永井荷風らの先達も作家。
1920年、朝鮮、中国に杢太郎と共に、仏像の旅をした画家の木村壮八も参加、彼は昭和3年「パンの会」という作品を制作発表している。











ギャラリーは展示をする場であるけれど、人が集まる場でもある。
今回、高橋さんが開いてくれた、この展示とおしゃべりの機会は、振り返ると、身近な「パンの会」みたいに思えた。こういうモノの見せ方、それらを端に、訪れた人どうしの話、人と人の繋ぎ。

とはいえ 、高橋さんは毎日在廊し、しゃべり 動いているわけだから、大変だったに違いない。
いい機会を作っていただき感謝である。
またやって欲しいなと、思います。
ありがとうございました。(山本哲士)

*水戸市泉町「雑貨と珈琲の店・たけうち」2階で7月8日(金)~12日(火)、7月15日(金)~19日(火)の10日間「ぶらヨーちゃん」番外編なるイベントを開催した。
人生の中締めの意味もあっての会だったが、多くの方々にご来場いただき楽しい毎日だった。
参加いただいた山本哲士さんの感想文がFBに掲載されていた。
自分では思ってもみないこと、同感することなどいろいろと書かれてあった。
感受性の鋭い山本さんならではの文章、有り難く頂戴し、本人の了解を得て転載しました。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ぶらヨーちゃん」番外編・7月15日(金)~19日(火)まで延長します。

2022年07月14日 23時37分50秒 | 骨董・古美術
「ぶらヨーちゃん」番外編・7月15日(金)~19日(火)まで延長します。











水戸市泉町「雑貨と珈琲の店・たけうち」2階「ギャラリー・たけうち」プレオープン企画「ぶらヨーちゃん」番外編、が7月8日(金)~12日(火)まで開催された。我楽多な新・古美術のコレクション展示と、雑然とした語り場、の雰囲気が好評で大勢の方々が来訪し楽しまれた。
都合で来られなかった方や再訪したいとの要望もあり、7月15日(金)~19日(火)(午後3時~7時)まで延長することになりました。
当初に予定したトークショーンも出来れば、と思っています。
友達お誘いあわせて気楽にお出かけください。











7月8日(金)~12日(火)の期間に来廊された方々の一部と会場をご紹介。
来訪者のFBの写真を使用しているので、日時を含め順不同です。
展示品は、ご希望の方に差し上げているので日々変わります。











*珈琲店の営業は11時~7時ですが、2階のギャラリー「ぶらヨーちゃん」番外編は3時から7時まで。
参加費は無料ですが、珈琲などの飲み物代は各自でお支払い下さい。
*駐車場
「たけうち」の駐車場は有りませんので、近辺のコインパーキングをご利用ください。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

毎月5日は「元屋敷」の骨董市@那珂市本米崎2014

2022年02月05日 22時35分08秒 | 骨董・古美術
毎月5日は「元屋敷」の骨董市@那珂市本米崎2014



那珂市本米崎2014に在る、古民家レストラン「元屋敷」の営業日時は毎週、水・木・金の3日間で11時から16時まで。前日までの予約が必要だ。









道路を挟んだ駐車場で、毎月5日に骨董「藻苅(MOGARI)」の骨董市が開催される。
月に1度の市なので、辺鄙で分かりづらい所なのに人々が集まる。
生活骨董をテーマとした品揃え。
古布・塗の器・ガラス器・瀬戸物・民芸品・アクセサリー・茶道具など、日常の生活に使えるものを手軽に手に入れられる。
オークション会場をメインとした営業倉庫での直販なので、格安に販売されるのが口コミで広がった。



5の日の「骨董市」は、予約なしで500円の特別ランチを食べることが出来るので、ランチだけが目的のお客さんも多い。
今日のお品書きは、
①キーマカレー②山菜の炊き込みご飯。



山菜の炊き込みご飯は、味噌汁・玉子焼き・ポテトサラダ・香の物。





立春を越したとは言え、まだまだ寒い。
この日は一瞬、小雪が舞った。
通常は庭の奥の離れの部屋が用意されているが、希望すれば門の脇の囲炉裏と薪ストーブの処を使うことが出来る。
柔らかな暖かさと僅かな煙もまた、ご馳走である。
主人夫妻の心優しいもてなしも格別だ。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

