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音楽全般について 素人臭い能書きを垂れてます
プログレに特化した別館とツイートの転載もはじました

ハイドン交響曲第11番「アダージョ・カンタービレ」/フィッシャー&AHハイドンPO

2005年11月19日 10時22分31秒 | ハイドン
 交響曲第11番は、第5番と同様に通常の交響曲と第1楽章と第2楽章が逆の配列になっているのが特徴です。第1楽章はアダージョ・カンタービレでゆったりとして優雅なムードに終始し、第2楽章がアレグロはいつも通りに軽快な急速調という具合です。しかも、こちらの場合は第1楽章が10分近く、全体の長さの半分近いスペースをとっていて、ぱっと聴いた感じではなんとなく第1楽章が前半、残り3楽章が後半みたいな2部作の如き赴きすら感じほどです。では各楽章をざっとメモしてみたいと思います。

 第1楽章は前述の通りほぼ完全に緩徐楽章と分類されるべき仕上がりです。ゆったりとしたエレガントなムードを湛えている上に、注釈通りに旋律がよく歌っているのが特徴で、古典派の緩徐楽章の典型といってしまえばそれまでですが、オーストリアの田園風景を彷彿とさせるようなスタティックな美しさがく出ています。また旋律の背後で随所に登場する三連符の特徴的なパターンが、弛緩すれすれのところでほどよいスパイスになって、曲を締めているのもまた印象的です。
 第2楽章はアレグロで、前楽章から間髪入れずに始まるせいか、なんとなく最終楽章のように聴こえてこないこともないです。最後まで淀みなく流れるハイドン・パターンで、ふと短調に転調するあたりもいかにもハイドン。また、ちょっとモーツァルト風にこまっしゃくれたいたずらっぽいフレーズが随所に登場します。
 メヌエットである第3楽章はこの交響曲が緩-急-緩-急のジグザグ・パターンで進んでいくことを考慮したのか、ややおとなしめ、トリオの部分など緩徐楽章さながら静けさがあります。

 お約束の表題ですが、ストレートに第1楽章の注釈をそのまま使って「アダージョ・カンタービレ」に決まり。実際、この11番の第1楽章はそのくらい大きな存在感あります。なんかハイドンはこの第1楽章にほとんどパワーを費やしてしまい、あとは彼の職人芸でもって適当にまとめたんじゃないか....などと邪推したくなるほどですから。
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ハイドン交響曲第10番「運動会」/フィッシャー&オーストリア・ハンガリー・ハイドンPO

2005年10月25日 16時35分13秒 | ハイドン
 10番と付いてますが作曲されたのは4番の頃らしいです。全3楽章というのもそうした事情を反映しているのかもしれません。全3楽章といっても、こらちはノーマルな急-緩-急のオーソドックスなパターンで、全編に渡って初期ハイドンらしい屈託のない明るさと淀みない流れが感じられる作品です。

 第1楽章は和音の一撃で始まり、晴れ晴れとした祝典的なムードのさわやかに進行。ヴァイオリン協奏曲風にヴァイオリン・ソロが絡まる部分もあって、より一層ムードを華やかなものとしている感じです。構成は極めてもちろんソナタ形式で、主題の提示から展開部を経て再現部まで、淀みなく進行しつつ簡潔にまとめているあたりにハイドンの職人性を感じないワケにはいきません。
 第2楽章はいそいそと奏でるヴァインオリンの旋律を他の楽器がゆったりと応答するように進行するエレンガントで、ほんのちょっぴり官能的なムードもある緩徐楽章。第3楽章は冒頭の快活なムードに戻りますが、ヴァイオリンの跳ねるような部分が印象的ですし、副主題で突如短調になるあたりの意外性も逆に小気味よいアクセントになってます。個人的にももう少し早く駆け抜けるようなテンポだった方がいいような気もしますが、まぁ、これはこれで趣というものでしょう。さて、先行する楽章の長さに対して、最終楽章がかなり手短に終わるというのは、ハイドンでは非常に多いパターンだと思いますが、何故こうなったのかけっこう興味あるところであったりします。

