鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

十勝の自然5 三日月沼周辺での野鳥観察

2015-05-05 16:36:15 | 水鳥(カモ・海鳥以外)

Photo by Chishima, J.
三日月沼周辺でガン類などを観察する人々 2015年4月 北海道十勝郡浦幌町)


(FM JAGAの番組 KACHITTO(月-木 7:00~9:00)のコーナー「十勝の自然」DJ高木公平さん)


 先週もご紹介したように、この時期の十勝川下流域にはたくさんのガン類やオオハクチョウが飛来します。最近ではデジタルカメラの普及で簡単に写真を撮れるようになったので訪れる人も多く、中でも人気が高いのが浦幌町の三日月沼周辺です。ハクガンやシジュウカラガンといった珍しいガン類が、沼で休み、周辺の畑で餌を食べる姿を観察できるからです。
 ただし、訪れる人が増えたことで、いくつかの問題も発生しています。一つは鳥に対して不用意に近づく人です。ガン類は非常に臆病な鳥で、人が近付きすぎると飛んで逃げてしまいます。この時期のガン類は渡りと繁殖を控えてエネルギー補給の真っ最中ですので、食事を邪魔されることは生命に関わるかもしれません。一定の距離を取って観察しましょう。車の中から見ていると意外と警戒されません。
 沼に隣接した畑や牧草地に立ち入る人もいます。牧草地は一見、畑に見えないかもしれませんが、大事な農地です。踏み荒らしだけでなく、作物や家畜の伝染病を運んでしまう可能性もあるので、農地への立ち入りは絶対に止めましょう。
 沼のまわりには駐車場がなく、取付道路などに駐車して観察しますが、人が増えると取付道路だけでは足りず、何台も路上駐車することになります。国道は大型トラックを含む交通量が多く、それ以外の道も農作業のトラックやトラクターが走り回るので、駐車する時はハザードを付ける、カーブや見通しの悪い場所には車を止めないなどして、交通事故を起こさないよう気を付けてください。
 マナーと安全を守りながら、いつまでも渡り鳥を楽しめるエリアにしてゆきましょう。


(2015年4月10日   千嶋 淳)

140322 天然記念物野鳥観察ツアー

2014-03-25 10:22:51 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima, J.
ハクガンシジュウカラガンなどの群れ 以下すべて 2014年3月 北海道十勝川下流域)

 NPO法人日本野鳥の会十勝支部東十勝ロングトレイル協議会の共催による「川のルート 天然記念物野鳥観察ツアー2014」のガイドを務めさせていただきました。

 午前9時、前日の雪とは打って変わって快晴の帯広を出発したバスは、道中にタンチョウを見ながら豊頃町茂岩に到着。ここで地元の野鳥倶楽部のKさんとMさんの更に2名のガイドが乗車。現地を知り尽くしたお二人の参加はたいへん心強いものです。その後は日高山脈を背に牧草地に群がるマガンの大群を皮切りに、お目当ての鳥が次々に現れ、昼前にはハクガンとシジュウカラガンの群れもじっくり観察でき、早くも天然記念物5種(オオワシ、オジロワシ、タンチョウ、マガン、ヒシクイ)+ハクガン、シジュウカラガンを制覇しました。世界広しといえど半日でこの7種と出会えるのは、おそらく十勝川下流域だけでしょう。昼食後は漁港でいつもの海ガモ類やカモメ類にくわえてハマシギやアビを観察し、茂岩でスイーツめぐりの後に16時前、帯広に戻りました。
 何人かの方に「解説にストーリーがあって面白い」と言っていただけたのは嬉しかったです。鳥を見付け、識別することももちろん、ガイドの大事な仕事ですが、目の前で起きていることの面白さを、フィクションや誇張ではなく、自身の経験や知識を紡ぎながらお伝えし、生態系や生物多様性に興味を持っていただけるようなガイドができたらこれに勝る喜びはありません。開水面の増えて来た旧河川の氷上に佇んで陽光を享受するアオサギの群れが春を感じさせてくれた一日でした。

