鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

タカブシギと内陸湿地と

2007-05-23 23:01:45 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
タカブシギの夏羽 2007年5月 北海道帯広市)


 近郊の水路にこの春、タカブシギの小群が飛来した。水路と言っても増水時に水を流すためのもので、それ以外の時は乾湿の状況に応じて大小の水溜りが点在する程度の環境に過ぎないのだが、最多時には15羽近くが同時に観察された。ある水溜りから別の水溜りへ、渡り歩きながら忙しなく採餌するタカブシギの装いは夏羽のそれであり、背中や翼上面には和名の由来となった鷹斑模様が顕著だったが、日本の多くの図鑑に紹介されている夏羽の写真やイラストと異なり、多くの個体の嘴は根元1/3ほどが黄色で、脚の黄色もより鮮やかさを増していた。北方圏での繁殖を間近に控えたこの時期ならではの、婚姻色の走りなのかもしれない。

採餌するタカブシギの夏羽
2007年5月 北海道帯広市
獲物は水生昆虫の幼虫だろうか?
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 一般にシギやチドリというと干潟や海岸がイメージされがちだが、このような内陸の湿地もまた重要な渡来地である。コチドリやキアシシギなどは干潟から川原まで幅広い環境を利用し、内陸湿地もその一つに過ぎないが、このタカブシギやヒバリシギ、コアオアシシギ、ツルシギ、エリマキシギなどは湿地をむしろ好んで利用する種類なのだ。そして、そのような内陸や汽水の湿地に多く入るシギ・チドリ類の多くで、この2、30年間での著しい個体数の減少が全国的に指摘されている。それは人間の生活には一見不要で、蚊や蛭の温床ともなる内陸の湿地が各地で埋め立てられ、偶然内陸性シギ・チドリ類の好渡来地となった休耕田や埋立地といった環境すらも失われつつあることと無関係ではないだろう。


ツルシギ(冬羽)
2007年3月 北海道中川郡豊頃町
まだ雪と氷に閉ざされた沼の、僅かな開水面に舞い降りた。真っ赤な脚が曇天のくすんだ水面に映える。
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 十勝地方では、かつては激しく蛇行していた河川中・下流域の氾濫原やその中に点在していた大小の池沼が、内陸湿地としての役割を果たしていたことは想像されるが、その大部分は開拓の過程で失われるか縮小を余儀なくされた。水田も、この地域では元から多くなかった上に減反政策の煽りなどでほぼ消滅した。現在では僅かに残った河跡湖や、今回タカブシギが飛来したような「間に合わせの湿地」が、かろうじてその機能を果たしている。そうした間に合わせの場所を、治水の機能を損なわない範囲で水深や勾配に多様性を持たせ、乾湿にも幅を持たせた生物のための湿地として造成することはできないものだろうか。おそらく、春秋にはシギ・チドリ類が長旅の途上で疲れた翼を休め、また夏から秋には各種トンボ類の群舞が見られ、環境教育の場としても価値のあるものになると思う。


アオイトトンボ
2006年9月 北海道河東郡音更町
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 タカブシギの数がピークを過ぎたのか少なくなり始めた頃、たった1羽だがムナグロも飛来した。タカブシギが好んだ場所よりはやや乾燥した、草の生えている場所でやはり栄養を付けるべく探餌に多くの時間を費やしていた。数千キロにも及ぶであろう長旅の途上、点のような、しかも毎年微妙に状態の変わる湿地をよくも見つけるものだ。せめて、その「点」が毎年安定した食事と休息を提供できる場所であったら、もっと素敵なのだが。


ムナグロ(夏羽に移行中)
2007年5月 北海道帯広市
換羽が遅いのか、あるいは若い個体なのか5月下旬でも金色と黒の対比が派手さを醸し出すには程遠い羽衣であった。
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タカブシギ(夏羽)
2007年5月 北海道帯広市
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(2007年5月23日   千嶋 淳)


模倣

2007-05-18 13:53:48 | 鳥・春
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All Photos by Chishima,J.
新緑の中のオオルリ・オス 2007年5月 北海道帯広市)


 すっかり顔を出すのが早くなった朝陽も、両岸を崖状の斜面に囲まれたこの沢沿いの林道には差し込まず、辺りはひんやりとしている。その冷気の中、すぐ傍らの笹薮ではヤブサメが「シシシシシ…」と虫のような声で囀っているが、姿は決して現さない。斜面の上部は既に朝の光に射られているようで、針葉樹のこんもりとした樹冠やまだ葉を出さぬ広葉樹の梢は、俄かに金色を帯びている。そこから一条の朗らかな声が、崖下の私の耳元に届いた。「ヒヒホーヒー」、おやっ、イカルだろうか?