 標題ですが、両端楽章の華やかなさや明朗さが、なんとなく抜けるような秋の空をイメージしたんで、最初は「青空」としようと思ったんですが、なんか芸がなさすぎる気がしたもんで、次に「碧空(へきくう)」....しかし、これもイメージ堅すぎて、飛び跳ねるような躍動感のようなものか消えてしまう感じがしたのでこれもボツ。そこで思いついたのが、秋の空+躍動感で「運動会」。特に第1楽章は古き良き昭和30~40年代の運動会のBGMにかけたらぴったりな感じだし、個人的にはこれで決まり。だめ?。
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ハイドン交響曲第9番「メヌエット終止」/フィッシャー&オーストリア・ハンガリー・ハイドンPO

2005年10月08日 16時43分51秒 | ハイドン
 第9番です。さっそく各楽章を聴いてみることとしましょう。ます第1楽章は、弦のジグザグな旋律と管のファンファーレ風な音型を対比しつつ、推進力を持って進んでいくいかにもドイツ流な音楽。覇気充分で一点の曇りもなくぐいぐい進んでいくあたり、「英雄」や「皇帝」の先祖みたいな雰囲気を感じなくもないです。「英雄」といえば、この楽章の冒頭も和音の連打ってのもそういう印象倍加しているのもしれません。まぁ、英雄の二回に対して、こっちは三回ですけど。
 第2楽章はのどかな田園風景のような音楽で、ブルックナーあたりまで綿々と続くウィーン~オーストリア伝統の緩徐楽章というべきでしょうが、この楽章の場合、なごやかではありますが、ちょいと憂いを含んだムードが全体からそこはかとなく漂っているあたりがチャーミング・ポイントですかね。
 最終楽章は、第3楽章本来のポジションの通りメヌエットです。クラリネットが活躍するトリオを含め、いつもメヌエットに比べると、多少全体に重厚な雰囲気はありますが、これまたウィーン~オーストリア伝統のメヌエットとあまり変わりないムードで終始します。で、これで終わりなんですね~。このあとディスクでは第10番の第一楽章が収録されていて、ほどなく始まるワケですけど、これが本当の最終楽章のように聴こえてしまいます(笑)。

 というワケで、この9番の特徴はといえば、4番に続いて全3楽章でメヌエットで終わってしまう点でしょうか。私の場合はという注釈付きですが、とにかく普通の交響曲のラストはアレグロかプロストの急速調で駆け抜けるように終わって欲しいので、メヌエットで終わってしまうのは、まるで弁当箱にまだ卵焼きが残ってるのに、突然フタ締められてさっさと片づけられたみたいな(笑)、「えぇっ、これで終わりなわけ~?」みたいな違和感あります。そのはしごのハズされ方の唐突さでは、この9番先の4番以上だと思いますので、今回こそサブタイは「メヌエット終止」とさせていただきました。
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ハイドン交響曲第8番『夜』/フィッシャー&オーストリア・ハンガリー・ハイドンPO

2005年09月21日 12時12分57秒 | ハイドン
 これも標題がどうして「晩」なのかは不明。第1楽章は先行した(創作上先行していたかどうかはわかりませんが)ふたつの作品と異なり序奏なしにスタート。私のように「交響曲の第一楽章は序奏があるのが当たり前」みたいに思っている人だと、なにやら最終楽章から始まったみたいで、かなりスピード感も手伝ってちと違和感あります。とにかく、さりげなく始まって一気に駆け抜けるという感じ。

 第2楽章は子守歌風というか安穏な眠りに誘いそうな旋律が印象的。この旋律を様々な楽器群で音色をかえて繰り返し演奏していくワケですが、静謐感あふれる曲調といい、このあたりがイメージが標題の「晩」の所以なのかもしれませんね。演奏時間も全楽章中もっとも長く、ハイドンとしてかなり力入れて作っているような感じがします。私としてもここではこの楽章が一番気に入りました。メヌエットである第3楽章は、前2作と同様さながらコントラパス協奏曲のようになったりもしますが、全体に、あまり明るく抜けるような感じではなくどことなくノクターンっぽい感じがするのは私が「晩」という標題にとらわれているからかもしれませんね(笑)。

