「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

鶏足山のミツマタ@東茨城郡城里町上赤沢地内

2016年03月12日 23時32分48秒 | 
鶏足山のミツマタ@東茨城郡城里町上赤沢地内



「花がそろそろ咲くようなので、三椏(ミツマタ)の群生地に行ってみませんか」とお誘いを受けた。
ミツマタは楮(コウゾ)と並んで和紙の原料だが、庭木としても植えられている、ことくらいは知っていた。内原カタクリの群生地はいったが、ミツマタは聞いたことが無かった。

山登りが趣味のSさんの話、山歩きは自信がないから幾らか不安だ
朝8時半に水戸市岩根のご自宅に伺い、其処からSさんの車に。



走ること約30~40分、城里町上赤沢の「鶏足山」登山口の駐車場に到着。
既に何台か駐車していた。
弘法大師に所縁のある山とある
今は、中高年の登山が人気らしく、何組か先着がいた。



鶏足山の三椏が知られるようになったのは最近のこと。
戦時中、紙の不足を危惧して三椏を植えたが忘れ去られ、平成16年に杉の間伐をした際に、再発見されたことからだ。



幾つかの登山ルートが有ったが、一番やさしいコースを選択してもらったのだが、それでもかなりの山道。


「藤井川の源流」と表記に在る湧水も。



40分位で、ありました、三椏の群生地。
鶏足山の裏側、茂木町との境界に近い場所。
上から見ると白っぽが、下から見上げた花は黄色い。
幾らか赤みもある。
三椏はジンチョウゲ科のミツマタ属。
従って、沈丁花のような甘い香りがする。



更に、谷1つ全部に広がっていた。
これは、名所として植え広がらせた感じがした。



マンガン鉱採掘跡。
明治11年(1878)に採掘された、との説明が。
マンガンは乾電池などに使用される金属。



群生地から沢沿いの登山道を抜けて、鶏足山の山頂を目指す。



鶏足山山頂、標高430m。
弘法大師が祀られていた。



周囲に高い山が無いので、筑波や水戸辺りまで見通せる。
まさに絶景かな。
気象条件によっては富士山まで見えるとか。



尾根伝いの奥に護摩焚石。



鶏石。

なだらかなルートを通って無事下山。
400mの山頂を極めたこと、ミツマタの群生と花を見られたことに大満足。

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秋まじかの、磐梯高原に。

2010年08月04日 09時27分40秒 | 
秋まじかの、磐梯高原に。

連日猛暑が続いているが、朝晩の風には秋の匂いがする。
7日は暦の上では立秋だ。暑い々といいながら、季節は移り行く。
高原の爽やかさをもとめ、今から磐梯高原にゆく。
美術館や仏閣を訪ねながらの高原の旅。
温泉に1泊してのんびりとすごすつもり。


諸橋近代美術館


先ず、裏磐梯の五色沼近くの諸橋近代美術館をめざす。
福島県郡山市に本社を置くゼビオの創立者・諸橋廷蔵のコレクションを基に開館した。
サルバドール・ダリのコレクションでは世界で有数らしい。


恵日寺(えにちじ)

次に、かつては慧日寺(えにちじ)と称し、明治の廃仏毀釈で一旦廃寺になったが、明治37年(1904年)に復興され、現在の寺号となった。
平安時代初期からの寺院の遺構は、慧日寺跡(えにちじあと)として国の史跡に指定されている。
慧日寺は北東に磐梯山、北に厩岳山、さらに磐梯山の北に吾妻山という山岳信仰の盛んな山を抱えており、その立地的な面から山岳信仰に大きな役割を果たしてきた。


勝常寺  @福島県河沼郡湯川村


今回のメインとも言える寺院。
平安時代初期の弘仁年間(810年 - 824年)に法相宗の学僧・徳一(760?年 - 835?年)によって開かれたといわれている。
徳一は中央(畿内)の出身で、藤原仲麻呂の子とも言われる。
20歳台で関東に下り、会津地方を拠点に宗教活動を行った。
日本天台宗の宗祖である最澄と三一権実(さんいちごんじつ)論争と呼ばれる、天台宗と奈良の旧仏教の優劣に関わる論争を行ったことでも知られる。

徳一の開創が確実視される寺院としては慧日寺(恵日寺、福島県磐梯町)と筑波山の中禅寺(茨城県つくば市)があり、その他にも多くの寺院を建立したと伝えられる。
当寺には本尊薬師三尊像をはじめ、9世紀にさかのぼる仏像が多く残り、これらは徳一が関係した造仏であると考えられる。

そもそも慧日寺の開基は大同元年(806年)に磐梯山が噴火した翌年のことであり、噴火と慧日寺開基との間に山岳信仰上の関連があるのではないかとする見方もある。

この両寺院は山の寺・里の寺として、対で観るのが良いらしい。
由緒あるお寺をさんを、訪れるのは楽しみ。

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茨城県北部の紅葉刈り

2009年10月28日 00時37分12秒 | 
茨城県北部の紅葉刈り




10月17日・18日の2日間に渡って開かれた常陸太田市指定文化財の集中曝涼(ばくりょう・曝涼とは虫干しのこと)。
幹線道路を離れて点在する寺の文化財を巡り歩いた。