観察種:ヒシクイ マガン ハクガン シジュウカラガン オオハクチョウ ヒドリガモ マガモ ホシハジロ スズガモ クロガモ ホオジロガモ アビ アオサギ タンチョウ ハマシギ カモメ オオセグロカモメ トビ オジロワシ オオワシ ハシボソガラス ハシブトガラス ハシブトガラ ヒバリ ツグミ スズメ ハクセキレイ アトリ ベニヒワ(29種)参加者20名+スタッフ・ガイド7名

牧草地に群れるマガン

背後には白い日高山脈
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オオワシに見入る一行
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(2014年3月24日   千嶋 淳)


鶴の一声

2011-10-26 23:49:05 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
タンチョウ 2011年10月 北海道十勝郡浦幌町)


 先日、高台からタカや小鳥の渡りを観察していた時のこと。「コアー、クルルッ!」というタンチョウの声を遠くに聞いた。木々を渡る風の音や上空を飛ぶ小鳥の声、下界を走る車のエンジン音等に掻き消されそうではあったが、確かに聞いた。もっとも私には覚えがあった。少し前まで、ある畑でタンチョウのつがいが採餌しているのを観察していたからだ。双眼鏡でその辺りを眺めると案の定、件の畑の背後、川の堤防上に1羽のツルを認めた。望遠鏡を通せば、長い嘴を開けて鳴いているのもわかる。発声を目視してから少し間を置いて、今度ははっきりとツルの声が秋の朝の冷気を震わせた。
 面白いのでツルの位置を記録し、帰宅後に「Google Earth」で高台との距離を測ってみた。結果2.98kmということで、ほぼ3kmの距離を経て声が伝わっていたことが明らかになった。人間が己の声を3km先まで届かせようとしたら容易なことではあるまい。鳥類の中で大声の持ち主といえば、南米のカンムリサケビドリが挙げられようか。現行の分類ではカモ目に配されながらもキジやコウノトリ的な特徴も持つ、この不思議な鳥を実見したことは残念ながら無いが、ハドソン(*)は著書「ラ・プラタの博物学者」の中で、およそ1000のチァカァ(カンムリサケビドリの現地名)が夜中に飛んで地上に舞い降りた後に歌い始め、「平原の周囲数マイルの空気を反響させた」と記述しているから余程のものであろう。もっともこれは1000羽が結集しての声の話で、単独の個体が出す声としてはタンチョウも鳥類のトップクラスに冠するのかもしれない。
 3kmとまではいかなくても1km程度なら余裕で声を届かせることのできるシマフクロウやオオワシ、オジロワシ、オオハクチョウ等、北海道には大型で声も大きい鳥が多い。その中でも地上の喧騒をものともせず遠くまで声を届けるタンチョウを見ていると、「鶴の一声」の諺が生まれたのも納得がゆく。ただ、最近の十勝川、特に下流域ではタンチョウが過密気味でどこかで一声上がれば隣接するペアがそこかしこで鳴き始め、とても一声では収まらないのが現状である。


タンチョウの親子
2011年10月 北海道中川郡豊頃町
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*ハドソン:W.H.Hudson(1841-1922)。ナチュラリストで作家。アルゼンチンに生まれ育ち、後にイギリスに渡った。主な著作に「ラ・プラタの博物学者」、「鳥たちをめぐる冒険」、「鳥と人間」等。緻密な観察に基づく科学的なな行動、生態の記述や文学性豊かな表現、当時既に進行していた自然破壊や近代文明に対する警鐘等、科学と文学の融合を目指した独特の世界は、現在のバードウオッチャーも学ぶべき点が多い。

(2011年10月25日   千嶋 淳)


飛んでいるカイツブリ類を見分ける

2011-05-13 12:25:14 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos & Illustration by Chishima,J.
海上を飛ぶ5羽のアカエリカイツブリ 2011年5月 北海道十勝郡浦幌町)


日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより174号」(2011年4月発行)より転載 一部を加筆、修正、写真を追加)