 最終楽章は非常にダイナミックに進行します。随所に現れるトレモロみたいな音型がとても印象的で、ネットで調べてみたらこれは「雨」を表していて、全体としては「嵐」を描写してるんだとか....納得。ただし、ロマン派の曲のリストだとか、リヒャルト・シュトラウスあたりのこの手の描写を先行して聴いてしまうと、なにやら本人は家の暖炉の脇かなんかにいて、「外は嵐のようですなぁ」といっているみたいなのどかさがあるというか、のんびりとした風情を感じたりもしますが(笑)。

 というワケで、やっぱり標題の「晩」の由来ははっきりわかりません。ともあれ、標題付きなのは楽曲の内容と標題との関連から印象に残っていいです。次の9番からからはしばらく標題なし、また自分で考えるのが楽しみというか、なんというか....。
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ハイドン交響曲第7番『昼』/フィッシャー&オーストリア・ハンガリー・ハイドンPO

2005年09月16日 20時22分56秒 | ハイドン
 第7番です。「昼」というニックネームがついてますが、これがどこから由来するのかよくわかりません。このニックネームによるものだそうですが、なんでもこれに続く8番と併せ、ビバルディの「四季」を意識した3部作とのことなんで、まぁ、ネーミングが先にあって、それらしい気分の曲をつくったたげかもしれませんが、ニックネームという暗示効果は大きくて、全編からそれとなしに午後らしい雰囲気が感じられるから不思議です。とはいえ、その論法でいくとハイドンの場合、「昼」に該当する交響曲はそれこそ何十曲にもなっちゃうでしょうけど(笑)。

 さて、この7番の内容ですが、6番と同じく全4楽章、演奏時間も約25分と堂々たる規模のものとなっています。前回のレビュウにコメントいただいたくれるぼさんによれば、この曲、実際には20曲目くらいになるようですから、規模やスケールという点でも5番あたりからかなり進歩していたんでしょうね。そのあたりを端的に表しているのが第1楽章の荘厳な序奏部で、ファンファーレ風な金管も鳴って、大曲のオープニングらしい風情がただよっています。6番の序奏は短かったですが、こちらは長さも十分。いかにも大交響曲って感じがします。ただし、続く本編はこれまた6番同様各種ソロ楽器が活躍する合奏協奏曲のような仕上がりで、各種ソロ楽器が華やいだ雰囲気の中ちょこまかと活躍するあたり、バロック音楽的な愉悦感のが強いのは、スポンサーの意向をくんでのことなのかもしれませんね。

 ちなみにこの曲で、私が一番印象に残ったのは第2楽章です。この楽章、短調のレチターティーヴォと長調のアダージョからなる変則的な緩徐楽章ですが、前者のレチターティーヴォがこの時期の音楽としては意外な程ロマン派的なムードを見せていて聴いていて、けっこうおやとか思いました。まぁ、レチターティーヴォなワケですから、ソロ・ヴァイオリンをオペラの独唱に見立て音楽ということで、まぁ、こういうのもありなんでしょうが。ちなみに後半は雰囲気が明るくなり、割と教会風なムードも交えて進行しますが、併せて約10分聴き応えのある楽章です。第3楽章は>コントラバスを大幅にフィーチャーしたユーモラスな協奏曲風。フィナーレの第4楽章は第1楽章の華やかなムードに戻って、木管楽器を表に出しつつ、全合奏との対比によってダイナミックに進むという感じですかね。後半、金管楽器が出てくるあたりの高揚感もひとつのハイライトとして、こりまた聴き応え充分であります。
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ハイドン交響曲第6番『朝』/フィッシャー&オーストリア・ハンガリー・ハイドンPO