一乗院 骨董市 とフリーマーケット@那珂市飯田

2021年11月29日 20時00分03秒 | 骨董・古美術
一乗院 骨董市 とフリーマーケット@那珂市飯田





那珂市飯田の一乗院境内にて毎月第四日曜日に「骨董市 とフリーマーケット」が早朝より開催される。
約160店が軒を連ね、1万人程の人が集まる今時の縁日。
台座より高さ約16メートルの毘沙門天。









境内のあちこちに多様な品々が並ぶ。
骨董と云っても玩具、工具・刃物などまで幅広い。



今風に和服を着こなした若いカップルから外人迄、客層も幅広い。



フリーマーケットだから、食べ物・野菜・花などの店と、これまた多彩。
早くも「千両」が並んでいた。



一乗院は「花の寺」を目指しているから花木が多く植えられてある。
赤と白の山茶花が咲きている。



落語・漫談・講談の寄席も開かれている。

水戸近辺の骨董市では笠間市の「栗の家・骨董市」は毎月第1・第3日曜に開催され何度か足を運んだ。
30年以上の歴史があるので北関東全域からの客で賑わう。
一乗院の「骨董市 とフリーマーケット」はそれ以上の規模で驚いた。

全国の寺社仏閣が「ご朱印」をはじめあの手この手で集客に努める時代となった。
「一乗院」は古来の「縁日」の楽しさを継承し「フリマ」的な要素を取り入れた賑わいを演出している。

次回の「骨董市 とフリーマーケット」は12月26日 第四日曜日。
2012年の正月3日に「だるま市」が開催される。


コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

経筒 (藤原時代)

2021年07月26日 23時29分05秒 | 骨董・古美術
経筒 (藤原時代)





経筒 (藤原時代)

福岡県出土と伝えられる、青銅鋳造の経筒。
蓋つきで、蓋の4か所に瓔珞を吊るしたとみられる4個の穴がある。
塗金の跡が所々に残り、緑青の翠に僅かな黄金色が映える。

寸法的にも花入れがとして使うのが最適だが、残念ながら破損しており水を直接注げず、中に落としをいれて使用する。
水を注ぐことが出来れば、器体を通過した水分が表面に達して、緑青に翠がさらに強くなり趣があるのだが。
形は申し分ないが欠けているのが難点。
難ありだから購入できたとも言えるので、仕方がない。

底の方に紙が固まったようなものが残っていた。
お湯に長時間浸けて、一枚ずつ剥がすことが出来た。
経文のようにも見えるが、よく分からない。

コロナ禍で昨年の3月以降は自然消滅となってしまったが、40年以上前の1980年頃「日めくり俳句会」という俳句会が出来た。
句誌は俳句だけでなく、諸々のことを各自が勝手に書くことも出来た。
和紙を使って糸を使った和綴じ、表紙は版画で、本文はガリ版刷りで数十部。
手間が掛かる会誌だが、発起人の一人がこだわって制作した楽しい同人誌だった。



その頃の自分は、骨董の世界にのめり込んでいたので、収集品の写真・文章・俳句を入れた雑文を寄稿した。
骨董の専門誌に、器と花と関連した文章などの連載が多かったので、
それらに憧れ、真似したかったのだ。

その内、会員も増えて俳句中心の会誌となり、連載も閉じたが良い経験だった。

経筒
仏教経典の紙本写経を納める筒形の容器。
青銅製品が多いが、鉄、陶磁、石製品も存在する。
形態は、円、六角、八角筒形のほか、宝塔、宝幢形もみられる。
長方形の箱形のものは経箱という。
青銅製は銅板打物と鋳造品があり、どちらも鍍金のあるもの、ないものがある。
鉄製は鋳造品で、陶磁器製には陶・青白磁品、石製品には滑石・ろう石製がみられる。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

蓮花文の瓦

2021年06月30日 23時03分06秒 | 骨董・古美術
蓮花文の瓦



ハスと睡蓮の花を指して「蓮華(花)」と呼ぶが、水芙蓉(すいふよう、みずふよう)、もしくは単に芙蓉(ふよう)、不語仙(ふごせん)などの異称もあるくらいに風情のある色や形をしている。
水中に咲く夏の花は、春の桜のように見飽きることがない。

