風に吹かれすぎて

今日はどんな風が吹いているのでしょうか

港にて

2014年05月30日 | 
電車を何度も乗り継いで、夕暮れ時に小さな漁港に辿り着いた。
どこかに行きたいなと思って地図を見ていてたら、なんとなく気になった漁港だ。
太平洋に面した岬の突端にある。
駅前のロータリーには昔ながらのやる気のなさそうな旅館が一軒あるだけで、食堂すらない。
よくある死にかけつつある町だ。

港に向かう。
歩き始めて数分でこじんまりとした港が見えてきた。
三方をコンクリートの堤防で囲まれた湾内に数十隻の小ぶりな漁船が係留されている。
イワシとかアジとが主要な獲物らしい。
小さな漁村を振り返ると、しんと静まり返っている。
街灯が灯るにはまだ早すぎる時間だが、静かすぎる。
日が暮れるとゾンビがわらわらと出てきてもおかしくない。

どこかしらから、ウミネコの鳴き声が聞こえる。
ゆったりとした波が小舟を揺らすきしむ音も聞こえる。
風はゆったりと潮の香りを膨らませている。
空は橙色から、薄紫色に移り変わっている。
誰かがそばにいれば昔見た映画のことでも話したくなっていただろうが、薄紫色の空の下に波の音だけがする。

一人であること、を味わう。
大空を、大海を、大地を、味わう。
両腕を広げてみる。
ウミネコが遠くで鳴く。

死にかけつつあるのは俺だとふと気が付く。
死んでなるものかという気負いも湧かない。
駅前の旅館に泊まる気にはなれない。
羽毛のシュラフでも持ってくればよかったと思う。
駅に戻って、電車で行けるところまで行って、どうにでもなれだ。

ビールを無性に飲みたくなるが、自動販売機さえない。
ウミネコが鳴く。
「死ぬのにうってつけの日」というアメリカン・インディアンの読んだことのない本を、
書店の棚で見つけて、ぼうっと見つめていた日のことを思い出す。