金北山の登山も終わり、あとは観光となる。佐渡到着から帰航までを紹介します。まず、直江津港から小木港に着きます。そして、佐渡は何といっても金山。とにかく直行です。
小木港
佐渡金山 青盤脈と道遊脈
道遊の割れ戸 金が露出していたそうです。キンキラリン
坑道図 厳密なものです。 ありの巣のように掘られています。
資料館(金山跡)の中の模型図。当時の様子が人形で表現されている。
上の写真は、地下水のくみ上げの様子です。海面より下を掘っているそうです。動く人形と下の写真にあるような模型など多くの展示があり興味深く見学できた。
佐渡歴史伝説館も大変興味深いものがたくさんあります。これは何でしょう。
なかなか勉強になりました。佐渡の金山の労働はきつかったようですが、その分賃金も良かったようで、一時期、大変繁栄しました。しかし、労働者の寿命は短く、人出不足から罪人や無宿人なども使っていたようです。抗道掘の技術は、島根の石見(大森)銀山から導入されたそうで「へ~」と思いました。
調べてみると、世界遺産になった石見銀山の方が古くから採鉱されていて、徳川時代に石見銀山の責任者大久保長安は、佐渡金山へ移っている。石見銀山は、17世紀初頭がピークで、佐渡金山の金脈の発見は1601年。徳川幕府は、石見、佐渡から莫大な量の金・銀を得ていたことになる。
佐渡には、多くの伝説や民話が残っている。流人の島でもあり、順徳上皇(承久の変)、日蓮、世阿弥(能の大成者)などは有名。民話では、夕鶴伝説や山椒大夫のお話も残っています。
夕鶴の碑
ちんからとんからとんとんとん
安寿と厨子王伝説の残る達者港
佐渡の天然杉
杉を見ようと山道に入ったら、途中から雪。長クツを履いて進みました。
だん特山奥の院まで行ったが帰りが心配になり、途中から引き返す。
結局、巨杉には出会えずじまい。両津港へ行く途中に出会った桜の古木。これもたいした物でした。
4月20日(土)に佐渡に渡り、24日(水)に離れる。4泊5日の佐渡の旅でした。
(佐渡 完)