鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

移動する「留鳥」

2007-10-26 17:55:16 | 鳥・秋
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All Photos by Chishima,J.
シジュウカラの正面顔 2007年10月 北海道十勝郡浦幌町)

 十月の北海道は、鳥の移動を最も実感できる月かもしれない。ガン・カモ類やハクチョウ類で賑わう水辺は、それを簡単に感じることのできる場所であるが、それ以外の至る所が渡りの雰囲気に満ちていると言っても過言ではない。たとえば日中街中を歩いていて、上空高い所からビンズイやヒバリ、タヒバリなど本来ならこんな環境にいるはずもない鳥たちの声が降ってくると、「あぁ、渡ってるな」としみじみした気分になる。


デントコーン畑のヒバリ
2007年10月 北海道十勝郡浦幌町
刈り取りの終わった畑に150羽以上が群れていたが、あまりにも保護色となっていて足元から飛び立つまで気付かない個体が多かった。
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 ちょっと郊外に出て早朝の林縁や疎林に足を踏み入れれば、至る所から飛び出すアオジに「蠢き」を感じざるを得ない。また、原野ではカワラヒワが大群を成して飛び回り、湿原や沼沢地ではオオジュリンがアオジ同様沸くように現れ、それらを狙って北方から渡来して間もないハイイロチュウヒやコチョウゲンボウが飛び交う様も、この時期ならではの風物詩といえよう。


アオジ(メスまたは幼鳥)
2007年10月 北海道中川郡豊頃町
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オオジュリン(冬羽)
2007年10月 北海道十勝郡浦幌町
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ハシブトガラスを追いかけるハイイロチュウヒ(メスまたは幼鳥)
2007年10月 北海道十勝川下流域
直前までカラスに執拗に追いかけられていたが、形勢が逆転したのか…?
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 しかし、それらの渡り鳥ほど派手ではないが、やはり移動期であることを思わせる鳥たちもいる。それらはシジュウカラなどのカラ類やエナガ、キツツキ類などのいわゆる「留鳥」たちである。「留鳥」とは読んで字の如く、一年中同じ地域に生息する鳥であるが、留鳥といえど個体によっては驚くような移動をすることが知られている。たとえばスズメは一年中人家周辺で見られる留鳥の代名詞的存在だが、新潟県から神奈川県や愛知県まで移動した個体のいることが、標識調査から明らかにされている。これらは幼鳥の分散なので渡りとは少し異なるのだが、一年中同じ場所にいるように見える留鳥も、実は長距離の移動を行っていることを示す好例である。
 この時期、本来は森林性の鳥であるカラ類が原野や海岸といった環境に小群で出現したり、小高い丘から群れを成して飛び出してゆく様は、いかにも移動中といった雰囲気で、出会うと何とも神妙な気分になるものだ。先日、海岸に面した湖沼の縁に車を止めて水鳥を観察していたところ、明らかに海上から飛んで来た3羽のハシブトガラが車の屋根に降り立ち、一休みしてから陸地の方に飛んで行ったが、これなども移動中の個体であろう。去年の秋のことだが、道東の岬でアザラシの調査をしていたら、背後の林を30羽くらいのヤマガラが飛び回っていて、普段はヤマガラの生息しない地域だったので、大変驚いた記憶がある。これも移動中と考えてよいだろう。


ヤマガラ
2007年2月 北海道札幌市
道央・道南では普通だが、日高山脈の東側では非常に少なくなり、釧路以東にはほとんど分布しない。色丹島では繁殖するようである。また、オホーツク海側でも所によっては生息する。
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 カラ類の移動を顕著に感じさせる例は、河畔林のヒガラだろうか。ヒガラは針葉樹林との結びつきが強く、針葉樹林や混交林以外で見られることは少ないのだが、この時期は河畔のヤナギ林などにも小群が飛来し、「チーチー」と高い声で鳴きながら枝から枝へ移り行く姿をよく見かける。


広葉樹上のヒガラ
2006年10月 北海道根室市
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 カラ類以外でもいろいろな留鳥が実はこの時期に移動・分散を行っているようで、ヤマゲラが普段は生息しない市街地の公園に現れてみたり、山地の鳥であるクマタカが海岸や市街地に出没して驚かされたりするのも大抵十月である。これら移動・分散中の鳥は幼鳥や若鳥である場合が多く、そのかなりの部分が成長の途上で命を落としたり、生き延びても移動先に定着して二度とこの地には帰ってこないのかもしれない。だからこそ、身近な鳥との何気ない出会いであるにもかかわらず、つい注目してしまうのかもしれない。


ヤマゲラ(オス)
2007年2月 北海道札幌市
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海岸近くに飛来したクマタカの若鳥
2006年11月 北海道十勝川下流域
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(2007年10月26日   千嶋 淳)