 カイツブリ類は、とりわけ非繁殖期に海岸や船上から観察する時には、移動や渡りのため飛んでいる姿もよく見かけます。水面に浮いていてもハジロとミミのように識別に手を焼くカイツブリ類を、飛翔で見分けるなんて至難の業と思われるかもしれません。しかし、着目点を明確にすることによって水面より簡単に識別できる場合もあるのです。そんな方法を簡単に紹介します。
 海上を飛んでいるカイツブリ類を的確に識別するには、まずそれをカイツブリ類と認識することが必要です。実はこの過程をクリアしてしまえば、正解にかなり近付いたも同然です。カイツブリをのぞく4種は、次列風切をはじめ翼の上面に白色の部分が必ずあります。ここが他の海鳥との、またカイツブリ類内での識別に大きく役立ちます。グループを絞る段階で紛らわしいのは、ウミアイサやビロードキンクロ、ホオジロガモ等、翼上面に白色部のある海ガモ類です。これら海ガモ類は、特にウミアイサではシルエットも一見似ていますが、翼の拍動が速く、まさにカモ類のものです。また、冬羽のカイツブリは体下面が白色ですが、海ガモ類ではそうでないものが少なくありません。ただし、夏羽やそれへの換羽中のカイツブリ類は注意する必要があります。逆光や薄暮時には白色が目立たないので、こちらも注意が必要でしょう。そのような光条件下では、アカエリやカンムリのような大型種は、アビ類と誤認する可能性があります。翼の拍動の速さはアビ類とカイツブリ類では違いますから、普段から見慣れておくと良いでしょう。また、同条件下でハジロ、ミミの中型種は、中型ウミスズメ類と混同する恐れがあります。こちらも翼の拍動や大きさ、全体的なシルエットの違いを日頃から意識しておくことで違いがわかります。鳥の識別というと羽の色や模様等、細かい点を仔細に観察するイメージがあるかもしれませんが、こと海鳥では大きさや飛び方といった、その種が醸し出す雰囲気のようなもの(英語でjizzといいます)が重要な場合が多々あります。ただ、観察条件が悪く、翼上面等決定的な識別点が確認できない時には、あえて種やグループを特定しないことも、カイツブリ類に限らず大事です。
 次に種ごとの特徴をみてゆきましょう。

①カイツブリ
 科中では最小で翼開長は40~45cmと、ウミスズメ(40~43cm)とほぼ同サイズです。翼は短くて先端は丸みを帯び、拍動は大変速く、一生懸命な感じです。内側次列風切の先端が点状に白くなっていますが、よほどの至近距離でない限りわかりません。そのため、カイツブリ科では唯一、白色部のない翼上面に見えます。この点や大きさ、翼の拍動等から他のカイツブリ類と見誤ることはまずないと思います。むしろ、遠くを飛んでいて嘴や顔がよく見えない状態では、小~中型のウミスズメ類と混同する恐れがあるかもしれません。もっとも私は、海上を飛翔する本種をこれまでに観察したことはありません。北海道では夏鳥として渡来するものもいるので、海上も飛んでいるのは間違いないはずですが、どうやら夜渡っているらしいのです。川や沼では危険を感じた時も基本は潜って逃げますが、時折助走後に飛び立って短距離を飛ぶことがあります(写真も帯広川)。その際も独特の体型や飛び方で、他の水鳥と混同する可能性は低いでしょう。


カイツブリ(冬羽)の飛び立ち
2010年11月 北海道帯広市
川や湖沼で逃避のため低空を短距離飛ぶこと以外で、本種の飛翔を見る機会は非常に稀。
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②ハジロカイツブリ
 本種もカイツブリ同様、主に夜間に渡っていると思われ、海上を飛んでいる姿を見る機会は極端に少ないです。そのため、飛び方や見え方については言及できません。56~60cmと、コガモ(53~59cm)とほぼ同じ翼開長です。翼上面の後縁は、次列風切から初列風切の内側にかけて幅広い白色部があり、次列風切のみ白いミミカイツブリよりこの部分は広く見えます。この部分以外の翼上面に白色部はなく、基部の前縁に縦方向(体軸と平行)に白色部のあるミミカイツブリとは異なっています。ヨーロッパの図鑑によると、飛び方だけで本種とミミカイツブリを見分けるのは困難だが、本種は体の後半部がより重そうな印象を与えるとのことです。


