風に吹かれすぎて

今日はどんな風が吹いているのでしょうか

2010年03月05日 | 雑感
昨日は休みを取りました。
まだ暗いうちに目が覚めてしまい、そのままどうしても眠れず、これは滝に来いということだなと思いまして滝に行きました。
ところが、駐車場にいくと、車のバッテリーが上がっていました。
JAFを待つ数十分の間、どうしようかとかなり迷いましたが、せっかくエンジンもかかったことだしと、そのまま滝に行きました。

滝は思ったよりもまだまだ冷たく、なかなか滝の真下に入れませんでした。
最後九字を切るときだけ、滝の真下に入りましたが、なかなかきつかったです。
一月ほど滝に行く間隔をあけてしまうと、もうこの有様です。

家に帰り、一寝入りしようと布団に入りましたが、どういうわけか寝付かれません。
普段なら滝行のあとは一瞬で眠りにはいるのですが。
これは水を汲みに行けということだなと思いまして、布団を抜け出し、いつもの神社に水を汲みに行きました。
丁度、家の分も店の分も水を切らしていましたので。
ところが、昨日に限ってやたらめったら信号に引っかかる日でした。
何かのお試しだろうとは思いましたが、行きも帰りもすさまじい割合で信号に引っかかりまくりました。

夜には坐禅の例会があるので、ジムに行けるかどうかは微妙な時間に帰り着きました。
こういう日はすべてこういう具合に物事が進むのだろうと腹を決めて、エイッとばかりにジムに行きました。
普段より少しだけペースを速めてジムを終え、道場にもギリギリ間に合いました。

やると決めたことはなにがあろうと淡々とやるだけでいいのですが、いちいち心がざわつくのはまだまだです。

話は変わって、今朝方見た夢です。
夢ですから、脈絡のないイメージが次々と浮かんでは消えていくわけですが、要約すると以下のような筋立てでした。

ある人が取り立てて悪いこともしていないのに、次々と不運に見舞われます。
どうしてなのかとぼくもその人と一緒に悩んでいます。
そこへ、そのわけを説明するイメージが夢の中で展開しました。
その人は確かに悪いことをしているわけではありませんでした。
でも、心のなかで、他人に対してマイナスの評価を頻繁に下していました。
さらに夢のイメージが説明するところでは、その評価が的を射ていれば、マイナスの評価を下すことも不運を呼び込みませんが、
的を射ていないマイナスの評価は、行き場を失って、結局マイナスの評価を下した当人に帰ってくるのでした。
思わず夢の中で、なるほどと思いました。

つまり、悪いことをする人は、その悪いことのした反作用を受けるわけですが、それには他人からのマイナス評価も含まれます。
ですから、悪い人を悪いと評価を下すのは、別段問題がありません。
しかし、悪くもない他人の行いに対して、自分の思い込みやら偏見やら勘違いやらで、悪いとマイナスの評価を下すと、
そのマイナスのエネルギーが自分に帰ってくるということです。

夢では深く納得したのですが、こう言葉にしてみると、なんだか月並みですね。

まぁ、他人についての評価は、特にマイナスの評価は、しないにこしたことはありません。
なにもいいことがないのは確かなことのように思います。
自分が何ができるのかに専念していれば、変なエネルギーを出したり、貰ったりすることはないでしょうから。