日本での古名「はちす」は、花托の形状を蜂の巣に見立てたとするのが通説で「はす」はその転訛だが、花托と花びらが同時に存在しているは独特だ。
天上に咲く花の例えもあって、古来より特別な場所の荘厳に使われた。



奈良・飛鳥寺の鐙(あぶみ)瓦(飛鳥時代)



奈良・山村廃寺の鐙(あぶみ)瓦と宇(のき)瓦(白鳳時代)

生の蓮の花に勝るものはないが、588年に百済から渡来した「瓦博士」に依って始まった「瓦」にも蓮の文様が使われていることが多い。



鐙瓦細部の名称



複弁蓮花文鐙瓦 奈良・川原寺址
1枚の花弁に子葉2個を配する複弁蓮花文で蓮子は大粒
*昭和49年(1974年)、川原寺の裏山の板蓋神社から、千数百点におよぶ塑像の断片や塼仏が発掘された。



単弁蓮花文鐙瓦 奈良・山田寺



飛鳥資料館第二展示室・山田寺趾東回廊
蘇我倉山田石川麻呂が、641年に建設をはじめた初期仏教寺院。
1982年の発掘調査によって、その東回廊が、倒れた状態で地中に埋もれているのが発見された。
飛鳥の大寺院の多くは時代の流れとともに地上から姿を消しており、山田寺東回廊は、現存する世界最古の木造建造物である法隆寺よりも古い例となる。

蓮花文の瓦の一つくらいは断片でもいいから持ちたいものだ。

*果実の皮はとても厚く、土の中で発芽能力を長い間保持することができる。
1951年(昭和26年)3月に千葉葉市の落合遺跡で発掘され、理学博士の大賀一郎が発芽させることに成功したハスの実は、放射性炭素年代測定により今から2,000年前の弥生時代後期のものであると推定された(大賀ハス)。
その他にも中尊寺の金色堂須弥壇から発見され、800年ぶりに発芽に成功した例(中尊寺ハス)や、およそ1,400年から3000年前の地層のものが発芽した例(行田蓮)もある。
蓮花文の瓦、断片でいいから手元に置きたい。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

リューシュ ブンカムラ@水戸市千波町262−3

2020年06月09日 06時53分46秒 | 骨董・古美術
リューシュ ブンカムラ@水戸市千波町262−3




水戸市千波町、お茶園通り「ウェルシア」の駐車場の脇道をぬけると、画家の川澄淳さんが主宰する多面的な芸術空間「リューシュ・ブンカムラ」前に。




緑の小路の奥は不思議な世界。




イギリスの田舎から選りすぐりのアンティークが床から天井まで。




足の踏み場もないほど品物が並んでいる。



硝子類、



サイドボード、本棚、キャビネットなどの大型の家具も。



寛いだカフェの空間でもある。



川澄さんの絵画や彫刻作品も販売されている。

絵画教室の空間にもなる。

奥様が担当する「ウェディングマリア」はウェディングドレス・ステージドレス・礼服などのオーダー、ドレスのお直し・着物や古いドレスを使ったリメイクなども。

◎駅南の桜川沿いにアンティークの店を出したのが始まり。
数十年前のことだ、恐らく30年以上はたつ。
骨董古美術の世界で生き抜くのは至難の業。
絵画教室を含めた事業で補ってきたのだろう。
千波に移っても20年位か?
何れは地元の鉾田市に「美術館を」夢もあるらしい。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『栗の家 骨董市』毎月第1・第3日曜日@笠間市土師 1285

2018年11月21日 19時30分18秒 | 骨董・古美術
『栗の家 骨董市』毎月第1・第3日曜日@笠間市土師 1285
*朝6時頃から午後3時頃まで。
















骨董好きならば、古民家を移築した家に蒐集品を展示して眺め、友人と骨董談義をする。
と言うのは大きな夢だが実現は難しい。

現在は笠間市となったが、合併前の岩間町の広い屋敷に石塔や石仏を配し、山野草を植え込んだ庭を作り、古民家を移築した住まい。

羨ましい暮らしをして居る御仁がいる。
と聞いたのは40年前頃のことだ。

間もなく「栗の家」と称する茶房・甘味処として開放することになったと聞いた。
オーナーはTV「なんでも鑑定団」(1994年4月19日・放送開始))の鑑定士と親しく、その関連で「骨董市」を開催するようになったと記憶する。