 しかし、イカルにしては声質が澄みすぎていたような…。声の方向に耳を傾けていると、今度はちょっと違った感じの歌。「ホイッ、ピックルル」。脳裏にインプットされているキビタキの囀りとそっくりだが、先のイカルと同様どこか煮え切らない。崖上の木の梢という位置も腑に落ちない。待つこと数分。キビタキらしき声の直後くらいから予想した通り、オオルリの晴朗な囀りが数回、全く同じエリアから発せられた。イカルもキビタキもすべてオオルリによる模倣だったというわけだ。この個体は特に模倣が好きなのか、その後ルリビタキの鳴き真似まで披露してくれた。(5月9日)


イカル
2007年1月 福岡県福岡市
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キビタキ(オス)
2007年5月 北海道帯広市
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                  *
 大型連休の後半くらいから芽吹き出したヤナギの緑は愈々鮮やかとなり、山々からの融雪を集めた瀬の音と合わせて、河畔は一年で一番爽やかな時期を迎えている。日は南中に近い時刻だが、所々でアオジの鈴を震わすような歌が聞こえる。雪解け水と同じく、山腹を一気に駆け下りてきたであろうアマツバメが1羽、半月状の翼で、白い雲がぽつぽつ浮かぶ青空を切り裂いて行った。後に残るのは再び瀬音と、そこに抑揚を加えるキセキレイの「チチン、チチン」。目に見える、耳に聞こえる、或いは嗅覚で感じ取れる全ての自然現象が一体となって織り成す舞台劇のようですらある。それくらい、初夏の息吹のかかった河原は素晴らしい。


風薫る季節の河原
2007年5月 北海道河西郡中札内村
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川面を背景に、芽吹き始めたヤナギの梢で囀るアオジ(オス)
2007年5月 北海道帯広市
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 「ヒーツキーヒーツキー」。付近の背の低いヤナギとシラカンバの混じった明るい疎林で先ほどから聞こえる囀りはエゾムシクイのものかしら。針葉樹林や混交林を好む本種にしてはずいぶんと開けた環境に出てきたものだ。五月の陽光に誘われたか。いや、待てよ。周囲のあまりの心地よさにぼおっとしていたが、改めて聞いてみるとエゾムシクイにしては金属的なところの無い、柔らかな声ではないか。目を凝らすと、1羽のノビタキの雄が「ヒーツキー」を取り入れながら、さえずり飛翔を繰り返し、シラカンバの樹冠を渡り歩いていた。山がすぐ背後まで迫っているこの河原では、エゾムシクイの声を聞く機会も多いのだろう。(5月14日)


エゾムシクイ
2006年5月 北海道帯広市
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ノビタキのオス(上)とメス
2007年5月 北海道帯広市

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                  *
 他種の声の模倣は多くの鳥類から知られており、種によっては人の声や音楽(!)まで物真似する(カケスの物真似については「オ、オソーイ」の記事も参照)。他種の鳴き真似について、北米に生息するマネシツグミでは、自分の縄張りを他種からも守るために他種の歌を積極的に取り入れるのだとの考えもある。ただ、競合相手とならない種もレパートリーに含まれており、それだけでは説明がつかないという。たしかに、オオルリにしてもノビタキにしても節々に他種の囀りを入れてみたという感じで、それほど真剣に歌っているようには、少なくとも人間の贔屓目には見えなかった。いずれにしても、鳥声における物真似の多様さをみると、囀りには後天的な学習によるものも多分にあることが伺える。


