鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

渡去前の集結

2007-08-29 23:06:51 | 鳥・夏
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All Photos by Chishima,J.
イワツバメ・左側の幼鳥は餌をねだっているのか? 2007年8月 以下すべて 北海道河西郡中札内村)


 イワツバメの集団繁殖地となっている、山間のダム湖を凡そ一月ぶりに訪れると、夥しい数のイワツバメで賑わっていた。3000羽を下らないであろうとことはわかるものの、正確な数はとても把握の仕様が無い。幼鳥が続々巣立つこの時期、数が増えるのは当然なのだが、これまでの繁殖期に見られていた成鳥数やカラスによる繁殖失敗の多さを考えると、このコロニーの幼鳥が全て巣立ったとしても、それを遥かに凌いでいる。範囲は不明だが、近隣のいくつもの繁殖地から集って来たと考えるのが妥当であろう。

巣から顔を覗かせる成鳥(イワツバメ
2007年7月
本種の巣は、ツバメの半椀型とは異なり、壷型をしている。
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 落差100mを超える巨大なコンクリートのダム堤体の溝や斜面にびっしりと群がり、何かの弾みに一斉に飛び立つその様は鳥類というより昆虫のそれに近く、「蠢く」という表現が相応しい。堤体に収まりきらなかった個体は、堤体上を走る道路のすぐ脇にあるコンクリ製の構造物や潅木にも止まっていて、こちらはすぐ間近に観察することができる。


堤体を埋め尽くす大群(イワツバメ
2007年8月
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 口角・口内が黄色の幼鳥が多い。その殆どは地面に座り、暑さに喘いでいる。何しろ残暑が厳しかったこの日は、山地の此処も気温は平地より穏やかだったとはいえ、強い日差しが容赦なく照り付けていた。もっとも、中にはこの日射を無駄にしまいと翼や尾羽を開いて日光浴に励む強者もいた。羽毛は鳥類にとってのライフライン。傷や寄生虫で痛んでしまうことは、空を主たる生活の場とし、長距離の渡りを行う本種にとっては命取りになるのだろう。それでも時と共に痛んでゆくことを、所々に混じっている成鳥の、磨滅しきって褐色になった翼が醸し出す疲弊した雰囲気が物語っている。


残暑に耐えるイワツバメ
2007年8月
左側の幼鳥は、暑さに耐えかねる感じで大口を開けていた。
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日光浴(イワツバメ
2007年8月 
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成鳥(イワツバメ
2007年8月
こちらも座り込んで暑さに喘ぐ。翼や尾羽は磨滅による褪色が顕著。
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 何を考えているのか、幼鳥にマウントを試みる成鳥がいた。少なくとも2回は見た。無論、幼鳥にはすぐ拒否されて失敗に終わるのであるが。もうじき渡去というこの時期に、それも未成熟の個体に対してこのような行動を示すのは何故だろう?繁殖に失敗したオスによる、一種の転位行動みたいなものか。


幼鳥にマウントしようとする成鳥(イワツバメ
2007年8月
この事例では失敗したが、直前には別の幼鳥に対し、完全にマウントしていた。
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 平和で長閑な時間は、長くは続かなかった。午後になると、おそらく繁殖期にもここでイワツバメの卵や雛を襲っていたという噂の、2羽のハシブトガラスが攻撃を掛け始めた。群れは撹乱されて散り散りになり、再び集まることを繰り返した。何度目かの突入の後、1羽のカラスの嘴には、イワツバメ幼鳥の変わり果てた姿があった。動きの鈍い巣立ち雛だったのか、あるいはまだ巣にいた雛だったのか。カラスは堤体上のフェンスに止まって、雛を脚に持ち変えると、慣れた感じで解体しながら一瞬で貪った。後でこの直前に、フェンスに嘴を擦り付けていたカラスの写真を拡大したところ、嘴にはイワツバメのものと思われる大量の羽毛が付着していたから、これが最初の襲撃ではなかったようだ。


イワツバメの幼鳥を捕食するハシブトガラス
2007年8月
写真ではわからないかもしれないが、どちらかの脚とその周辺を嘴にくわえている。
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 それでも、イワツバメたちはカラスの攻撃を交わしながら、9月末の渡去前までこの場所で休息しながら栄養を付け続けるだろう。和名の由来となった崖や岩場から、建物の壁や橋桁等の人工構造物にも生活の場を広げ、都市鳥にも名を連ねるようになった鳥である。そして、10数年前、美しかったであろう(生憎、当時を知らない)山中の渓谷を削って造られたこのダム湖でも逞しく生きてきた鳥である。