2005年09月03日 21時29分37秒 | ハイドン
 しばらくお休みしていたハイドン交響曲全集のレビュウですが、サマー・ミュージックが一段落したところでもあり、そろそろ再開します....って、まだ33枚組の2枚目なんですが。今回は第6番「朝」です。このタイトルの由来は第1楽章冒頭の序奏部が日の出を表すからだとか、なるほど意味深なところといい、悠々迫らぬムードといいリヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラ」の祖先みたいな感じがしないでもありません(笑)。

 さて、この第1楽章ですが、序奏部分が日の出かどうかは別として、明らかにその後のハイドンの第1楽章の序奏部のスタイルの先鞭をつけたという感じがします。ゆったりと導入し徐々にスケール感を上げていくあたり後年の「ロンドン」を思わせるに充分、ただし、いかにも短い。もっとあれこれやってもよかったにと思ったりもしますが、これを作曲した時期はこれで充分だったのもかもしれませんね。主部はハイドンらしい軽快さと手練手管が縦横に発揮され、展開部の入念さはかなり充実していて素晴らしいの一語につきます。おまけに全体からは格調堅さのようなものまで感じられるのは、おそらくハイドンの進歩だったんでしょう。
 第2楽章では、厳かなムードが横溢した主題に、ソロ・ヴァイオリンをともなってちょっと宮廷風に進む長いち中間部においた三部形式。第3楽章はフルートをフィーチャーした両端に、トリオはコントラバスが活躍して、いずれも協奏曲のように聴こえたりするのが特徴ですかね。第4楽章も協奏曲的な趣が強いですが、こちらは協奏曲といっても合奏協奏曲という感じで、いくつかの楽器がソロをとりつつ、軽快に進行。

 という訳でこの交響曲第6番ですが、これまでの作品と比べるとより重厚で構築的、おまけに技巧もこっていて、とにかく充実してきたという印象です。とくに第1楽章の充実ぶりは目をみはるばかり、ただし、後半はほとんど協奏曲的な趣向になっているあたりおもしろいはおもしろいが、ちと過渡期を感じさせないもありません。
 なお、標題はもとから「朝」とついているので、今回は悩まずにすみました。それにしてもこれはハイドン自身の命名なんですかねぇ?。
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ハイドン交響曲第5番「午睡」/フィッシャー&オーストリア・ハンガリー・ハイドンPO

2005年07月16日 12時29分44秒 | ハイドン
 交響曲第5番は、第1楽章が交響曲の定石ともいえるアレグロで始まるのではなく、緩徐楽章の如きゆったりしたテンポで始まるのが特徴。それも序奏だけででなく、本編も含め最後までゆったりとしたテンポに終始しますから、まさに緩徐楽章そのもの。どういう経緯でこうなったのか、私には知る由もありませんが、交響曲のフォーマットが確立されるまで、いろいろと試行錯誤していたことを伺わせる構成ではあります。これで最終楽章も緩徐楽章だったりすると、マーラーの9番とかチャイコの「悲愴」の構成を予見していたってことで、おもしろかったりもしたんでしょうが、この曲場合、頭のふたつの楽章の順序が逆になっているだけで、第3楽章はメヌエット、第4楽章はプレストで、後半はいつもペースです。全体のメリハリとしては緩急緩急のジグザグ・パターンといえましょうか。

 第1楽章は前述の通り、緩徐楽章でゆったりスタート。ホルンの牧歌的な響きが心地よく、くつろいだ午後にでも聴いたら、さぞや怠惰な眠りを誘いそうな感じで。演奏時間も7分近く実にゆったり楽しめます。第2楽章はアレグロですが、ちょっと込み入ったリズムを持っているせいか、ミドル・テンポくらいにしか感じないのはおもしろい。あと、跳ねるようなトレモロ風テーマが印象的ですが、途中、ヴァインオリン・ソロも第1楽章で出たホルンちらっと出番があります。入念な展開部を経て再現部に至るプロセスはいかにもハイドン流の流麗さですね。お次には定石通りメヌエットですが、ちょっと前の全楽章に似た感じなので、これじゃ起承転結の「転」にならないじゃんか、などと思わないこともないです(笑)。トリオは管楽器が活躍してこれまた典雅なムード。最終楽章は1分半のプレストで、ハイドンらしま緻密でダイナミックに弦を動かしてますが、TV番組のエンドタイトルかの如くあっという間に終わってしまうのがちと残念。それにしもどうしてこの時期のフィナーレってこういう短いんですかね。なんか理由でもあるんでしょうか。