オオルリ(オス)
2007年5月 北海道帯広市
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(2007年5月18日   千嶋 淳)


都市化

2007-05-15 21:34:09 | カモ類
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All Photos by Chishima,J.
小さな流れにいたつがいのマガモ(下方)・背後では宅地化が進む 以下すべて 2007年5月 北海道帯広市)


 郊外のカシワ林の段丘下にある小さな流れ。林縁を離れ、農耕地の中を貫く。原生の趣は無いが、コンクリート護岸された直線の川を見慣れた目には、少しは蛇行した、澄んだ水面に浮かぶエンコウソウの花の黄色と、河畔を覆い始めたアキタブキやオオイタドリの緑、所々に残るハルニレやヤチダモの大木が織り成す景観は、何とも言えぬ心地よさを覚える。しかし、周囲を見渡すと僅か10年ばかり前までは農地や原野の優占したこの界隈も、ここ数年で随分と宅地化の進んだことが窺える。新築の綺麗な家群がすぐ背後まで迫り、もう少し大きな流れと合流する辺りでは更なる土地の造成も進行中のようだ。市街地の三方が既に他町村と接したこの街の新興住宅地はこの方向に拡張せざるを得ないのだろうが、あまりに急速な市街化に戸惑いを隠せないのも事実である。
 その水面でマガモのつがいが一心不乱に採餌していた。マガモは周辺では普通に繁殖しており、この小川にいることも別に珍しくはない。ただ、散歩を楽しんでいた5、6人の一行がすぐ脇を通り、物珍しさに足を止めて見入っても、ちらっと一瞥するだけで再び水中に首を突っ込んで水草を貪り始めたのには少々驚いた。より正確には、驚いたのはこの光景を最初に目撃した半月前で、二回目の今回は「またか…」という感じだったのだが。
 市街地の池や川ではすっかり人に餌付き、この季節になれば生後間もない雛ともども散歩する人やイヌの傍らを泳ぐマガモ。それと同じような光景が郊外のこの場所でも見られたということは、周辺の景観と同様、ここに住む鳥たちの気質もまた都市化の波の影響を受けているということかもしれない。


エンコウソウ咲く流れ
穏やかな左方の水面が木々を映す。
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(2007年5月15日   千嶋 淳)


ハマシギの衣更え

2007-05-13 12:10:55 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
ハマシギの夏羽 2007年5月10日 以下すべて 北海道中川郡豊頃町)


 この冬、ある漁港で10羽前後のハマシギが越冬した。大部分の種が高緯度地方の繁殖地と低緯度地方の越冬地との往復の途中で日本に立ち寄るシギ類の中にあってハマシギは本州以南で普通に越冬し、道東でも風蓮湖や霧多布などで厳冬期に小群を見ることがある。ただ、十勝地方でこの数が越冬したことはこれまであまりなかったように思う。肌を刺すような寒風が吹きすさぶ港の、船を上げ下ろしするための斜路で、体を丸めながら餌を漁る彼らの姿に、十分な餌が得られる暖地までの渡りのコストの大きさを、改めて教えられた気がした。
 冒頭で10羽前後と書いたのは、実際の数がはっきりしないからである。12月に最初に観察した時は11羽だったが、その後9羽、8羽と数を減らして行き、酷寒の厳しさに敗れ命を落としたか、はたまた南へ渡ったかと想像したが、突然また10羽現れたりした。結局のところ、こうした数の増減が、単に周辺の海岸などに分散していただけなのか、実際のメンバーの消失・補充を反映しているのかは、個体識別できていないのでわからない。


ハマシギの冬羽
2007年4月7日
頬に褐色の羽が出始めているが、ほぼ冬羽といえる。
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 冬の間、灰色の地味な姿で慎ましく港の片隅に溶け込んでいたハマシギたちも、ヒバリの声が原野に響き渡る頃から赤褐色や黒色の羽を生じ始め、色鮮やかな装いの夏羽への、移行の過程を楽しませてくれた。換羽のタイミングには相当個体差があり、早々と艶やかな羽衣を纏ったものもいる一方、4月末でまだ灰色みの強い個体もいた。夏羽個体が増えて来た頃から、高まる繁殖衝動に押し出されるように数は減って行き、5羽前後が連休後も観察されていたが、昨日は1羽も見られなかった。ついに、総員が極北への長途の旅路に就いたのかもしれない。