潅木で休息中(イワツバメ
2007年8月
枝に止まるというよりは、このように葉の上に乗っている感じ。また、暑さを避ける目的か、木陰になっている部分に多かった。
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(2007年8月29日   千嶋 淳)


コガモ繁殖か

2007-08-27 00:46:03 | カモ類
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All Photos by Chishima,J.
コガモのメス(右)と2羽の幼鳥? 2007年8月 北海道十勝川下流域)


 コガモについて、大方の図鑑には「北海道や本州の山地の湖沼で少数が繁殖する」と書いてある。しかし、少なくとも十勝地方では、そうした記述から期待されるほど夏期にコガモは見られない。普通に繁殖しているマガモやカワアイサはもちろんのこと、少数が繁殖しているヨシガモやシマアジと比べても夏期に出会うことは少ない。私の知る限り、公表されている十勝地方での繁殖記録は、1981年7月に大樹町(「大樹の鳥Ⅱ」)、1992年8月に浦幌町(「浦幌鳥類目録」)で親子が確認された2例のみであり、近年の繁殖に関してはまったく情報が無かった。夏期の目撃記録の少なさからも、近年の繁殖には懐疑的だったのだが、この度繁殖の可能性濃厚といえる状況に遭遇した。

シマアジの雌雄(手前がオス)
2007年5月 北海道中川郡池田町
以前から夏期の観察記録が少なくなかったが、近年繁殖が確認された。夏の記録自体は、最近減少しているかもしれない。
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 2007年8月20日(晴れ)午後3時30分すぎ、十勝川下流域の沼でアカエリカイツブリやカモ類の観察を行っていたところ、沼岸で休息する3羽のカモ類を発見した。発見時には既に近過ぎたため、10m余り通り過ぎてから停車し、双眼鏡で観察した。1羽はコガモの雌であることがわかったが、残る2羽は草の陰に隠れて、何かの幼鳥らしいが種まではわからない。この状態で何カットか撮影した後、確認すべく車を後退させ、カモたちの真横に移動した。この間に3羽は岸から泳ぎ出し、コガモの雌は岸から数m離れた開水面に出たが、2羽の幼鳥ぽい個体は、沼岸を覆う抽水植物群落の中に素早く身を隠してしまった。一方、コガモの雌は岸からそう遠くない開水面にとどまり、飛び立つことは無かった。状況を鑑みると幼鳥2羽が再び現れる可能性は低く、コガモ雌を撹乱していると判断したので、現場を立ち去った。
 実はこの時点では事の重大さにまだ気付いていなかった。すぐ近くでヨシガモの雌1羽、幼鳥1羽を見ていたため、幼鳥たちはその片割れではないかと思っていたのである。ところが、帰宅して画像を確認すると、2羽の幼鳥はヨシガモとはまったく違っていた。鮮明な画像は得られなかったものの、コガモによく似ている。さらに、よく考えてみるとコガモ雌が付近の開水面にとどまり、逃げようとしなかった行動は、カモ類の中では一際警戒心の強い本種としてはいささか不自然といえる。これは、雛を安全な場所に隠すため敵(この場合私)の目を自分に惹き付けておく擬傷の、一歩手前の行動だったのではないだろうか。


ヨシガモの親子(手前が幼鳥)
2007年8月 北海道十勝川下流域
少数が繁殖するが、海岸部の湖沼では局地的に普通な地域もある。
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コガモのメス(左)と幼鳥?
2007年8月 北海道十勝川下流域
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 幼鳥がコガモだったとして、既にかなり成長していたことから、どこか他所で繁殖したものが渡って来た可能性も視野に入れねばなるまい。ただ、大きくなっているとはいえまだ顔立ちが幼く、羽も生え揃ってない感じを受けるし、雌による上記の行動は、何らの関係が無い他者が取るにしては不自然である。鳥の換羽や形態に詳しい友人にも画像を見てもらったが、「まだ幼く、周辺で生まれたと考えるのが妥当」とのことであった。これらのことから、私はこの3羽はコガモの親子であり、周辺で繁殖したものだと考えている。
 通い慣れたつもりの場所でも予期せぬ出会いがあることを、今回の件は改めて教えてくれた。やはり野外には足繁く通うものだ。同じカモ類で、釧路や根室では繁殖も確認されているキンクロハジロやホシハジロは、十勝でも夏にしばしば観察されているが、繁殖は未確認である。こちらも観察を重ねれば、新しい発見があるかもしれない。