 という訳で、この第5番、通して聴くと、求心的な交響曲というよりは、「元祖BGM」とでもいうべきセレナーデとかああいう割と拡散していくタイプ音楽に近いみたいな感触があります。また、各種ソロ楽器がフィーチャーされるあたりもそういう感じ。まぁ、前述のとおりこの時期は交響曲というフォーマットを創世している時期なんでしょうか、この時点で形式がはっきりと確立されておらず、けっこう未分化だったのがよくわかるような感じです。
 最後のお約束の表題ですが、これは文句なく第1楽章の眠りさそうような快適さにちなんで「午睡」と命名させていただきました。いやはや、これだけレビュウしてやっとディスク1か。まだ、33分の1だぁ。うーん、先は長い(笑)。
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ハイドン交響曲第4番「プロムナード」/フィッシャー&オーストリア・ハンガリー・ハイドンPO

2005年07月07日 00時03分29秒 | ハイドン
 引き続いては、交響曲第4番です。全3楽章でちょっと変わった構成をしていますが(後述)、各楽章の演奏時間は5分半~6分と時間的にもバランスがとれています。ちょうど第2番みたいなバランスですが、あれより各楽章とも倍くらい演奏時間になっているのは、盛り込むべき主題や展開といった要素がきっと盛りだくさんにんってきたからなんでしょう。

 第1楽章はこれまで聴いた4つの交響曲の各楽章中、もっとも堂々たる壮麗さを感じさせる仕上がりで、くるくる回るような第1主題はキャッチーな親しみ易い旋律ですし、短調に転じる第2主題もハイドン流の陰りがよく出ていて、きっちりとソナタらしい主題の対照なされています。展開部は第1主題を中心にまさに展開部と呼ぶ技巧的な進行をして、スムースに再現部に以降という感じで、ハイドンらしいソナタを聴いたという感じがします。

 第2楽章は非常にシックなしっとりしたムード。なんだか、展覧会の会場でそぞろ歩きしながら、流れていたするとマッチしそうなゆったりとしたリズムが印象的ですよね。そこでこの第4番のニックネームですが、この2楽章にひっかけて、「プロムナード」と命名しました。もっとも最初に思いついたのは「忍び足」という名で、これはこれでけっこう気に入ったんですが、なんか忍者とか泥棒みたいだと、天の声が指摘してきたもんで(笑)、再度熟考して考えたのが同じ理由で「そぞろ歩き」、しかしこれは個人的に語感が気に喰わず、結局「そぞろ歩き」の読み替えでこれになりました。「プロムナード」なら洒落てるし、なんとかなく「展覧会」を連想した気分にはなれるのがいいかなと。そろそろ苦しいですか(笑)。

 さて、この交響曲、おもしろいのオーラスの第3楽章で、通常の疾走するアレグロでは終わるのではなく、三拍子のメヌエットで終わります。形式的にはどうもソナタ形式のようですが、リズムも雰囲気もまごうことないメヌエット。通常の全4楽章の交響曲に慣れ親しんだ私としては、なんかこの後がありそうで非常に居心地が悪いです。なにしろ最初聴いた時、最終楽章はずいぶんゆったりと終わるなぁ~と思っていたら、第5番の第1楽章だったりしましたから....(笑)。まっ、そんな特徴から、この曲のニックネーム、実は「メヌエット終止」としようかと思ったんですが....。
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ハイドン交響曲第3番「秋」/フィッシャー&オーストリア・ハンガリー・ハイドンPO