骨董市を散策し、古い器に盛られた「昼定食」を食べるのが楽しみで何度か通った。











その後、骨董市が盛大となって関東一円からの客を集める盛大となった。
甘味も地元の栗を使用したお菓子の種類も増えた。
大谷石を使用した石蔵のレストラン・喫茶、ギャラリーなども開業した。
半日は遊べる、楽しい空間となった。

2010年の東日本大震災で大きな被害を受けた。
其の後、当主が亡くなったが、骨董市は継続される。
残念ながら、数年前から飲食の提供は無くなった。

偶々、11月の第1・第3日曜日の両日に出かけた。
先月から栗ぜんざい、サザのコーヒーなどが再び提供されることになったらしい。
骨董市とは言え、甘味・喫茶が無いのは寂しいから、嬉しいことである。

第1と第3では出店業者が一部異なることもあって、客層も若干違うようだ。
それにしても、若い人が少ないのは時代を反映しているのだろう。

欧米の外人もいるし、中国人も来ているようだ。












和服をリメイクした服や、着物を売る店や購入する中年女性が目立つ。

この前の道路は岩間ICに近いので、関東一円の客が訪れる。
昼前の頃がピークで大勢の客だ
道路沿いに『栗の家 骨董市』の客の流れを頂戴しようと別個の市もたっているのは驚き。
それだけ定着した催事になっているのだ。

水戸近郊にこの様な市が出現するとは、知らない方も多いだろう。
未体験だったら、一度は訪れてみることをお勧めする。


コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「鎌倉彫・寸松堂」@鎌倉市由比ガ浜大通り。

2018年09月26日 17時46分35秒 | 骨董・古美術
「鎌倉彫・寸松堂」@鎌倉市由比ガ浜大通り。



長谷観音から雪の下の「大佛茶廊」まで移動の途中には「川端康成記念会」「鎌倉文学館」「吉屋信子記念館」など文学関連の施設が在る。
「鎌倉文学館」は二度訪れたが、建物・眺望・展示物とも素晴らしかった。

「川端康成記念会」は如何なる施設なのか?興味はあったが、大佛茶廊の11時半頃の開店時間に到着したいので、今回パスした。



長谷から若宮大路までを「由比ガ浜大通り」と呼ぶらしが、文化財級の建築物を何軒か見かけた。

「鎌倉彫・寸松堂」由緒ありそうな店なので拝見させて頂いた。

鎌倉彫は中国の宋から伝わった堆朱を真似て仏具を製作したのが始めたとされ、800年の歴史を有する。

模様を薄肉彫刻した素地に直接黒漆を塗り、その上に朱、青、黄など色漆を塗り重ねて磨き仕上げる漆彫刻作品だ。

鶴ヶ岡八幡宮の鳥居脇に店の「博古堂」は有名店だが、鎌倉の土産として
明治時代以降、多くの鎌倉彫の専門店が生まれた。

木地を加工して彫刻、漆で塗り磨き上げる製品にするのは相当の手間がかかるから、安くは売れないだろう。







お盆やお椀など従来のものから、アクセサリーなど新たなデザインを施した新商品もある。







我が家にも鎌倉彫の「脇息」が有る。


脇息は坐った時、脇に置いて肘をかけ、体をもたせかけるための道具。
最近あまり見かけないが、便利な道具だ。



菊の模様が肉厚に彫られてある。



裏を返すと「鎌倉彫三保堂」の印が。
この店が、現在も営業を続けているのか調べてみたい。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