キンクロハジロのつがい(右がオス)
2007年4月 北海道帯広市
海岸部の湖沼や十勝川下流域の河跡湖では、夏期にも観察されることがある。根室地方では繁殖が確認されている。
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ホシハジロ(オス)
2007年4月 北海道中川郡幕別町
釧路地方のある湖では長年繁殖が確認されていたが、近年は途絶えているらしい。十勝海岸の湖沼では、6月頃にオスだけの小群が観察されることから、ごく少数が繁殖しているのではないかと怪しんでいる。
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(2007年8月26日   千嶋 淳)


小さな国際空港

2007-08-22 17:34:44 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
タカブシギ(手前)とヒバリシギ 以下すべて 2007年8月 北海道帯広市)


 春にタカブシギの小群が飛来した郊外の水路へ行ってみた。このところの猛暑と少雨によって水が減り、小さな水溜りくらいの水域が点在する程度だったが、コチドリやイソシギといった付近で繁殖する種にくわえて、タカブシギやヒバリシギの姿もあった。午前中から30℃を超える暑い日、シギたちは炎天下、小さな水域を忙しなく歩き回り、土中や水中の餌をついばんでいた。私は岸辺に生えた草に身を隠して匍匐前進しながら彼らに近付き、比較的近距離でその行動や仕草を観察することができた。じっとしているだけでも汗が噴出してくるのは辛かったが、その辛さをも忘れさせてくれる、楽しい一時であった。


コチドリ(幼鳥)
背後にはヒバリシギの姿も。この日撮影した写真の大部分は、猛暑による陽炎に揺れていた。
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 春のタカブシギの時も思ったが、シギたちは長旅の途上で、よくこんな猫の額ほどの湿地を見つけるものである。タカブシギやヒバリシギはツンドラやカムチャツカ等で繁殖し、南西諸島以南の東南アジアや豪州で越冬する。その旅の途中、北海道の、しかも内陸部にある小さな湿地を見つけて降り立つのだから大したものだ。


タカブシギ(幼鳥)
翼上面に現れる白斑が褐色みを帯びるのが幼鳥の特徴。内陸性シギ・チドリ類の中では普通種の一つだが、この仲間の御多聞にもれず渡来数は減少傾向にあると言われている。
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 しかも、今回観察されたのは軒並み今年生まれの幼鳥たちだった。多くのシギ・チドリ類では、秋の渡り時に成鳥と幼鳥で渡来数のピーク時期にずれがあり、総じて成鳥の方が早い。したがって、成鳥が先に渡り、幼鳥が後に渡ると考えられている。水路に飛来した幼鳥たちは、この場所を事前に知っている筈が無いのに見事に見つけ出したのだ。大まかな目的地や経路は、遺伝的なプログラムあるいは星や地磁気の定位によって親から教えられなくてもわかるのかもしれないが、ここまでローカルな中継地となると自分で探すしかないだろう。


ヒバリシギ(幼鳥)
トウネンに似るが、脚の色や頭頂部の色、背中の白線等で見分けられる。内陸の、草の生えた湿地に多く、開けた場所にはあまりいない。
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 もしかしたら、このような内陸部の上空も彼らの渡りルートの一つとなっていて、水路はその下に都合よくあったのかもしれない。十勝地方の内陸部だと、そのままオホーツク海に抜ける、または北海道の中央部を通って道北からサハリン方面へ渡るには、確かに近道になるかもしれない。そういえば、大雪山の森林限界より上の湿原でタカブシギを見たという話を聞いたことがある。とすると、この水路は小さいながらも彼らが長旅の途上で羽を休め、エネルギーを補給する、いわば国際空港の役割を果たしているといえるだろう。
 危険な海や山を越えた飛行の末、疲れ果てて降り立った彼らに休息と食料を提供できる国際空港が、いつまでも健在であることを願わずにはいられない。


ヒバリシギ(左)とタカブシギ
彼らを保護するためには、干潟や海岸だけでなく、内陸の湿地も保全する必要がある。
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(2007年8月22日   千嶋 淳)


晩夏・初秋の鳥暦

2007-08-21 16:41:07 | 鳥・夏
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All Photos by Chishima,J.
チュウシャクシギ 2006年9月 東京都江戸川区)