2005年06月22日 00時58分27秒 | ハイドン
 昨夜に引き続きの第3番です。なにしろ一枚のディスクに5曲も入っているので、一枚をレビュウする5日かかっちゅう(笑)。で、この第3番ですが、特筆すべきは全4楽章、ちゃんとメヌエットが入ってることですかね。第3番にしてメヌエット導入ということで、「ハイドンが交響曲の基本スタイルの確立した作品がコレだぁ」みたいに断言できてしまえば、書いてる当方もすっきりするのですが、いろいろ調べて見ると事態はそう簡単でもないようです。詳しい話は省きますが、この第3番に先行して書かれたとらしい(あくまで「らしい」です)、37,20,32,11,5番が、既に4楽章になっているからで、どうしてこうした番号順がそのままクロノジカルにならないのか、寡聞にして私は知りませんが、きっと音楽学者さんの間では諸説紛々なんでしょう。

 さて、この第3番、第1楽章は、伸びやかでパースペクティブが広がったような旋律とリズミカルに凄き回る対照がまずは印象的です。形式的にもハイドンらしく周到につくられたソナタ形式ようで、展開部など思う存分健筆を奮っているという感じてすかね。
 第2楽章は、この交響曲で一番気に入った楽章です。ちょっとバロック音楽を思わせる静謐なムードと、ほのかな陰りのようなものがいいです。落ち葉舞う煉瓦通りとか、「読書の秋」のBGMみたいなイメージが似合いそう。演奏時間も7分近くあり、ハイドンかなりリキ入ってます。
 メヌエットである第3楽章は、実に交響曲に配列されるメヌエットらしい素朴な舞曲で、様式的にもイメージ的にもほぼ完全に出来上がっているという感じですね。真ん中のトリオが実に牧歌的です。続く第4楽章はモーツァルトの41番でお馴染みのフーガです。もっとあんなにしつこく展開していく訳ではなくて、一陣の風のように終わってしまいますが。

 という訳で、交響曲第3番の標題は前述の印象的な第2楽章にあやかって、『秋』と命名させていただきました。そう思って聴くと第1楽章のなんか抜けるような秋の空をイメージさせなくもないし、第3楽章のメヌエットなんか、秋祭りで見る農民の踊りみたいに感じないこともないでしょ?。うん、これもけっこういいかもね(よくない、よくない-笑)。でもこういう定番のネーミングを早々と使ってしまうと、後に控えてる曲の時、ネタが何もなくなりそうで不安だなぁ。
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ハイドン交響曲第2番「宮廷風」/フィッシャー&オーストリア・ハンガリー・ハイドンPO

2005年06月21日 00時25分13秒 | ハイドン
 ハイドン交響曲全集から、今夜は交響曲第2番をじっくり聴いてみました。交響曲といっても前回聴いた第1番が計13分で、ほとんどブルックナーの短い楽章ひとつ分くらいですが、今夜の第2番はもっと短く全部で9分半、ブラームスの長目の楽章くらいの長さです。曲は全3楽章で、まだメヌエットは出てきません。まぁ、ハイドンの場合、曲番はあまりあてにならないので、まぁ、このあたりはいろいろ蘊蓄を傾ける余地があるとは思いますが(37番の存在とか)。ともかく、3つ楽章がどれも3分くらいでまとめられていて、最終楽章があっけなく終わった第1番にくらべると、「交響曲的な座り」というかバランスではこっちの方が上かなという気もします。

 第1楽章は非常に格調高いムードで始まります。ユニゾンで始まりさらっと金管が絡んでくるあたり華やかさが印象的。私がこの曲に標題つけるとしたら、さしずめこのあたりをとって「宮廷風」って感じですかね。
 第2楽章はドイツ的な田園風景を思わせる楽章で、すこしはねているようなリズミカルな動きが楽章全体を覆っているのが印象的です。ちょいと雲行き怪しくなるような転調後の中間部もおもしろい。
 しめの第3楽章は、第1楽章の宮廷風なムードに戻って快活に進行。テーマが何度も登場してくるところからして、形式はロンドでしょう。それにしてもメインの主題に挟まった短調の部分が、いかにもハイドンらしくいいですね。また、こういう経過的部分をあれこれこねくり回して、えいやっとばかりに主題に戻るあたりの呼吸もいかにもハイドンかな。