夏羽へ移行中のハマシギ
2007年4月18日 
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11羽集う(ハマシギ
2007年4月18日
換羽の進行具合には個体差のあることがわかる(年齢なども関係しているかもしれない)。
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 その姿や仕草で我々に楽しみを与えてくれた小さなシギたちには、是非またこの場所に帰って来てもらいたいと思う反面、気がかりなこともある。それは漁港という場所ゆえのものであるが、お気に入りの餌場となっていた斜路の、波打ち際の水面に油膜が見られることが度々あった。ごく微量ではあるが、体の小さい彼らが冬中食物とともに摂取し続けたら何らかの悪影響が出ないだろうかとの懸念だ。それを考えるとやはり、もっと温暖で餌が豊富な地方の、干潟や海岸といった天然の環境で越冬してくれるのが良いのだろう。


ミユビシギとともに(ハマシギ・夏羽)
2007年5月3日
右の2羽がミユビシギ。普段シギの姿はあまりない斜路にも、ハマシギの姿に誘引されたのか、ミユビシギやトウネンなど近縁の仲間が飛来した。
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出発目前(ハマシギ・夏羽)
2007年5月10日
採餌や休息に、思い思い繁殖に向けての英気を養う。
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(2007年5月13日   千嶋 淳)


旅立ち

2007-05-06 18:55:29 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
ユリカモメの夏羽 以下すべて 2007年5月 北海道中川郡豊頃町)


 これも連休中のある日。遡ること数日前、水位が低下して広大な干潟が露出し、数千羽のユリカモメ、カモメが犇めいていながらも、曇天で十分な観察・撮影の出来なかった海跡湖に再び足を運んだ。前日の雨の影響か水位は著しく上昇して干潟は消失し、無数のカモメ類は概ね姿を消していた。採餌環境の喪失に後押しされて北上したのだろう。僅かに数十羽程度が名残として残留して、青々と水を湛えた湖面の上を飛び回っていた。夏羽に移行して黒頭巾を被ったユリカモメの姿は、冬に本州の都市公園や内湾で見るそれとはまったく違った印象で、可愛さと引き換えに麗しさを手にした感じであった。

群がるユリカモメ
手前の水面には採餌集団が、奥の干潟には休息中の群れが。
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 カモメ類はいなくなったが、カモ類はここで繁殖する種、更に北上する種を含めまだかなりの数が水面に群がっていたのでそれらを観察していると、青空の彼方に「カハン、カハハン」と甲高い声を耳にした気がした。目を凝らせば100羽余りのマガンが竿になり鍵になり、こちらに飛んで来る。まだいたのか…。O沼に最後まで滞在していた連中だろう。今日の強めの南風を利用して、一気に数千kmの飛行を敢行するのかもしれない。この2ヶ月余り、毎日のように付き合ってきた鳥たちの旅立ち。次に出会うのは9月、今まさに芽吹き始めた木々が色褪せ始める頃だ。「元気でな。必ず帰って来いよ」。感傷的なこちらの気分など届くはずもない高空を、ガンたちは整然とした編隊で繁殖地を目差して行く。


渡って行くマガンの編隊
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 マガンが去って静寂に包まれた湖面を渡る風の行き着く先の近く、水中から突出した流木の上で1羽のオオワシの幼鳥が羽を休めている。道東では若干数が繁殖・越夏するオジロワシとは異なり、5月に入った十勝でオオワシを見ることは珍しい。ついつい長居してしまったのかもしれないが、近い内にユリカモメやマガンと同じく更に北を目指すことだろう。
 翌日、市内の一角で桜の咲いたことを新聞で知る。夏と冬が交差するこの時期、ふと襲われる去り行く冬鳥への寂しさを、怒涛のごとく次から次に渡来する夏鳥が忘れさせてくれる。


湖面の流木で休むオオワシの幼鳥
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(2007年5月6日   千嶋 淳)