何も欲しくはないが、自分の生き方の軌跡だけは欲しがる。
人の人生は水面に映った一筋の影に過ぎないのに、それだけは欲しがる。
かくも、人は生きた証を欲しがる。
生きるというのは、それだけに特別なこと。
ただ、なぜそれが特別なことなのかを言おうとしたときに、言葉を失う。
おそらくそれが特別だと言葉で言えば、その永遠に秘された特別性が失われるからだ。
生命は特別を嫌う。
普段通りに、日の下で踊り、月の下で眠るだけ。
どこにも特別の入る余地はない。
試しに、月の下で踊って、日の下で眠ってごらん。
日常は渦巻き、感覚は浮遊し始める。
誰もいない世界が狂い踊り始めるから。
狂いは地獄の入り口でもあり、救いの源でもある。
いずれにせよ、狂いの道を通過しなければ、日常の糞尿にまみれてしまう。
狂いの道を突き抜けてこそ、日常の糞尿が底光りする鉱石となる。
当たり前の道を当たり前に生きていけないこと。
狂いの道を経なければいけないこと。
ともすれば、狂いっぱなしになりがちなこと。
色々と問題はある。
いつでもどこでも問題だらけだ。
それでも、一筋の影ではない、俺の生き方を求める。