ハジロカイツブリ(冬羽)の飛翔(イラスト)
写真ストックの中に本種の飛翔は無く、下手なイラストで御容赦願いたい。
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③ミミカイツブリ
 翼開長59~63cmでウトウ(63cm)とほぼ同大、ハジロカイツブリより僅かに大きいものの、野外では違いはわからないと思います。翼の拍動は速く、カモ類やウミスズメ類を彷彿とさせます。翼上面の白色部は、次列風切(ハジロでは初列内側まで及ぶ)と基部の前縁側にあります。後者は縦(体軸と平行)方向の細い白色部で、横(翼先端側)方向に著しく延びない点がアカエリやカンムリと異なります。冬羽では白黒のコントラストが強いので、後方など首が見えない角度からだとウミスズメ類等と混同する可能性があります。また、横から見ると首が長く、アカエリカイツブリを小さくしたようなシルエットをしているので、大きさや飛び方を総合して判断することが大切です。本種は飛翔中にしばしば頭を持ち上げて周囲を見渡し、時には足も高く上げて「胴体着陸」でもするようなコミカルな姿勢を示すそうです。まだ見たことありませんが、いつか出会ってみたいものです。


ミミカイツブリ(冬羽)の飛翔
2011年2月 北海道十勝郡浦幌町
警戒心が強いのか、海上に出ても遠くを飛ぶ姿しか見られない。ハジロカイツブリより白黒のコントラストがはっきりしているのも本種の特徴。
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ミミカイツブリの飛翔
2010年4月 北海道十勝郡浦幌町
顔から首にかけて黒みが強く、ハジロ的に見えるが翼上面のパターンはミミのものである。首の一部に白色部も見られることから、冬羽から夏羽への移行中か。
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④アカエリカイツブリ
 翼開長77~85cmで、ウミアイサ(69~82cm)、カワアイサ(78~94cm)とオーバーラップしています。ただし、翼の拍動がゆっくりで直線的なため、より大きく見えます。翼上面の白色部は、次列風切と基部付近の前縁にあります。後者は翼の先端側にもせり出して中央辺りまで及んでいる点が、ミミカイツブリと異なります。飛翔時に頭と首のラインがまっすぐに見える(ただし、垂れ下がらせることもできる)点がカンムリカイツブリとは異なり、体に対して頭と首が安定しているのがミミカイツブリ(しばしば頭部を動かす)と異なるそうですが、これら2種の飛翔観察経験が乏しい私にはよくわかりません。本種は、道東近海では飛んでいる姿を見る機会が最も多いカイツブリ類(ミミカイツブリは、数の割に飛翔を見ない)ですから、本種の大きさや飛び方、翼のパターン等を「ものさし」として身に付けておくと良いでしょう。


アカエリカイツブリ(夏羽)の飛翔
2010年4月 北海道厚岸郡浜中町
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アカエリカイツブリ(冬羽)の飛び立ち
2011年2月 北海道十勝郡浦幌町
翼上面のパターンにくわえて、黒色部多く、体下面もくすんで見えるのがカンムリの冬羽とは異なる。
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アカエリカイツブリ(夏羽)3羽の飛翔
2011年5月 北海道十勝郡浦幌町
先頭と後尾は首を下げて、真ん中の個体は首を上げて飛んでおり、シルエットは異なる印象を受ける。
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⑤カンムリカイツブリ
 翼開長85~90cmですから、カワアイサの大型個体と同じくらいでしょうか。ただし首が細長いため、より大型に見えます。飛び方は直線的で、浅く速い拍動を持ちます。首から先が長いため、体の前半部が長く見え、また高く飛翔する時はアビのように首から頭部を垂れ下げます。翼上面の白色部は次列風切と基部から雨覆にかけてあり、後者は縦(体軸と平行)方向にも横(体軸と垂直)方向にも大きく広がり、5種の中で白色部は最も広くなっています。この広い白色部と、冬羽では顔や体下面も白いので、全体的に非常に白っぽく見えます。


