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無知の知

ほたるぶくろの日記

上賀茂神社へ参拝

2024-12-08 09:53:20 | 日記
今週は出張で京都へ。
空いた時間ができたので、上賀茂神社(賀茂別雷神社)へ参拝してきました。

二ノ鳥居を入ると

立砂と奥は細殿(重文)。このずっと奥に本殿・権殿(国宝)があります。

初めての上賀茂神社。
今まで写真やら小説やらで『立砂』を知っていましたが、実物は初めて。
確かにてっぺんに松葉が刺さっていました。
北西にある御神体山「神山」を表しているのだそうです。
しかもこの二つは陰と陽を表し、松葉の数は2と3で異なっている。

このデフォルメ。なんとも現代的。
お社の創建は7世紀。天武天皇の時代。
現在の建物のほとんどは寛永五年(1628年)造替のもので重文。 国宝の本殿と権殿は文久三年(1863年)造替。

本殿と権殿は奥まったところにあって、
特別参拝以外では入れないようでしたので、今回はパス。
手前の中門から遥拝しました。

その後、細殿をじっくり拝見してきました。


左斜め前から見上げた細殿。
昔のブラインダー、御簾が素敵。


木の先端は双葉葵(神紋)の彫金された金具で保護されています。

ここの奥には御物忌川と御手洗川の合流するところがあります。


水はとても澄んで綺麗。

この川のすぐ下流には「渉渓園」があります。
雅な「賀茂曲水宴」が行われるところ。



だいぶん前に、下鴨神社(賀茂御祖神社)には参拝しました。
糺の森に続く立派な神社です。
二つの社は合わせて賀茂神社とも呼ばれますが、下鴨神社は創祀がいつかわからないほどに古いことがわかってきています。
糺の森は古代祭祀の場だったようで、紀元前からの祭祀の跡が発掘調査で見つかっているらしい。

上賀茂神社もおそらくは古代からの祭祀場だったのだろうと思います。




境内脇の楓。
やっと見事な紅葉も拝見できました。



神社の歴史や起源は神話や言い伝えが錯綜として真相がわかりにくい。
発掘も神域であるためになかなか進みにくいこともあります。

まずは明治政府による急進的な「神仏判然令」や「国家神道」の設定、
さらに敗戦による「政体」「国家としての思想」の大幅な変更、
など、日本の宗教界の近代の歴史はかなり複雑です。

現代の日本人の「無宗教」感はこの歴史によるところが大きいと思います。
そのくせ、数々のお祭りや季節ごとの行事は現代まで伝えられている。
よくわからないままに、なんか古い時代から続いている=重要かも、ということで大事にされている。
(必ずしも正しくないこともあって、難しいところではあるのですけど。。)

押し付けがましいいわゆる『宗教』はほとんど新興宗教として「現世利益」を餌に人々を縛り付けるばかり。
しかもえらく回りくどい理論付き。

みなさん「宗教」からは少し身を引いている。
私も同じく。

そんな中で実は「神道」というものを我々はよく知らない。
(国家神道とは根本的に違います)
「神道」とはなにか。と真面目に考えるようになったのは、20年前くらいからでしょうか。
今は時間ができるとその辺りを掘り起こしているところ。
とても楽しい時間です。


京都はその手がかりとなる神社仏閣がひしめいていますので、ここで空き時間ができるととても嬉しい。
嬉しいですが、事前にあれこれ悩みます。
今回もいろいろ迷った挙句、上賀茂神社の参拝に決めました。



さて、上賀茂神社を堪能し、

賀茂川沿いをあるいて北大路駅へ。市内へ戻ります。


京都大丸の「よしむら」さんで「鴨南蛮そば」をいただきました。
鴨肉は塩麹漬けだからか、柔らかく風味もよろしく。
つくねも軟骨のコリコリが歯触り良く。
小さな器には山椒が入っていました。

お天気にも恵まれ、紅葉も綺麗で最高でした。
(つづく)