(日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより」160号より、一部加筆・修正して転載)

 八月に入ってからというもの、北海道とは思えない蒸し暑い日々が続いていますが、暦は既に立秋を過ぎ、季節は着実に移ろおうとしています。鳴禽類の囀りに山野が包まれる新緑の頃や、大型水鳥が大挙して飛来する春秋のような華やかさは無いかもしれませんが、この時期でも野外に赴けば鳥たちとの素敵な出会いが待っています。この季節ならではの、楽しみの一部を簡単に紹介したいと思います。

1.シギ・チドリ遊ぶ汀
 シベリア等極北での繁殖を終え、東南アジアやオーストラリアの越冬地への長旅の途中、シギやチドリの仲間が羽を休めます。十勝には、根室の風蓮湖や東京湾の干潟のような大規模な渡来地はありませんが、こまめに足を運んでいると意外と多くの種類との出会いがあるものです。彼らを多く見ることができるのは、海岸や海に近い湖沼・湿地ですが、内陸部でも川原やちょっとした湿地があれば、それなりに飛来します。また、そうした環境が身近に無くても、夜空を渡る風流な声を聞くこともあります。
 シギやチドリの仲間は種類も多く、最初は皆同じように見えて困惑するかもしれませんが、まずはコチドリ、イソシギ、トウネン、キアシシギといった普通種を見慣れ、それらを「物差し」として大きさや形等の特徴を比べることで、思いのほか見分けがつくようになるでしょう。もっとも、たとえ種類が分からなくても、日の短くなった夕刻の水辺にシギ・チドリの姿や声を求めて彷徨うのは、何とも言えぬ風情のあるものだと思いませんか?


トウネン(幼鳥)
2006年9月 北海道十勝郡浦幌町
小型種の中では最普通。本種を基準にして小型のシギを見てみると、意外と違う種類もいたりする。
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ミユビシギ
2007年5月 北海道中川郡豊頃町
一見、上のトウネンみたいに見えるが、大きくて嘴ががっしりしていること、また、普通種のハマシギとは嘴がまっすぐなこと等で識別できる。砂浜を群れで走っていることが多い。
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2.あどけない幼鳥たち
 つい先頃まであれほど賑やかに囀っていた小鳥たちも、この時期はすっかり目立たなくなってしまいます。葉が茂って鳥が見えづらくなったのにくわえて、換羽の時期を迎えて目立たない所でひっそりと暮らしているためです。ただ、種によっては巣立って間もない雛たちが野山を闊歩しているのを見ることができます。森林ではシジュウカラ等のカラ類やアカゲラ等のキツツキ類、原野ではノビタキ、人家周辺ではスズメやカラス類あたりが出会いやすいでしょうか。あどけない幼鳥たちの顔を眺めているだけでこちらまで穏やかな気分になれますが、幼鳥たちは好奇心旺盛なのか、しばしば目の前まで近寄って来ては至福の時間を提供してくれます。


ハシボソガラスの幼鳥
2006年6月 北海道網走郡大空町
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アカゲラの幼鳥
2007年8月 北海道根室市
頭頂部全体が赤いので、オオアカゲラと見誤ることがある。
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ビンズイの幼鳥
2007年7月 北海道帯広市
巣立ち後間もないようで、飛翔も弱々しかった。
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 また、湖沼や河川にはすっかり成長して親と近い大きさになったタンチョウの子どもや、カモ類やアカエリカイツブリの親子の姿もあることでしょう。海岸には、近くに大きな繁殖地が無いにも関わらず、オオセグロカモメやウミネコの幼鳥が、続々飛来してきます。


オオセグロカモメの幼鳥
2007年8月 北海道中川郡豊頃町
磨滅や換羽の進んだ第1回冬羽ではなく、新鮮な幼羽を見ることができるのは、近くに繁殖地がある場所の強みだ。
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ウミネコの幼鳥
2007年8月 北海道中川郡豊頃町
最高気温が25度を超えた昼下がり、口を大きく開けて喘いでいた。わざわざコンクリの上に座らなくても…。
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(幼鳥については、2005年7月の記事、 「幼鳥ラッシュ」にも何点かの写真があります。)