通常は公開されない文化財を観ることが出来たのは大きな楽しみであった。
寺の在る場所の景観の美しさを知った、のも嬉しいことであった。

ありていに言えば、何処も小高い丘と言うか山の中腹で眺めが良い場所。




さりとて、同じような風景でなくそれぞれに異なる。歴史がある場所だけに、古木も茂っている。
遠くに出かけなくとも、近場で素晴しい所が沢山あるものだ、と思った。

11月になると奥久慈や高萩の花園渓谷の紅葉が見ごろになる。
茨城の里山は高くはないから、真っ赤に紅葉した景色とはならない。
むしろ、雑木の黄葉、或いは茶色がかった色合いだ。
それが故郷・茨城の秋の特色と僕は思っている。
県北は蕎麦の本場。



常陸秋蕎麦を味わう、楽しみもある。

紅葉狩りもしたいし、ケーズデンキ・スタディアムでの水戸ホーリーホックの応援も行きたい。
さらに、東京の美術館や博物館も回りたい。

来月は、忙しい月になりそうだ。



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奥久慈 男体山

2009年01月28日 21時42分50秒 | 
男体山

水戸から大子に向かう際、大宮を過ぎると景色が一変して山々が望める。
その中で、遠目でもすぐに分かるのが男体山。
もっとも、男体山というと日光を思い浮かべる人も多いかもしれない。


僕は、奥久慈の男体山だ。
麓の古分屋敷までは何度も紅葉を愛でに行ったことがあるが、登った事はない。
今回、Sさんと一緒に登山する事になった。
古分屋敷の駐車場に到着したのが10時。
Sさんは今までに30回位男体山に登っている。頂上まで2時間位の行程とのこと。
大円地(おおえんち)でルートは右と左に分かれる。
右はハイキングコース、左は健脚コースと表示がある。
Sさんは登りは健脚で、下りは楽なハイキングコースにしよう。と決めてくれた。
出だしはマアマアだったが直ぐに次から次に急勾配。直ぐに息が切れて何度も小休止。
鎖を頼りに岩場を攀じ登ることも数え切れない。
標高654メートルなのに、なかなか頂上が見えない。
簡単な気持ちで来たが、大間違いだった。背中や頭からは汗汗汗。
着替えのシャツを持参しなかったのは、失敗。次回は忘れずに。

やっとの事で頂上に。北側と東側は穏やかな傾斜だが西側と南側は断崖絶壁。
特に南側の切り立った断崖が、遠くから見ても男体山と分かる姿だ。
水戸の県庁舎も望めた。もっと晴れていれば、日光の連山まで望めるらしいが、今日は叶わなかった。
この360度見渡せる景観が「新・日本の名山100選」に選ばれたのだろう。



阿武隈山地の支脈である久慈山地は、隣接する八溝山地と共にこの地域の景観を形成している。久慈山地の山々は標高こそ低いものの、屹立する岩壁や奇岩を連ねた岩峰が多く、圧倒的な迫力がある。その主峰が男体山だ。
帰りに立ち寄った、「紅葉の展望公園」から見ると、その特徴が良く分かる。
あたかも八ヶ岳山麓の様であった。

山頂でおにぎりの昼食を済ませ、下りは持方(もちかた、旧水府村で茨城県の最後の秘境といわれ、平家の落ち武者伝説なども在る)を経由して、大円地越(おおえんちごえ)を通り古分屋敷に戻ることにした。僕は、不安であったが、先達のSさんにお任せした。
持方の部落の一部を通過したのみではあるが、確かに桃源郷の雰囲気があった。
少し、遠回りになっても来た甲斐が有ったと思った。
これで春先なら更に美しいだろうと思った。


大円地越でSさん持参のバーナーとヤカンでコーヒータイム。
ハイキングの後のコーヒーの味は格別だ。
「越」は「峠」と同じ意味らしい、有名な「天城越」は「天城峠」と同意なのだ。

頂上や東屋などで何組かの中高年のパーテーに出会った。皆さん、慣れているのか足取りも軽く歩いているのには驚いた。訊いて見ると、月に1~2回は山歩きしているようだ。

古分屋敷までは僅かな距離と思ったが、思いのほかの距離と高低差があった。
帰り道は岩場もないし急斜面ではなかったが、駐車場に着くころは足はガタガタで限界に近かった。
日頃の運動不足と山の厳しさを思い知らされた。


戻ってから、次のような資料を見つけたので付け加えておく。
*男体山は南台山、頂富士の別名もあり、1等三角点の山で、昔は女人禁制の山であった。山頂にある大岩石を神体として男体権現といい、山腹にはイザナギ・イザナミの両神を祀る奥の宮がある。頂上の南面は300mもの断崖が切り立っていて、そこからの眺望はすばらしい。


戻ってから、次のような資料を見つけたので付け加えておく。
*男体山は南台山、頂富士の別名もあり、1等三角点の山で、昔は女人禁制の山であった。山頂にある大岩石を神体として男体権現といい、山腹にはイザナギ・イザナミの両神を祀る奥の宮がある。頂上の南面は300mもの断崖が切り立っていて、そこからの眺望はすばらしい。



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