 という訳で、これもなかなかの出来。個人的にはハイドン膨大な交響曲を識別するために付けた『宮廷風』というニックネームが気に入りました。んじゃ、前回の第1番はなんなのさといわれると困ってしまうのですが、今、聴き返したところ、冒頭がなんとなく、なんとなく馬車が走ってくるみたいだし、金管の咆哮も馬のいななきみたいなのので、とりあえず『馬車』なんてどうでしょうか、ダメですか、すいません。
 ところで、ハイドンの交響曲に勝手にニックネームをつけてしまうというアイデア、我ながら気に入りました。こういう試みって昔から星の数ほどあるとは思いますが、次回の3番にも識者の顰蹙覚悟でふざけたニックネームつけてみたいと思います。よろしくおつきあいください。
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ハイドン交響曲全集/フィッシャー&オーストリア・ハンガリー・ハイドンPO

2005年06月07日 15時42分59秒 | ハイドン
ゴールデン・ウィーク中にふと盛り上がったハイドン熱で、購入を決めたアダム・フッシャー指揮、オーストリア・ハンガリー・ハイドン管弦楽団によるハイドン交響曲全集が到着しました。箱入りのCD33枚組でずっしりとした重みがあります。私が購入したセットものとしてはもちろん最大(これまでの最大がワーグナー「指輪」)。なんか、ながめているだけてうれしくなりますね。大昔、オッサンになると百科事典やら文学全集を買い込んで、本棚に飾ってはニタニタしている人よくいましたけど、今の私きっとそんな顔してるんでしょう。もうちょっと箱のつくりがリッチだともっとうれしいんだけど、まぁ、1万円だからよしとしましょう。

 しかし、こういう箱入りの全集って、私の場合、「いつかじっくりと聴こう」などと思いつつ未開封のまま放置というパターンが多いんですよね。メンデルスゾーン、ショスタコ、シベリウスなど未開封の箱がいっぱいあって、最近はマジで隠居するまで聴けないのではないかなどと思い始めてます。なので、くれるぼさんからアドバイスがあったようにハイドンはピン・ポイント的にでもさっさと聴いていこうかと思ってます。なにしろ、1番から順繰りになどと思っていると、ハイドンとかモーツァルトなんかのように曲数多い作曲家は、頓挫してしまうのがこれまでの私の通例ですから....。とりあえず、おおせのとおり、52番、53番、60番、90番あたりから、挑戦してみようかとは思っているところですが、まぁ、なにはともあれ、現在、1番聴いてるところです。

 さて、この第1番ですが、最初期の作品ということでもうすこし交響曲としても、ハイドンの作品としても習作的なものではないかとも思いましたが、なかなかどうしてきちんとハイドンの大らかで快活、シャープな推進力に富んだ個性も感じられるような気もしますし、交響曲としても3楽章ではありますが、各楽章ともにけっこうソナタ形式でかかれているようで、形式的にも既に堂々たる感じがします。
 第1楽章は快調なテンポで続くような、まるで青空のような音楽。主題を提示する部分の後半でちょいと単調になるあたりが良いアクセントになってます。第2楽章はいかにもドイツ・オーストリアの田舎の風景を彷彿とさせるひなびた音楽。緩徐楽章というよりリズミカルなのでメヌエットっぽく聴こえたりもしますね。第3楽章はわずか2分あまりで終わるギクシャクしたリズムが印象的な楽章ですが、これもちゃんとソナタ形式で書かれているようです。ささっと流しているようで、けっこう緻密な感じもしますが、このあたり既にハイドンの個性が出てるのかもしれませんね。

 という訳で、私のハイドン・シリーズはその後、どう展開するのでしょうか?。 
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ハイドン交響曲第94,96,104番/テイト&ECO