3.秋の渡りの走り
 8月半ば過ぎには早くもムシクイ類が南への移動を開始するそうです。8月末から9月頭にコガモやヒシクイの第一陣が渡来すると、いよいよ秋の渡り時期だなとの実感が沸きます。その頃から年によりますが、山地から平地へ移動するカケスの小群が目立つようになります。市街地の公園等身近な場所でエゾビタキやマミチャジナイに出会うことがあるのもこの時期です。日々ガンカモ類が数を増やす水辺では、シギ・チドリの渡りが続行中です。台風の前後、海が荒れた時にはおそらく普段は沖を移動中のアジサシやトウゾクカモメ類が海岸に姿を現すこともあります。また、小高い丘の頂上では、人知れずタカの仲間が高度を上げて南を目差しているかもしれません。とにかく秋の渡りはその落日の如く目まぐるしく、日替わりと言っても差し支え無いでしょう。野外へ足を運べば運んだだけの、素敵な出会いがあるはずです。


秋空を渡るハイタカ
2006年10月 北海道帯広市
北海道ではハチクマ(道東にはほとんどいないが)やノスリより遅く、10月半ば頃、大雪や日高の峰が白くなり始める時期に移動中の個体を見ることが多いようだ。
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(2007年8月9日   千嶋 淳)


練習

2007-08-16 17:38:27 | 猛禽類
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All Photos by Chishima,J.
トビの幼鳥 2007年8月 北海道十勝川下流域)


 「チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、…」、雛の声が湖面を渡る。この小さな沼ではアカエリカイツブリが子育ての真っ最中。雛は先週の3羽から減っておらず、雛間の体格差も縮まってきたところを見ると、なかなか優秀な親鳥のようだ。2羽の親鳥のうち、1羽は雛に寄り添ってその挙動から目を離さないが、もう1羽は沼内を動き回って潜水を繰り返しては小魚を捕え、それを雛の下に運ぶのに大忙しである。絶えず動き回っている方は雄親だろうか、雌親だろうか、とにかく働き者である。


雛に給餌するアカエリカイツブリ
2007年8月 北海道十勝川下流域
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 先ほどから1羽のトビが周囲を飛んでいる。沼面を舐めるように低空で飛ぶ姿は、まるでチュウヒのようだ。体の各部の羽に白っぽい部分があり、黒褐色の体色と対比を成していることから、巣立って間もない幼鳥と思われる。トビはアカエリカイツブリの家族の上まで来ると反転し、高度を下げた。アカエリカイツブリたちには俄かに緊張が走り、雛たちは咄嗟に潜水した。これはどうしたことか?雛を襲うつもりなのか?トビは餌の大部分を生ゴミや死体に依存しており、時折魚を狩ることはあるが、元気な鳥を襲うことは滅多に無い。
 アカエリカイツブリたちに走った緊張とは裏腹に、トビは何事も起こさず飛び去り、変わらず沼面を舐めるように飛翔している。しばし後、別の地点で急降下して水面に掠めた脚に握られていたのは、水草だった。最初は、先日のミサゴのように(→「ミサゴの早とちり」を参照)水面に踊る水草を魚と勘違いしての行動かと思ったが、その後まったく同じ行動を何回か繰り返していたから、どうもそうではないらしい。とすると、これは独り立ちして間もない幼鳥の、狩りの練習なのかもしれない。たとえ死体であっても水面に浮かぶ魚等を、飛びながら捕えるのは簡単なことではないだろう。ましてや生体なら言わずもがなである。そのための練習なのではないだろうか。


水草を掴んだトビの幼鳥
2007年8月 北海道十勝川下流域
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 同じような「練習」風景をオジロワシの幼鳥で見たことがある。巣立って間もない頃でまだ親の給餌を受けていたが、親が餌探しに出かけている間、ダム湖の洲で待っている雛は、ウグイほどの大きさの棒切れを掴んでは離したり、それを持って羽ばたいたりといつか手にするであろう獲物の感触を味わうような行動を示していた。


オジロワシの幼鳥(前年以前の生まれ)
2007年4月 北海道中川郡豊頃町
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 小さな沼では、トビの飛翔が子どもの戯れに過ぎないことを察したのか、アカエリカイツブリの雛たちが賑やかに鳴き始め、親の1羽は育ち盛りの我が子らに魚を与えるべく活発な潜水を再開した。トビは練習に飽きたのか間もなく沼畔の枯れ木に羽を休め、代わってアオサギがやはり水面を舐めるように飛び過ぎて行った。


アオサギの飛翔
2007年8月 北海道十勝川下流域
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夏の風物詩・花火大会
2007年8月 北海道帯広市
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(2007年8月16日   千嶋 淳)