ジョアンナ・エーベンスティン著/布施英利監修/堀口容子訳/グラフィック社
これはまた、私の尊敬する先輩が訳した本。なんとも不思議な世界観。写真だけを遠目に見てギョッとされても困るので持ち歩き辛かったが、一気に読んだ。
解剖学的に実に正確に作られた、分解できる、美しくも妊娠した女性の像。教育的にも、実習的にも役に立ち、美術品でもあり、宗教がかってもいる不思議な造形。でもこれだけがポッと突然湧いてでたわけではない。
聖人の体を一部を教会に納める習慣、土葬の習慣、ペストの流行によるメメント・モリの考え方、土葬された遺体を引き出して朽ちていく様子を観察することが尊ばれた時代もある、そして人体解剖による研究と、リアルに再現するための鑞細工の技術・・・そういうものが結びついた一つの形態の中にアナトミカル・ヴィーナスがある。
ふと思い出したのは先日読んだ「椿姫」の原作。アルマンは、マルグリットの墓を移すため、すでに一旦別の墓に葬られたマルグリットの遺体と対面するのである。その時の記述は、私にとってカルチャーショックを感じるさせるものであった。私なら美しい思い出は、美しさとともに脳裏に刻んでおきたいと思うが、この人たちはそうではないのか・・・で、この本を読んで、背景となる死生観の違いや文化を知ってしっくり来たのであった。
もちろん、それは崇高な方向に向かうこともあれば、見せものとしての娯楽や性的な意味合いを持つこともある。去年コンクールで歌った歌曲の作曲家であるアルマ・マーラーも、彼女を恋しく思う男性により、彼女の等身大人形を作られてしまい、その人形が色々と連れ回されることで、アルマも恥をかかされたようである。ホフマン物語に出てくる人形(オランピア)とか、コッペリアとか・・そういえば、西欧には男性が人形に恋する話って多いね・・なんてことはこの本には書いてないけど、ついつい連想してしまった。
この本に書かれていることはとても壮大で、一言ではコメント出来ないけれど、最初から最後まで異文化を感じまくりだった。逆に自分が目をつぶってきた世界とも言えるわけで、体のあちこちにガタがきている今日この頃、改めて自分の身体を考える切っ掛けにもしていきたいと思う。