2005年05月05日 17時34分46秒 | ハイドン
 先ほど、ハイドンの交響曲第94番「オックスフォード」について書いたところ、ネット仲間であるくれるぼさんから「あなたの好みからして、ハイドンの交響曲なら52,53,60,90番がお薦め」旨のアドバイスを頂いたんですが、残念ながらそのどれも自宅にない状況なので、渇をいやすべく(笑)、現在、自宅にあったジェフリー・テイト指揮イギリス室内管による、交響曲第94番「驚愕」,第96番「奇蹟」,第104番「ロンドン」の演奏を聴いてます。このアルバム、もう10年前くらいに購入したものですが、ほとんど初めて聴くみたいなもんなので、けっこう新鮮でした。

 ジェフリー・テイトって、確かモーツァルトで有名になった人だと思いますけど、どっちかというとこの演奏もその線だと思います。落ち着いてはいるが、鈍重でない。また、軽快だが、キレがあるというほどではないという、いわば中庸の美徳を全開にしているような感じです。オケのイギリス室内管はバレンボイムの頃から弦が魅力的でしたが、ここでもそうで、さやさやとした弦の響きがとても魅力的です。ベートーベンを予告するような威容を誇る第104番「ロンドン」など、モーツァルトのような柔らかさでもって演奏されているのは、おもしろいです。まぁ、そういう理由で、さっきのバーンスタインの演奏より、こっちの方が朝のBGM向きですかね。いや、もちろん曲は違いますが....。

 そんな訳で、このところヘビー・ローテーションで聴いていたロッシーニ、ベートーベンに続き、ハイドンまでその仲間入りしそうです。ハイドンはあれこれ悩むのが面倒くさいので、さっき交響曲全集をタワーで購入しちゃいました。ついでにジェフリー・テイトの演奏もおもしろそうなので、モーツァルトの交響曲全集もついふらふらと....。そんな購入したところで、休みもそろそろ終わりだし、いつ聴くんでしょうねぇ(笑)。
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ハイドン交響曲第92番「オックスフォード」他/バーンスタイン&VPO

2005年05月05日 11時39分16秒 | ハイドン
 GWということもあり、このところ「休日の朝に聴くクラシック」みたいなネタばかりのような気もしますが、本日はハイドンをひっぱり出してきました。ハイドンの曲を私は沢山は知りませんが、通称「オックスフォード」と呼ばれる交響曲第92番は大好きな曲です。全体は他のハイドン作品と同様、緻密でありながら、表向きは淀みなく流れていくという、例の調子ではあるのですが、この曲だと随所に短調の部分が織り込まれているのがいいです。ふと時が止まって、17世紀のドイツ・オーストラの田園風景に連れていかれるみたいな感じになるんですね。

 演奏は、バーンスタインとウィーン・フィルが84年に録音したアルバムを聴きました。この演奏、確かにオケの音色は極上なのですが、ちょっとテンポが遅く、表情が濃厚なせいで、まるベートーベンを聴いているみたいになっちゃうのが気にかかります。もう少し軽快でスマートな演奏で聴きたいってのが、さっき聴いた印象ですかね。昔はレコードでこの曲の演奏を、サヴァリッシュ、マリナー、セルといろいろ聴き比べできたのですが、CD時代に入って古典派をずっとほったらかしにしていたツケなんでしょう。どれも既に手許ないのがツラいです。ネットでCDを検索してみましたが、あまり出てきません。「オックスフォード」....否、ハイドン自身が、今じゃ、あんまり人気ないのかもしれません。

 ところで、ハイドンの作品に限らず、いわゆる古典派の作品群というのは、ロマン派どっぷりな私には、あまり得意な分野じゃないんですよね。とにかく曲数がやたらと多く、識別困難に陥ること多数、よってメゲる....みたいなことにいつもなっちゃう。まぁ、古典派の音楽ってのは、基本的には「BGMとしてひたすら心地よく、完成度の高いのが良い音楽」みたいな認識に立って音楽を作っていたハズですから、私みたいに純文学でも読むつもりで聴こうってのが、そもそも間違いなんじゃないかとも思ったりもするんですけど....。

 とりあえず、今回久々に心地よくハイドン聴けたことだし、せっかくの機会だから、ロンドン・セットとかパリ・セットでも、改めて挑戦してみようかなぁ。今回はくれぐれもBGMと割り切って....(笑)。
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