久しぶりに雲ひとつない陽光溢れる空が広がりました。
明日は節分です。
すべての人にとって良い節目となれば何よりです。
映画「禅」を見ました。
日本映画の例によってベタベタの出だしで、どうなることやらと思っていましたが後半は持ち直しました。
エンディングは?でしたが。
まぁ、いいです。
「只管打坐」の境地を映像で表現するというのは、そりゃ無理というものです。
でも脇役陣がいい味出していました。
2月15日から市内の坐禅道場で一週間の練成会があります。
仕事を終えてから、夜だけでも行こうかと思います。
春になったら滝行も再開したいと思います。
本当は冬こそ滝行の醍醐味なのですが、まぁあれです(←モゴモゴ)
考えてみると(考えてみなくても)、ぼくはずいぶんと幸せです。
資金繰りには苦労していますし、この先も苦しみ続けるでしょうが、それでもずいぶんと幸せです。
こんなに幸せでいいのだろうかと思うくらいに幸せです。
何一つ不足を感じません。
その上、坐禅やら滝行やらに参加できる自分の身の上をありがたいなぁと思うばかりです。
滝行のお陰で、焼肉やらステーキやらを食べなくても、炊き立てのご飯さえあればご飯がおいしいと感動できるようになりましたし、
坐禅は人の心という複雑怪奇な罠から抜け出る道筋を見せてくれます。
不足というのはないにせよ、物足りないのは「成長」ということかもしれません。
物足りなくはないのですが、惰性に乗った人生というのはつまらないというよりも、もったいないかなと思わないでもありません。
成長をさもしく求めるという心はないのですが、人や事象に真剣に関われば否応なく人の心は成長するでしょう。
その人や事象に関わる真剣さがぼくには欠けている気はします。
ま、ヘタに真剣になると、うっとうしい人間になる可能性も無きにしも非ずですから、その辺りのバランスは難しいところです。
うろ覚えの話ですが、良寛さんのエピソードです。
良寛さんの実家を継いだ良寛さんの弟の息子(つまり甥)の放蕩を諭してやってくれと良寛さんは頼まれました。
良寛さんは実家に出向き泊まリますが、酒を飲むだけで、一向に甥に向って説教らしいことを言いません。
そのまま帰ることになった良寛さんは、土間に下り、甥に草鞋の紐を結んでくれと頼みます。
甥が草鞋の紐を結んでいると、その手にポタリと冷たいものが落ちました。
甥が見上げると、良寛さんは何もいわずに涙を流していました。
それから、甥の放蕩はピタリと止んだそうです。
こういう感じって、もの凄く奥が深くて、心が豊かですね。
そうそう、先日はお話したNHKに取材された滝行の動画が見れます。
http://jp.youtube.com/watch?v=xUwQOqa_MjE
一生に一度は体験する価値ありですよ。