栗の家@笠間市土師1285

2018年09月04日 18時15分17秒 | 骨董・古美術
栗の家@笠間市土師1285





「栗の家」は広い屋敷に古民家や大谷石の倉庫を移築して展示室とし、庭には石塔や野仏を配置し山野草を植え込んだ径を散策する。






収集家なら誰もが夢見る理想の世界を実現した空間だ。

蒐集品は私すべきでなく、多くの人と共有したいとの思いで庭の一部を骨董市の会場として開放した。

古民家で、骨董品の器を使用した食事やお茶を提供する。

器は使われることで生気を取り戻す。



趣味の延長で始めたことが次第に大掛かりになって、大谷石の石蔵を改造しギャラリーやカフェを増設した。

現代作家の彫刻も配されるようになって、美的空間はさらに拡張された。

岩間ICに近いこともあって、出入りを誘導する警備員を配した広い駐車場が3箇所以上も設置される活況。

洗練された審美眼を持ったご主人の収集品を拝見し、限定の昼定食を頂くのも楽しみだった。

骨董市が盛んになると同時に、岩間特産の栗を使用した栗渋皮煮、 栗甘露煮 。
栗蒸羊羹 、純栗モンブラン、抹茶などメ喫茶ニューも増え、古民家カフェとしても人気が出たらしい。

らしいと言うのは、古民家カフェとして人気を博する以前のことしか知らないからだが。

その後、東日本大震災で大きな被害を受けた。
開設者がお亡くなりになった。
など、諸々の事情で飲食の営業は数年前に中止となった。

骨董市は
毎月、第1・第3日曜日の 午前6時〜午後3時まで開催され賑わっている。


9月2日(日)にKさんのお誘いで、久しぶりの「栗の家・骨董市」に。
生憎の雨模様のため、出店業者とお客が少なかったのは残念だった。





しかしながら、雨に濡れた灯篭などの石像品を見、戸閉である母屋の内部などを想像し開設者の心を偲ぶことが出来た。

願わくは往時の食事や喫茶メニューが復活し、半日くらいを楽しめる場となることを願った。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「骨董・新古美術・我楽多余市」余聞

2018年08月13日 19時03分25秒 | 骨董・古美術
「骨董・新古美術・我楽多余市」余聞



「木彫の恵比寿像」
東京浅草「浅草寺」脇の磯蔵酒造直売処・日本酒文化専門店・窖(あなぐら)の店内に安住の地を得た。

水戸市泉町・スマイルタワー3階で7月28日~8月6日まで開催された「骨董・新古美術・我楽多余市」はFacebookのみの広報(一部の友人には電話連絡も)だったが、多くの友人に来ていただいた。
来訪者によるFBやブログにアップされ、会場の様子など良い記念になった。

「モノを肴にした語り場」ではあったが、「蒐集品の身の振り先」の意味合いもあった。
磯蔵酒造ブログ【蔵人日記】の2018年08月07日「蒐集家の宿題」と題した記事は、過分なお褒めの部分もあるが「モノを肴にした語り場」
「蒐集品の身の振り先」など、当初の狙いを理解した内容なので、蔵主の磯貫太さんの了解を得て、全文を転載させていただくことにした。

磯蔵酒造ブログ【蔵人日記】の2018年08月07日「蒐集家の宿題」全文。

『買物が苦手な私は、モノを集める習性は持ち合わせていないが、しかし、モノを捨てるのも苦手なので、身の回りは、高校生くらいからの本やレコード盤を始め、中には今やサイズ的に着れない衣類まで、かなりの数の「お気に入り」で溢れかえっている状況。
カミサンこそ、そう言う事を五月蝿く言う性格ではないが、ワタクシに何かあった際に「誰が片付けるのか?」を考えると、気が重くなる。

そんな先日、ワタクシが高校生の頃より遊んで頂いている、とてもファッショナブル(この言葉は彼のためにこそ有る!と断言しよう)で、個性的で、人間味あふれる友人(父と同世代だがあえて今回は友人と呼ばせていただき生意気を言おう)が、「骨董・新古美術・我楽多余市」と称し、長年集めた蒐集品の展覧会を開くというので、早速出かけて来た。

ギャラリーと称された雑居ビルの一室には、彼の80年近い人生を表わすかのように、彼が訪れた様々な場所、そして彼が関わったたくさんの人々、との思い出いっぱいな珍品の数々が処狭しと並んでいた。
魅力的な品々に「売るのか?」と訊けば、「欲しいと言うなら、その人間と話し、所蔵するに相応しいかどうかを判断する。値段は交渉次第だ。」と、恐ろしく高飛車な「我楽多余市」だ。