カンムリカイツブリ(冬羽)の飛翔
2006年3月 青森県八戸市
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                   *
 風、波の影響を受ける海岸や船上で、飛んでいる鳥の翼のパターンをしっかり見るのは、最初は難しいかもしれません。その時にはカメラが有用です。最近の一眼レフはオートフォーカス精度も優れていますから、シャッタースピードを上げてブレないよう気を付けながら撮影しておけば、後日判定できるかもしれません。本稿のミミカイツブリ写真は相当遠くを飛んでいたのを撮影し、著しくトリミングしたものです。画質は酷いものですが、翼上面のパターンはしっかり写り込んでいました。ただ、大きさや飛び方といったものは現場でしか体得できないので、こちらもおろそかにしないようにしましょう。
 翼のパターンに関する知識は、思わぬところで役に立つことがあります。その一例が漂着物の観察や調査です。海岸には海鳥の死体もよく漂着しますが、腐敗や他の鳥による捕食等によって羽毛が残っているのが翼だけ、あるいは翼しかないということもよくあります。そんな時に翼のパターンに関する知識が物を言います。これは海ガモ類やウミスズメ類についても当てはまります。


(2011年4月13日   千嶋 淳)



十勝のカイツブリ類(後半)

2011-05-10 16:10:30 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
カンムリカイツブリの冬羽 2011年2月 北海道幌泉郡えりも町)


日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより174号」(2011年4月発行)より転載 一部を加筆、修正、写真を追加)


④アカエリカイツブリ
 ヨーロッパから西シベリア、ロシア極東、北アメリカ北部で繁殖し、冬は南へ渡ります。日本では北海道北部、東部でのみ繁殖し、九州以北の主に海上へ冬鳥として渡来します。以前は道央のウトナイ湖や厚真大沼でも繁殖していましたが、現在は途絶えています。理由として、ウトナイ湖では野生化したコブハクチョウが湖面で繁殖を始めた影響が指摘されています。繁殖地のある十勝地方では、ほぼ一年を通じて観察可能な鳥です。
 4月上旬、氷が解けるとすぐに繁殖地の湖沼へ飛来します。十勝では十勝川下流沿いや海岸部の湖沼が繁殖地となっており、2004年の調査では31ヶ所のうち13の湖沼で繁殖、4つの湖沼へ短期的に飛来しました。その後見付かった地点やアプローチが困難で未確認の繁殖地を考慮しても、十勝での繁殖地は20ヶ所程度でしょう。湖沼に戻ってしばらくは、ディスプレイや闘争に明け暮れます。これらは「ケレケレケレ…」というけたたましい鳴き声や、雌雄が嘴を合わせたり、立ち上がって水面を並走する等多様な行動とともに繰り広げられ、見ていて飽きることがありません。5月下旬に湖沼では個体数が最大になった後、安定します。なわばりを持てなかった個体が沼から排除されたのだと思われます。また、5月下旬までは海上でも普通に観察されるため、更に北で繁殖する個体も含まれているのでしょう。


アカエリカイツブリ(夏羽)
2008年5月 北海道十勝川下流域
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 早いつがいでは、6月下旬よりヒナが出ます。幼いヒナは親から頻繁な給餌を受けながら水面を泳ぎ、疲れると親鳥の背中で休みます。水面を覆うネムロコウホネの黄色い花を背景に、また今を盛りと鳴き競うコヨシキリの囀りをBGMにアカエリカイツブリの子育てを観察するのは、初夏の十勝ならではの贅沢です。ただし、ヒナが飛べないぶん親鳥は神経質ですし、本種が繁殖している場所はたいていタンチョウも繁殖していますから、十分距離を取って、警戒されないよう観察しましょう。子育ては秋まで続き、カイツブリ同様秋に入ってからのヒナも珍しくありません。 10月17日に、まだ親から給餌を受けるヒナを観察したことがあります。
 カイツブリ類は親鳥がヒナへ餌の取り方を教えた後、しつこくヒナを追い回して独立を促すといわれますが、十勝の海に近いある沼では、まず親鳥が沼から消え(おそらく海上へ出た)、その後しばらく幼鳥だけで暮らしていたことがあります。非繁殖期は海上で生活するため、親鳥の繁殖地への執着が薄いのか、あるいは気候、餌とも海上より安定しているだろう沼をヒナたちに明け渡したのかわかりませんが、興味深い事例でした。


