鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

カイツブリ類とは

2011-05-06 23:18:55 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
Photo
All Photos by Chishima,J.
魚をくわえて浮上したカイツブリの冬羽 2009年1月 北海道中川郡幕別町)


日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより174号」(2011年4月発行)より転載 一部を加筆、修正、写真を追加)

 カイツブリ類はカイツブリ目カイツブリ科の1目1科からなり、極地をのぞく世界全域から6属約22種が知られています。湖沼や河川など湿地環境に生息する水鳥で、種によっては非繁殖期に沿岸域も利用します。潜水を得意とし、水中で魚や甲殻類、水生昆虫などの無脊椎動物を捕え、水草の葉や種子を食べることもあります。体重130㌘のカイツブリから体重1500㌘のカンムリカイツブリまで、体は小~中型です。日本には2属5種が生息し(繁殖はそのうち3種)、すべての種が北海道また十勝地方からも記録があります(繁殖は2種)。
 カイツブリ類の体の各部を概観してみましょう。細長い嘴は先端が尖り、魚など餌の保持や突き刺しに適しています。翼は短くて丸みを帯び、飛び立ちには助走を必要とします。飛翔技術は高くありませんが、渡り時には長距離を飛ぶ種もあります。南米の高地の湖沼に生息するコバネカイツブリのように、飛翔力を失った種もいます。尾羽はごく短く綿羽のみで、体羽と区別が付きづらくなっています。カイツブリ類を近距離で見ても、尾羽がわからないのはそのためです。足は体の最後部に位置し(*注1)、陸上での直立や歩行は困難ですが、遊泳や潜水には適しています。足首が柔軟で、あらゆる方向に動かすことが可能です。各趾は幅広い葉状の弁膜となっており、自在に動かせる足とともに水を掻いて泳ぐのに役立ちます。このような弁膜を持つ足のことを弁足(べんそく)といい、ほかに弁足を持つ種としてはオオバンやヒレアシシギ類があります。羽色は一般的に雌雄同色で、繁殖期と非繁殖期で羽色が異なり、種によっては繁殖羽の頭部周辺に鮮やかな色や飾り羽が現れます。


カンムリカイツブリ(冬羽)の顔
2011年2月 北海道幌泉郡えりも町
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弁足(アカエリカイツブリ
2010年8月 北海道十勝川下流域
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 カイツブリ類の潜水は、密生した羽毛の間にある空気を排出し、気嚢(*注2)を空にすることによって行われます。そのため、翼や足をばたつかせる必要がなく、餌に静かに接近する、あるいは危険を感じた時に水中へ隠れるのに役立つことにくわえ、エネルギーの消費も最小に抑えることができる利点があります。水中では翼は使用せず、自在可動の弁足が推進力や舵の役割を果たします。


潜水中のカイツブリ
2006年12月 群馬県伊勢崎市
カイツブリの潜水については「モグリッチョ」の記事も参照。
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 種ごとに踊りや鳴き声を伴う多様な求愛行動が発達し、ハクスリー(*注3)らによるカンムリカイツブリの闘争やディスプレイの研究は、初期の動物行動学に大きく貢献しました。巣は湖沼の水面のヨシの生えている中や水中に繁茂する水草の上などに、水草の茎を支柱として草やコケ類で作られ、時にこの支柱がないこともあり、これが「鳰(にお、カイツブリの古名)の浮巣」と呼ばれる所以です。2~5卵を産み、抱卵中巣を離れる際、親鳥は水草で卵を覆い隠します。ヒナは早成性(*注4)で、孵化後すぐ水面へ出、親鳥から給餌を受けて育ちます。巣立ちまで2ヶ月以上を要する種もありますが、これは餌の魚や甲殻類を捕えるのに高度な技術が必要なためと考えられています。


ディスプレイの引き金(アカエリカイツブリ
2010年4月 北海道十勝川下流域
オス(右)がメスに水草や枯れ枝を渡し、それがきっかけとなって鳴き交わしや踊りなどのディスプレイに入る。
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水上の巣(アカエリカイツブリ
2010年6月 北海道十勝川下流域
本種に関しては「十勝川下流・河跡湖の鳥たち-②アカエリカイツブリ」の記事も参照。
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 カイツブリという和名の由来は、「掻きつ潜(むぐ)りつ」、あるいは「つぶり」が水に没する音と考える説があります。古名の鳰(にお)も「水に入る鳥」の転訛・略されたもので、いずれも水に潜る習性に因んだ名前といえます。古来、琵琶湖は「鳰の海」と呼ばれるほどカイツブリが多かったそうですが、そこでの越冬数や営巣密度は近年低下しています。オオクチバスやブルーギルといった外来魚類の増加によって、タナゴやモツゴの仲間などカイツブリの餌となる小型の魚類が減少したことが要因と考えられています。ほかにもオオクチバスによるヒナの捕食や、アカミミガメによる巣の占拠(甲羅干しの場所として)など外来種による影響が報告されており、いくつかの県ではレッドデータブック掲載種となっています。また、十勝川下流のアカエリカイツブリは農耕地内に残存する小湖沼で営巣するため、牧草や雑草の刈り取り、道路工事など人間活動に由来する繁殖撹乱を受けています。ハジロカイツブリ、アカエリカイツブリなど非繁殖期を海上で過ごす種は、船舶からの流出などによる油汚染の影響を被ることがあります。海外に目を向けると20世紀後半の数十年で、中南米のコロンビアカイツブリ、オオオビハシカイツブリ、マダガスカルのワキアカカイツブリの3種が絶滅しました(*注5)。コロンビアカイツブリでは、開発や汚染による生息環境の消失、オオオビハシカイツブリでは移入魚による餌資源の不足が、絶滅の主な要因とされています。カイツブリ類もほかの多くの鳥たちと同様、人間の影響を大きく受ける時代となっています。


ディスプレイ中のアカエリカイツブリ
2010年4月 北海道十勝川下流域
二つ前の写真で水草を渡した直後。まだ寒々しい湖面に「ケレケレケレ…アアア」とけたたましい声が響く。
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*注1:カンムリカイツブリ属の属名Podicepsは、ラテン語で「足のある臀部」、すなわち足が体の最後部に位置していることを意味する。
*注2 気嚢(きのう):鳥類が持つ呼吸器官。肺の前後に気嚢を持つことにより、効率的な呼吸を行うことができる。また、気嚢が内臓や筋肉、骨格にまで入り込むことによって鳥体を軽くし、飛翔を有利にしている。
*注3 ハクスリー:ジュリアン・ハクスリー(Sir Julian S. Huxley,1887-1975)。英国の動物学者、進化生物学者。20世紀中盤の進化の総合説成立に重要な役割を果たした。父方の祖父は自然選択説を強力に擁護し、「ダーウィンの番犬」の異名をとったトマス・ハクスリー。
*注4 早成性(そうせいせい):卵から孵化した時点でヒナの体が羽毛に覆われ、すぐに目も開いて活動できる種を早成性という。カモ、キジ、チドリなど地上性の鳥に多い。対して孵化した時点でヒナは赤裸で目も開いていない、多くのスズメ目鳥類のような種を晩成性(ばんせいせい)という。
*注5:それぞれの種で最後に個体が確認された年、絶滅が確認された年は、コロンビアカイツブリで1977、1982年、オオオビハシカイツブリで1989、1994年、ワキアカカイツブリで1985、2010年。


(2011年4月13日   千嶋 淳)


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