初秋のカモ二題

2007-10-17 15:27:52 | カモ類
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All Photos by Chishima,J.
ヒドリガモとアメリカヒドリの雑種? 2007年9月 北海道帯広市)


 冒頭の写真は、9月26日に帯広市郊外で撮影したものである。頭頂部の黄白色や眼後方の緑色光沢、顔の細かい班の密集等はアメリカヒドリのオスを連想させる。写真ではわかりづらいが、本個体の雨覆は白色だったので、幼鳥ではなく成鳥のエクリプスから生殖羽への移行中と考えて良さそうだ。
 しかし、後頭部から後頚にかけての赤褐色は、アメリカヒドリの特徴としては腑に落ちない。調べてみるとアメリカヒドリのオスではどの羽衣でもこのような赤褐色は出ず、ヒドリガモ的な特徴である。したがって、ヒドリガモとアメリカヒドリの雑種と考えるのが妥当なのだろうが、普段目にする両種の雑種と考えられる個体(例えば「カモの変り種」を参照)と比べると、アメリカヒドリ的な要素が強く感じられる。アメリカヒドリと雑種の交雑など想像は膨らむが、この個体がしばらく滞在してくれ、完全な生殖羽に移行した段階を見たいものだと思っている。なお、本個体の腋羽の色は、残念ながら確認できなかった。


ヒドリガモとアメリカヒドリの雑種? 
2007年9月 北海道帯広市
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アメリカヒドリ(オス)
2006年4月 北海道中川郡幕別町
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 下の2枚の写真は、10月3日に十勝川下流域にある湿地で撮影したものである。曇天時に100m以上の距離から、2倍のエクステンダーを使用して撮影したものを更にトリミングしたので、非常に荒い画像となってしまった。この個体を最初に数百mの距離から望遠鏡で観察した時、周囲にいたコガモより少し大きいこと、コガモより横長に見える嘴、それに眼の前後に黒い過眼線のようなものがあり、その上方は白い眉班状になっていることから、シマアジかと思った。ただ、シマアジにしては顔全体が白っぽく見えることを訝り、折に触れて観察していたところ、伸びをした際に次列風切~大雨覆にかけての色が下から白、黒・緑、橙褐色であり、もしかしたらと思っていたトモエガモであることを確信した(コガモでも似たパターンが出る個体がいるが、コガモの場合最上部の橙褐色の幅は一様でなく、またその部分にも白が入る)。


トモエガモ
2007年10月 北海道十勝川下流域

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 その後、もう少し近くまで来た時に過眼線に見えた黒線は、眼の前方で一旦途切れること、肩羽に栗色の羽縁があること等を確認した。トモエガモであることは間違いないと思うが、現時点でこの個体の性及び齢は不明である。メス成鳥とは顔の模様が異なり、白っぽい顔にうっすら模様が出始めているような気もするのでオスのエクリプス(あるいはそれから生殖羽への移行中)ではないかと思うのだが、幼鳥の可能性も否定できない。世界でも極東という非常に狭いエリアにのみ分布する本種に関しては知見が少なく、洋書のモノグラフでもイラストや記載が不正確なものがまま見受けられる。
 この日、このような特徴を持つトモエガモを少なくとも3羽、観察することができた。十勝地方において本種はきわめて稀な冬鳥で、従来の記録の大部分は冬~春に集中している。秋の記録の少なさは、今回のような地味な個体がコガモに紛れて、観察者との距離がある湖沼や湿地に渡来しているため、見逃されてきたことを反映している可能性もある。


トモエガモ(オス)
2006年12月 群馬県前橋市
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 最後に、少々古くなってしまったが、冒頭のアメリカヒドリ雑種?を観察したのと同じ9月26日に撮影したヒドリガモ・オスの写真を数点、掲載しておく。いずれも成鳥のエクリプスから生殖羽へ移行中であるが、その段階にはかなりの個体差があり、一見メスのような個体から、頭部のクリーム色などオス生殖羽の特徴がはっきり現れ始めている個体まで様々である。ヒドリガモ・オスの生殖羽への移行は比較的早く、当地においてはマガモに次いで早いようだ。普通種ではオナガガモがそれと同じか少し遅いくらいで、コガモはもっとも遅く、12月頃からようやくきれいなオスが見られ始める。このような差が何によってもたらされるのかわからないが、何らかの適応的な意義があるのだろう。


ヒドリガモ(オス・エクリプス→生殖羽)の様々な段階
2007年9月 北海道帯広市

まだメスのような羽色だが、背に灰色の羽が僅かに出始めている。
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背・肩羽の灰色が目立ってきた個体。
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頭部のクリーム色、胸の葡萄色等、オス生殖羽への移行が進んでいる。
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(2007年10月17日   千嶋 淳)