アカエリカイツブリの親子
2007年7月 北海道十勝川下流域
右側の成鳥の背に、一番小さなヒナが乗っている。
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給餌(アカエリカイツブリ
2007年8月 北海道十勝川下流域
幼鳥(右)が親から魚をもらっている。
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 十勝平野は道内でも比較的多くのつがいが繁殖していますが、2004年の調査では、牧草の刈り入れや除草作業、道路や河川の工事等人為的影響による繁殖失敗や巣の変更が少なからず確認されました。また、繁殖地とそうでない沼の環境条件を比較したところ、幅が狭い、形が入り組んでいる等で道路や農地からの距離が近い沼は利用されない傾向がありました。特に十勝川下流沿いの沼は、かつて川や湿地だった場所が、きわめて小面積で農地の中に点在しているため、人間活動の影響を受けやすいものと思われます。
 9月頃には、繁殖を終えた鳥たちが湖沼で数羽規模の小群を形成します。これらは10月下旬まで見られ、同時に10月上旬頃から海上でも観察されます。12~1月には海上の数が増え、漁港にも入ります。これらが道内で繁殖したものかはわかっていませんが、その数を考えると北方から渡来するものも相当数含まれているでしょう。ミミカイツブリ同様、大きな群れは作らず、1~数羽が海上の広い範囲に分散しているため、あまり多いようには見えませんが、根室の納沙布岬では多い日に100羽以上を数えることもあります。今年2月に浦幌町沿岸の海鳥を船で調査した時も、20羽以上が観察されました。したがって、北海道における本種を「夏鳥」と捉えるのは正しくありません。アビ類やカイツブリ類のような、岸から肉眼や双眼鏡で見るには遠く、船での調査で記録されるほど沖には出ない沿岸性の海鳥は、分布や渡来の時期、数に不明な点が多く、油汚染や沿岸漁業による混獲の観点からも、今後もっと注目されるべきです。


アカエリカイツブリ(冬羽)
2006年3月 北海道根室市
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⑤カンムリカイツブリ
 ユーラシア大陸中部、アフリカ、オーストラリア等に分布する、カイツブリ目では最大の種です。日本ではかつて稀な冬鳥として渡来する程度でしたが、大阪湾では1960年代に、それまで普通種だったアカエリカイツブリと入れ替わるように増加を始め、本州以南の越冬数は全国的に増加傾向にあります。現在は、例えば東京湾でも1000羽以上の大群が見られます。1972年、青森県下北半島で繁殖が確認され、1991年以降は滋賀県琵琶湖でも繁殖しています。北海道では数少ない旅鳥または冬鳥として、少数が渡来します。十勝でも同様で、主に10月下旬から5月上旬に、海岸付近の湖沼や漁港で1,2羽がたまに観察されるだけです。育素多沼や幌岡大沼、豊北海岸、大津漁港、十勝港等で記録があります。2000年代以降記録は増加しています(1978~1999年8例以上;2000~2010年14例以上)が、依然数は少なく、観察者や観察精度の増加に伴うものの可能性もあります。根室管内の野付半島、尾岱沼では旅鳥として普通との情報がありますが、具体的な数や季節は不明です。
大樹町生花苗沼では2004年6~7月に2羽、豊頃町湧洞沼では2005年6月に1羽、いずれも夏羽を観察しています。特に前者では雌雄と思われる2羽がしばらく滞在し、繁殖を期待したのですが、確認できませんでした。広大で、入り組んでいるため死角も多い沼ですから、もしかしたらどこかで繁殖の初期段階くらいには達していたのかもしれません。


カンムリカイツブリ(夏羽)
2007年6月 青森県
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(2011年4月13日   千嶋 淳)