そんな展覧会で彼は、訪れた客に蒐集品にまつわる四方山話を嬉しそうに話し、時には客が差し入れる酒(彼は街で無類の呑んベエで知られている)を、待ってましたとばかりに、用意してあった(笑)ぐい呑みで、人生の機微を肴に一杯やりながら、そこにいた「友人を友人に紹介し友人にする事」を、心から楽しんでいるようだった。

そして、しばらくして気づいたのだが…しまいには「これはあんたに似合うな」とか「これはあそこに置いて欲しいな」とか言いながら、蒐集品の嫁ぎ先を強制的に決め、無料配布しはじめ…いや、そのほうが多いのではなかろうか!?

そうかっ!こういう身の回りの整理の仕方(彼はまだまだ元気ですが)があったのかっ!
カッコイイ男はどこまでカッコイインダ?!

と、心底感心したので…久しぶりに仕事とは関係ない長文を書いてみました。

因にワタクシは「お前は人と盃を交わしてばかりだからな」と、随分と時代のある「盃洗」と、
そして「浅草の窖に似合うぞ」と木彫りの「恵比寿さん」をお預かりした。

写真がその恵比寿さん。
浅草は「日本酒文化専門店 窖」で皆様のお越しをお待ちしてくださっております。
私が長年お世話になっている楽器屋さんが「良い楽器はお金を払って一時期借りているだけ。
一緒に墓に入れるなんてもってのほか。
必ず次の弾き手に渡す義務がある」と言っていたが…

これらを、何時、何処の誰に、どうやって引き継ぐのか…
それは彼が私にくれた大変な宿題。』
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「骨董・新古美術・我楽多余市」@水戸市泉町・スマイルタワー3階

2018年07月29日 16時24分16秒 | 骨董・古美術
「骨董・新古美術・我楽多余市」@水戸市泉町・スマイルタワー3階









水戸地方は台風12号による被害もなく過ぎた。
逆走して中国地方の豪雨被害の遭った方に向かったが、無事であることを願う。
今週末からの「水戸黄門まつり」に向けて目抜き通りの飾りつけや、お囃子練習の音が響いてくる。

水戸市泉町・スマイルタワー3階の「骨董・新古美術・我楽多余市」も今日(7月30日)で3日目、開催時間を午後5時から8時に変更した。

昨28日の夕方は台風の影響で風雨が激しい時間もあったが、何組かのお客様が見えられた。
有難いことで感謝申し上げます。













全てのお客様の写真を撮ったわけではないが、何枚かをご紹介。
併せて、会場風景や展示品の一部もご覧ください。

あくまでも語り場・話し場、モノをネタに交流する場なので、多くの方々にお出かけ頂きたいと思っている。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「骨董・新古美術・我楽多余市」今日から開催。

2018年07月27日 14時09分32秒 | 骨董・古美術
「骨董・新古美術・我楽多余市」今日から開催。



水戸市泉町2丁目スマイルタワー3階『izumi gallery』で「骨董・新古美術・我楽多余市」が今日7月27日(金)~8月5日(日)まで開催される。

時間は午後6時から9時までの3時間,宵から夜にかけての「夜市」
収集品を壁面や床に並べ、それらを肴にしての「語り場」が目的だ。
展示物は購入のご希望があれば、全て販売する。
売るのが目的ではなので、価格は「相対」で決める。
冷やかし・飛び込み・飲食の差し入れ大歓迎、お気軽にお出かけください。



「スマイルタワー」1階の奥は「彩食亭・心まい」。



狭い階段を3階まで登ると会場の『izumi gallery』(仮称)。



1階向かって右は、レストラン(Maison de Famille)。







展示品は新・古美術を含む我楽多。

ビルの改装工事が進行中、ギャラリー内の展示も進行形。
毎日、展示替えが行われる予定。

広報はFacebookとブログのみ。
一人でも多くの方との交流が広がることが目的。
多くの人々が集ってほしいので「シェア」によって拡散をお願いします。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする